捕食者系魔法少女   作:バショウ科バショウ属

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 烏「伝言の手段は問われていない」


嘱言

 石畳の上で万華鏡のように揺れ動く木漏れ日。

 木々の隙間から射し込む陽射しを右手で遮り、外灯の上を見上げる。

 夏空を背負うワタリガラスは無感情な眼で私を見下ろしていた。

 どんな用件が飛び出すのか、しばし睨み合う。

 

ウィッチナンバー2――黒狼(ヘイラン)が汝との面会を求めている

 

 沈黙を破る一声。

 ワタリガラスの嘴から飛び出した名前は、意外な人物だった。

 

ウィッチナンバー2が…?

「私に?」

 

 左肩のパートナーと視線を交わし、疑問の言葉が口をつく。

 あの邂逅を果たした夜以来、黒狼との接点は皆無と言っていい。

 

 無事を確認できて一安心――とならないのが現実だ。

 

 黒狼は()()()()()軍事組織の一員として拘束された以上、今の立場は捕虜。

 そんな彼女が自由に行動できるとは思えない。

 

知っての通り、黒狼は旧北部戦区の特殊工作員だ

 

 微かに滲ませた警戒を読み取ったらしく、ワタリガラスは淡々と補足を始める。

 

そして、現在は国防軍の管理下にある

 

 わざわざ迂遠なところから。

 

汝が快く思っていないのは承知している

 

 言われるまでもなく不愉快だ。

 国防軍の立場は理解しているが、納得はしていない。

 

「そう思うなら掘り返すな」

 

 ラーズグリーズのパートナーに当たっても仕方ないのだ。

 それでも背中を伝う汗のように、不快な苛立ちが滲み出る。

 この悪辣な世界さえなければ、こんな歪みは生まれなかった。

 

そうしよう

 

 真夏の陽射しを浴びるワタリガラスは、まるで置物のように動かない。

 ガラス玉を思わせる眼は瞬き一つせず、ただ私を見下ろしていた。

 

 他のパートナーに備わっている愛嬌――人間味が欠落している。

 

 露悪的な態度とは裏腹に人を見ている戦女神と違って、このパートナーは好きになれない。

 早々に本題へ入るよう視線で先を促す。

 

これまで黒狼の行動には、大きな制約が課されていた

 

 捕虜である以上、行動に制約が課されるのは当然だ。

 そして、軍属ですらない部外者との面会が許されるとは考えにくかった。

 制約の条件が変わったか、もしくは――

 

つい先日、それが緩和された

 

 どういう取引があったのか、私には知る由もない。

 黒狼の待遇が改善されたことを素直に喜ぶべきなのだろう。

 あの傷だらけの少女が少しでも救われたのだ、と。

 

そこで黒狼は、汝との面会を求めた――という次第だ

 

 何らかの取引で得られた自由を費やして、望んだものが(シルバーロータス)との面会。

 腹の底に鉛を流し込まれたような気分になる。

 彼女は私との対話に何を見出しているのだろう。

 

「……そうか」

 

 あの夜の宣告通り、黒狼の故郷からインクブスを駆逐した。

 罪のない人々も、ウィッチも、傀儡軍閥の軍人も、全てを巻き込んで。

 

 救世主からは程遠い――それは逃避でしかない。

 

 故郷の人々を救ってほしいと願った少女に、軽々しく希望を与えたのは私だ。

 どんな結果であれ、私の言葉で伝えなければならない。

 

日時は第3土曜日、午後11時、場所は旧目黒駐屯地

 

 戦女神の遣いが告げた日時を聞き、脳裏にカレンダーを広げる。

 最近は、芙花が寝た後も父が起きているため、抜け出す時間帯が遅くなりがちだ。

 今月の第3土曜日なら問題はないと思うが――

 

汝には拒否する権利がある

「なんだと?」

 

 スケジュールを組み出した矢先に梯子を外す奴があるか。

 

当然であろう?

 

 眉を顰める私に対し、ワタリガラスは微かに首を傾げる。

 声色は平坦なまま、生物的な反応ではなく機械的な動作だった。

 

()()に強制する権利はない

 

 ウィッチには干渉しない、それが日本政府の方針だ。

 どれだけ戦力の拡充を求められても国防軍は、ウィッチを戦力に組み込もうとしなかった。

 彼らは、あくまで大人の軍隊として在り続けている。

 

「我々、か」

 

 ならば、ラーズグリーズは何なのか。

 自他共に認める最強のウィッチは、比肩する者がいない()()だ。

 しかし、彼女もまた1人の少女ではないのか?

