仮面ライダーAGITΩ〜Shining Brave〜   作:シュープリン

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Departure!

『俺』は鴎と洞窟に入っていた。

 

煌々と輝いていた太陽はとうに届かなくなり、頼りになるのは懐中電灯の明かりだけ。

 

「入口から30メートルほど行ったところに細いけど抜け道があるんだよ」

 

「30メートルというと、この辺か」

 

『俺』は懐中電灯でゆっくりと洞窟の壁を照らす。

 

人一人ギリギリ通れそうな脇道があった。

 

「うん、ここ。ここを抜けると少し広いところに出るの」

 

体を横にし、スーツケースを引きながら鴎は脇道の中に入っていき、『俺』がそれに続いた。

 

ちょっとした脇道だと思っていたが、それはかなり長く続いていた。アップダウンや天井の高低差に気をつけつつ30分ーー。

 

「おぉ...」

 

『俺』達は広い空洞の中に出た。採掘のために掘った穴とも思えない。天然の鍾乳洞だろう。

 

「これどっちに進むんだ?」

 

「もう少し行った所で泉が流れてるの。細い足場があるから、そこを気をつけて渡るようにしてーー」

 

『俺』は鴎の案内通りに前へ。

 

「・・・・・・」

 

ガラガラと聞こえる鴎のスーツケース。ある疑問が頭から離れなかった。

 

『俺』はふと立ち止まった。

 

「?どうしたの?」

 

「脚、大丈夫か?」

 

「え、何で?」

 

鴎はビクリと反応して『俺』を見ていた。

 

※

「ーーーーーーん...」

 

暑さで俺は目を覚ました。視線にあるものは知らない天井。いや、正確に言えば布。

 

そこは鏡子さんの家ではなかった。

 

そこで頭がハッキリとしてくる。

 

そうだ。鴎と冒険中で、昨日は洞窟の前でキャンプをしたんだ。

 

「おはよう」

 

声がした方向へ少しだけ頭を向ける。

 

「おぉ」

 

「お...おぉ」

 

鴎が上から覗き込んでいた。

 

ちょっとびっくりした。

 

※

その後、寝汗でベタベタだった体を近くの泉で洗ったり(その時むごっほ騒ぎがあったがそれは別の話)、朝食を食べたりし、俺たちは洞窟の前に立った。

 

「本当に入るのか?」

 

「ここまで来て今さら言ったってしょうがないじゃない」

 

「だが、道中は結構細い道とか一歩間違えれば川に落ちる道とかもあるだろ?スーツケース持ってそれだと危ないんじゃ...」

 

「マウンテン仕様だからダイジョブダイジョブ♪...っていうか、細い道とか川に沿った道があるってどうして分かるの?」

 

「どうしてって何年も使われてない洞窟ならその可能性はあるだろ。暗くて細いとかも洞窟だと付き物だろ」

 

「ふふん。これがあれば大丈夫」

 

そう言って鴎は昨夜枝に吊るしていた強力懐中電灯を得意気に出した。

 

「さ、早く行こ」

 

ガラガラ

 

「ってお前、スーツケース持っていくのかよ」

 

「?何を驚いてるの?スーツケースを持って入るってさっき言ってたのに」

 

「あっ、あれ?」

 

確かに言ってた。でも何で?

 

その理由はーー

 

「さぁ行こう!」

 

※

外の光が届いていたのは最初の5mだけ。そこから右に曲がればもう真っ暗だった。

 

俺は早速懐中電灯を点けた。

 

凸凹に気をつけながら、ゆっくりと懐中電灯を照らしていく。

 

「30m先、確かそこに隙間が...」

 

あった。

 

「そう、ここ。ここを進むと少し広いところに出るの」

 

「だよな。よし行こう」

 

「はーい」

 

俺たちは細い道に入った。飛び出している岩に気をつけながら前へ前へ進む。

 

「・・・・・」

 

