コンクリート製の滑走路は、見るも無残な姿となっていた。
ウィッチとインクブスが全力で激突しているのだから、当然の結果だ。
揺らめく陽炎すら飲み込む大爆発──それは蒼穹のように青かった。
鈍感な私でも荒れ狂うエナを感じ取れる。
「無駄と言っただろうが!」
全身を焼かれたオーガが鉄塊を振り下ろし、コンクリートごと焔を吹き飛ばす。
衝撃波が駆け抜け、四散するコンクリート片。
外骨格の強靭なハンミョウ3体が私の前に立ち、それらを防ぐ。
「う~ん、タフ……というより治ってる?」
上空から見下ろすベニヒメは、のんびりとした声を降らせる。
その周囲を旋回する青い狐火は18を数えた。
マジックの連発で相当なエナを消費しているはずだが、特に変化はない。
「再生じゃな、間違いなく」
焼かれたオーガの皮膚も再生し、全ては振出に戻る。
ただでさえ高いタフネスが補強され、生半可な攻撃では致命傷にすらならない。
「雑兵が!」
格納庫を背にするモーガン少尉たちは、2体のオーガと交戦中だった。
激昂したオーガが上段より鉄塊を振り下ろす。
「ぬっ!?」
その右眼をナイフが貫き、灰色の影がエプロン上を疾駆する。
「
「
分厚いシールドを傾け、振り下ろされた質量を流す。
前傾姿勢となったオーガの懐へ相方とハンミョウが飛び込み、脚に刃と大顎を突き立てる。
しかし、傷が浅い──2体目の反撃が来る。
「潰れ、ちぃ!」
オーガの上半身を爆炎が覆い、鉄塊は虚空を切った。
その隙に前衛の2人と、肉を千切ったハンミョウは離脱する。
攻撃ヘリコプターが地上で大破したため、アメリカ軍の援護は兵士の携行する対戦車火器だ。
「外皮の強度は平均的ですが、再生能力が厄介です」
左肩から聞こえるパートナーの冷静な考察に頷く。
これまでのオーガであれば駆逐しているだろうが、驚異的な再生能力に阻まれている。
確かに厄介だ。
だが、
滑走路の外れで轟音と共に土煙が上がる──そこから純白の人影と6枚の大楯が飛び出す。
芝を散らして地を滑るゴルトブルームは、大楯から新たな得物を抜く。
右手に鉛色のメイス、左手にエストック。
「逃すな!」
「必ず仕留めてやるぞ、ウィッチ!」
土煙より現れた3体のオーガは、顔面を憤怒に染めている。
腕や肩にエストックが突き刺さり、どれも手負いだ。
「一昨日っ」
正面の1体を睨むゴルトブルームは、滑走の終了と同時に──
「来やがれ!」
綺麗なフォームでエストックを投擲した。
陽光を浴びて瞬く刃が、反射的に上半身を守ったオーガの右脚を貫く。
「ぬおっ!?」
「ちっ! 盾を潰せ!」
転倒する1体を躱し、左右より迫る2体が得物を振り上げた。
6枚の大楯が前面に回り、防御の態勢に──入らない。
地面と平行に旋回した大楯は、振り下ろされたオーガの指先を正確に打った。
骨肉の砕ける異音が響き、得物が宙を舞う。
「おのれっ」
一歩も動かないゴルトブルームを前に、オーガたちは距離を取った。
遅れて鉄塊が滑走路へ落下し、粉塵を巻き上げる。
「凄まじいですね……」
「ああ」
感嘆の声を漏らすパートナーには同意せざるを得ない。
重量級ファミリアが同数は欲しい相手に、ほぼ単独で対処している。
ハリアリ12体を援護に振り分けているが、
「ナンバーズか」
実力の片鱗は見ていたが、改めて実感する。
身体能力やエナの総量、マジックの精度、それらを組み合わせる戦いの才能、全てが並外れている。
同じ齢の少女とは思えない力──頼もしい、と言うべきなのだろう。
だが、それで背負わされた重責を思うと、素直に頷けない私がいた。
彼女の才は他人を救うが、自身は救わない。
「増援の到着は」
「1分です」
「急げ」
空輸予定だったファミリアの多くは正面切っての戦闘が不得意だ。
ナンバーズの実力は認めるが、オーガの駆逐には一手足りない。
だからこそ、その一手を私は呼び寄せていた。
「ちっ…しぶといな」
「もうしばらくの辛抱です、主よ」
確認の視線を肩越しに投げてくるゴルトブルームへ頷きを返す。
一瞬だけ小さく笑みを浮かべ、すぐさま表情を引き締める。
「私が辛そうに見えんのか?」
「まさか」
間合を仕切り直し、人類と怪物が睨み合う。
皮膚が再生したオーガどもは苛立ちつつも、未だに余裕を滲ませていた。
ここが敵地と忘れていないか?
