捕食者系魔法少女   作:バショウ科バショウ属

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 1周年記念の第3弾は、アンケート結果3位「某市街戦参加ウィッチ視点」


恐怖

 首都圏がインクブスの手中に落ちようと、日本という国家は続いている。

 人々の営みが続く限り終わりはない。

 たとえ神出鬼没の侵略者に脅かされようと。

 

雌は20匹ってところですぜ

 

 昼下がりの市街地に出現したインクブスは、下卑た笑みを浮かべる。

 

 浅緑の肌に、尖った耳と鼻をもつ略奪者──ゴブリンだ。

 

 その視線の先には、恐怖で縮こまった人々が身を寄せ合っている。

 ほとんどが昼食を済ませた会社員や飲食店の店員だ。

 

まぁまぁ、だな

 

 血の滴るクラブを担いだ巨躯のインクブス、オークは鼻を鳴らす。

 勇敢にも立ち向かった男性2名を撲殺した邪悪は、()()を市街の一角に追い込むことに成功し、上機嫌だった。

 

足りない分は……お前に補ってもらうぜ?

 

 上機嫌な理由は、もう一つある。

 哀れな人々を護るため現れた人類の守護者が、眼前で膝を突いていたからだ。

 

ルゼニクス、立て!

 

 首から下げるペンダントに扮したパートナーから叱咤が飛ぶ。

 しかし、青紫色の装束を纏うウィッチは顔を上げられない。

 彼女にとって二度目の戦いは、絶望的なものとなった。

 

「こ、こんなのっ…無理だよ……」

 

 スピアの石突で上体を支えているが、エナの底は見えていた。

 オークとゴブリンの連携攻撃によって平静を失い、マジックを連発した結果である。

 何もかも未熟な少女が、闘争を心得たインクブスに勝利を収めることは難しい。

 

 ウィッチの直面する現実は悪辣だ──メディアの映すウィッチは、全貌を映していない。

 

 勝利は目撃者がいるからこそ成り立つ。

 敗北すればウィッチも目撃者も、()()()()()()()

 

諦めるな! もうすぐ救援が──」

そんなもん来るわけねぇだろ

 

 パートナーの言葉を打ち消し、オークは口角を上げる。

 国防軍は首都圏に戦力を集中させ、腕の立つウィッチは少数。

 ありふれた悲劇のために、現れる救援など存在しない。

 

馬鹿な連中だぜ

大変だなぁ、ウィッチってのは!

 

 取り囲むインクブスたちの耳障りな笑い声が響き渡る。

 しかし、心折れたウィッチは恐怖と不安で顔を歪めるだけ。

 

せいぜい楽しませて……おい、どうした?

 

 人々を蹂躙せんと構えていたオークは、敏感に異変を感じ取る。

 戦士の優れた勘を信じるゴブリンたちも、その視線を追う。

 

 視線の先には、雑居ビルの路地──獲物の退路を塞ぐ同胞の姿。

 

あ、え、あぁ…

 

 口から泡を吹き、眼の焦点が合っていない。

 意思を失った矮躯が持ち上がり、手にしたナイフが滑り落ちる。

 路面を叩く金属音に、思わず顔を上げるウィッチ。

 

「え…?」

 

 次の瞬間、ゴブリンの首は噛み千切られた。

 血飛沫を浴びる大顎、そして美しい金属光沢を放つ外骨格が路地より現れる。

 突然の事態に、誰も反応できない。

 

「きゃぁぁぁ!」

 

 タイトスカートに飛んだ血で、現実を認識する女性の悲鳴。

 それが合図だった。

 側溝のグレーチング、マンホールの蓋が弾け飛び、漆黒の外骨格が天日を浴びる。

 

なんだこいつら!?

 

 誰もが一度は見たことがある姿、ヤマアリ科に属する昆虫。

 しかし、その体長はゴブリンほどもあった。

 彼女たちは大顎を開き、近場のゴブリンへ一斉に襲いかかる。

 

ぎゃぁあぁぁ!