初めて入る洞窟のはずなのに、俺は全てに見覚えがあった。冷たい空気も、岩も、凸凹した感触も、全て昨日見た夢のままだった。

 

あの時も『俺』はこうして細い道に入った。そこを抜けたら天然の鍾乳洞に出た。

 

「おぉ...」

 

30分ほど進んだ先、そこには確かに広い空洞があった。

 

残念ながら感動は薄かった。それよりも『やっぱりそうだった』という驚きの方が強い。

 

今日が来てから始まった冒険は全て夢をなぞっている。

 

俺たちはそこから泉に向かって歩き始める。これも夢と同じだ。俺はこの辺りで鴎に脚の事を質問したんだ。

 

「脚は大丈夫か?」

 

俺は立ち止まってそう聞いた。

 

「え、何で?」

 

このリアクション、これも夢と同じだ。

 

「いや、ふと思ったんだ」

 

本当は夢に見たから、なんて言えない。その夢でも、俺は鴎に脚の事を言及していた。

 

そんな事、どう伝えればいい。

 

「じゃあ何でこんな足場が悪くて狭い場所までスーツケースを引いてきてるんだ?」

 

「そ...それは...教えてあげない、よ!」

 

鴎の誤魔化しを無視して俺は話を進めた。

 

「そのスーツケース、本当は脚が悪いから引いてるんじゃないのか?杖代わりに」

 

「えっ...」

 

鴎は大いに驚いていた。その反応こそが答えだ。嘘がつけないやつだ。

 

「とにかく、こんな洞窟の中なんだ。大事なことは知っておきたい」

 

「あっ...」

 

俺は先に進もうとせず、ただただ鴎を見つめた。最初は口を閉じていた鴎だったが、とうとう勘弁したのか恐る恐る口を開いた。

 

「昔から、脚がよく痛むの。特に寒い日の朝とか夜に。夏とか気温が高いときは大丈夫だけど、それでも時々、すごく痛んで。本当は杖とかでもいいんだけど...」

 

「周りに気遣われるのが嫌か」

 

コクリと頷く。

 

「そか」

 

やっぱり、あの夢の通りだった。

 

「今は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だよ!」

 

嘘だ。

 

「だから、引き返すのは嫌...」

 

これは本当だ。これについては、夢が無くても分かる。本当の気持ちを尊重させるための嘘だ。

 

「ま、ここまで来たら行くも戻るも一緒だろう。結局、最後まで行くしかないだろう?」

 

鴎の顔がパアっと明るくなった。

 

「ありがとう」

 

「ただし、脚が痛くなったらすぐに言え」

 

「分かった。...じゃあ、あのね...」

 

「・・・・」

 

早速と言わんばかりに鴎は続けた。

 

実は俺は、この会話で密かに賭けをしていた。この賭けに負けたら、あの夢は予知夢だと認めようと。

 

「実はさっきから、結構脚が痛い」

 

賭けは、負けた。

 

※

俺たちは近くにあった岩に腰を下ろした。時計を見ると、既に1時間が経過していた。

 

そして、その行動すらもあの夢と同じだった事に気付き、俺は心の中で舌打ちをした。

 

「しかし、脚が悪いのによくここまで来たな。凄いよ」

 

「慣れてるから」

 

慣れてるから...か。鴎にとってこれは本当に大切な冒険なんだ。

 

だけど俺は、この冒険の果てを識っている。

 

この後俺たちは川に落ちる。そして上がった所にちょうど出口があって、出たところには海賊船。

 

....ではなくただの古びた船。多分、10年前に見たときはそれを海賊船と思い込んだだけだったのだろう。子供の頃の思い出なんてそんなモノだ。

 

だけど、それ以上に重要だったのは、そこに誰もいなかった事。

 

鴎は海賊船を探して冒険をしているが、それは突き詰めればあの日一緒に冒険をした友達と再会するためだ。

 

入江には誰もいなく、ただポツンと古い船を目前にした時、鴎は何を思ったのか。

 

