捕食者系魔法少女   作:バショウ科バショウ属

67 / 102
 新章開幕!


魔女ノ記憶
変移


 新緑の生える草原に真夏の日差しが降り注いでいる。

 風が吹くたびに背の低い草が揺れ、息遣いのように一面が波打つ。

 

 そこへ落ちる黒い影は、空を流れる雲か──否、それは重々しい羽音を纏っている。

 

 雲一つない蒼穹を侵食する暗黒。

 消炭色の外骨格は戦車の装甲に匹敵し、斑模様の翅は旅客機と同等の速度を生み出す。

 群生相のトノサマバッタを模した姿は過去となり、凶暴性を増したデザインは殺意を迸らせている。

 

『信じられん』

 

 デジタルフローラ迷彩の戦闘服に身を包んだ兵士たちは、暗黒に染まる空を見上げた。

 対空ミサイルの描く白い軌跡が幾本も伸び、眩い閃光が走る。

 かつてNATOと相対した防空システムは果敢に迎撃を試みているが、その効果は薄い。

 

『まるで黙示録だ』

 

 草原を見渡せる高地に陣地を築き、敵を待ち構える彼らは傀儡政権の走狗だ。

 人類の天敵へ平伏した家畜、あるいは奴隷。

 

『偵察班から報告!』

 

 通信兵の報告に耳を傾けつつ、塹壕内から草原を睨む。

 彼らは妻や子を贄としないために最前線に立っている。

 

『敵はT-72を有する機械化部隊、先頭には魔女を確認したと…!』

 

 敵は堂々と草原を前進し、土煙を巻き上げて高地へ迫る。

 旧式の主力戦車など脅威ではないが、魔女は違う。

 

 あれは人知を越えた存在──文字通り一騎当千の怪物なのだ。

 

 頭上を覆う異形の軍勢と併せ、戦力差は絶望的であった。

 太陽が姿を隠し、塹壕内の影が強まる。

 

『くそっ…魔女め! 配置に就け!』

『大隊に砲撃を要請しろ!』

 

 指示を受けた兵士たちが塹壕内を行き交い、配置に就いていく。

 空では絶えず対空ミサイルが炸裂し、焔に包まれた異形が地へと墜ちる。

 

『534号車と537号車のエンジンを始動、迎撃するぞ!』

『了解!』

 

 ガスタービンエンジンが唸り声を上げ、掩体壕より覗く長大な砲身が草原を睨む。

 瓦のような反応装甲で砲塔を覆う主力戦車は、魔女を相手取るには非力だ。

 ()()()()()防衛戦では、それで問題が無かった。

 不死身を誇る巨躯のインクブスが去った今、戦局は逆転する。

 

『勝てるはずがない……お終いだ』

 

 精神を蝕む羽音を聞きながら、兵士の1人が本心を吐露した。

 それは塹壕内に潜む全員が抱く絶望だ。

 暴虐の限りを尽くした傀儡政権、その走狗の降伏を()()()()は許しはしないだろう。

 

『黙れ。聞かれるぞ』

 

 そう言って壮年の兵士が背後へ視線を走らせる。

 彼らが配置に就く陣地の後方には、督戦を行う魑魅魍魎がいるのだ。

 

『戦うなら連中とだろ』

 

 逃亡する兵士がいれば、物理法則を無視した焔で焼殺する。

 領土の簒奪を良しとせず、徹底抗戦を選んだインクブスこそ真の敵だった。

 

『今更、遅えんだよ──っ!』

 

 豪雨の如き羽音が増大する。

 頭上より迫り来る圧力に、兵士たちは思わず息を呑む。

 

 それは壁だ──死という概念だ。

 

 空を暗黒に染めていた消炭色の闇が降ってくる。

 聴覚と視覚は、覆せない絶望を出力していた。

 

『撃て!』

『近づけるな!』

 

 頭上へ向けられる火器の全てが火を噴いた。

 対空ミサイルの白い軌跡も、鮮やかな曳光弾も、際限なく闇へ吸い込まれていく。

 まるで痛痒を感じていない節足動物は一直線に降下を続ける。

 

『くそっ化け物め!』

 

 外骨格は小口径の弾丸を弾き、細かな穴を穿っても翅は揚力を失わない。

 陣地の後方より紅蓮の焔が放たれ、一際大きな爆炎が闇を照らす。

 インクブスがマジックを使用したのだ。

 

『撃ち続けろ!』

『弾切れだ!』

『に、逃げろ!』

 

 しかし、事態は好転しない。

 兵士たちは複眼に映った己の姿を認識し、開かれた大顎に恐怖した。

 

 それは焔を放つ魑魅魍魎へ殺到──消炭色の小山が出来上がる。

 

