捕食者系魔法少女   作:バショウ科バショウ属

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 新年初投稿だゾ(小声)


埋伏

 一寸先も見えない闇の中を迷うことなく進む。

 時折、瓦礫の破片を蹴り飛ばすが、段差に躓くことはない。

 

 私の目では闇を見通せない――ファミリアには()()()()()

 

 目を閉じても問題なく地下鉄駅構内を歩き回ることができる。

 この不可思議な感覚を共有できる者は、ゴルトブルームくらいだろう。

 

「…どうしたものか」

 

 闇に注意を払う必要がない私は、別件に思考を割いていた。

 いつだって順調に物事が運ぶことは滅多にない。

 必ず障害が現れるものだ。

 

お買い物の件ですか?

 

 脱力感に襲われ、目の前の段差に躓きかけた。

 傍らのシロアリに手をつき、辛うじて転倒を回避。

 首を傾げるワーカーの頭を撫で、定位置の左肩にいるパートナーへ胡乱な視線を投げる。

 

「なぜ、そう思った?」

一大イベントですもの! 当然です!

 

 自信満々に言い張る拳大ハエトリグモ。

 律たちとの買い物は、確かに一大イベントだろう。

 だが、それは()()()()()()()だ。

 

ふふっ……冗談ですよ、シルバーロータ――むぎゅっ

 

 分かって聞いたハエトリグモの鋏角をつまみ、強制的に黙らせる。

 まったく、このパートナーは。

 

「はぁ……」

 

 強張っていた肩を軽く回し、電光掲示板の残骸を踏み越える。

 壁面や天井を行き交うファミリアの足音、そして外骨格の擦れる音が響く。

 思考を纏めるには理想的な環境だ。

 咳払いで弛緩した空気を一掃し、改めて切り出す。

 

「……昨日の一戦、どう見る」

 

 昨日、インクブスの拠点を強襲したファミリアの一群が全滅した。

 攻勢に出ている以上、損害は出るのは織り込み済みだ。

 ただ、昨日の一戦には無視できない点があった。

 

全滅直前の情報から推察するに、あれはマジックではありません

 

 インクブスの攻撃手段だ。

 

対ファミリアに特化した薬物と思われます

 

 パートナーの推測と相違はない。

 

「ついに来たか」

はい

 

 これまでインクブスはウィッチを嬲るため薬物を使用してきたが、ファミリアには効果がなかった。

 私たちのアドバンテージの1つだ。

 

 しかし、十二分に殺傷力のある劇物――()()()の存在も確認していた。

 

 遭遇例は少なく、使用前にインクブスが全滅することもあって情報は断片的。

 今回の戦闘で、ようやく存在を認知することができた。

 

「もう少し早く投入されると思っていたが」

後方への攻撃が効果的だったのかもしれません

 

 その推察は一理ある。

 インクブスに武器を供給する工房や採掘場といった拠点は発見次第、重点的に叩いてきた。

 成果が出たと考えるのは至極当然なこと。

 しかし、連中の総戦力が不明なため、ここから巻き返される可能性も十分ある。

 楽観はできない。

 

予定通り、ノブレスターブルを出しますか?

「ああ」

 

 パートナーへ頷きを返してから、崩れた階段を一息に飛ぶ。

 鼠色のコートが翻り、銀髪が風に巻かれる。

 

 浮遊感は一瞬――着地と同時に靴底が床面に沈む。

 

 ()()()掘り抜いた洞穴は、まだ土が柔らかい。

 ファミリアに踏み固められるまでは、しばし時間を要するだろう。

 

「新薬が投入された戦線は威力偵察に切り替え、情報収集に当たらせる」

 

 黒みがかった土を払い、洞穴を見渡す。

 周囲では、私の来訪を察したヤマアリたちが触角を揺らしていた。

 いつも勤勉に働いてくれるファミリアの頭に手を置く。

 

重量級は温存しますか?