俺は、その表情を見る前に目を覚ました。

 

「・・・・・」

 

鴎は、まだ見ぬ海賊船や友達に胸を膨らませている。脚はまだ痛いはずだが、表情は晴れやかだ。それは、友達と会うことをモチベーションにしてずっと歩いてきたからに他ならない。

 

俺は.....、

 

「・・・・・」

 

つまらないと思った。

 

全てを識っているからこそ、何も知らない鴎とは一定の距離を感じる。いや、距離自体は最初に出会ったときから感じていた。そりゃそうだ。10年前、そこにいなかった俺がこの夏初めて出会った女の子の友達との再会を手伝っているんだから。見知らぬクラスの同窓会に参加しているようなものだ。

 

だけど、今感じているのはそれよりももっと冷たい距離。絶対に埋まらないであろう溝。

 

鴎のどんな言葉を聞いても、それに冷めてしまう自分がいる。

 

攻略本を見て、その通りにゲームを進めてしまっているようなただの作業。

 

全てが薄っぺらく感じ、その先にある感情は安心ではなく虚無。

 

まだ夢を見る前、鍵や洞窟を探してた時はずっと楽しかった。

 

何でそんな夢を見てしまったのだろう。

 

「ねぇ「あっ..あのさ」」

 

鴎が口を開くと同時に、反射的に俺も口を開いた。

 

鴎の言葉は識っている。俺が何でこの島に来たのかの質問だ。

 

これは俺の細やかな抵抗。悪足掻き。夢と同じ展開にさせないために、俺が違う物語を作る。

 

たとえ俺がどんな言葉を紡いだって、そこにある物が変わるわけじゃない。そんな事は分かってる。だけど、少しでも...。

 

「昨日、お前が俺に聞いた事だけどさ」

 

「?何だっけ?」

 

「好きな人はいるのかって話」

 

頭が真っ白な中、何とか俺は話題を引き出せた。

 

「えっ?えっ?何急に?遂に思い出した!?」

 

幸いにも鴎は食いついてきてくれた。そこは女の子だ。

 

「あぁ、思い出した」

 

「思い出したっていうか、昨日は誤魔化しただけに見えたけどね」

 

鴎がいたずらっぽく笑った。

 

「いやだからあの時は本当に」

 

「ハイハイ。で、どんな人だったの?」

 

俺の言い分を適当にあしらって、鴎は話を促す。

 

「そいつはさ、俺とは違って頭が良くて落ち着いてるヤツだったんだ」

 

「うんうん」

 

「色々あって付き合って、でも、駄目になっちゃったんだ」

 

「どうして?」

 

「その時俺は水泳一筋でさ。水泳にばっかりかまけて、あいつの事は構ってやれなかったんだ」

 

「それで別れたと」

 

「いや、別れたというよりは自然解消かな。明確に別れたというよりはどんどん色が薄くなっていくみたいな感じだ。その時はまだ、あいつは俺のことが好きだったんだ」

 

「その時は?」

 

「あいつを構わなかったせいで罰が当たったのか、その水泳すらもある事がきっかけで続けられなくなった。それで俺はまた、あいつに会いたくなった。でもその時にはもう、ダメだったんだ」

 

「ダメって?」

 

「色々あったんだ。まずはあいつの親父が亡くなった。そしてあいつの身すらも危険になった。で、あいつはそれを俺と出会ったせいだと思ったんだ。それで言われたよ。『私は普通に生きていきたい。だから構わないで』って。それでー」

 

「それで別れたっと」

 

引き継いだ鴎の言葉に、俺は小さく頷いた。

 

「フム...」

 

鴎は何かを考え始めたかと思いきやーー、

 

「それ酷い!」

 

「は?」

 

「だってお父さんが亡くなったのだってあなたのせいじゃないでしょ!?それなのに八つ当たりして、流石に酷くない!?」

 

「いや、あいつの言った事もあながち間違いって訳じゃ...」

 

