ドーン、ドーン。
ドーン、ドーン。
町は、夜空よりも明るかった。
明るいことは、いいことなのだろうけど。
あの明るさは、嫌な感じ。
またひとつ、大きな光。
バァーっと光って、燃えている。
見たかったのは、夜空に浮かぶ星だったのに。
どうしてもあの赤い地上に目を奪われる。
見たかった空は煙が汚し、好きな静寂は爆発とこの世のものとは思えない生き物の鳴き声が邪魔をする。
こんな山までよく届く。
「アキラ……アキラ……!」
叔父さんが名前を呼ぶ。
そして手を引いて走り始めた。
どこへ向かっているのだろう。
どこへ向かったってきっと、なにも変わらないだろうに。
あれはきっと、どこへ逃げても意味のないものだ。
その証拠に、あれは一際大きく吼えたあと、赤いビームみたいなものを吐いて町を焼き尽くす。
ずっと、ずっと遠くまで届くそのビームは山のどこかに当たったみたい。
衝撃波みたいなものに、叔父さんと一緒に吹き飛ばされた。
……身体中が、痛い。
痛い、痛い、痛い。
……痛い。
「…………」
不意に、痛いのがどこかへ消えてった。
そして、身体が宙に浮く。
抱え上げられたようだった。
暖かい、腕の中に。
ゆっくりと目を開くと、知らない男の人。
多分、イケメン。
男の人は口を開かず、ただ歩く。
「アキラー! ……アキラ!」
叔父さんの声がした。
叔父さんも、無事のようだ。
駆け寄ってきた叔父さんが男の人に何度もありがとうございますと伝えていた。
男の人から叔父さんに受け渡される。
一言二言叔父さんと男の人は話すと男の人は木々の影へと消えてって、瞬間、強い光。
ああ、この光は、嫌いじゃない────。
頑張ろう美浜。
がんばろう美浜。
見慣れた、ステッカー達。
復興。
聞き慣れた、言葉。
流れていく景色は桜と木葉の緑で彩られ、トンネルをくぐると今度は住宅地。
新しい家々が建ち並んでいる。
「ねぇ、あなた地元の子?」
「え?」
唐突に話しかけられたのでそんな声しか出せなかった。
話しかけてきたのは向かいの席に座っていた少し、いや、普通に化粧厚めな都会的なお婆さんであった。
ただ、多分お婆さんと言ったら怒るタイプ。
若作りに一生懸命そうだからだ。
「美浜に住んでるの?」
「そうですけど」
「そう。十年前は大変だったでしょう。辛かったわよね? そうよね?」
……ああ、やっぱりこの手の人か。
都会からの観光客。
被災地を巡るツアーは、旅行会社の懐を温めていると聞いていた。
まあ、この町にもお金を落としてくれるからいいのだろうけど。
「ええ、まあ……」
「この列車、ドラマにも出てたわよね?」
「これ、撮影に使われたやつですよ」
「え! そうなの! やだぁ写真たくさん撮らなきゃ!」
そう言ってお婆さんは席を立ち、車両内あちこちにスマホのカメラを向ける。
だが、そう撮影時間は長くない。
だって。
「次は、美浜。美浜です」
車掌さんのアナウンスが終点を告げる。
残り数分で、電車から降りなければならない。
「ああ、もう終点!?」
お婆さんがやたら多い荷物を慌ててまとめだすのを横目に席を立つ。
列車は止まり、車掌さんに乗車券と運賃を手渡し下車。
改札はないのでそのまま歩いて狭い駅を抜けるとバスロータリーが広がる。
バスを待つのは高齢者がほとんどだ。
「ああ、待って!」
さっき聞いた声が駅前に響く。
たくさんの荷物を抱え、老体に鞭打ち走るお婆さん。
県庁所在地である隣の市行きの大型バスに向かって走っているようだ。
バスの出る時間は……ギリギリアウト。
つまりはセーフ。
運転手さんも気付いていたようでバスを出さずに待っていた。
袖振り合うも多生の縁というやつか、たまたま席で向かい合っただけの中だがなんとなく、あのお婆さんがバスに間に合うか見守ってしまった。
そんなことよりも、待ち合わせ場所に向かおう。
「怪獣イニシエによる災害から10年となる今日、被災した各地で追悼式典が行われます。私が来ている美浜市市民ホールには既に多くの方が集まっています」
喫茶店のテレビが、そんなことを言っていた。
暗めの店内、今日はどこの局も同じような内容を
「アキラ、行かんでいいの?」
「え? あー……」
襟足を弄る。
考える時のクセのようなもの。
少し、伸びてきたか。
「髪短いの楽だよな、絶対」
髪を弄ったからか、彼女はそんなことを言う。
短いのを羨ましいと思うからには彼女の髪は長く、金に染めて、ゆるくカールがかかっていた。
「うん。髪、すぐ乾く」
「いいなー。話逸れた。で、いいの?」
「あー、うん。いい、別に。叔父さんが行ってるし」
「そ、じゃーこの日を休みにしてくれた学校に感謝しながら休日満喫するか」
