捕食者系魔法少女   作:バショウ科バショウ属

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 (第4弾にヒロインが登場できなかったので)初投稿です。


禁秘

 かつて首都上空とは、自由のない空だった。

 アメリカ軍が航空管制する横田空域が広がり、見えない壁があったのだ。

 しかし、現在は別の障害が存在している。

 不倶戴天の敵、インクブスだ。

 

「ああ、くそ……痛てぇ」

 

 微かな月光、そして背後で炎上中の乗機に照らされる男は毒づいた。

 迷彩柄の戦闘服は、彼が国防陸軍の所属であることを示す。

 窓が割れたコンビニエンスストアの店内で、左腕の応急手当に悪戦苦闘している。

 

 弾着観測の任務中、彼の乗機は撃墜された──新種のインクブスが放った雷撃によって。

 

 幸運にも愛すべきフライングエッグ(空飛ぶ卵)ごと火葬されることはなかった。

 しかし、幸運が続くとは限らない。

 

「あいつがいる限り、救助は……くそっ」

 

 辛うじて応急手当を終え、痛む身体に鞭打って立ち上がる。

 首都を占領するインクブスの数は減少傾向にあるが、ここは()()だ。

 悍ましい怪物どもは、地に落ちたパイロットを逃しはしないだろう。

 

 信号筒を使用したが最期だ──遠方で雷鳴が轟く。

 

 生還を諦めないパイロットは、サバイバルキットを携えて歩道を進む。

 墜落地点は危険という判断だった。

 

ぐあぁぁぁぁ……

 

 断末魔が響き、思わず姿勢を落とす。

 声の主は人間のものではない。

 夜空より月光の注ぐ街もとい廃墟は、何事もなかったように沈黙する。

 

「畜生……」

 

 歩道の陰で、肺の濁った空気を悪態と共に吐き捨てる。

 孤立無援の敵地で左腕を負傷し、生還は困難を極めるだろう。

 温もりのない廃墟を見渡し、パイロットは口を引き結ぶ。

 

 怪物の跋扈する夜の世界とは恐ろしい──路地裏で紅い目が瞬いた。

 

 人影を認めた国防軍のパイロットは弾かれたように動く。

 サバイバルキットを足元に捨て、自衛用のハンドガンを構える。

 

「誰だ!」

 

 恐怖を精神力で抑えつけ、誰何した。

 この破壊された街に人間などいるはずがないと知りながら──

 

「私は……敵ではありません」

 

 路地裏から現れたのは、鼠色のオーバーコートを纏った小柄な少女だった。

 月光を蓄えた長い銀髪、そして人形のように整った容貌は現実感を失わせる。

 

 この立入禁止区域を出歩く少女──それは、ウィッチ以外にあり得ない。

 

 パイロットは硬直しながらも、頭の片隅で結論を導き出していた。

 

「…大丈夫ですか?」

 

 紅い瞳を瞬かせる少女は、容姿に違わぬ幼い声を発した。

 無邪気さは欠片もなかったが。

 

「あ、ああ…すまない」

 

 慌てて銃口を下ろし、国防軍のパイロットは謝罪する。

 罪悪感と安堵が入り混じり、左腕の刺すような痛みに顔を顰めた。

 少女の、ウィッチの平坦な視線が痛みの原因へ注がれる。

 

「左腕が…」

「大丈夫だよ。応急手当は済んでいるから」

 

 人類の守護者とは言え、まだ幼い少女を前に軍人として振る舞う。

 それを見たウィッチは口を開きかけ、言葉を飲み込んで沈黙する。

 

「…ここで何を?」

 

 改めてウィッチは問うた。

 立ち上る黒煙を一瞥してから、紅い瞳が国防軍のパイロットを映す。

 おおよそ状況は把握している様子だった。

 

「救助を呼ぶために、安全な場所を探しているんだ」

 

 ウィッチへの干渉は避けるべきだが、この状況下で背に腹は代えられなかった。

 任務の詳細だけは口外せず、自身の現状を伝える。

 協力が得られるかはウィッチ次第であり、要請はできない。

 銀髪赤目のウィッチは黙考し──

 

