捕食者系魔法少女   作:バショウ科バショウ属

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 作者「ハッピーエンドは救済だと思うんですよね(ろくろを回しながら)」
 兄者「最近観たアニメは?」
 作者「アークナイツ


発火

 蒼天より日差しが降り注ぎ、熱せられた滑走路で陽炎が揺らぐ。

 本格的な夏季に入り、横田基地周辺では夏虫の合唱が鳴り響き、空は純白の入道雲が占有している。

 その光景を格納庫前の日陰から眺める4人の少女。

 

『暑くないの、レイラ?』

 

 マルチカムの戦闘服を着崩し、褐色の肌を晒す少女は、隣の相方へ胡乱な視線を投げる。

 汗で張り付くシャツを摘む細い指は、とても武骨なハンマーを握っているとは思えない。

 

『暑いって言うから暑いのよ……日本の夏なんて()()()()()よ』

 

 腕捲りはしても肌を大きく晒さないレイラは、腕を組んだまま目を閉じた。

 常在戦場をモットーとし、腰からはエナで形成されたロングソードを下げている。

 息の合った連携で敵を制圧する2人だが、その性格は正反対だ。

 

『シントウメッキャク、だっけ?』

『そんなところ…シルビアも実践してみたら?』

 

 そう言ってレイラは小さく笑う。

 後ろで結った淡い金色の髪が風に揺れ、色白な首筋を撫でた。

 

『ただの痩せ我慢じゃない……』

 

 滑走路で熱せられた生温い風に眉を顰め、シルビアは視線を滑走路へ戻す。

 その黒い瞳には、先日の戦闘で損傷したエプロンが映る。 

 大破した海兵隊の攻撃ヘリコプターは撤去されたが、刻まれた裂傷は修繕できていない。

 

 ウィッチ、インクブス、そして──インセクト・ファミリアが刻んだ爪痕だ。

 

 1個戦車小隊に匹敵すると言われるオーガ型6体による強襲。

 基地の放棄も想定される緊急事態は、3人のウィッチによって覆された。

 ゴースト(亡霊)には到底、真似できない。

 

『モーガン、せっかくの休暇に…どうしてここ?』

 

 シルビアは額から流れる汗を拭い、危機即応部隊第7分遣隊のリーダーたる戦友に問う。

 日本国におけるアメリカ軍の活動拠点は、1つの街と言っていい。

 兵士が不自由なく生活するため、病院やショッピングモールは無論、娯楽施設や教会まである。

 羽を伸ばす場所は他にあるのだ。

 

『…分かりません』

 

 モーガンは蒼穹を映していた碧眼を閉じる。

 丁寧に編み込まれた金髪を野戦帽の下に仕舞い、この暑さでも戦闘服を着崩していない。

 真面目な性格が見て取れる少女は、独白するように言葉を続けた。

 

『気が付いたら、ここに足を運んでいました』

 

 戦う術しか知らないウィッチが滑走路を眺めたところで、修繕作業が進むわけでもない。

 ただ無為に時を過ごしている。

 

『シルビアだって、ここに来てるじゃない』

『それは……そうなんだけど』

 

 相方の指摘に渋々頷くシルビア。

 戦局が好転したことで、ゴースト7は初めて本当の休息を得た。

 しかし、その時間を持て余した少女たちは、着慣れた戦闘服に身を包み、格納庫の下に集っていた。

 

『実感が欲しかったのかもしれない』

『クレア?』

 

 野戦帽を目深に被ったクレアは、癖毛の先を弄りながら3人を見遣る。

 チームの最大火力であり、リーダーを補助する女房役は、相変わらずの無表情だ。

 しかし、黒い瞳には微かに迷いの色が滲む。

 

『世界は変わった、劇的に……あの地獄が過去になった』

 

 夢でないと確かめるように言葉を紡ぐ。

 アメリカ軍は膨大な人材と資源を投じ、それでも魑魅魍魎の跋扈を阻止できなかった。

 そんな本国の戦局は、シルバーロータスという個人によって逆転した。

 

 彼女のファミリアは敵を捕食し、増殖する──補給も休息も必要としない理想のキリングマシンだ。

 

 それは驚異的な速度で北アメリカ大陸からインクブスを駆逐し、南アメリカ大陸への南下を開始している。

 同時に北大西洋上でも活動が確認されており、水棲インクブスは急速に数を減じていた。

 

