そこには、円卓があった。
一面の純白より影のように浮く黒曜の円卓。
継ぎ目のない滑らかな卓上には何もなく、ひどく殺風景なものだった。
そこへ集う影は、様々な形態の人外たち。
「ここに来るのも久々だにゃぁ」
欠伸に合わせて膨らむ漆黒の毛並み。
首から下げた弾帯が擦れ合い、乾いた金属音を響かせる。
卓上の一角に寝転がっていた黒猫は、琥珀色の眼で同席者を見回す。
「前回から11日経過」
淡々と言葉を発するのは、4つの単眼を明滅させる人型。
騎士甲冑を模した機械仕掛けは、純白の空間において重厚な存在感を放っている。
「うむ! 久々に羽が伸ばせるな!」
広げられた翼から灰色の羽根が舞う。
その姿は猛禽、されど純白を覆い隠す大翼は怪鳥と呼ぶべきもの。
「グリム殿は普段から羽を伸ばしていると思いますが」
白磁のような手が円卓に積もった羽根を掃い落す。
小さく首を傾げるのは、目を包帯で覆った乙女。
纏った外衣で爪先まで隠し、円卓に着くことなく佇む姿は女神像の如く。
「それは物理的にじゃろ?」
老獪な声を響かせ、大蛇のように長大な躰を円卓の一角へ収める者。
その姿を喩えるなら、古の日ノ本に棲まう龍。
「あの姿も気に入っているが、これが一番落ち着くな!」
「物質世界だと燃費が悪いからにゃぁ……」
悠々と大翼を広げる怪鳥を横目に、黒猫は大きな欠伸を披露する。
円卓に集うた者――それは
普段、ウィッチと共に行動する姿は仮初のもの。
意思疎通のため構築した概念空間でのみ、パートナーたちは真の姿を現す。
「レギ君は変わらず、その姿なのだな!」
ただし、何事にも例外はある。
「あ、すみません……」
人外居並ぶ円卓に乗る拳大のハエトリグモは、4対の脚を丸めて縮こまる。
ウィッチナンバー13、シルバーロータスのパートナーを務めるレギ。
何かと交流を避けてきた結果、本日が初参加である。
「責めているわけではないんだ! すまない!」
灰色の大翼を閉じた怪鳥――ウィッチナンバー11のパートナーは朗らかに笑う。
「グリム殿、声量を落とした方がよろしいかと」
「おっと、カタリナ君の言う通りだな」
白磁の乙女に諭されて、グリムは幾分か声量を落とす。
主たるゴルトブルームと似た姿のパートナー、カタリナは穏やかな笑みを口元に浮かべた。
「レギや、あまり気にせんでやってくれ」
レギを頭上より見下ろす白き龍、タマは顎下を爪で掻きながら苦笑する。
「平常運転」
その隣で無機質な声を発する機械仕掛けの騎士。
物質世界と姿形が大きく変わらないマイヤーは多くを語らない。
しかし、静かに親指を立てて最低限の意思は示す。
「は、はぁ……」
レギは円卓に集ったパートナーの勢いに、ただただ圧倒される。
彼らの間に漂う気安い雰囲気は自然と醸成されたものだ。
仕えるウィッチが友人同士である以上、交流する時間も長いのだろう。
「では、改めて」
居並ぶナンバーズのパートナーを代表し、グリムが音頭を取る。
羽毛に覆われた胸を膨らませ、熱量を一息に解き放つ。
「ようこそ、レギ君!」
意気軒昂。
音響兵器もかくやという声が、エナで構築された空間を震わす。
「よ、よろしくお願いします」
感覚器官である毛を逆立たせたレギは、おずおずと頭を下げる。
「まぁ、なんだ……歓迎するぜぇ」
その姿を見遣り、なんとも言えない表情で笑うトム。
尻尾を振ることで歓迎の意を示し、円卓に集った一同も頷く。
「これが初対面ではありませんし、気楽にいきましょう」
「そうじゃな」
シルバーロータスがウィッチナンバー13に名を連ねた頃から、お茶会の誘いで言葉を交える機会はあった。
ただし――
「度々呼んでいただいていたのに、これまで参加を見送って申し訳ありません……」
誘いの全てを断ってきたレギにとって、この場には身の置き所がなかった。
そして、緊急避難先のフード裏もない。
レギは逆立った毛を前脚で戻し、少しでも自身を小さく見せようと努める。
「それはシルバーロータス殿の指示だったのですか?」
不参加を咎める者はいないが、カタリナの問いかけは一同が抱いた疑問だ。