 断末魔まで噛み砕き、色鮮やかな赤が視界の端に映る。

 督戦を担っていたインクブスは残らず咀嚼された。

 

『ひっ…ひぃ!』

『黙れ…!』

 

 3対の脚に備わる爪が至近を擦過し、兵士たちは息を殺して縮こまる。

 最早、誰も抵抗を試みようとはしなかった。

 

 捕食者と被食者──決して覆せない世の理だ。

 

 異形は主力戦車の砲塔や塹壕の上を歩き回り、それから悠々と飛び立つ。

 人類など眼中になかった。

 

『た、助かったのか…?』

 

 踏み荒らされた塹壕から頭を出し、消炭色の異形を見送る。

 己が被食者でなかったことに安堵しながら。

 

 ここが戦場であると忘れてはならない──金属を穿つ硬質な音が響く。

 

 次の瞬間、掩体壕に身を隠す主力戦車が爆発した。

 砲塔が天高く舞い、周囲の空気を衝撃波が一掃する。

 

『くっ……な、なんだ!?』

 

 残された車体から炎と黒煙が上り、砲塔が大地に突き刺さった。

 弾薬が誘爆しなければ起こり得ない爆発。

 土や破片が降り注ぐ中、状況を把握せんと兵士たちは周囲を見渡す。

 

『これは…!』

 

 そして、彼らは()()射程に入ったと悟る。

 陣地を防御する兵器の全てが鉄屑となり、黒煙を上げていた。

 

 多目標同時攻撃──魔女の仕業だ。

 

 鋼鉄の獣たちを従え、草原を疾駆する青鹿毛の軍馬。

 その馬上にて、細身の少女が鮮やかな水色の装束を靡かせる。

 エナで形成されたコンパウンドボウを持ち、華奢な背中には武骨なアサルトライフルを背負う。

 

『ま、魔女だ!』

 

 その姿を視認し、瞬く間に恐怖が伝播していく。

 インクブスと傀儡政権の攻勢を撃退し続け、草原に数多の亡骸を積み上げたモンゴル高原の魔女。

 彼女は守護者にして殺戮者だ。

 

『おい、降伏し──』

 

 無慈悲な砲声が轟き、塹壕ごと兵士の命を吹き飛ばす。

 旧式の主力戦車とは言え、その主砲が放つ榴弾の威力は絶大だ。

 白い砲煙を背景に、魔女が矢を番えた。

 その瞳に宿るは、烈火の如き敵意。

 

『くそっ』

『攻撃、来るぞ!』

 

 馬上より放たれた漆黒の矢弾は、音の壁を貫通する。

 その放物線が描く先には、最後方に展開している自走榴弾砲大隊。

 しかし、彼らの末路を塹壕の兵士が知ることはない。

 

『魔女め…!』

 

 横隊で進む主力戦車の砲口が火を噴き、呆気なく人命は砕け散った。

 

 人類の反撃が開始された──それは犠牲を伴うものだ。

 

 中国大陸のインクブスを絶滅させた捕食者は、獲物を求めて多方へと散った。

 北はモンゴル高原を抜けてシベリアへ、南はヒマラヤ山脈を越えてガンジス川に至る。

 悪辣な支配者を失い、残されたのは哀れな傀儡たち。

 人類の反撃とは、彼らとの戦いを意味した。

 

 

 インクブスの襲撃事件から1週間が過ぎた。

 市街地の至る所に戦闘の傷痕が残り、今も行方不明者の捜索が続いている。

 瓦礫の下に埋もれているか、それとも異界に連れ去られたか。

 今回に限っては前者だと私は見ている。

 

 インクブスの目的は略奪ではない──殺戮だ。

 

 老若男女に関係なく無差別な攻撃が行われ、夥しい数の死傷者が出ていた。

 かつて首都圏を襲った惨禍とは毛色が違う。

 

東さん、パセリを忘れていますよっ

 

 その理由に考えを巡らせた結果、留守になった手元でパートナーが小さく跳ねる。

 このままだと夕食であるボロネーゼ風パスタが冷めてしまう。

 

「ああ」

 

 香辛料を入れるパントリーからパセリの瓶を抜き取る。

 フリーズドライの安物だが、香りと色が良い。

 それを皿に盛ったパスタへ振りかけていく。

 

 2皿目にも同じように──あれだけの惨劇があっても日常生活は続いている。

 

 決して他人事じゃない。

 父も芙花も運が悪ければ犠牲者の名簿に名を連ねていた。

 それに安堵を覚えながら、言い知れぬ罪悪感が胸中を渦巻く。

 

やはり、彩りは大事ですね……

 

 前脚を揺らし、感慨深そうに宣うハエトリグモ。

 あくまで普段通りに振舞うパートナーに、私は救われている。

 自責も自粛も、犠牲となった人々の慰めにはならない。

 そんな自己満足よりも生産的な事柄に頭を使うべきだ。

 