『実感か……確かに、そうかも』

 

 クレアの言葉に頷くレイラは、滑走路の反対側に広がる住宅地区へ視線を投げた。

 最近まで閑散としていた一帯には活気が満ち、軍属でない人々が一時的に生活している。

 

 本国から日本国へ避難してきた人々──近日中に本国へ帰還する予定の人々だ。

 

 時期尚早という声も聞かれるが、少なくとも検討が可能な段階に入っていた。

 数多の犠牲を払っても打破できなかった地獄は過去となったのだ。

 

『圧倒的だったものね~白馬の王子様なんて目じゃないわ』

『救世主とでも言うべきだろうな』

 

 シルバーロータスはユーラシア大陸の解放も同時に進め、インクブスと傀儡政権を駆逐している。

 救世主というには些か血生臭いが、彼女は()()()()()()()()()()()個人となるだろう。

 

『本人は称賛すら不要って感じだったけど……あの功績に見合った報酬なんて用意できないでしょうね』

 

 本国が提示した報酬は天文学的な額だったが、レイラが言うように相応とは言い難い。

 しかし、シルバーロータスは先日の防衛戦すら一切の対価を求めず、事後処理を済ませるだけだった。

 

 彼女は無欲が過ぎる──否、彼女たちと言うべきか。

 

 日本国内で活動するウィッチたちは無償の奉仕者であり、当人たちも疑問に思っていない。

 本来、対価があって然るべきなのだ。

 

『これで良かったのでしょうか……』

 

 モーガンの呟きは夏の青空に吸い込まれ、格納庫前の日陰に沈黙が満ちる。

 暑さに負けず夏虫が鳴き声を響かせ、純白の入道雲が蒼天に広がっていく。

 世界は、夏の輝きに満ち満ちていた。

 

『あ~もう、やめやめ!』

 

 鬱屈とした空気を吹き飛ばすように声を張り上げるシルビア。

 

『ここで悩んでも仕方ないし、モーガンにリベンジと行かない?』

 

 日陰から一歩出たムードメーカーの少女は不敵な笑みを浮かべ、チームメイトへ提案する。

 親指を向ける方角には、娯楽施設の一つであるボウリング場があった。

 

『…そうだな。そろそろモーガンの連覇を阻止しよう』

 

 微かに口角を上げ、野戦帽を被り直したクレアは陽光の下へ踏み出す。

 ここで時を過ごしても感情は燻るだけで、何も解決はすまい。

 

『モーガンの得意分野で挑むのは愚策じゃない?』

 

 その意図を汲んだレイラは組んだ腕を解き、相方の隣に並ぶ。

 

『だからこそ意味がある』

 

 風に揺れる淡い金髪を横目に、クレアは当然のように言い切った。

 そして、日陰に残されたモーガンに向けて頷いてみせる。

 

『レイラはガターを何とかすべきでしょ』

『う、うるさい!』

 

 歯に衣着せぬ一言を放つシルビアに、眉を吊り上げたレイラが詰め寄る。

 そんな普段通りのチームメイトを見て、モーガンの口元には自然と笑みが浮かぶ。

 今、チームに必要なのは休息なのだろう。

 

『そうですね……せっかくの休暇ですし──』

 

 その想いを込めた言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

 

 夏虫の合唱が止まり──重々しい爆発音が響き渡る。

 

 遅れてコンクリートの大地が揺れ、住宅地区より禍々しい黒煙が立ち上る。

 平穏は、終わりを告げた。

 

 

 コンクリートの壁面を緑が覆い、アスファルトを雑草が侵食している。

 山沿いに造成された住宅団地に人影はなく、背の高い雑草が時間の経過を感じさせた。

 インクブスが出現したことで住民も管理者も退去し、ただ朽ちるのを待つだけ。

 

 そこに一陣の風が吹き抜け──住宅団地の一角が爆ぜた。

 

 土煙が上がり、根から掘り返された雑草が青空に舞う。

 その頂に、バトルアクスを両手で抱えた少女が何の前触れもなく現れる。

 

「ええっと……」

 

 風に煽られて靡く長い髪、困惑を滲ませる大きな瞳、纏う絢爛華麗なドレス。

 その全てがワインレッドに染め上げられたウィッチは、眼下に広がる土煙を見下ろす。

 

「人間…でしたよね?」

 