そんなことを堂々と公共の場で言えるのは他所から引っ越してきた彼女らしい。
怪獣災害の後、怪獣イニシエの調査のためにやってきた生物学者牧田教授の一人娘、ルカ。
学者の娘とは思えないギャルギャルしさであるが、中身は意外と真面目で勉強自体は嫌いではなくむしろ好きというなんともアンバランスな奴。
「……そういえば、なんだけどさ」
「なに?」
「言いにくかったら答えなくて全然いいんだけどさ、アキラは10年前どんな感じだったの?」
この手の質問には慣れている。
怪獣災害の時はなにをしていたか。
この町に住む人間にとって10年前とか、あの日とかは怪獣災害の発生した2022年4月14日のことを指す。
「叔父さんと山行ってた。星を見に」
「山って、アキラがいっつも行ってる山?」
「うん。青沼山」
「もー、そんなことしてるから宇宙人なんて呼ばれんだよ」
宇宙人とはあだ名のことである。
なんでか知らないけど、そう呼ばれるようになった。
「その宇宙人って、変じゃない? 山行くんなら普通、登山家。でしょ」
「いやまあ、さ。しょっちゅう一人で山行ってるし、望遠鏡担いでるしで自分の故郷の星を観察してるみたいじゃん? あと雰囲気が宇宙人っぽい」
雰囲気が宇宙人っぽい。
面白い。
ワレワレハ、ウチュウジンダって今度から挨拶すればウケるだろうか。
「そういうみんなの方が実は宇宙人だったりして」
「んなわけって。また話逸れた。それで、山いたから助かったんだ」
「うん。お父さんとお母さんは町の方にいたから、駄目だった」
「……お父さんとお母さんは一緒に星を見に行かなかったん?」
「結婚記念日、だったから。ホテルのレストランでごちそう食べに行ってた、二人で。それがまさしく最後の晩餐」
冗談として笑って話したが、ルカの顔は笑ってなかった。
あちゃー。
他所の人にあの日のことを話すといつもこうだ。
「そんな顔しないでよ。もう、10年前のことなんだからさ」
「……けどさ、悲しいじゃん」
他人事なのにそんな風に思える彼女はやはり優しい人だ。
そんなだから、仲良くなれたのかもしれない。
だから、あの話をしてもいいと思った。
「……これ、内緒の話なんだけどさ。あの日、助けてもらったんだよね、宇宙人に」
「え?」
「イニシエはさ、暴れ回ったあとに消えたってなってるけど本当は違うんだよね。倒されたんだよ、宇宙人に」
「ちょ、ちょ、え? 冗談、だよね? アキラの宇宙人ジョークだよね?」
「違うって、本当の話。さっき山にいたから助かったって言ったけどイニシエの出したビームの衝撃で吹っ飛ばされてさ、めちゃくちゃ痛かった。けど、男の人が来てさ」
「待って。その男の人、イケメン?」
「イケメン」
「よし。続けて」
ルカは話に登場する男がイケメンかどうかを確認するクセがある。
男がイケメンだと話にめちゃくちゃ興味を示すし、そうでないとほとんど興味を失う。
面食いなのだ。将来が心配。
「名前はリヒトっていうんだけどね。ほら、黒川医院のお爺ちゃん先生がさ、名前つけて。それで、リヒトが来てから全然痛くなくなって。ていうか治っててさ、怪我。叔父さんと合流したあとリヒトはどっか行って、そしたら……巨人が現れた。銀色の巨人。ウルトラマン。そんでイニシエをささーっとやっつけて、終わり」
綺麗な銀色だった。
優しい月光のような光を放つ目と、胸のところにある青い宝石のようなものが光っていたのも綺麗だった。
とにかく、綺麗だった。
「いやいやいやいや、ありえんし」
「えー。ルカなら信じてくれると思ったのに」
「だってそんな話、本当だったらもっと大勢の人が知ってるでしょ。公表だってされるだろうし、パパが知らないはずがない」
「まあ、町の人達の秘密だから。これ」
リヒトはしばらく町にいて、みんなと一緒に被災したばかりのこの町でいろんなことを手伝っていた。
みんなもリヒトを快く受け入れ、リヒトは町に住む一人であった。
けれど、リヒトは……。
「じゃあ、そのリヒトって宇宙人はどこいるん? 今もいんの?」
「……分からない。ある日、突然いなくなった」
きっと、最後にリヒトと会話したのは自分のはず。
忘れもしない。
月の光がやけに眩しい夜だったことを覚えている。
「リヒト……!」
「アキラ……。もしも、また怪獣が現れた時はこれを使え。そうしたら、すぐに駆けつけよう。だから、それまでの別れだ」
優しい、月のような銀色の瞳が微笑んだ。
無愛想ではあったけれど、リヒトは感情表現が下手なだけで誰よりも優しかった。
「んで、それが宇宙人から貰ったやつ?」
「ん。そう」
白い陶器のような質感のスティック状の物。