「この一帯のインクブスは駆逐しました」

 

 淡々と、驚愕の事実を告げた。

 

「な、なんだって?」

 

 ウィッチとは、無限の可能性に満ちた存在だ。

 しかし、行使できる能力は有限で、大規模な群れを制圧することは困難と推定されていた。

 付け加えるなら、今宵は新種のインクブスも確認されている。

 

「君、1人が?」

 

 外見通りの実力ではないと理解していても、疑問が口から出た。

 静かに目を伏せ、少女は言葉を探す。

 その所作が幼い容貌に見合わぬ色香を醸し出させる。

 

1()()ではないです」

 

 複数のウィッチが協同してインクブスの群れを撃破した。

 そう理解した国防軍のパイロットは、娘より幼い少女たちの戦う姿を想像し、口を強く引き結んだ。

 

「そうか……君たちの健闘に敬意を」

 

 相応の報酬もなく戦う少女たちへ、せめて賞賛の言葉だけは送る。

 あくまでも静観という方針は守らねばならない。

 大人の庇護がウィッチの力を弱め、結果的に命を散らせるとヨーロッパ各国が証明してしまった以上は。

 

「いえ」

 

 謙遜ではなく否定。

 ウィッチの声は感情を削ぎ落とし、冷淡さすら感じるものだった。

 

 微かな違和感──深入りすべきではなかった。

 

 しかし、喫緊の問題が解決し、幾分か余裕を取り戻したパイロットは抱いた疑問を口にする。

 

「君は帰らないのか?」

 

 インクブスを駆逐したならば、ここに留まる必要はない。

 負傷者の救助に奔走するウィッチもいるが、眼前に立つ少女は異なるように思われた。

 

「…墜落地点の確認に」

 

 紅い瞳が黒煙の立ち上る方角へ向き、細められる。

 ヘリコプターの墜落地点は立体駐車場の手前で、当然ながら無人地帯だ。

 火災は生じているが、自然鎮火を待っても問題はない。

 

「あそこには何もなかったが──」

 

 途中まで言葉を紡ぎ、中断を余儀なくされる。

 緊張で体を強張らすパイロットは、ハンドガンのトリガーに指を置く。

 

 耳に届く大気を震わす音──羽音だ。

 

 夜の静寂を乱し、無数の羽音が次第に接近してくる。

 乗機の墜落した方角を睨めば、コンクリートジャングルを縫って飛ぶ影。

 月光を浴びる橙と黒の縞模様の体躯には、2対の翅と3対の脚があった。

 

「なぜ、巨大生物が…!」

 

 中型犬ほどの体長をもつミツバチの群れを見て、パイロットは顔を引き攣らせた。

 最近、目撃数が増加している正体不明の巨大生物。

 形態は様々だが、インクブス()()を攻撃するという共通点がある。

 

 国防軍の対応は、ウィッチと同様に静観──ミツバチは明らかに少女を目指していた。

 

 細かな毛の生えた脚を前に出し、捕獲の姿勢を見せる。

 

「嘘だろっ」

 

 ウィッチは抵抗することなく、体当たりを正面から受けて倒れ込む。

 続々とミツバチが降り立ち、長い銀髪も鼠色のオーバーコートも見えなくなる。

 熱殺(ねっさつ)蜂球(ほうきゅう)だ。

 

「人間は襲わないんじゃなかったのか!」

 

 一刻の猶予もない。

 国防軍のパイロットは蠢く毛玉の塊へ銃口を向け──

 

「待って」

 

 羽音と外骨格の擦れる音の中、確かに少女の声が聞こえた。

 

「無事なのか!?」

 

 トリガーに置いた指を止めて安否を確かめると、毛玉の塊から手が出される。

 ミツバチの1体を抱え、上体を起こす少女。

 自身を取り巻く群れを見て、困ったように笑う横顔は慈愛に満ちていた。

 

「大丈夫です。敵ではありません」

 

 理解を超えた状況にパイロットは困惑するしかない。

 

「ど、どういうことなんだ?」

 