 そこには住宅団地の駐車場を抉った者の影が揺らぐ。

 成人男性を優に超える体躯は筋肉質に見えるが、その黒ずんだ外皮は樹皮のように硬い。

 ウィッチを見上げる頭部に眼はなく、環状にキノコが生えている。

 くたびれた主婦と()()()()()と言われても信じる者はいないだろう。

 

「レッドクイーン」

 

 困惑するウィッチの名を呼ぶのは、バディの蒼きウィッチ。

 マンション屋上にある折れた給水塔を足場に、眼下の敵を冷ややかに睥睨する。

 

「予定に変更はありません」

 

 変異は予想外であったが、予定に変更はない。

 駐車場へ拳を振り抜いた魑魅魍魎を残し、信奉派は殲滅した。

 

 妄言を吐く有象無象に存在価値などない──変異した者に至っては体内にインクブスのエナが()()()

 

 ならば、一切の躊躇は不要。

 身の丈ほどもあるソードの切先を向け、アズールノヴァは淡々と告げる。

 

「殲滅します」

「わ、分かりました…!」

 

 眼下の土煙が薄れる中、バディの頼りない返事が響く。

 レッドクイーンはバトルアクスから左手を離し、胸から下げた懐中時計を握った。

 エナが急速に流動を始め、世界の理へ干渉する。

 

 魑魅魍魎は両脚に膂力を蓄え、ウィッチを狙う──突如、真紅の影が消失した。

 

「えいっ」

 

 軽々しい掛け声と共に、肉体の裂ける異音を聞く。

 キノコの生えた頭部を音源へ向ける前に、半身を浮遊感が襲った。

 

 大地を踏み締める脚と切り離されたのだ──()()()()振り抜かれたバトルアクスによって。

 

 ワインレッドのドレスが花びらの如く舞い、黒光りする凶刃が大気を切り裂く。

 その不気味な風切り音を背に、魑魅魍魎は地面に打ち付けられた。

 

「あ、脆いんですね」

 

 敵を映す真紅の瞳は、微塵の興味も抱いていない。

 得物を振り抜いたレッドクイーンは、瞬きの後には消失する。

 理解不能の現象を前に、魑魅魍魎が抱いた感情は間違いなく驚愕だったろう。

 

「好都合です」

 

 鈴を転がすような声を鋭利な風切り音が掻き消す。

 砂利の上へ両手を突き、天を仰ぐ魑魅魍魎。

 その姿は、まるで死刑執行を待つ罪人のようだ。

 

 そこへ振り下ろされる超音速の斬撃──異形の首が宙を舞う。

 

 蒼いドレスが風を孕んで大きく翻り、それを燐光が華やかに彩る。

 返す刃が瞬き、筋肉質な胴体を易々と斬り飛ばした。

 反撃もままならず解体された魑魅魍魎は、駐車場に濁った血を散らす。

 

「…終わりです」

 

 アズールノヴァは刀身の血を払って飛ばし、()人間の残骸を見遣る。

 切断面は歪んだ骨と膨張した筋肉が見え、臓器の類は見られない。

 とても生物とは言い難い形態だ。

 

「さすがです、アズールノヴァさんっ」

「お疲れ様です、レッドクイーン」

 

 傍らに降り立ったレッドクイーンを一瞥し、アズールノヴァは視線を残骸へ戻す。

 奇襲こそ許したが、戦闘力は脅威足り得ない。

 しかし、変異するまではヒステリックに叫ぶ主婦でしかなかった。

 

「人間を素体とするインクブスの兵器、初めて見る手口ですね」

 

 残留するエナを見るに、インクブスがマジックを用いたのは疑いようがない。

 ただ、これまでの隷属や洗脳とは異なる()()()に警戒心が高まる。

 未知とは脅威だ。

 

「これが街中に入り込んだらと思うと……ぞっとします」

 

 信奉派の関係者とあってレッドクイーンは嫌悪感を露にする。

 一般的なウィッチは、人間が怪物と化す光景に遭遇すれば衝撃を受けるだろう。

 しかし、2人は例外(イレギュラー)だ。

 蒼い瞳は冷徹に、紅い瞳は平常に、ただ脅威を推し量っていた。

 現状は、人口密集地で同種が暴れることがあれば厄介という認識しかない。

 

「ええ、爆弾のようなもので──」

 

