最も激しい戦闘の繰り広げられている市街地中央。
国道に面する商業ビルの壁面が弾け、3階フロア部分から水が噴き出した。
瓦礫や日用品を含んだ濁流が国道へ降り注ぎ、放置された車を吹き飛ばす。
粉塵が巻き上がる中、2人のウィッチが横転したトラックの上へ降り立った。
「やってくれるね」
「威力は大したことありませんけど、厄介ですわね」
黒い魔女と浅緑の騎士は、装束から水を滴らせる。
そして、壁面が崩壊したことで露出した3階フロアのインクブスを睨む。
「許さんぞ、ウィッチ!!」
二足歩行するワニの姿をしたインクブス、その一党を率いるネームドの声は怒りに満ちている。
射殺され、破裂させられた同胞の仇を討たんと憤怒で身を焦がす。
自身が相対する者たちを虐げた事実など考慮せずに。
「どの口が言ってるのかな」
「被害者ぶるなよ、害獣が」
大口径のハンドガンを構え、ダリアノワールとパートナーは最大限の侮蔑を向ける。
次いで琥珀色の瞳は、国道を覆う水面に刻まれる
それは車両と車両の間を縫い、横倒しになったトレーラーの陰へ消える。
3体のフロッグマンが死角より強襲を狙う──ハンドガンの銃口が火を噴く。
無造作に発射された3発の弾丸は、軽自動車のボンネットで跳弾した。
次はトラックのミラーで跳弾、そしてトレーラーの背面へ飛び込み──
「ぐべがぁ!?」
息を潜めるインクブスの後頭部を吹き飛ばす。
まるで
「やりやがったな!」
トレーラーの陰より偽装を排したフロッグマンが跳躍。
鮮やかな黄の影が、上方よりウィッチを強襲する。
「ダリアノワールさん」
「はいはい」
浅緑のサーコートが翻り、立ち位置を入れ替えたプリマヴェルデが拳を構える。
同時に、ダリアノワールの足元に伸びる影が盛り上がって弾けた。
「もらったぞ!」
漆黒の外衣が大きく開かれ、醜悪な顔には勝利への確信が滲む。
ボガートの鋭利な鉤爪が怪しく光った。
「やぁ、待ってたよ」
「っ!? こいつ──」
魔女は胸元で抱えるようにハンドガンを構え、至近距離で連続射撃を浴びせる。
全弾が直撃した漆黒の影は吹き飛び、無様にアスファルトを転がった。
「く、そがぁ!」
それでもネームドのボガートは即死せず、軽自動車の陰へ滑り込む。
「ちぃ!」
プリマヴェルデとの拳闘は自殺行為。
ゆえに空中のフロッグマンは鉤爪を見せながら、左手に握る擲弾を投擲する。
それはウィッチ殺しと目された劇物──朱色の瞳が飛来物を正確に追尾。
拳は繰り出されず、一歩前に出たプリマヴェルデは擲弾を
「なにっ!?」
その勢いを殺さず、体を回転させて商業ビル3階へと剛速球を放つ。
そして、迫る鉤爪に対して銃口が火を噴く。
「ぐぎゃぁぁぁ!」
エナの弾丸に鉤爪と眼球を粉砕され、フロッグマンはトラックに墜落する。
擲弾の剛速球が炸裂した商業ビル3階では、毒々しい煙が舞う。
「ええい、小賢しい真似を!」
水球の輝きが弾けて消え、術士が慌てて飛び出す。
着地を狙って飛来したエナの弾丸は、不可視の防壁に阻まれて弾ける。
「お前らの玩具だろうが……害獣は頭が悪いのかにゃぁ?」
銃口から硝煙を燻らすハンドガンは、心底軽蔑した声色で嘲る。
とんがり帽子の位置を調節し、ダリアノワールはパートナーの形状を変化させた。
「それで……逃げないのかい?」
ボルトアクション式の
「ヒトの雌風情が!」
圧倒的な戦闘能力を前に、相対するインクブスたちは動けない。
メインローターが空気を叩く音──国道上空に姿を現す国防軍の攻撃ヘリコプター。
発射された対戦車ミサイルが頭上を越え、国道の彼方で爆発を引き起こす。
爆炎より現れるは、魑魅魍魎の残党。
「
エナの残量が、残弾を意味する。
ナンバーズでも特に短期決戦の傾向が強いダリアノワールは、国防軍の部隊を視界の端に捉えた。
「大丈夫、弾ならあるさ」
否応なしに決戦の舞台となった国道で魔女は小さく笑う。
それを挑発と見た眼前のインクブスはエナを放射。
周囲に6つの水球を形成し、両腕を突き出す。
「嘗めるなぁぁぁ!」
放たれた高圧縮の水流は音の壁を越えてウィッチを襲う。
冷静さを失おうと高い技量から放たれるマジックは、一撃必殺。
トラックの上に2人の姿はない──魔女と騎士は、空中に身を躍らせていた。
水流は刃の如く振舞い、車両やコンクリートを切断しながらウィッチを追う。
「後ろが御留守だよ」
スコスの
次の瞬間、横転していたタンクローリーが爆裂し、インクブスを焔が覆う。
衝撃波が駆け抜け、国道沿いの建築からガラスが降り注ぐ。
「……連中から殺してやるっ」
2人の眼下では、影へ沈み込んだボガートが国防軍へ向かっていた。