 

 市街地に響き渡るインクブスの悲鳴。

 群がるヤマアリに全身を噛まれ、皮膚ごと肉を千切られる。

 生命力の高さは苦痛の時間を引き延ばすだけだ。

 

そこら中にいっぐぇ!?

 

 次々と地上に姿を現す黒、その間を縫って金属光沢の輝きがゴブリンに躍りかかる。

 3対の長い脚で地を駆けるハンミョウだ。

 数は4体と少ないが、確実にゴブリンの生命を噛み砕いていく。

 

孤立するな!

 

 迫り来る敵を一振りのクラブで迎え撃つオーク。

 恐るべき膂力が繰り出す一撃は、漆黒の群れを容易く粉砕した。

 それを潜り抜けたヤマアリの大顎は、厚い皮膚に阻まれる。

 

く、くそがぁはっ

 

 ヤマアリと力比べを試みていたゴブリンの首に凶刃が叩き込まれ、血飛沫が舞う。

 崩れ落ちる骸に群がる黒、それを見下ろす小柄な人影。

 その者は鼠色のオーバーコートに身を包み、フードで顔を隠す。

 

お前……何者だ!

 

 周囲の虫と同じエナを感じ取り、オークは険しい表情で問う。

 モンスターパニックの渦中に置かれた人々も否応なしに注目する。

 

 回答はない──血の滴るククリナイフが向けられるだけ。

 

 それは宣戦布告だ。

 ゴブリンの骸を投げ捨て、4体のハンミョウが疾駆する。

 捕食者に追随し、ヤマアリの群れがオークへ殺到した。

 

援護を…くそがぁ!

 

 率いていたゴブリンは漆黒に埋もれ、無為に揺れる手足が見えた。

 

 勝者は転じて被食者となった──断じて認めぬ。

 

 オークは幾度もクラブを振るい、押し寄せる漆黒を薙ぎ払う。

 弾けた外骨格や脚が散り、一瞬でエナへと還る。

 

ちっ!

 

 俊敏なハンミョウは大振りを躱し、オークの両脚に大顎を突き立てた。

 挟力は強くないが、無視もできない。

 しかし、対処に手間取れば、ヤマアリに集られる。

 

 持久戦は不利──ならば、指揮官を叩く。

 

 オークの優れた感覚器官は、死角へ回り込もうと駆ける人影を捕捉した。

 微弱なエナであっても逃しはしない。

 

遅いんだよ!

 

 集るヤマアリを振り飛ばし、あらん限りの膂力を込めて踏み込む。

 放たれた渾身の一撃は、鼠色の人影を捉える。

 

 ククリナイフの刀身を間に割り込ませるも衝撃は殺せない──小柄な体躯は、ボールのように飛んだ。

 

 道路に面したカフェの窓を突き破り、ガラス片が四散する。

 常人であれば即死、ウィッチであっても致命傷は免れない。

 

ふん、そこで寝てい…くそ、鬱陶しい!

 

 脛に噛みつくハンミョウを睨み、叩き潰さんと拳を繰り出す。

 粉砕されるアスファルト片を弾きながら、鮮やかな甲虫は離脱する。

 その間もオークの脚を漆黒が登り、大顎を突き立てた。

 

この虫けらども、が…?

 

 それを振り払わんと暴れるオークの頭上より重々しい羽音が降る。

 

 見上げた先には、黄と黒の警告色──凶悪な大顎が打ち鳴らされた。

 

 腹部の先端、毒針を獲物に指向する巨大昆虫。

 スズメバチの名で知られる彼女たちは、一斉に毒液を噴射した。

 

ぎゃぁぁぁ!?

 

 オークの顔面に直撃した毒液は、効果覿面であった。

 路上を絶叫が満たす中、カフェの入口より飛び出す小柄な影。

 

くそっ何も見えん! ぐぁっ!?