「いや、陽動として出す」

 

 エナの供給が安定した今現在も重量級ファミリアは代替の難しい戦力だ。

 いたずらに消耗するわけにはいかない。

 しかし、生半可な威力偵察ではインクブスに戦力を温存される可能性がある。

 新兵器の使用に踏み切らせるだけの打撃力が必要だった。

 

……よろしいのですか

 

 これまで威力偵察を行った群は少なくない犠牲を払ってきた。

 今更、躊躇など許されない。

 

 すべては次の一手のため――下らない感傷は捨てろ。

 

 ヤマアリの頭を撫で、苛立ちを深く沈める。

 闇に溶け込む黒の外骨格は滑らかで、やや冷たい。

 だが、私を映す複眼には確かな温もりが宿っていた。

 

「そのためのファミリアだ」

 

 されるがままのヤマアリから手を離し、洞穴の奥へと踏み出す。

 ファミリアは愛玩動物などではない。

 インクブスを滅ぼすための矛であり盾だ。

 

「パクスの浸透戦術も同時に始める」

まだ頭数は揃っていませんが、投入しますか?

 

 パクスを植えつけたインクブスは、まだ大規模な作戦に投じるほどの数は揃っていない。

 しかし、逆に少数だからこそ効果的な場合もある。

 

「連中に心的負荷を与え続ける」

分かりました

 

 幸運な生存者と誤認させ、招き入れたところで自爆させる。

 たとえ失敗してもパクスの脅威を認識させれば、こちらの勝ちだ。

 インクブスどもに休息など与えるものか――

 

ぐぁぁぁぁぁ!

 

 モンスターパニック映画のワンシーンを思わせる迫真の断末魔が響く。

 まだ叫ぶだけの余力があるとは大した生命力だ。

 音源は、新しく掘り抜いた洞穴の最奥。

 

がっごっ…うげぁがが!

 

 今日、ナンバーズを同行させなかった理由だ。

 

 その姿を例えるなら――コーカサスの岩山に縛られたプロメテウス。

 

 外皮は剥がされ、四肢の腱は全て切断されている。

 眼球や耳、手足の指は欠損したまま。

 筋肉が再生するたび、大顎に齧り取られていく。

 

「しぶといな」

 

 ()()()()()()()()を足元から見上げる。

 全身をヤマアリに啄まれ、筋骨隆々な体躯は見る影もない。

 従来のインクブスであれば、とうに絶命している。

 

絞めますか?

 

 冷酷な声色で告げるパートナーに呼応し、ざわりと天井の闇が蠢く。

 天井から垂れ下がる無数の触角が髪の毛のように揺れる。

 

「いや……」

 

 解体するには、まだ早い。

 

 ファミリアの食糧として有用――それもある。

 

 だが、このオーガの真価は別にあった。

 

「エナの供給源が推察できるまでは殺さない」

 

 3週間近く経っても絶命することなく再生を続けている。

 今も新鮮な血肉が形成され、オーガの足元には血の池が広がっていた。

 いかにタフネスに優れるとはいえ、ここまでの個体は前例がない。

 

「これだけ再生を繰り返してエナが枯渇していない」

 

 インクブスの肉体はエナで構成されている。

 マジックの使用や肉体の再生等で消費され、枯渇すれば活動に支障をきたす。

 つまり、インクブスにとってもエナは有限だ。

 

「必ず供給源がある」

 

 エナとは、生物に宿る21グラムの重みから溢れ出たエネルギー。

 生命力と言い換えてもいい。

 人間であれば食物を摂り、十分な運動と休息を取ることで得られるものだ。

 だが、インクブスは違う。

 

「インクブスは霞を食う仙人のようなものだ」

 

 以前、捕獲したゴブリンは1年間、絶食状態にありながら餓死することはなかった。

 インクブスは食物を必要としない。

 おそらく、私たちとは異なる原理でエナを生成している。

 

「それを模倣できれば、ファミリアを休眠させる必要はなくなる」

 

 単に活動時間が増えるだけでなく、エナの余剰を進化へ振り分けることもできる。

 そのアドバンテージは計り知れない。

 

しかし……器官という器官を切除しましたが、再生速度に変化はありません

「やはりか」

 

 そう簡単に解明できるとは思っていない。

 今までは解剖中にインクブスが絶命し、エナの生成について知ることは叶わなかった。

 これからだ。

 

こ、ろせ…!

 

 ごぼごぼと溺れるような雑音混じりの声が降ってくる。

 感覚器官を潰してあるが、オーガは私の存在を知覚していた。

 エナを感知する器官は、どこにあるのか?