「えっ?何?まさか、本当に彼女さんのお父さんが亡くなったのはあなたのせいとか?触れるもの何でも傷つけるぜ〜みたいな」

 

「そんな訳ねーだろ!サラッと距離取ろうとするな!!」

 

「だったら、そこまで自分の事を過小評価しなくてもいいんじゃないの?」

 

「過小評価なんて...」

 

「してるじゃない。自分だからしょうがないーーって。でも、別に私はあなたの事をそこまで悪く思ってないし、そこそこは評価してるんだよ」

 

「おっ、おう...」

 

そこそこか。

 

「私もね、少し前まではそうだったんだ。友達に会うためにここまで来たけど、10年前の事なんて誰も覚えてなくて、誰もこの島には来ていないんじゃないかって。でもね、そう考えるのは辞めたの。私と同じようにあの日の冒険は永遠で、とても大切にしてくれている。だから絶対に来るって、そう思ってるんだ」

 

鴎は目を細めて、ただ気持ちを語る。

 

そんな鴎を、俺は直視することが出来なかった。鴎の思いが文字通り幻想だと識っているから。

 

海賊船も無ければ友達もいない。全て鴎の中で美化されたものなのだと直面させられる。

 

俺はこのまま冒険を続けても良いのだろうか?脚を理由にして引き返して、鴎の頭の中に留めておいたほうが幸せなのではないだろうか。

 

「どうして...」

 

「ん?」

 

「どうしてそこまで信じられるんだ?」

 

あまりにも失礼で、無礼で、無遠慮な質問だった。これでは俺は信じていないと宣言するようなモノではないか。

 

そんな無粋な質問に嫌な顔一つせず、鴎は言った。

 

「前にね、不安な気持ちを人に話した事があるんだ」

 

「・・・・」

 

「いつどこで誰にとかは全然覚えてないんだけど、誰も覚えてないんじゃないか、来ないんじゃないかってつい漏らしたことがあったの。その時にね、言われたの。あなたは夏休みを過大評価してるよって」

 

「えっ...」

 

それってーー

 

「夏休みって言っても、特別な事をしているわけじゃない。ここまで凄いことはきっとしていないから、今でも覚えてるはずだって。それを聞いてね、私、もっと自分に自信を保とうって思ったんだ。私の、夏休みに」

 

「・・・・・」

 

「?どうしたの?」

 

自分では分からないけど、きっと凄く変な顔をしていたと思う。目の前の鴎が怪訝な表情を浮かべているのがその証拠だ。

 

「や、うん。何でもない」

 

俺はそう答えるので精一杯だった。

 

「じゃ、行こうか!」

 

岩からぴょこんと降りる鴎。

 

「脚は平気か?」

 

「うん。休んだらましになった」

 

「そか」

 

俺も腰を上げる。

 

「なぁ、鴎」

 

「うん?」

 

「俺たちって、この夏初めて会ったんだよな?」

 

自分でも何を言っているのか分からない質問だった。

 

前後の脈絡を完全無視し、しかもこの場にそぐわない質問。

 

そんな場違いな質問に対して鴎はーー

 

「うん。そうだよ」

 

短くあっさりと、俺の確認を肯定した。

 

※

休んでいた岩場を離れ先へ進むと、また道幅が狭くなってきた。

 

「・・・・・・」

 

やはり、見覚えがあった。

 

「電池、用意しとけよ」

 

「えっ、何で?」

 

「そろそろ切れる」

 

「またまたぁ、これ昨日変えたばっかりだよ?そんなすぐに切れるなんてーー」

 

と言っていると、途端に懐中電灯が点滅し始めた。

 

「う...嘘!?」

 

「ほら、完全に切れないうちに早く」

 

「でも何で分かったの?予言?エスパー?」

 

「そんな事いいから早く!」

 

だが、点滅という懐中電灯の健闘(?)も虚しく、電球から光が消えた。

 