そうとしか言いようがないというか、宇宙人的には何かこれを言い表せるのかもしれないけれど、地球人にはスティック状の物としか言い表せない。
「んー。なんか、外国の安物のお土産みたい。知らんけど」
「安物言うなー」
人の思い出の品をよくも。
一瞬抱いたイライラを治めるためカフェオレに口をつけようとカップに手を伸ばす。
だが、その茶色い水面が波打つのを見て手を止めた。
「ちょっ!? 地震!?」
揺れだす、店内。
大きな地震。
ドーン、ドーン。
直感。
これは、ただの地震ではない。
町を震わす、獣の咆哮が鳴り響く。
着なれないスーツで美浜市市民ホールに到着。
怪獣イニシエ災害の追悼式典に訪れた人達の顔は見知った人が多い。知り合いに会ったら挨拶と軽い雑談をする。近況だとか、結婚はまだかとか……余計なお世話だ。
本当に、狭い町だ。
しかし、こういう時に限って友人とはなかなか行き当たらない……そう思っていた。
「カズヤ君」
「……マフユちゃん? ひっさしぶりだなー! 帰省してきたのか!」
「まあ、ね……」
小学校から高校まで一緒だったマフユちゃんは結婚して現在は東京に住んでいると聞いていた。今日のために帰省してきたのか。
それにしても今年で30歳とは思えない。
まだ高校生……は流石にきついか。大学生と間違えられてもおかしくなさそうだ。
「カズヤ君、変なこと考えてない?」
「え? いや、若いな~って思って」
「もう、同い年でしょ。そういえば、一人? ナオキ君とか、カナチとかまだ来てない感じ?」
「見てないなー。来るような話はしてたけど」
「そっか。あ、アキラくんは?」
「あー、あいつなら来ないよ。この手のやつ、一回も出たことないしな。墓参りにも行かねえし、仏壇で手合わせてるところも見たことない。変わった奴だよほんと」
イニシエ災害で亡くなった兄の子、アキラを引き取り育ててきた。高卒で就職していたので金銭面の心配はなかった。
嘘。4年前までは親父が存命だったのでしばらく親父頼りであったし、あまり言いたくはないが生命保険やら国からの支援金やらに助けられてきた。
父親代わりになれたなんて思ってないが……。
「10年、か……」
築6年の市民ホールを見上げる。
俺ももう30歳。
がむしゃらに駆け抜けた20代。
「俺、これからどうなるんだろうなぁ」
「どうしたの急に?」
「いや、10年早かったなぁって」
「……私には、長かったかな……」
「え……?」
憂うような表情のマフユちゃんが気にかかり、なにかあったのか尋ねようとした瞬間、大きな揺れが町を襲った。
立っていられないほどの揺れで、倒れかけたマフユちゃんを支えしゃがみこみ、それを見上げた。
陥没する大地、噴き上がる土。
地の底から現れる巨体。
全身黒い溶岩石のような皮膚。
大きな翼を持つ姿は悪魔のよう。
赤い瞳が青空を睨み付ける。
災厄怪獣イニシエ。
10年前、この町を襲った怪獣が再び地の底より現れる。
あの日の災厄が、再現されようとしている。
地上に足を踏み入れ、咆哮。
喉を赤く発光させ、口から放つ赤熱光線が町を縦断する。
燃える町、黒い煙が涙となる。
「ちょっと! イニシエは倒されたんじゃないの!?」
「倒された。だから、違うイニシエだと思う」
「ああもう! なんでそんなに怪獣がいるわけよこの町はぁ!」
とにかく逃げる。
イニシエから遠ざかろうと。
「
獣自。
対怪獣自衛隊。
イニシエ災害後設立され、この町に駐屯地を構えた自衛隊。
もし、また怪獣が現れた時は即応することが出来るように設立されたわけだが即応といっても、数分で出動出来るわけがない。
だから、今は……。
「リヒト……」
立ち止まり、リヒトから授かったものを見つめる。
「アキラ! なにやってるの!?」
祈る。
再会を。
光を────。
光が翔る。
天を貫く光は、きっとリヒトに届いたはず……。
マフユちゃんを連れてひたすら走っていた。
悲鳴も怒号も、イニシエの咆哮と破壊の音にかき消される。
そもそも、そんなものに耳を傾ける暇もなくとにかく走るしかない。
黒い巨体は目と鼻の先。
離れようとしても向こうも動くものだから遠ざかりはしない。
人の一歩と怪獣の一歩は違うのだから。
「カ、カズヤ君……! 私のことはいいから……!」
「そんなこと言ってる暇があったら走れ!」
限界だというマフユちゃんを叱咤しとにかく足を動かし続ける。
だが、イニシエの赤い瞳は俺達二人を捉えていた。
獲物を見つけたと喜ぶイニシエの唸り。
イニシエの喉から口にかけて赤い光が灯る。
「まずい……!」
咄嗟にマフユちゃんを庇う。
なんの意味もない行動なのだろう。
くそ……!