 どう説明すべきか、ウィッチは迷っている様子だった。

 その周囲で、身体を揺らして踊り、オーバーコートの裾を食み、少女の指先を舐めるミツバチたち。

 

「このミツバチは──」

ミンストレルです

 

 ウィッチの左肩、銀髪の影から訂正が飛ぶ。

 思わぬ第三者の声にパイロットは身構えるも、気にせずウィッチは話を続ける。

 

「ミンストレルは、ファミリア(使い魔)です」

 

 少女に大人しく抱えられたミツバチは、迷彩柄の人影など眼中にない。

 主の手に掴まり、触角を揺らすだけ。

 

 familiar(使い魔)というよりfamilia(家族)だ──現実逃避する思考を引き戻す。

 

 インクブスを攻撃の対象とする点で、ウィッチに関連する存在と見られていた。

 しかし、異質な造形と攻撃手段から関連を疑問視する声も同時に聞かれた。

 

「ウィッチが……いや、君が率いていたのか」

 

 1人ではない、その意味を知る。

 頭上から降り注ぐ攻撃ヘリコプターさながらの()()

 夜空を見上げれば、ミツバチの天敵とされるスズメバチの一群が降下してくる。

 材料不詳の肉団子を抱え、車道へ降り立つ捕食者たち。

 

「ほら、行け」

 

 主に腹部を押され、ミツバチたちは無警戒に天敵へ近寄っていく。

 食性が吸蜜である昆虫が肉団子に集り、それを獲物とする昆虫が微塵の興味も示さない。

 足元に毛玉の塊が生まれようとスズメバチは呑気に触角を掃除している。

 別種の生命体だと実感させる光景だった。

 

 交差点に立つ信号機が倒れる──月光を帯びた外骨格が闇より姿を現す。

 

 大型トラックほどもある巨躯が、荒れ果てたアスファルトの上を悠然と進む。

 頭部から立派な角が伸びる甲虫の隊列は、戦車連隊の如く勇壮だった。

 

「は、ははは……ここは腐海か?」

 

 威嚇にもならない得物を下ろし、乾いた笑い声を漏らす。

 巨大生物とインクブスの目撃数が逆転しつつある理由は単純だった。

 このコンクリートジャングルを支配する捕食者は、彼彼女らなのだ。

 

 人間ではない者たち──その一群を従えるは、1人の少女。

 

 昆虫を模した巨大生物に囲まれ、慈母のように微笑むウィッチだ。

 ()()()()()()()()()()()()、それが国防軍の真意なのだろう。

 

「すげぇ……アトラスオオカブト、なのか」

 

 それを理解したパイロットは、縁石に腰を下ろして傍観するしかない。

 少女の胸へ頭を押し付ける甲虫は、幼少期の記憶に残る姿を拡大したようだった。

 溜息交じりに叩かれ、渋々下がるも触角を動かして抗議する様は、大型犬を思わせる。

 

ウィリーウォーと言い──むごっ

 

 銀髪の陰から頭を出したハエトリグモの鋏角を、細い指が押さえる。

 半眼で睨み、少女は小さく溜息を吐いた。

 

「無闇に喋るな」

ふぁい

 

 拳大のハエトリグモと慣れた様子で会話するウィッチ。

 呆気に取られていたパイロットだが、今更だと開き直って苦笑する。

 彼女たちは現代科学で解明できない存在なのだ。

 

「…今夜は安全のはずです」

 

 紅い瞳が迷彩柄の人影を映し、幼い声で淡々と告げる。

 その背後では、アトラスオオカブトを始めとする甲虫たちが肉団子を食む。

 

「ああ、そうらしい」

 

 防人の1人である国防軍のパイロットは肯定する。

 眼前の光景を見れば、敵対する意志すら瞬時に粉砕されるだろう。

 肉団子の()()()でさえ例外ではないはずだ。

 

 ──翌朝、パイロットは無事救助された。

 

 救難ヘリコプターから見下ろす廃墟に巨大生物の姿はなく、インクブスの全滅という結果だけが残された。

 しかし、遭遇したウィッチに関しては厳重な緘口令が敷かれ、今現在に至るまで解かれていない。




 作者はマルハナバチ推しです(大胆な告白)
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