ここは光を一切差し込まない洞窟。俺たちは途端に闇に包まれた。

 

「困ったよ。何も見えない」

 

「マジかよ...」

 

結局変わらない。岩場で休んでいた時に夢と会話の内容を変えようと試みたが、結局それは誤差であり、全てが夢に収束される。

 

「私の鞄から電池取って」

 

「分かった。だけどいいな?絶対に動くなよ」

 

「わ、分かった....ってヒャア!!」

 

鴎の叫び声と共に俺の頭上から拳が飛んできた。

 

「どこ触る!?」

 

「見えて無いんだからしょうがないだろ?」

 

「だってお尻を触るから」

 

「だからって殴るな。集中できない。ったく、電池は一体どこに...」

 

「ふええええええええ」

 

「あっ...」

 

バラバラバラバラという音が洞窟に響いた。

 

それはある程度の硬さをもったものが大量に地面に落ちる音だった。

 

「ポシェットの中身が落ちちゃった...」

 

「・・・・・」

 

これも夢と同じ。俺たちは確実に夢と同じ方向を歩かされている。

 

「クッ...!」

 

「ちょっと、何してるの?」

 

「電池を探す」

 

「え?」

 

「電池を探す!それで懐中電灯を点けてから進む」

 

「探すったって、この暗さでどうやって?」

 

「触感で大体分かる」

 

ツルツルとして、ある程度の長さがあるヤツだ。石とかとは全然違うから、触れば分かる。

 

「そんな事してたら日が暮れちゃうよ。こういう時は風を感じれば...」

 

あぁ、それじゃダメなんだ。またなぞってしまう。

 

「水の音...」

 

あぁ...

 

「水の音だよ!水は海に流れていくから、そしたら外に出れるかも!」

 

「・・・・」

 

結局こうなった。このまま留まっても、恐らく電池は見つからない。それに強硬手段として、鴎が先に行くという展開もあるだろう。

 

夢の展開に何が何でも進めようとする力を感じる。

 

「分かった。行こう」

 

色々考えたが、肯定する以外の事が思いつかなかった。

 

※

「キミ〜と〜一緒〜な〜ら〜 どこへも行ける〜♪」

 

背中からすっかり馴染み深くなった曲、『with』が聴こえる。

 

光も届かない暗闇の中、俺は先頭、殿は鴎で先を歩いていた。

 

俺が先頭な事も、鴎の歌に乗らないのにも大した理由はない。

 

これも全部細やかな抵抗。

 

抵抗になっているのかも分からないが。

 

※

「ぁ...」

 

歌が止み、代わりに聞こえてくるのは小さな悲鳴。

 

「キャアアアアアアアア!!!!」

 

「ーーーーー」

 

俺はそれと同時に後ろに振り向き、鴎の腕を掴んだ。

 

「鴎!」

 

「あぁ...ぁ...」

 

良かった。何とか掴めた。落下はさせない。運命を変える。

 

俺の能力があれば鴎位簡単にーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

能力って何?

 

ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ

 

何故かその時だけ、俺は力が入らなかった。

 

女の子を一人引っ張り上げる事よりも遥かに困難な事をたくさん経験した筈なのに、この時の俺は、小さな男の子になったように感じた。

 

ザバンッ

 

大きな音が聞こえたと思えば一気に静かになった。

 

冷たい。

 

遅れて落ちたのだと気付く。

 

水中は洞窟よりもずっと静かだった。水の音が聞こえないからというのもあるけど、隣にいる人の気配もなく、本当に一人ぼっちの空間だったから。

 

俺は一人でいる事は嫌いではなかった。

 

負け惜しみとかではない。適当にダベる友達や後輩もいたし、彼女だっていた。

 

それでも一人が好きだったのは、一人の方が色々と深く考えられたから。

 

水泳で苦手な所を克服する時とかも、一人の方が集中できた。

 

誰かに相談したほうが客観的な意見を貰えると言う人もいるが、最終的に考え実行するのは自分自身だ。

 

結果俺は推薦で大学に進めるほどに上達した。

 

その癖からか、俺は静かな空間にいるとまた何かを考える。

 

※

俺はなぜ、夢をなぞる事を嫌がったのだろう?

