ドワーフは悲しんだ。
彼が彼であると足らしめる世界、ユグドラシルがサービス終了してしまうからだ。
彼はここでドワーフとなりドワーフとして生きた。そして、彼は冒険者だった。
未だ見ぬ景色がユグドラシルに残っているならば、いくら落ち目のゲームであろうと止めるつもりは無かった。
しかし、ドワーフの冒険は終わりを迎えた。ドワーフは激しく悲しんだ。
ドワーフはせめてもの別れを告げようと最終日、ユグドラシルにログインした。
彼が慣れ親しんだ世界は、普段より活気があるように感じた。最終日だからと引退したプレイヤーも帰ってきているのだろうとアタリをつけ気にしないことにした。しかし悪い気はしない自分が愛した世界を彼らは覚えて戻ってきてくれたのだ。
ドワーフは眼を逸らした。その視線の先にあったのは引退したフレンドと再会したであろうプレイヤーの姿があった。
彼は再会が眼に写したくないほど嫌いという訳では勿論無い。彼は彼自身をドワーフ足らしめようと、頑固で偏屈誇り高い様つまり高慢そう演じた。彼は満足したがフレンドは終ぞできることは無かった。
彼は無言で嫉妬の仮面を被った。
感情にふれていいたドワーフが時間を忘れるのは早かった。露店でワールドアイテム『山の精髄』が売られていて即買いしたり、スマウグぽいドラゴンの傭兵NPCを召喚してボコしたりと、くだらない事をして最終日を飾ったのを笑いながら、サ終を終えたはずだった。
ドワーフはまず喜んだ、まだここにいられると
ドワーフは笑った、クソ運営と
ボブは訝しんだ、電脳法違法じゃね?と
ドワーフは困惑した、彼の体に流れる血潮、モジャモジャの顎髭、鎧に戦斧、眩しい太陽、香る青い草、たなびく草木、困惑したと同時に感動した。
ここはアーケン石の様だった。
彼はしばらくアーケン石を眺めていた。嗅いだり舐めたり正気ではなく、ここというアーケン石に魅入られていた。具現化系かな?
彼が彼である自我を取り戻したのは、草を嗅ぐときに小さなよくわからない虫が鼻に入って、正気を取り戻した。
彼は虫で目が覚めた事に眼を背け、挙措尊大で厳格な王であり勇敢かつ有能な戦士トーリン・アーケンシールドが今際の際にしか完全に断ち切れなかった(過大解釈)竜の黄金病を克服したのだと無邪気に喜んだ。
一頻り喜んだ後、彼は真顔になった。
ドワーフは真顔のまま道を歩いていた。道があるということはローマがあるということだ()いずれは人に会えるだろう。しかし、彼はこんな時でも楽しいと感じている。
未知を既知にする処女雪を土足で踏み、確かな足跡を残し進み行くこの感覚、冒険だここにも冒険はあった。ドワーフのまま冒険を続けられる。自分が自分だと思う行動を、邪魔される事なく進み続けれる。それだけで彼は歓喜に満ち歩みを早くさせた。
彼の未来は明るくなってきた。少なくとも彼はそう感じるだろう。
しばらく歩き、数度の分かれ道を過ぎた頃村が見えてきた。うん…見窄らしい、どうやら開拓村のようだ。しかしはじめての人が住むところだ、ワクワクを隠しきれずドワーフは早歩きになってしまう。村の様子が詳細に見える頃には、村人が集まっていた。物珍しげにこちらを見ている。人間しかいない様子なので、ドワーフが珍しいのだろうか。
とりあえずは古事記に従ってみる事にした。
「ドーモ、ミナ=サン。スロールです。」
「ど、どうもカルネ村の村長です。」
アイサツは滞り無く終わった。ドワーフはプレイヤーネームではない偽名を名乗る事にしたらしい、というより偽名を名乗る他ないだろう。
彼のプレイヤーネームは『ナュハョアュサョタャタョ』なのだから。ドワーフらしくない名前であると彼は自覚しているのだろうか。
彼と村長の話は彼にとって有意義なものとなったであろう。ここはユグドラシルではないのだ。村長はアースガルズもヴァナヘイムもアールヴヘイムもミズガルズもヨトゥンヘイムもニザヴェッリルもスヴァルトアールヴァヘイムもニヴルヘイムもムースペルスヘイムも知らなかったのである。
唯一ヘルだけを知っていたがそれはテンプレ謎翻訳機能だろう彼はそう考えて気にしなかった。
彼は心の中で気づいていたのだろう、ドワーフは別れを故郷へ告げた。
村長との話し合いに戻る。彼は自分の境遇を大事な事を隠しながらかいつまんで話した。曰くこの土地について自分は知るところでは無く故郷に帰る道筋は知れず着の身着のまま困っていたのだと、そんな感じの話をした。
村長はいきなりやってきて全く聞き覚えのない土地の名前を連呼され面食らっていたが、彼の説明を聞きとりあえずは納得したようだ。
ドワーフは異国の者がここらで稼げる場所、ここらの生活で気をつける事を聞くと、早々に旅立った。
彼は思ったのであろう。この様な開拓村では自分の心躍らせれる冒険は無いのだろうドワーフの武勇を示す血沸き肉踊る戦いはないのであろうと、しかしドワーフは知るはずがなかった。
この後、彼と故郷を同じくする骸骨がこの村で、人間の最大勢力に所属する精鋭偽装部隊と矛を交え、周辺諸国最強の戦士と友誼を結び、彼が渇望して止まない冒険と戦いを繰り広げるのを。
彼がこれを知ると、あの仮面を被るだろう。