 そこまで言葉を紡ぎ、アズールノヴァは異変を察知した。

 全てを見通す蒼き瞳が、死骸の内で荒れ狂うエナの流動を捉える。

 理性と本能の両方で危険と判断、即座に行動へ移す。

 

「レッドクイーン、退避を!」

「ひゃい!?」

 

 鋭い一声を浴びて硬直しなかったレッドクイーンは、瞬時に懐中時計を握る。

 その間に死骸の体表は泡立ち、膨れ上がり、不気味な紋が浮かび上がる。

 

 膨張が臨界に達した瞬間──禍々しい漆黒のエナが弾けた。

 

 それは黒い波となって住宅団地を駆け抜け、世界の色彩を奪っていく。

 淀んだエナの滞留する地表部だけに夜の帳が下りる。

 

「まさか本当に爆発するなんて……」

「物理的な破壊が目的、では無さそうですね」

 

 その様子を上空から見下ろすレッドクイーンとアズールノヴァ。

 空間を瞬時に入れ替える置換のマジックは、不測の事態にも即応できる。

 彼女たちに奇襲は、まず通用しない。

 

「毒……とも違う」

 

 黒く淀んだエナを映すアズールノヴァの瞳が、微かに蒼い光を帯びた。

 身体から発されたエナが万物を透過し、真の姿を主へ見せる。

 

「これは汚染…?」

 

 しかし、その成果は芳しいものではなかった。

 形の良い眉を顰め、アズールノヴァは目を閉じる。

 蒼き瞳を前に隠蔽は通用しないが、露出した情報が()()()()()とは限らない。

 

「レッドクイーン、あれには触れないように」

「は、はい」

 

 誰も触れてみようとは思うまい。

 住宅団地に滞留する黒は、生物が忌避する禍々しさに満ちていた。

 生物に及ぼす影響は不明だが、触れてはならぬ物という確信を見る者に抱かせる。

 

「インクブスは社会を混乱させ、情報を集めるために信奉派を利用している……そう考えていました」

 

 アズールノヴァが静かに紡いだ言葉は、認識の再確認だ。

 その言葉に同意するレッドクイーンは黙って頷き、次の言葉を待つ。

 防人に名を連ねる者はインクブスの思惑を打ち砕くため、現実とサイバーの両方で信奉派を排除してきた。

 それは効果を上げているように()()()

 

「読みが外れたかもしれません」

 

 蒼い瞳を鋭く細め、爆心地を睨むアズールノヴァの横顔は険しい。

 SNS上で踊る愚者は早期に姿を消したが、2人が相手取る信奉派の数は減る気配がなかった。

 独自の連絡手段を確立したと見るべきだが、今は脇に置く。

 

「インクブスの目的は──」

 

 その手段を用いてインクブスが目論んでいるのは、社会の混乱や情報の収集などではない。

 下劣な怪物たちは総じて我慢弱く、速効性を求める。

 

「材料の収集」

 

 眼下で炸裂した爆弾の存在が確信させた。

 張り巡らされたファミリアの索敵網を掻い潜り、愚かな隷属者たちを武器に変えるインクブス。

 これまで悪辣なインクブスは数多いたが、明らかに毛色が違う。

 

 苗床でも餌でもない──()()()()を道具として消費する。

 

 洗脳したウィッチより性能は遥かに劣るが、簡単に補充できる消耗品。

 変装することなく一般人に紛れ込み、いざ爆発すれば広範囲を危険物で汚染する。

 その脅威は傀儡軍閥の比ではなく、事態は深刻だった。

 

「連絡を取ります」

 

 アズールノヴァは身の丈ほどもあるソードをエナに還し、小さく溜息を吐く。

 先日の襲撃事件など霞むような被害と混乱が齎されるだろう。

 ただ平穏を享受するだけの衆愚が、どれだけ犠牲になろうと興味はなかった。

 しかし、それでは()()の献身が報われない──

 

「え、誰とですか?」

 

 間の抜けた少女の声に思考を中断される。

 連絡を取り合う相手がいることに真紅のウィッチは驚いている様子だった。

 存外図太いバディを半眼で見遣り、アズールノヴァは質問に答える。

 

「ラーズグリーズに」

 

 姉の親友であり、戦友であり、()()()()()()()()()

 自他共に認める最強のウィッチ、ウィッチナンバー1の名を。

 

「はぇ?」

 

 レッドクイーンは、餌を取り上げられたハムスターのように硬直した。




 自爆するしかねぇ(迫真)
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