「少し多かったか…?」

 

 皿に盛ったパスタの分量を見て、静かに首を捻る。

 1週間は経つが、私は3人分を作っていた時の勘を取り戻せずにいた。

 

いえ! 明日から学校ですし、しっかり英気を養ってください

 

 襲撃事件の影響で、近隣の教育機関は臨時休業となっていた。

 児童生徒や教員の犠牲者もいた中、よく再開を決断したものだと思う。

 戦時下であっても社会は回り、日常を取り戻していく。

 

「…そうだな」

 

 鬱屈とした溜息を噛み殺し、皿に盛ったパスタの小山を見下ろす。

 そこまで私の胃は大きくないが、いけるか?

 木製のトレイに2皿を載せ、リビングへ足を向ける。

 

≪未曾有の犠牲者を出しながら──損失は軽微であったことから──≫

 

 リビングから聞こえる音声は、国防軍の防衛体制を追及するデモのニュースだった。

 

≪──何のための国防軍なんですか!≫

≪ウィッチがいれば不要な──ですよね≫

 

 薄氷の上にあった日常を崩され、憤りを露にした人々。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる、随分と都合の良い記憶力だ。

 海を隔てた先には、地獄が広がっていると忘れたか?

 

≪これに対し国防省は──≫

「手伝うよ、蓮花」

「私も手伝う!」

 

 夕食を待つ父と芙花がリビングからキッチンを覗き込んでくる。

 心配させてしまったらしい。

 考え事も大概にすべきだ。

 

「お願いしてもいい?」

 

 捻くれた思考を胸中に押し込め、父へトレイを差し出す。

 大丈夫、自然に笑えているはずだ。

 

「もちろん」

 

 それを受け取った父は穏やかな笑みを浮かべる。

 戦傷を負ったと聞いて心配したが、日常生活に支障は無いらしい。

 

「姉ちゃん、私は?」

「これを並べてくれる?」

 

 上目遣いで見上げ、ぎゅっとエプロンを握ってくる芙花には、3本のフォークを手渡す。

 大事な仕事だ。

 

「分かった!」

 

 ぱっと目を輝かせる姿が微笑ましい。

 その笑顔が無理をしていないか、よく注意して見守る。

 芙花はPTSDを発症しても不思議ではない場所にいたのだ。

 最後の1皿を取って、リビングへ向かう小さな背中を追う。

 

 リビングからは不快な雑音と化したニュースが──不意に途絶えた。

 

 テレビの画面が暗転し、静寂が戻ってくる。

 ダイニングテーブルに2皿を並べ終えた父が、画面へリモコンを向けていた。

 

「…いいの?」

「蓮花が作ってくれた料理を美味しく食べたいからね」

 

 振り返った父はソファにリモコンを置き、困ったように笑う。

 微かな苛立ちを覚える。

 命を賭して戦った防人が、なぜ糾弾されなければならない?

 諸悪の根源を間違えるなよ。

 

「父ちゃん、あの人たちは何をしてたの?」

 

 ニュースの内容を理解していない芙花の素朴な疑問。

 父に言わせたくなかったが、大丈夫だと視線で制される。

 

()()()がんばれって父ちゃんたちを応援してくれてるのさ」

 

 父は最大限の好意的な解釈を行い、優しい言葉で並べ替えた。

 己の無力を棚に上げた無責任な言葉の数々を。

 

「……がんばってるのに」

 

 それを聞いた芙花は不服そうな表情を浮かべ、テレビへ視線を向けた。

 芙花は、戦場に立った父を見ている。

 今まで知らなかった防人の側面を知った今、思うところがあるのだろう。

 

「ありがとう、芙花。そう言ってくれるだけで十分だよ」

 

 いつもと変わらぬ穏やかで、真摯な声だった。

 そこに無粋な言葉を挟む余地などなく、私たちは口を閉じる。

 父は誰かの評価を求めて、防人になったわけじゃない。

 力を持たない()()()()()になったのだ。

 

「さぁ、冷める前に食べよう!」

 

 力強く背中を押され、私たちは席に着く。

 貴重な家族団欒の時間を、苦々しいものにしたくない。

 釈然としない表情の芙花はボロネーゼ風パスタを前に、一転して瞳を輝かせる。

 それを見られただけでも作った甲斐があるように思えた。

 

「…いただきます」

 

 3人揃って手を合わせ、フォークを取る。

 鋭いフォークの切先でパスタを崩し、ソースに絡めていく。

 2つの大陸、そして異界のインクブスも同様に切り崩し、駆逐できている。

 計略を疑うほどに順調だった。

 

 惨劇こそあったが、大局は好転しつつある──そう、信じている。




 本章はヒロイン(虫)の要素が少ない……(´・ω・`)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。