「この程度とは、恐れるほどもないな」
青い焔を鬱陶しげに払い、鼻を鳴らすネームド。
身の丈ほどもある鉄塊を担ぎ、空を仰いで不敵に笑う。
「ふ~ん、それで?」
18条の青い光線が返答として放たれ、オーガの皮膚を焔が蝕む。
好機と判断した4体のハリアリが
「期待外れだ……これが災厄とは笑わせる」
それを見下ろすインクブスの眼には、嘲りの色が浮かぶ。
鉄塊が振り下ろされ、漆黒の外骨格が砕け散る。
「ただの虫けら、ただの雌……何を恐れる?」
その姿から決して目を逸らさない。
砕け散ったハリアリは役目を果たし、私に
それを理解できないインクブスなど──
「話にならん」
場違いなロリータボイスから感情を削ぎ落し、吐き捨てるように言い放つ。
そして、沈黙が陽光と一緒に降ってくる。
「なんだと?」
眉間に深い皺を刻んだネームドが、じろりと私を睨む。
獣欲ではなく、殺意に近い敵意。
よく回る口の割に、沸点は低いらしい。
「ボギーの方が幾分か利口だった」
「ほぅ……調教師風情に劣ると?」
「ああ」
あのボギーの方が厄介だったのは、事実だ。
だから、ごく自然な調子で無駄に高いプライドを逆撫でしてやれた。
滑走路に突き立てた鉄塊が小刻みに震える。
「この臆病者が……何を見せてくれるのだ?」
なるほど、殺意の根源が見えた。
確かに私自身は戦わないが、ファミリアを虫けらと嘲った無礼者が何を言う?
インクブスどもへの回答は一つだけだ。
「お前たちを──」
ククリナイフの切先を、インクブスの
そして、羽音も足音にも気付かない獲物へ宣告する。
「駆逐するだけだ」
視界で閃光が明滅──ネームドの左脚が水風船のように弾けた。
「……なに?」
間抜けなネームドの声に遅れて、空の彼方で雷鳴が轟く。
姿勢を辛うじて保つが、吹き飛んだ左脚の再生は遅い。
「増援が到着しました」
低空より侵入してきた無数の羽音が滑走路の上空を覆う。
「ああ、見えてる」
上空に占位する黄と黒の警告色が、一斉に大顎を打ち鳴らし始める。
左手を上げれば小柄なヌカカが3体留まり、首を傾げて私を見た。
ククリナイフの切先を下げ、傍らに降り立った8体のベッコウバチが抱えたものを見遣る。
とことこと足音が近寄ってくる──深い青色の背甲をもつダンゴムシの群れだ。
「主よ、ご覧ください。壮観ですよ」
「……背筋が寒くなってきた」
「まだ来るよ~」
基地周辺のフェンスを乗り越え、無数の足音がインクブスたちを取り囲む。
全身を細かな毛で覆われたシボグモの群れが前脚を上げ、鋭利な鋏角を見せた。
そして、長大な体躯で滑走路を囲うオオムカデが曳航肢を揺らし、威嚇する。
「Wow」
「
ファミリアたちは駆逐すべき獲物へ無機質な敵意を向けるだけ。
足元から見上げてくるウィッチや兵士は、ただの障害物だ。
「な、なんだ…この数は?」
「これが災厄の本気か…!」
オーガたちは目に見えて狼狽し、周囲へ忙しなく視線を走らせる。
味方が全滅し、敵地で孤立した者が辿る末路とは悲惨だ。
能力を過信したな、オーガども。
「いつ召喚した…?」
ようやく左脚が再生したネームドは忌々しげに問うが、答える義理などない。
ダンゴムシの群れを導き、地に紋様を描かせる。
脳裏に浮かぶ膨大な情報を選別し、ファミリアの輪郭を形成──
「
世界の色が反転し、ダンゴムシの背甲から青が剥離していく。
紙吹雪のように青が舞う中、鋏型の触肢が空を切った。
4対の脚が地を捉え、鉤状の毒針を備えた尾節が天を衝く。
召喚は完了──後は命令を下すだけだ。
新たに接続されたテレパシーを含め、ファミリアたちへ命じる。
インクブスを駆逐せよ、と。
「ギルマン!」