 

ころぉ…して…くれっ

 

 黒々とした血泡を吐きながら懇願する。

 オーガの一族を率いる総長とやらが。

 

 ついに心が折れたか――だから、どうした。

 

 シベリアの地で罪のない人々を殺し、数多のウィッチを嬲った。

 そう宣った口で私に慈悲を求めるか。

 

「肺で大気中のエナを濾し取っている可能性は?」

肺は既に切除しましたが……

「呼吸器全体で試す」

分かりました

 

 パートナーと視線を交えてからオーガを見遣れば、ざわりと空気が揺れる。

 擦れ合う外骨格、打ち鳴らされる大顎。

 

や、やめ、ろぉ!

 

 全身を啄んでいた黒が、オーガの上半身を覆い隠す。

 

ば、ばけも、がぁぼぉっ!?

 

 腱の切られた口にヤマアリが頭を突っ込み、強制的に沈黙させる。

 今すぐ肉片に変えてやりたいところだが、そうもいかない。

 徹底的に調べ上げ、インクブスの能力を丸裸にする。 

 

 

 雲の隙間から白月が顔を覗かせ、コンクリート造の建築から闇を払う。

 壁面を覆う新緑が月光を浴びて青々と輝く。

 砲爆撃によって抜け落ちた天井からは薙ぎ倒された学習机が見える。

 かつて学徒たちが勉学に励んだ学び舎は、夏虫たちの合唱に囲まれていた。

 

首尾はどうなっている、ラタトスク

 

 雑草に覆われたグラウンドを一望できる教室に、厳かな声が響き渡る。

 耳にした誰もが跪くであろう声。

 それは積み上げられた学習机の頂、ヒトの交信手段である携帯端末より発されていた。

 

すべては滞りなく進んでおります

 

 ()()を前にして跪く矮躯の影――その者の名はラタトスク。

 

シルバーロータスの動向は?

勘付かれた様子はありません

 

 主からの問いに淀みなく答える姿は忠臣そのもの。

 強者に媚を売り、巧言を弄して自身を取り繕う彼を、多くのインクブスが唾棄していた。

 軟弱である、と。

 

種を蒔き、あとは機を窺うのみ…

 

 しかし、その認識は誤りだ。

 頭を垂れる忠臣の姿を見れば、すべては仮初の姿と分かるだろう。

 

猶予はないぞ。分かっておるな?

分かっております

 

 ラタトスクは主の危惧を理解している。

 災厄のウィッチ――シルバーロータス――は快進撃を続けており、異界からインクブスが駆逐されるのは時間の問題だった。

 新たな対抗手段を生み出そうと、災厄の眷属は克服してしまう。

 死とは、異形の爪と牙を研ぐだけだ。

 

駒は全て潰しても構わぬ。シルバーロータスを引き摺り出せ

 

 ならば、根源を断つしかない。

 インクブスを統べる者は、忠臣へと厳かに命じた。

 

お任せを

 

 ラタトスクの真率な応答を受け、それきり携帯端末は沈黙する。

 

 静謐が戻る即席の祭壇――しばしの間、忠臣は身動ぎ一つしなかった。

 

 天井より射し込む月光が、教室の闇を徐々に取り払っていく。

 

災厄……いや、シルバーロータス

 

 月明りと共に静謐を破る。

 影より現れるは、緑の体毛に覆われた矮躯のインクブス。

 まるで痩せ細ったリスのような容姿だが、その眼には隠し切れぬ邪悪が宿っていた。

 

せいぜい勝利に浸っているがいいさ

 

 悠々と祭壇へ歩み寄り、己の功績たる携帯端末を手に取った。

 インクブスが家畜と見下すヒトの技術をマジックで模倣し、運用する。

 今は亡きピスキーの長が同胞すら喰らう異端であるならば、ラタトスクは別種の異端だ。

 

パックルの置き土産が芽吹く、その時が──」

 

 単純な膂力であれば、ゴブリンにも劣る。

 ゆえに言葉を弄して立ち回り、時には駒として同胞を使い潰す。

 どれだけ蔑まれようと目的を達する主の右腕、それがラタトスクというインクブスであった。

 

お前の最期だ

 

 ラタトスクは酷薄な笑みを浮かべ、廃校舎の闇へ姿を消した。




 勝ったな(フラグ建築)
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