 

 ハンミョウとヤマアリが連携し、オークの体勢を崩す。

 路面へ激突する巨躯、その腹上に小柄な人影が飛び乗る。

 

 銀の髪が風に弄ばれ──紅い瞳が眼下の敵を鋭く睨む。

 

 その横顔は幼く、体躯は華奢。

 白磁のポンチョとロングスカートを纏い、武骨なククリナイフを握るのは、()()()()()()()()()だった。

 

離せ、虫けらどもぉぁぉ!

 

 暴れるオークの両脚を4体のハンミョウが、両腕を6体のスズメバチが抑え込む。

 ヤマアリの群れは全身に大顎を突き立てるも、頑強な筋肉に阻まれる。

 だが、完全に獲物の動きは拘束された。

 

ぐがっ!?

 

 胸板に膝をついた少女が、ククリナイフをオークの眉間へ叩き込む。

 眉間を割れず、滑った刃が眼球を潰す。

 

ぐぎゃぁぁあぁ!

 

 ヤマアリに耳や首を挟まれ、身動きの取れないオークの絶叫。

 それを聞いた人々は反射的に身を竦ませた。

 少女だけが機械的にククリナイフを振り上げる。

 

がっ…このぉっがげぇっ

 

 何度も頭へ叩き込み、血と肉が白磁の装束を汚す。

 重心が安定せず、同じ点に振り下ろせない。

 

くぞぉ、やめ、ぐおっ

 

 何度も、何度も、肉の潰れる音が響く。

 

 殺意の限り刃を振るい──ついに、頭蓋は叩き割られた。

 

 屈強な四肢から力が抜け、静寂が訪れる。

 オークの顔面は無惨に破壊され、原形を留めていない。

 血塗れの少女は、肩で息をしながら立ち上がる。

 

「やった、のか…?」

 

 観衆の誰かが引き攣ったような声を漏らす。

 安堵の色はなく、恐怖は継続していた。

 

 少女の周囲にスズメバチが集う、そして──大顎を皮膚へ突き立てる。

 

 皮膚を引き裂き、血肉を食む。

 すぐさまスズメバチの頭は皮膚より下へ潜り、溢れ出た血が一帯を汚す。

 

「ひぃ!」

「嘘でしょ…?」

「く、食ってるぞ!」

 

 悲鳴が上がろうと、咀嚼音が止むことはない。

 執拗にオークの脛を噛んでいたハンミョウは、既に骨まで肉を削ぎ落していた。

 ヤマアリの一群はゴブリンの頭や腕を咥え、側溝へ戻っていく。

 

「まさか…と、共喰い?」

 

 呆然と佇んでいたウィッチはエナの流動を感じ取り、見当違いな結論に至る。

 

いや、共喰いではない……ないが、あり得るのか?

 

 否定しながらも、明確な回答は返せないパートナー。

 思考が停止した両者の眼前へ少女が降り立つ。

 ククリナイフの刀身、白磁の装束、そして左腕から血が滴り落ちる。

 

「は、ひぃ…!」

 

 恐怖に蝕まれた頭が理解を拒み、ウィッチは体を硬直させた。

 

 少女の左腕が振り子のように揺れる──骨が折れているのだ。

 

 重傷のはずだが、少女の開かれた右目は何かを探す。

 その敵意を宿す目に、ウィッチは思わず後退った。

 

「…ゴブリンは?」

 

 血を垂れ流すオークの腹から頭を出し、大顎を打ち鳴らす虫たち。

 それを率いる主は、敵の姿を探し求めている。

 

左腕の心配をしてください!

「まだ2体、いたはず」

 

 左肩で跳ねるハエトリグモの言葉を無視し、少女はウィッチへ問う。

 しかし、今にも得物を構えんとする姿を見て視線を外す。

 血塗れの虫たちが忙しなく触角を揺らし、周囲を探る。

 

「ば、化け物だ」

「おい、こっちを見たぞ…!」

 

 ウィッチの背後で身を寄せ合う人々は、その光景を前にして動けない。

 たとえ、オークを打倒した存在であっても、その姿形と所業は恐怖の対象だった。

 一般人の認識は、脅威がオークから虫に移り変わっただけ──

 