「狼狽えるな! ただの虫けら──」
頭上よりスズメバチの軍勢が降り、ヌカカが黒い風となって吹く。
一斉にファミリアが動き、巨躯のインクブスも迎撃のため姿勢を落とす。
激突──その直前にスズメバチがカウンターの毒液を噴射。
オーガの頭部を狙い、感覚器官を潰しにかかる。
「ぐっ!」
「ええい、鬱陶しい!」
堪らず顔面を防御するオーガたち。
原種の毒液はアミノ酸をベースとする化合物を複数混合し、様々な炎症を引き起こす。
それをエナは正確に再現していた。
発痛作用、細胞破壊、毒液の浸透促進等──放置すれば顔面が壊死するだろう。
脚を止めた獲物へヌカカが群がり、背中や首に吻を突き刺す。
吸血の際、注入する唾液はインクブスにとって毒だ。
「この程度で!」
小型ゆえに脅威とはならず、オーガは叩き潰そうと腕を振るった。
その滑稽なダンスを披露した個体を、ファミリアは見逃さない。
軽自動車ほどもある濃紺の影が群がり、毒針を突き立てた。
「くそっが、ぐあぁぁ!」
ベッコウバチが備える大型の毒針は、激痛と共に獲物を麻痺させていく。
「死ねっ死ぃがぁ!」
四肢の動きが鈍化して転倒するも、再生能力の恩恵によって暴れる元気があった。
だから、ベッコウバチは何度も刺突し、ヌカカは黙々と吸血を続ける。
「武器を取っぎゃぁぁ!」
「くそがぁ!」
無手のオーガ2体は、黄と黒の警告色に覆われていた。
スズメバチは毒液が尽きるまで刺突でき、獲物が昏倒せずとも
2体の得物を叩き落したゴルトブルームは口が引き攣っていた。
罪悪感は、脇に置く。
「叩き潰しぃがはっ!?」
モーガン少尉たちと相対していたオーガの1体は、シボグモに背面から強襲されて転倒。
鋭利な鋏角で皮膚を貫通され、神経毒が注入される。
続々とシボグモが集り、巨躯は灰色の毛に覆われた。
「が…かはっあぁぇ……」
オーガを凌駕する巨躯のオオムカデは、ヌカカの集る獲物を引き倒して息絶えるのを待つ。
アメリカ軍の眼前で、獲物の首元に顎肢を突き立て、神経毒を流し込む。
再生能力があろうと21対の脚が抵抗を許さない。
「やはり、ネームドは一筋縄ではいきませんね」
「楽に終われば苦労はない」
パートナーが言うように、残るはネームドだけ。
身の丈ほどもある鉄塊で空気ごと薙ぎ払い、ヌカカどころかスズメバチも近寄れない。
生み出される暴風が毒液を払い、飛行中の姿勢を乱してくるのだ。
「わわっ」
余波で飛び立ちかけたパートナーを左手で押さえ、召喚したファミリアを見遣る。
オブトサソリに類似した黄緑色の捕食者は、獲物を見据えて動かない。
「何をやっているのだ、虫けら如きに!」
あらん限りの怒気を込めてネームドが吠えた。
大質量を軽々と振り回すパワーとスタミナは、確かにファミリアを凌駕しているだろう。
疲弊するまで待つのは愚策だ。
「ゴルトブルーム、ベニヒメ」
だから、最も強力な手札を切る。
「あいつをやれって話だな」
「脚を潰すだけでいい」
メイスを肩に担ぎ、音もなく降り立ったゴルトブルームへ必要事項を伝える。
「なら、私に任せてほしいな」
荒れ果てたコンクリートの地を下駄が踏み、からんと音が鳴る。
紅の和装が靡き、翠の瞳が私を真っすぐ見た。
ナンバーズの実力を知った今、拒む理由はない。
「任せる」
「うん、任せて」
いつもの柔らかな笑みを浮かべ、ベニヒメは軽やかな足取りで歩き出した。
荒ぶるオーガを見据え、首から下げた勾玉を外す。
「
足を止め、勾玉を両手で包み込んで目を閉じる。
暴風が吹き荒れようと、その空間だけは静謐があった。
「うむ、心得た」
パートナーが応答し、指の隙間から青い焔が溢れ出す。
その焔を広げるように、両手を水平に滑らせる。