イニシエの口から放たれる赤熱光線。
街を、人を焼き尽くそうと。
────だが、赤い光は世界を燃やすことは出来なかった。
「光……」
アキラは一人、ぽつりと呟いた。
光。
天から降り注いだ光がイニシエの赤熱光線を阻んだ。
光は一層強まり、イニシエをも吹き飛ばす。
やがて光が一点へと収束し、それは姿を現した。
「あれは……ウルトラマン……」
見上げるカズヤは10年前に目撃した巨人とその姿を重ねていた。
銀色の巨人。
鋼のような銀の身体に、胸に輝く青い結晶。
太陽の光を反射し、煌めく神秘の巨人の登場に世界は息を呑んだ。
「カズヤ君……」
「あ、ああ……。今のうちに……!」
カズヤとマフユ、その場にいた人々はイニシエが動きを止めている間に退避し、街は空想戦の場となる。
起き上がったイニシエは息を荒くし、喉元を赤く発光させて威嚇する。
現れた脅威である銀色の巨人と睨み合うイニシエ。
巨人は両拳を握り締め、静かに構えた。
イニシエは大きく吼えると翼を地面に対し平行に展開。
翼の先端が喉と同じように赤く発光するとジェット噴射し巨人に向かって高速で突進していく。
生じた突風が、自動車、瓦礫。イニシエの進路上にあるものを吹き飛ばす。
60mもの巨躯が高速で突進。
脅威としては充分。
当たればただでは済まないだろうという一撃を巨人は……受け止めた。
イニシエの頭を両手で掴み、踏ん張る巨人はパワーでイニシエを圧倒。イニシエを地面に叩きつけた。
痛みに叫ぶイニシエ。
巨人はイニシエを起き上がらせようとするも、なにかが巨人の胸を打った。
翼を閉じ、回転させて上下が転じる。そうしてイニシエの翼が蜘蛛の鋭い脚のようになり、それが巨人の胸を打ったのだった。
倒れた巨人を翼爪が狙う。
アスファルトの大地を転げながら巨人は翼爪を回避して、膝立ちで即座に構え直す。
翼爪の一撃を払い除けた巨人。
それ同時に早撃ちの如くイニシエの赤熱光線が放たれる。
巨人は光線を円形のバリアで受け止める。そして、自身のエネルギーと受け止めた赤熱光線を合わせて光球を生成しイニシエへと撃ち返した。
光球は赤く発光するイニシエの喉に命中。
痛みに叫ぶイニシエは隙だらけ、巨人は大地を駆けてイニシエの頭部を回し蹴り。倒れたイニシエの尻尾を掴み、投げ回す。投げ飛ばされたイニシエはショッピングモール建設予定地に伏した。
満身創痍で立ち上がるイニシエに、巨人は腕を十字に組んで光線を発射。
白い光がイニシエの胸部に命中し、爆散。
目的を達した巨人は、静かに空の彼方へと飛び去っていったのだった。
ほんの数分。
たったそれだけの時間で、かつてこの街を地獄に変えたイニシエを倒してみせた。
被害だって、あの頃に比べたらマシなんて言葉では足りないくらいに少ないだろう。
やっぱり、リヒトは……。
「お前か、俺を喚んだのは」
不意に背後からかけられた声。
さっき、空高く飛び去って行ったのに。
「リヒト……!」
振り向き、再会。
10年前と変わらぬ姿。
美しいというより他ない。人の形をしているがやはり人とは違う次元のものなのだと思わされる。
白い肌。
黒髪は長めで、襟足は首筋に流れている。
そして変わらぬ銀色の瞳が
「何故、それを持っている」
「え……。リヒトが、くれたんだよ?」
「リヒト、とは。なんだ」
その言葉に頭を殴られたかのようだった。
町に響くサイレンも、遠くなる────。