シルバーロータスはファミリアの運用や戦術を秘匿し、インクブスに情報が渡る可能性を徹底的に潰してきた。
パートナーに同様の対応を求めても不思議ではない。
「お茶会の不参加は彼女の意思でしたが、こちらに関しては、その……」
「これは嫌われることしちゃったかにゃぁ」
歯切れの悪いレギに対し、トムは口元を押さえて喉で笑う。
「い、いえ! そんなことは……」
卓上の片隅で縮こまるハエトリグモと胡散臭い笑みを浮かべる黒猫。
円卓の対面から両者を見遣る4つの単眼。
「トム、先程の発言はパワーハラスメントと判断されます」
「おぉん……」
マイヤーより放たれた無慈悲な一言に、トムは情けない声で鳴く。
「良くないぞ、トム君!」
「釈然としねぇにゃぁ……」
グリムの追撃に眉を顰めるトムは卓上に転がり、腹を見せたまま目を閉じる。
ここからは任せた、そういう意思表示であった。
「何か理由があるようじゃな?」
不貞寝するトムを横目に、タマが卓上まで顔を寄せる。
開かれた翠の眼が小さき影を映す。
レギは――沈黙した。
人語を介さぬ蟲のように一言も発さない。
黒曜石の如き眼から感情を推し量ることは困難だった。
これが蟲の姫であれば、従者の苦しみを瞬時に理解しただろう。
「……私は」
その沈黙が葛藤から生じたものである、と。
「落ちこぼれなんです」
絞り出すような、苦渋に満ちた声。
円卓に漂う空気が微かに硬直し、皆が口を噤む。
「シルバーロータスが扱えるマジックは……1つだけなんです」
ウィッチが扱うマジックの傾向は権能に左右されるが、数は左右されない。
どれだけの数を扱えるか、それは個人の才によるところが大きい。
「私では、彼女の力を十全に引き出せませんでした」
シルバーロータスに授けられたマジックは、ファミリアの召喚のみ。
テレパシーによる交信もレギを介して行われ、単独では安定しない。
「可能性を……奪ってしまった」
その結果、シルバーロータスは数え切れない苦難を強いられてきた。
己の無力を呪ったのは一度や二度ではない。
「だから、せめて相談役だけは勤め上げようと思っていました」
インクブスとの戦いで傷つくウィッチの心に寄り添う。
常に彼女たちの味方であれ。
オールドウィッチから言われるまでもなく、それがパートナーの存在意義。
「でも、彼女の苦しみを和らげることも……」
しかし、それすら果たすことができなかった。
ファミリアの海外派遣に伴う一連の騒動では、金城静華と政木律がいなければ致命的な事態に陥っていた。
その苦々しい記憶は今も暗い影を落としている。
「そんな私が呼ばれる資格はないと、今でも思っています」
そう締め括ったレギは卓上に映る自身と睨み合う。
人々が評価しているのは、数多のインクブスを屠ったシルバーロータス。
ウィッチナンバー1のパートナーから下された評価は覆らない。
「レギ君!」
「は、はい!」
円卓を震わすグリムの声に、消沈していたレギは飛び上がる。
「一つ訂正させてもらおう!」
高らかに宣言する灰色の怪鳥。
「君は落ちこぼれなどではない」
世界そのものへ抗う一人の少女を傍で見守ってきた者は誰か。
共に戦い、歩んできた者は誰か。
燃ゆる朱の眼が映すパートナーは、決して格下などではない。
「ウィッチとパートナー、揃って自己評価が低いの」
「それだけ似た者同士ってことだにゃぁ」
落ちこぼれなど笑止千万。
その評価が妥当だと認める痴れ者は、この円卓にいない。
「レギ殿、我々は力を貸すことしかできません」
「あくまで受動態」
聖女と騎士は説く。
物質世界においてパートナーとは無力であり、単独でインクブスを滅ぼすことはできない。
それは潤沢なエナを内に秘めたウィッチにしか為せぬことだ。
「後は、ご主人任せだからにゃぁ」
「どう力を振るうか、は我らの範疇ではないの」
黒猫と龍は頷く。
ナンバーズのパートナーとて物質世界では例外なく無力。
時にウィッチの刃となり、盾となるが、核以外はエナを借り受けて形成している。
「力が全てであれば言葉など不要だ。では、なぜ我々には言葉が与えられたのか?」