瞬きの後、ベニヒメの眼前には──打刀が出現していた。
紅に染まった鞘を左手で握り、右半身を前にして構える。
鋭く細められた目、堂々とした所作、まるで別人だ。
「権能を解放、強制終了まで6秒」
頭上の耳が立ち、翠の瞳がエナを宿して輝く。
音もなく左足を引き、反った刀身が地面と水平になる。
抜刀してもオーガまでは届かない距離で、それは無意味に思える。
「行くよ」
だが、そんな常識を覆す存在がウィッチだ。
彼女の権能は、加速。
鯉口を切る──それが私の認識できた限界。
ベニヒメは納刀に移り、雅な鍔音が鳴った。
オーガの太い両脚に一筋の線が走る。
「な、に!?」
血飛沫が舞い、脚を失った巨躯がコンクリートの地へ落下する。
「おのれ、災厄のウィッチぃぃ!」
驚愕を憤怒に変え、オーガは咆哮を上げた。
上半身を捻って前傾姿勢で倒れ込み、右腕を振り抜く。
鉄塊が、眼前に飛び込んでくる。
その光景を6枚の大楯が隠し──激突。
同時にオブトサソリは地を駆け、転倒したネームドの両腕を捕縛する。
「はっ……大人しく死ね」
ゴルトブルームの言葉に呼応し、黄緑色の尾節が首を狙って振り下ろされる。
「がはっ、くそ!」
毒針より注入される神経毒は体を麻痺させ、やがて呼吸困難に陥らせる代物だ。
それでもオーガは触肢から逃れんと両腕の筋肉を膨張させた。
無駄な抵抗だ──ファミリアの影が殺到する。
全身に毒針が突き立てられ、巨躯が何度も痙攣した。
すぐ目の前まで歩み寄り、今までの獲物と経過に差異がないか観察する。
「おのれおのれ! 傷さえ癒えれば──」
「無駄だ」
ぎゅうぎゅうと押し合うファミリアの隙間から覗く顔を見下ろし、事実だけを述べる。
お前たちに希望などない。
「毒など我らぃ効ぅもぉ…?」
オーガの呂律は一気に怪しくなり、呼吸が浅くなっていく。
並のインクブスであれば致死量の毒が注入されているのだから、当然だ。
毒物を扱うから耐性がある──それは正確ではない。
遭遇した数多のインクブスで実験し、私は一つの知見を得た。
「
インクブスの体を形成するエナには、エナで干渉すればいい。
そして、ファミリアとはエナで形成された存在、毒物もエナだ。
波長さえ合ってしまえば、インクブスは中毒に陥る。
そして──
「再生は厄介だが、
両脚の断面をハリアリが抉り、背中の肉をスズメバチが食む。
その傷口が再生する速度は鈍い。
しかし、まだ新鮮な血肉が形成されている。
「お前は…仲間より優れているらしい」
他のオーガは既に物言わぬ肉塊になり、解体が始まっていた。
このネームドは、より多くの血肉を供給してくれる。
ありがたい話だ。
「せいぜい足掻け」
「あああぁぁぁ!」
絶叫を上げるオーガの顔面をヌカカが覆い、吻を突き立てる。
傍のハンミョウにも解体へ参加するよう目で指示し、私はインクブスから興味を失う。
関心事があるとすれば、得られるエナの量だけだ。
それよりも被害の確認を──
「あのさ、お前って結構……その」
何とも言えない表情のゴルトブルームが視線を泳がせ、次の言葉を探していた。
彼女が言い淀んでいることは分かる。
血肉とエナを周囲にぶちまけるファミリアの作業風景についてだろう。
「なるべく手早く終わらせるつもりだ」
「そこじゃなくて……いや、いい」
そう言って天を仰ぐゴルトブルーム。
他の問題点が思い付かず、隣のベニヒメを見れば困ったような笑顔を返された。
本当に分からない。
「えっと……ひとまず、お疲れ様でした!」
左肩のパートナーが気持ち大きな声で、終わりを告げる。
ともかく出現したインクブスは、駆逐されたのだ。
視覚的な問題は脇に置いて。
毒虫オールスターズ!