 

なぜ入江に到達出来ないという結末を求めたのだろう?

 

昔見たドラマにも、運命を変えると時の中を移動しながら主人公が奔走する物語があった。

 

だがそれは、自分の身近な人に命の危機があったからだ。

 

だがこれはどうだ?鴎に難破船を見せる事を避けるだけ。

 

誰も来ていなかったという現実を鴎に付きつける事を避けるだけ。

 

そりゃ鴎は落ち込むだろう。期待して損したと項垂れるだろう。だからこその俺だ。隣に俺がいるんだから、(口下手で上手くできるかは正直自信ないが)慰めてやればいい。

 

思い切って海賊船を造ってしまってもいい。

 

そうやって楽しい夏休みを過ごせば、楽しい記憶に上書きされ、数年後には酒の席の笑い話になる。そんな展開だっていいじゃないか。

 

俺が夢で見たのは洞窟を抜ける所だけ。そこから先は『未知』なのだから。

 

ではなぜ俺はそれを嫌がった?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

水中に落ちてどれ位の時間が経っただろうか?数秒か、数分か(数分なら俺は幽霊ということになるが)。

 

俺がこうして落ちたのはこれで二度目だ。最初は鴎と初めて出会った時だ。スーツケースを押すように言われ、言われるがままに押していたけど、その先がちょっとした坂になっていたからスーツケースのコントロールが効かず、鴎がドボン。

 

慌てて俺も飛び降りて、それでも何故か、水泳選手にも関わらず上手く泳げなくてーーー。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そうだ。

 

そこまで思い出した。ようやく分かった。

 

俺は確かに一人が好きだった。

 

だけど、さらに上から俺に使命やら力やら運命やらが降り注いでからは嫌な考えばかりが浮かび、俺は誰かと一緒にいることを望んだ。

 

『お願いだから私を巻き込まないで!』

 

『この男は私たちに災いを齎す!』

 

だけど、いざ誰かの温もりを求めてはいそうですかと出来るほど、世界は優しくなかった。

 

積み上げてきたもの、積み上げようと思ったこと全てから拒絶された。

 

『放っておけないの。あなたと私は、同じだから』

 

『明日また来てあげるから、その代わり、私のバースデーもお祝いしてよ』

 

俺に寄ってきた人も失った。

 

俺のことを災いを齎すと言ったあの女の言葉はあながち間違っていなかったのかもしれない。

 

それからの俺は、極力誰かと深く関わる事は避けてきた。同志だと思っている人からの連絡にも必要最低限しか返さない。そうしてドライな関係性を維持出来ればそれで良いとずっと思っていた。

 

でも、だけど、

 

『スーツケース押すの、手伝ってくれないかな?』

 

あの子との出会いで、また何かが変わった。

 

鍵探しは楽しかった。キャンプの準備が楽しかった。線路を辿って、他愛もない話をするのが楽しかった。キャンプは楽しかった。洞窟探検が楽しかった。

 

鴎との冒険が最高に楽しかった。

 

その中で、俺は願ってしまったんだ。

 

俺が夢をなぞるのを嫌がったのは、鴎のガッカリする顔が見たいとかそういう理由ではない。

 

ただこの冒険の終わりを実感してしまうのが嫌だったんだ。

 

この冒険はずっと続いてほしいと、そう思ったんだ。

 

鴎との時間を永遠に。

 

※

「大丈夫?」

 

鴎が心配そうに覗き込んでいた。

 

薄っすらと視界が開ける。もう真っ暗な空間では無かった。天井から光が差し込んでいる。

 

「あぁ、大丈夫」

 

俺はゆっくりと体を起こしながら言った。

 