 

 ラーズグリーズは――また思考が逸れている。

 

 両手で抱えられるものには限りがある。

 つい先日まで己の救済で手一杯だったくせに、近しい友を救えたから手を伸ばそうとする。

 それは過信か、ただの傲慢だ。

 

「……拒否するつもりはない」

 

 自己嫌悪に満ちた溜息を奥歯で噛み殺し、ワタリガラスを真っすぐ見据える。

 両手で抱えられないのなら、一つずつ拾い上げていくしかない。

 

「黒狼には面会を望んでいると伝えてくれ」

 

 まずは黒狼との面会からだ。

 彼女の置かれた状況を考えると対話の機会は、そう何度も捻出できるとは思えなかった。

 これが最後の機会かもしれない。

 

承知した

 

 無味無臭な応答が外灯の上から降ってくる。

 ラーズグリーズのパートナーは消極的な性格なのか、最低限の反応しか見せない。

 だからこそ、疑問が残る。

 

「一つ聞きたい」

 

 ガラス玉のような眼が私を映す。

 吹き抜ける夏風が頬を撫で、石畳の上で踊る木漏れ日。

 

「なぜ、テレパシーを使わなかった?」

 

 東蓮花がシルバーロータスであったとしてもメッセンジャーに気付くとは限らない。

 正体の露呈を防ぐため、あえて黙殺する可能性もあった。

 情報を伝達するのであれば、テレパシーを用いるのが確実だ。

 

ふむ…

 

 私の質問を受け、戦女神の遣いは初めて目を瞬かせる。

 

汝と直接言葉を交えてみたかった

 

 あくまで平坦な声は変わらず、微塵の期待も感じられない。

 これでパートナーの実力不足を理由に挙げようものなら二度と応答しないつもりだった。

 ()()()()()と評したこと、忘れてないからな。

 

それだけのことだ

 

 それ以上言うことはない、と言わんばかりに漆黒の翼を広げるワタリガラス。

 風を切る音が響き、外灯の下に黒い羽根が舞い落ちる。

 

確かに伝えたぞ、()()

 

 頭上で一際大きな羽音が鳴り響く。

 漆黒の翼が風を捉え、雲一つない蒼穹へ飛び上がる。

 その姿が完全に見えなくなってから、思い出したように夏虫たちが歌い出す。

 

「諸君…?」

私たち以外には誰もいなかったと思いますが……

 

 屋外トイレを囲う植栽の影に誰かが隠れている気配はない。

 しかし、聞き間違いとも思えなかった。

 戦女神も大概だが、その遣いも真意を隠して話すのが好きらしい。

 ウィッチもパートナーも揃って難儀な性格をしている。

 

「…言葉の足りない奴だ」

そ、それは……そうですね

「妙な間がなかったか?」

 

 

 色とりどりのパラソルを透過した陽射しが純白のテーブルを鮮やかに彩る。

 フードコートから漂う甘い香りが鼻をくすぐり、自然と表情が綻ぶ。

 ショッピングモールの屋外広場に並ぶパラソル群は、人々にとって憩いの場だ。

 そんな1卓に座る2人の少女もまたソフトクリームを口に運び、甘味と涼を堪能――

 

「気に入りません」

 

 しているように見えた。

 久遠天峯の声には隠し切れない不満の色が滲む。

 目深に被ったキャスケットの下から覗く瞳は、屋外休憩スペースへと向けられていた。

 

「え、えっと……」

 

 その対面に座る赤坂美兎は、不満の原因を探るように視線を泳がせた。

 既に予想はついているのだ。

 虎穴に飛び込みたくはないが、奢ってもらった身で無反応は心苦しい。

 ソフトクリームに伸ばしかけた舌を引っ込め、おずおずと口を開く。

 

「黒狼さんの件――」

「シルバーロータス様はオフショルダーよりシースルーの方が絶対に似合います」

 

 赤坂は天を仰いだ。

 パラソルの淡い赤を瞳に映し、現実を再確認するようにソフトクリームを食む。

 貴重な甘味を味わって、ようやく脳が再起動する。

 

「すみません。そこですか?」

「重要なことですが?」

 

 至極真面目な態度で応じ、コーンカップに口をつける久遠。

 赤坂の着ているワンピースを選んだ同級生は、コーディネートに関して一家言あるらしかった。

 だからこそ、今回のシルバーロータスこと東蓮花の水着選びに物申したい。

 

「久遠さんって……」

「なんですか?」

「い、いえ、なんでもないです」

 

 アズールノヴァは間違いなく業物だが、刃先が鈍ることもある。

 そこに妙な親近感を覚えつつ、赤坂は溶け出した白で口元の苦笑を隠す。

 沈黙に伴い、自然と視線は屋外休憩スペースへ向かう。

 

「蓮ちゃん~」

「うん?」

 

 ミスト発生器から降る白霧を越えた先、隣り合わせに座る人影が2つ。

 