「そこか」

 

 微細な臭いとエナの反応を捉え、人々が集まる方角へ一斉に頭を向ける。

 

 正確には、その背後──雑居ビルの間にある路地の奥。

 

 そこへ駆け込む矮躯の影を捉えたのだ。

 

「こ、こっちに来るわ!」

「逃げろぉぉ!」

 

 しかし、それを知る由もない人々は一瞬でパニックに陥る。

 形振り構わず走り出し、我先に逃げ出す。

 巨大昆虫とは、インクブス以上の恐怖と嫌悪の対象だった。

 

「と、止まってください…!」

 

 虫を操る主の眼前に、人類の守護者が立ち塞がった。

 祈るような声も、握る得物も、細い足も震えている。

 それでも勇気を振り絞り、銀髪赤目の少女と相対する。

 

ルゼニクス、彼女はウィッチ──」

「なぜ?」

 

 スピアの切先には目もくれず、少女は足だけを止めて問う。

 同じく脚を止めようとしたハンミョウに鋭い視線を向け、前進を続けさせる。

 逃げ遅れた人々を追い越し、路地へ突入していく。

 

「助けてぇぇ!」

「軍は何やってんだよ、おい!」

「し、死にたくないっ」

 

 巨大昆虫が至近を通過するだけで、人々は恐れ慄いた。

 悲鳴と怒号が市街地を満たし、絶望に囚われたウィッチの思考は際限なく鈍化する。

 眼前の少女を退ける言葉が紡がれることはない。

 本能的な恐怖に抗うだけで精一杯だった。

 

や、やめっぎゃあぁぁぁ!

「ひっ」

 

 ゴブリンの断末魔が響き渡った瞬間、ウィッチは弾かれたように踏み込む。

 未熟であっても繰り出す一撃は、人体を貫くのに十二分な威力だ──

 

よせ、ルゼニクス!

 

 疾風が吹き抜け、銀の髪が舞う。

 

 少女の頬に赤い線が走る──スピアの槍頭は、辛うじて頭を外していた。

 

 パートナーの制止で正気を取り戻し、切先を逸らさなければ右目は穿たれていただろう。

 その目は頬を掠めた刃を一瞥して、青紫のウィッチへ視線を戻す。

 

シルバーロータスっ

「騒ぐな」

 

 左肩で狼狽える()()()()()に対し、銀髪赤目の()()()()は意にも介さない。

 護るべき人々の悲鳴を耳にして、ただ口を強く引き結ぶ。

 

「あ、あ…私は……」

 

 青紫のウィッチは己の過ちを認識し、無意識のうちに後退った。

 命の恩人を危うく刺殺するところだったのだ。

 未熟は免罪の理由とはならない。

 

落ち着け、落ち着くんだ…!

 

 ペンダントから響く声は届かず、主はスピアを取り落として小さく震える。

 その姿を映す紅い瞳に怒りはなく、ただ悲痛な色が宿っていた。

 幼い容姿に見合わぬ複雑な表情を浮かべ、銀のウィッチは踵を返す。

 

「…引き上げるぞ」

自己治癒を優先してください!

 

 血塗れの銀髪を引っ張るハエトリグモを無視し、シースにククリナイフを収める。

 刀身に付着した血が一気に溢れ、アスファルトに血痕を残す。

 

 行かせてはならない──未熟な、それでも善なる少女は手を伸ばす。

 

 己をウィッチたらしめる善性に突き動かされ、震える喉で言葉を紡ぐ。

 

「ま、待って…待ってください!」

 

 しかし、異端のウィッチが振り向くことはない。

 謝罪も懺悔も不要だと、華奢な背中は言外に語っていた。

 国防軍の汎用ヘリコプターが頭上に現れ、強烈なダウンウォッシュによって戦塵が巻き上がる。

 灰色に染まる視界の中、肉片を咥えた虫たちも去っていく。

 

 彼女たちへ感謝の言葉はなかった──誰一人として。




 捕食者系魔法少女・イヤーワンだゾ(白目)
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