「ねぇたきな!一緒にお風呂入ろ!」
「お断りします」
瞳に期待を宿らせている千束の必死の懇願を私は一刀両断した。この状況ならば必ずそう言ってくるとふんでいたがまさか本当に来るとは、と内心ため息をつく。
DA復帰を至上命題にしなくなってから少し。千束とパンツを買ったり、甘いものを食べたり、水族館に行ったりと新しい景色が広がっていく。
けれどそれと同時に、自分の身の回りのことに気を遣うことも増えたような気がする。それもこれも千束のお陰だと思ってはいる。
けれどそれとこれとは話が違う。
「えぇーなんでよぉー!」
「お風呂、狭くなっちゃうじゃないですか」
そう。そうなのだ。リコリコ喫茶の浴場は少し小さめで、二人で入るには狭くなる。それに私はお湯に浸かりながら足を伸ばすのが意外と好きだ。遠慮はあまりしたくない。
「そんなこと言わないでさー!」
「ダメったらダメですよ」
「ねっ、ねっ、おーねーがーいー!」
「もぉ………」
こんな状況になったのも台風のせいだ。
私はこうなった経緯を再度なぞりながら、快活な先輩にくっつかれながらむくれる。
思えば朝から淀んだ空模様だった。台風が接近してしまうため当然だなと思いながら私は喫茶リコリコにて接客に励んでいたのだ。
しかし直撃するとは予報になかった。せいぜい強い雨くらいかと思っていた天気はやがて風が吹き荒れ雨が地を容赦なく叩きつける嵐と化していく。
気づけば、外を出歩くには最も適さない状態に変貌していた。
「せんせーい!今日は私もたきなも泊まっていいでしょ?」
「………まぁ仕方ないな、この天気じゃ」
「やっほーい!」
「うわっ、朝まで千束がいるんかい」
「うわってなにようわって、ミズキは私がいようがいまいがお酒飲みながら「イケメ〜ン」って夜通し呟くんだから変わらないじゃん」
「なっ、うっさいわね!」
「私はたきなとクルミと楽しく夜を過ごすんだもんねー!」
「あーはいはい、お子ちゃまは楽しくていいわねー」
「ミズキの方がお子ちゃまのくせにー」
「うるさいぞふたりとも。それにボクは押入れで寝るから一緒にはならない」
「えぇー!寝ようよぉー!ねぇークルミー!」
「うぅ……めんどくさい……」
と、そんな感じで一晩リコリコ喫茶に泊まることになった。
そしてこうなるわけだ。
「ねぇたきな!一緒にお風呂入ろ!」
「お断りします」
クルミにもすげなく断られていたのに懲りてない。千束が厄介なのは中々引いてくれないこと。断り続ければ頬を膨らませてくっついてくるところだ。
「ねっ、ねっ、おーねーがーいー!」
「もぅ……」
こうするのは、ズルい。
「ねっ、今日だけ、今日だけだからぁ……!」
「………んぅ……」
………絶対に機会があればまた頼んでくるくせに。
「……はぁ、分かりました」
「っ!ほんと!?……やったぁー!うぇーい!」
私がそう言うと千束はコロッと表情を歓喜に変える。紅く瞳を輝かせて私の肩に手を置いてぴょんぴょん飛び跳ねる。
「しょうがないですね……」
ミカさんやミズキ、クルミが笑顔で私達を見つめる中、私は千束に抱きつかれながらついに思い切りため息をついた。
◇◆◇
ピチョン、と浴場に数滴水が垂れる音がする。その音が響くほどに静かだ。珍しい。千束なら「たきなぁー、可愛いよぉー?」とか言いそうだけど。
「たきなぁ」
「……はい?」
「ムスッとしてないでよ、可愛いよ?」
「………っ」
前言撤回。この人は……。
背中合わせで湯に浸かりながら。千束の顔は見えない。けれど背中から感じる人の温度が千束がいることを実感させる。息遣い、僅かな動きも分かる。
けど、狭いなぁ。