「良かったぁ」

 

鴎が安心したように胸をなでおろした。

 

俺は起き上がって辺りを見渡す。

 

広い空間だ。でも、先ほどとは違いちらほらと明かりがある。

 

結局、何も変わらずにここまで流されてしまった。

 

「ほら見て」

 

「?」

 

鴎が指差す方向を見ると、そこには一際大きな光があった。

 

出口。即ち、冒険の果てだ。

 

「行ってみよう!」

 

鴎が光に向かって進みだした。

 

「あっ、待って!」

 

「?」

 

それを俺が急いで呼び止める。

 

「あのさ、この冒険が終わったら、その後はどうするんだ?」

 

「なぁに?まだ終わってないのに、もう先のこと?」

 

「この冒険ってさ、楽しいよな?」

 

「なに今さら?ようやく冒険の楽しさを実感したって感じかな?」

 

「まぁ、そんな所。だったらさ、ずっとこの冒険が続けばいいとは思わないか?」

 

「思わないよ」

 

即答だった。

 

「冒険ってさ、宝物とか海賊船とか、そういうゴールがあるから燃えるんだよ。それがないなら、ただの迷路じゃない」

 

「・・・・」

 

「それで、宝物を見つけたらまた次の冒険に行くの!」

 

「えっ?」

 

「その冒険も終わったらまた次、それも終わったら次、1つの冒険をずっと続けるのは嫌だけど、そうやってずーーーっと冒険を続けていくの!そして帰ってきた時に楽しかったねって笑い合うの。その方がずっと楽しくない?」

 

「じゃあ今回の冒険はその足掛かりって事か?」

 

「そう!この冒険は初めの一歩!10年前に一緒に冒険した仲間と会うための。その後はその仲間とあなたとまた違う冒険に行くの!」

 

「俺も入るのかよ」

 

「握手、したでしょ?」

 

俺が腕を捻挫して、鴎が来るようになった日の事だ。

 

「もう私たちは立派な冒険仲間じゃない!」

 

「・・・・・・・」

 

「ほら行こ!」

 

そう言うと鴎は俺の手を取り、出口へ小走りで向かって行った。

 

『冒険が終わったらまた次の冒険へ行く』

 

今の俺には十分過ぎるほど刺さった。

 

俺はこの冒険がずっと続けばいいとは思っていた。

 

だけど鴎はさらにその先、未来の事まで考えていた。

 

鴎は俺なんかよりずっと強い。

 

俺はそんな思いはいつの間にか折れてしまったから。

 

取り敢えず、ここまで来たらしょうがないと頷き、俺は鴎の後を追った。

 

夢の通りなら、そこには海賊船ではなく古びた船が置いてあるだけで、一緒に冒険したという仲間はいない。

 

その現実を目の当たりにしたとき、鴎はどんな反応をするだろうか?

 

ガッカリするだろうか?

 

その時は励まそう。

 

口下手な俺にどこまで出来るかは分からないけど、船長の心を支えるのも、船員(クルー)の役割なのだから。

 

そうだ。いっその事海賊船を本当に造ってみてもいいかもしれない。素材はあるんだ。そうやって造りながら仲間を待って、驚かせる。

 

そんなサプライズを計画してみてもいいかもしれない。

 

あぁ、なるほど。

 

これは久しく忘れていた感覚だった。

 

鴎の言っていた『未来を見る』というのはこういう事なんだな。

 

そんな事を思いながら、俺は洞窟を出た。

 

「ーーーーーーえっ?」

 

外を見て、俺は驚いた。

 

そこには確かに、夢の通り鴎の仲間はいなかった。

 

だけどそこには、夢で見たボロ船もまた無かった。

 

代わりにあったのはーーー

 

「海賊...船?」

 

その船の外観は綺麗に色が塗られていて、ビリビリのまま放置されていたはずの色褪せた帆は真っ白に新調されていた。

 