 クレープを手にした2人の少女――東蓮花と政木律だ。

 

 白いシャツに紺のジャンパースカートという落ち着いたコーデの東。

 薄翠のロングワンピースを着こなし、バケットハットを膝に置く政木。

 互いの雰囲気は正反対に見えるが、両者の間には穏やかな空気が流れている。

 

「クレープ、シェアしたいな~」

 

 口を開けて雛のように催促する政木に、東は困惑気味にクレープを差し出す。

 

「これでいい…?」

「ありがと~」

 

 花の咲くような笑みを見せ、小さな口でクレープを食む政木。

 その様子を見守る東は困ったように、しかし穏やかに微笑んだ。

 同年代であるはずの2人だが、友人というより姉妹のような距離感だった。

 

「じゃあ、私のも――」

「口にクリームがついていますよ、律」

 

 政木の口元を指差すのは、柱の陰に佇んでいた金城静華。

 清涼感ある白を纏う大和撫子はポケットからハンカチを取り出し、ベンチの方へ歩み寄る――

 

「律、じっとして」

「え?」

 

 それより先に東が政木の口元に指を添え、クリームを拭い去ってしまう。

 ごく自然体の、慣れた手つきだった。

 

「れ、蓮ちゃん…?」

 

 開いた口を閉じられず、硬直する政木。

 そして、赤坂の耳にコーンカップの割れる音が届く。

 

「東さん」

「…なに?」

 

 柔和な笑みを浮かべる金城を見上げ、目を瞬かせる東。

 

「少しお話があります」

 

 無意識の行動ゆえに反応が鈍い友人を、大和撫子は真率な声色で諭し出す。

 

「おや、律が固まってるよ?」

「何をしましたの、東さん」

 

 そこへ残る3人組も合流し、姦しい空間が形成される。

 仲睦まじい少女たちを横目に、赤坂は感無量という表情でソフトクリームを口にする。

 

 ウィッチたちの微笑ましくも尊き休日――東蓮花という例外(イレギュラー)なくして成立しない光景。

 

 彼女が護ったモノは、この日々を演出する全て。

 今、手にしているソフトクリームも第一次産業が健在だからこそ提供できる。

 日本国の生命線を支えているのは、全国を守護するインセクト・ファミリアだ。

 

「……たしかに、カラスの思惑通りというのも気に入りません」

 

 その主を見つめる久遠の瞳から蒼が霧散する。

 粉砕されたコーンカップの欠片を机上から払い、足元のハトへ振る舞う姿は実に平和的。

 されど、紡がれた言葉の節々には敵意が宿っている。

 

「聞かせてやったという態度……相変わらず癪に障りますね」

 

 つい10分前に行われた()()の様子を思い起こし、眉を顰める久遠。

 

「き、気づかれてたんですか…!?」

「逆に気づかれていないとでも?」

 

 首を刎ねられても危機管理の甘い協力者へ冷ややかな視線を返す。

 

 戦女神の遣い――レーヴァンは一般人()()を排除していた。

 

 微弱なエナを用いた人払いはウィッチに対して効果がない。

 招かれざる傍聴者を認識していながら、ワタリガラスは嘴を閉じなかった。

 

「えぇ……それなら、どうして話を続けたんでしょう?」

 

 赤坂は肉食獣を前にした小動物のように身を縮め、ソフトクリームを両手で握り締める。

 信奉派702名の首を刎ねた赤き女王は、相変わらず小心な性格だった。

 

「招かれたんですよ」

 

 久遠は机上で組んだ手に顎を乗せ、気怠げな溜息と共に解を述べる。

 

 招く――否、誘っているのだ。

 

 その意図は不明。

 レーヴァンは戦力を求めているわけではない。

 黒狼の監督者をラーズグリーズが務めている以上、戦力は過剰とすら言える。

 剣の出番はないのだ。

 

「まったく何を考えているのやら」

 

 わずかにキャスケットを上げ、屋外休憩スペースへ視線を戻す。

 鋭く細められた蒼き瞳が映すのは、敬愛するウィッチではない。

 

 姦しく()()()()()()()少女――黒澤牡丹の横顔を見据える。

 

 彼女もまた傍聴者の1人。

 かつて肩を並べて戦ったウィッチナンバー6は、1人で抱え込む性分だと知っている。

 ゆえに、能天気な笑顔に差す影を久遠は見逃さなかった。

 

「久遠さん…?」

「なんでもありません」

 

 姉が目をかけていた()()など知ったことではない。

 アズールノヴァにとってダリアノワールは他人だ。

 そう己に言い聞かせ、首を傾げる赤坂の手元へ視線を落とす。

 

「……溶けてますよ、赤坂さん」

「ひょぇっ」




 コーンカップ先輩「解せぬ」
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