でも悪い狭さじゃない。こういうことを見て、感じて、また新しいことを知るって決めてから気づいた。可愛いって言われることの恥ずかしさと少しの嬉しさにも気づいた。
服を選ぶ楽しさも知った。
それを褒めてくれる人のことを知った。
見られて顔が熱くなってしまうことを知った。
「可愛いって、ズルいですよね」
「ん〜?だって可愛いじゃーん」
「む………」
「たきながお風呂入るときの髪型とか、色々知ると可愛いでしょ?」
「………じゃあ千束が身体洗うのは首からとか、ですか?」
「おっと……なんか恥ずい」
「自分が恥ずかしいこと人にしないでくださいよ」
「あはは……」
声が途切れる。
しかしそれは長くは続かなかった。
すぐに千束の方から声がかかる。
「楽しい?」
「………」
「ここでの毎日は、少しは楽しくなった?」
「……そうですね。楽しいです」
「そっか〜いや〜いいねいいね〜」
思わず微笑みながらそう答えると、千束は満足そうにうんうんと頷く。小さく鼻歌が聴こえる。顔をあげるとコツンと後頭部がくっつく。千束の濡れた髪が私の首にかかる。
お互い頭を預ける。
お互い、前を向く。
目を閉じる。
「もっともっと、楽しいこといっぱい見つかるよ」
「……はい」
「ってことで私はのぼせました」
「……はい、って、えぇ……?」
「あがるね〜わたし〜」
決してこっちを見てくれない千束の頬は妙に紅潮していて、どうやら本当にのぼせたみたいだ。自分から誘っておいて自由な千束に、私は見えないように笑った。
◇◆◇
(意外と恥ずかしいな……)
たきながお風呂場に入って、身体を入念に洗っている間、先にそれを済ませて湯船に入っていた私は気づいてしまった。
お泊りのノリで軽くたきなを誘ってしまったけど、よく考えれば私はそこまで肌を他人に見せたことがない。見ることは全然あるけど。
そうこうしている間に片足のつま先からゆっくり湯に身体を入れるたきな。
近い。肩まで浸かって、ふぅと一息いれる姿に「おぉ……」と声が漏れそうになる。
「よいしょ、と…」
何も言わずに背を向けると、たきなも何を言わずに自分の背中を合わせてくる。たきなの髪は洗ってからお団子ヘアに変わっていて、頭を少し預けるとふよふよという感触が伝わってくる。
そんな私に話の流れでたきなはこんなことを言うのだ。
「………じゃあ千束が身体洗うのは首からとか、ですか?」
「おっと……なんか恥ずい」
(いやいや、まじで恥ずい……!)
身体が異様に熱くなっていくのが分かる。
私はそれをのぼせたせいだと信じてたきなに適当に話を振る。良さげなところで「あ、ごっめーんのぼせちゃったぁー!」的な言い訳をして逃げることにしよう。
と、思っていた。
「……そうですね。楽しいです」
たきなのその声を聴く。少しずつ女の子らしくなっていくたきなの、今日一感情がこもった声。
「そっか〜いや〜いいねいいね〜」
うんうんと大げさに頷きながら、私はちゃんと隠すことのない本音を乗っける。そして私は無意識に微笑みながらもう少しだけ、言いたくなったことをいつものように告げる。
「もっともっと、楽しいこといっぱい見つかるよ」
「……はい」
たきなの柔らかい声が心に響く。それと同時に背中にたきなの重みが加わってきて、これ以上は羞恥の限界だと身体が喚き散らす。
「あがるね〜わたし〜」
絶対にのぼせてないのに赤くなっている頬を見られないように、足早に私はお風呂場から脱出するのだった。
冷たい空気が肌を撫でる。やっと人心地ついた心を休ませて、私はバスタオルを頭から羽織ってくしゃくしゃと髪に含まれる水分を少しずつ抜いていく。
(……さすがに一緒の布団で寝るくらいはできるっ!)
と、たきなも渋々了承してくれるであろう先の展開に期待しながら。