訳が分からなかった。鴎達が海賊船を見つけたのは10年前。だがこれは、明らかに10年前のモノではない。もちろん遺物などでもない。どちらかというとこの船は遊園地にあるアトラクションにある船に近いようなーー。

 

そこで思考が止まる。

 

夢の中では折れていたマストも差し替えられていて、真っ直ぐに立っている。そして、その上にある旗。そこに描かれてあるモノには見覚えがあった。

 

『この猫...』

 

『ひげ猫団のシンボルだよ』

 

「ひげ猫団...?」

 

その時だった。

 

「皆、見て見て!」

 

「こ、これは...」

 

「見事なり」

 

声がして振り返るとそこには眼鏡を掛けた少年、背が高い少女とそれよりも少し低くおっとりとしてそうな少女。

 

そしてそれに続くように続々と子どもたちや親、彼らと同じ位の人、と老若男女様々な人が現れた。

 

どういうことだ?何故こんなにたくさんの人が来る?

 

俺の頭は完全に混乱していた。

 

「おい鴎...」

 

俺は隣にいた鴎に声を掛けようとした。

 

その鴎は船を、そしてそこに来た人達を見て涙を流していた。

 

「鴎...?」

 

「そういうことだったんだね」

 

鴎は涙を流しながら薄く笑った。

 

「えっ?」

 

「思い出した。思い出したよ」

 

「鴎?何を...」

 

何を言っているんだ...?

 

そして鴎は俺の方に顔を向けて言った。

 

「ありがとう」

 

「えっ?」

 

「あなたはあの人じゃなかったけど、それでも、ここまでの冒険は本当に楽しかったよ」

 

「おい鴎、さっきから何を言ってーー」

 

「あの子を見つけて」

 

「えっ?」

 

「そこに、あなたが望むものがあるから」

 

「あの人とかあの子とか何を言ってーー」

 

「ごめんね。でももう、時間なの」

 

「はっ?」

 

そこで気付いた。どこからともなく現れた人達の声がいつの間にか聞こえなくなった事に。

 

人がいなくなっていた。岩も、砂も、洞窟も、海賊船も、そしてーー

 

「鴎っ!!!!!」

 

気がつくと、鴎がいなくなっていた。

 

隠れたとかどこかへ行ったとかではない。岩や船と同じように、文字通り消えたのだ。

 

「鴎!!!!!!」

 

俺は走った。最早潮の香りすらなくなり真っ白になった空間を。

 

どこかに隠れているとか、イリュージョンとかそんな有りもしない希望に縋りながら。

 

だが、そんな希望など長く続くわけがない。いや、希望と呼ぶのすらおこがましい。

 

これはただの妄執。

 

俺が俺自身についたつまらない嘘を、嘘とわかっていながら未練がましくしがみついていただけ。

 

入江はそんなに広くない。

 

明らかに入江の面積よりも遥かに長く走った後、俺は止まった。

 

もう、しがみつく力もなかった。

 

鴎はいなくなった、冒険も、島も、夏休みも、何もかも失った。

 

まただ、また俺は何かを失った。

 

真由美、亜紀、リサと同じように俺はまた失った。

 

俺が未来を求めると必ず誰かを失う。

 

鴎は、冒険が終わったらまた次の冒険へ行くと言っていた。

 

海流や風に乗ってひたすら前に進む海賊船のように、鴎はひたすら前を向いていた。

 

でも、だけど、

 

「俺には、無理だ」

 

俺が進む先には必ず嵐がある。その嵐は俺以外の全てを巻き込み、俺は1人になる。

 

それなら、もう俺は未来なんて望まない。

 

どこにも行けなくていい。

 

俺は何もない世界で、ただ一人突っ立っていた。

 

そんな俺の耳に、今まで冒険してきた仲間の声が聞こえた気がしたが、右から左へと抜けていった。

 

『仲直りをさせてあげて』

 

 

 

 

 

 

 

 

※

そして蝶が、落ちた。

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