空中より降り立つウィッチの目には、不審な影が映っている。
しかし、ドーザーを装備した主力戦車を先頭に前進する国防軍は、接近を探知できない。
「トム」
「野郎を確実に殺すなら1発」
「上等」
スポーツカーのルーフへ着地し、古風なライフルを立ったまま構える。
全身のエナを集中し、ダリアノワールは権能の及ぶ範囲を拡張した。
「権能を限定解放」
標的は影の中、遮蔽物は多く、姿を捉えることは不可能だ。
しかし、ダリアノワールは引金を躊躇なく引いた。
発射された弾丸は虚空を切り、命中しない──それを否定する。
弾丸の軌道は物理法則を無視して曲がり、路面の影へ着弾。
しかし、影を貫くことはできない──それを否定する。
エナで形成された別次元に突入した弾丸は、ボガートの左胸部を貫く。
たった1発の弾丸では生命を砕けない──それを否定する。
「な、に…!?」
外界からの狙撃に急所を貫かれ、ボガートは意味も分からず絶命した。
崩壊する狭い世界に骸が取り残され、その存在は完全に消失する。
「お見事ですわ!」
「これで弾切れだけどね」
駆け寄ってくるプリマヴェルデに、ダリアノワールは人懐っこい笑みを返す。
その頭上を対戦車ミサイルの軌跡が走り、主力戦車の主砲が猛然と火を噴いた。
国防軍の猛撃を浴び、魑魅魍魎の残党は鉄火の中へと消える。
「調子に乗るなぁ!」
黒煙より飛び出し、国道に面した建築の壁面を疾走するケンタウロス。
それに対して攻撃ヘリコプターが機関砲を掃射するも、照準が間に合っていない。
しかし、魔女が手を振るえば、曳光弾の輝きは
「ぐわあぁぁぁ!」
全身を強打され、人馬の怪物は国道へ落下して粉塵を巻き上げる。
「おのれ、家畜風情が──」
悪態を吐いて上体を起こした時、彼の目が捉えたのは、主力戦車の砲口だった。
鋼鉄の獣が咆哮を上げ、紅蓮の焔が瞬く。
国道を一瞬で通過する対戦車榴弾──ケンタウロスの上半身が宙を舞った。
インクブスの骸だけが燃え、砲声と爆発音が止む。
「まだ終わっていないぞ、2人とも!」
上空を舞うフクロウより降ってくる鋭い警告。
呼応するように放出される膨大なエナ、轟音を立てて水流が渦巻く。
「これで終わるものか!」
焔を消し去り、なお勢いを増す水流。
全身を黒く焦がされたスコスは、両腕を掲げて巨大な渦を天まで伸ばす。
「この一帯ごと消し去ってくれる!」
自身を形成するエナすら消費した捨て身のマジックは、言葉通りの破壊を齎すだろう。
それを阻止せんと国防軍の砲火が殺到する。
兵士の携行する無反動砲、戦車の主砲、攻撃ヘリコプターのロケット弾──
「派手だねぇ」
まるで火山の噴火のようだった。
「止めますわよ!」
しかし、攻守一体の激流が鉄火の洗礼を一切通さない。
肥大化する渦は、蒼穹を覆わんばかりだ。
プリマヴェルデは亜麻色の髪を風に靡かせ、インクブスへ最大速度で吶喊する。
「大丈夫」
それとは逆方向にダリアノワールは足を向け、スポーツカーから主力戦車へ飛び移る。
担いだライフルに弾丸は装填されていない。
しかし、
突然の来訪者──ウィッチを捉える砲塔上部の赤外線カメラには、困惑が滲んでいた。
黒い魔女はウィンクとサムズアップで応じ、敵を指向する。
意図は不明だが、その標的は既に照準していた。
徹甲弾を装填した主砲が微かに上下動。
「これで終わりだよ」
発砲の衝撃波がウィッチの全身を強かに打った。
しかし、微動だにしないダリアノワールの目が煌々と輝く。
装弾筒が分離し、飛び出す弾体にウィッチナンバー6の権能が作用する。
「死ねぇ──」
両腕を振り下ろさんとするインクブスに、音速の弾体が接触。
エナで生み出した水流は攻撃を通さない──それを否定する。
徹甲弾は一切の干渉を受けず、標的に突入。
運動エネルギーの暴威に、脆弱化したスコスの肉体は弾けた。
水風船のように。
「汚ねぇ花火だぜ」
肩に担いだライフルから決め台詞が響き、ダリアノワールは肩の力を抜く。
市街地に出現したインクブスは、斯くして全滅した。
「飛んで帰れるかな?」
「それくらいなら大丈夫じゃないかにゃぁ?」
普段通りの胡散臭い声色に戻ったパートナーが、適当に応じた。
とんがり帽子を雨粒が打つ──太陽輝く蒼穹より雨が降る。
狐の嫁入りではない。
制御を失ったエナの水流が四散し、市街地へ降り注いでいるのだ。
「残りはオーガが6体か……」
「あの3人なら大丈夫ですわ」
浅緑の騎士は兵士に小さく会釈しながら、魔女の下まで歩み寄ってくる。
「むしろ、相手に同情しますわね」
「違いない」
互いに表情を微かに緩め、空を見上げる。
虚構の雨が、天に虹の橋を架けていた。
次回「オーガ死す」デュエルスタンバイ!