怪鳥は円卓に集うた者へ、己へ問いかける。
ただの制御装置として振る舞うのであれば、パートナーに言葉など不要。
しかし、オールドウィッチは望まなかった。
「シルバーロータス君は単独行動が常だったと聞く」
自問には答えず、異端のパートナーと相対する。
シルバーロータスはインセクト・ファミリアという特異性ゆえに単独行動を余儀なくされた。
決して望んだわけではないが、周知の事実――
「だが、孤独ではなかった」
「そんなこと…!」
無責任な部外者の言葉に、レギは思わず感情を露わにする。
護るべき人々も、味方であるはずのウィッチも、シルバーロータスを忌避した。
インクブスと戦い続けた彼女を理解しようとしない。
これが孤独でなければ何と言う。
「参謀であり、戦友であり、理解者がいた」
朱き眼はウィッチのために憤るパートナーしか映していなかった。
「君だ、レギ君」
インセクト・ファミリアと交信するだけの装置では決してない。
シルバーロータスは孤独か――否である。
助言し、時に諫め、相談に乗る。
最終的な判断こそ委ねるが、常にシルバーロータスの味方で在り続けた。
それがレギというパートナーだ。
「我々の役目は、彼女たちの味方であること」
ならば、ナンバーズに仕えるパートナーと何一つ変わらない。
そこに優劣は存在しない。
「君は立派に勤め上げている」
自信に満ちたグリムの声が純白に響き、染み渡っていく。
「恥じることは何一つない!」
同情や憐憫ではない。
これは事実の再確認であり、正当な評価である。
力だけが全てではないのだ。
「皆さん……」
レギが円卓を見渡せば、集った者は頷きを以て応える。
己の無力を幾度と呪った。
努力が空回りすることも多々あった。
本来、支えるべきシルバーロータスを除いて肯定してくれる者はいなかった。
「ありがとう、ございます…!」
この日、レギは初めて対等な存在から認められた。
◆
テーブルライトに照らされた机上の白に、小さな影が入り込む。
4対の脚で予習ノートに飛び乗り、大きな前中眼で私を見上げる者。
クモ目ハエトリグモ科――芙花からはアンダーソンと呼ばれるアダンソンハエトリグモだ。
前脚を上げて存在を主張する姿は、何とも微笑ましい。
「ただいま戻りました、東さん」
「ああ、お帰り」
シャーペンを置き、差し出された前脚に指先を突き合わせる。
こんなことをしなくても意思の疎通はできるが、存外気に入っているのだ。
この何気ない触れ合いが。
「それで……」
開いた掌にパートナーを乗り移らせ、目線を合わせる。
「収穫はあったか」
努めて普段通りの調子で聞く。
先程までパートナーは情報交換の場に出向き、ナンバーズのパートナーたちと相対していた。
彼らの善性を疑うわけではないが、心配であったのは事実。
「はい」
そんな心配を余所にパートナーは力強く答えた。
「私とは違う……そう決めつけるのは、早計だったかもしれません」
前脚を擦り合わせ、静かに言葉を紡ぐ。
私を映す黒曜石のような眼には、温かな光が宿っているように見えた。
「皆、一緒だったんですね」
断片的な言葉だが、おおよその想像はつく。
私のパートナーを務めるうちに自身も異端であると蔑み、他者との交流を避けている節があった。
だが、それは誤りだ。
ナンバーズのパートナーが相手だろうと堂々としていればいい。
「とても有意義な時間でした」
「そうか」
彼らとの交流で、少しでも気付きがあったのなら――
「よかったな」
物知りマスコットを目指したり、ファミリアの命名に拘ったり、そういうところも含めて救われている。
あの夜から今日まで散々頼っておきながら、私には返せるものがない。
「東さん」
「どうした?」
アダンソンハエトリグモの姿を模したパートナーは、掌の上で前脚を上げる。
「これからもよろしくお願いします!」
「ああ」
せめて、憧れのウィッチに仕えるパートナーたちと同じ景色を見せてやりたい。
称賛されるべきは、私だけではないのだと。
時系列は「真言」後になるゾ。