オリキャラを出す所存。
「申し訳ありません。主は不在です」
およそ五年ぶりに訪れた屋敷には主である昌文君の姿はなかった。そうして朱錐が踵を返そうとしたとき、小走りに駆けてくる音とともに屋敷の中より声が掛かった。
「ちょっと待ちなさい 朱錐ちゃん」
中から姿を現したのは、昌文君の妻夏夫人であった。
「これは、ご無沙汰しております。夏夫人。あの、………私もいい歳なので朱錐ちゃんは勘弁願えませんか」
「あら、そうね。でも、私にとってはいつまでも朱錐ちゃんは朱錐ちゃんよ?」
美魔女と言って差し支えない夏夫人は、昌文君とは違って非常におおらかであり、いい加減なところもあるがそれでいて、収めるべきところは収めるという非常に魅力にあふれた方である。
「………そうですけど」
すこし頭を抱えたあと、苦言を呈そうと夏夫人に視線を向ければ、こちらにやさしくほほ笑みかける夏夫人に朱錐はあきらめを抱いた。というのも、幼少の頃から昌文君のお世話になっていたこともあり、夏夫人には随分と目を掛けてもらっていた。そのため、朱錐にとっては、昌文君の次に、いや、昌文君よりも頭の上がらない人物になっていた。
「ふふふ ほら、寄っていきなさい」
と手招きされては断れない朱錐は屋敷の中へと入っていく。余談だが、軒先に鬼の面が飾ってあったが朱錐はみなかったことにした。
夏夫人と昔話から、近況の話までしてゆったりと時間は流れていった。が朱錐を良く知る夏夫人は、当然のように鬼の面の話題を取り出すと、「これ、あなたでしょう?」と笑みを浮かべて、からかかうのであった。
「そうそう。せっかく朱錐ちゃんが来てくれたんだけど、もうすぐ領地に帰ることになったのよ」
夏夫人のその言葉に少しの疑問を覚えた朱錐は尋ねることにした。
「例年は年が明けてからお帰りになられていたように記憶していますが」
「ええ。そうだったんだけど………。理由は教えてくれなかったけど、何かあるのよ。ほら、あのひとのことだから」
昌文君は重要なことを漏らすような人物ではない。そのため、そういったことがよくあった。夏夫人もそのことを理解しており、理由を話さないときは、重大ななにかがあるときと経験から察していた。また、そのことを可愛がっていた朱錐に知っておきなさいと諭すこともよくあったのだ。
「………そうですか。気に留めておきます」
「そうしなさい」
夏夫人からの忠告を受け取ったあと、「また顔をだしなさいな」と促されながら朱錐は屋敷から送り出された。
送り出された朱錐は思考に耽っていた。
王宮内では、幼くして王位についた大王を傀儡とした右丞相呂氏陣営と左丞相竭氏陣営で日夜争っているときく。しかし、大王を手元に置く呂氏陣営が有利であることに変わりはなく、むしろ安定しているともいえたはず。その流れに何か変化があったのだろうか。
そうして思考に耽って歩いていた朱錐の前に、一つの影が差した。
「お困りごとかい。お前さんには命を助けてもらった恩もあることだし、知りたいなら教えるよ」
「紫夏殿ッ なぜここに。 いや………王宮内のことでも?」
「当り前さ。闇商紫夏は何でも扱うよ」
そうして紫夏から得た情報によると、呂氏は厳密には大王派ではなく、呂不韋派であり大王の生死にはこだわりがない事、また、竭氏と王弟成蟜とのつながりが日がな強まっていること。そして、大王派は昌文君派のみで最小の勢力であることを知った。
「政様か」
朱錐は、昌文君の副官として最後の任務で出会った現大王政様のことをおもい浮かべていた。
昌文君様が武官を辞め、文官として生きる決意をなさったほどだ。救出劇のあと、二人だけで話されていたが、なにか感じ入るものがあったのだろう。
私の印象からすると、政様は齢9歳にしては、聡明であることは認める。大怪我を負っていた紫夏に対するお心遣いは立派なものであったし、昌文君様からもたらされる情報からの現状への理解速度などは、およそ同年代とはくらべようもないほどに早い。けれど、正直に申せば、それだけであり、昌文君様が政様の先に何をみたのかは私にはわからない。
それと紫夏の話によると昌文君様の立場はそうとう危うい。傀儡とは言え大王は大王。その大王を排したい竭氏と大王がどうなろうとかまわない呂不韋。そうなると政様をお護りするのは、昌文君派のみとなる。夏夫人が早々に領地にお帰りになるのも、身を案じての事となると、王宮内はすでに一触即発なのかもしれないな。
「お前さんはどうするんだい。こう言ってはなんだけど、私としては政様に大王のままいてもらった方が良い商いになるから助けたいんだ。あのときのこともあるからね」
「私は王騎様の元にいる身です。勝手をするわけにはいきません」
ギチリと握り込む拳とは違って冷静に言葉を返す朱錐だが、本心は昌文君様を助けたい。と言っているようなものだった。
「呆れるほど生真面目だね。お前さん。道理で、キョウ様から『きっと朱錐ならそう言うから』ってキョウ様が王騎様に尋ねたら、『好きにさせなさい。わたしも好きにしますので。』なんてことの伝言を頼まれるわけだ」
昌文君は、闇商人紫夏を政救出作戦後に朱錐に預けた。また、その朱錐を王騎のもとおくりだすことで紫夏の身の安全も同時に確保していた。それは、朱錐の武の力を腐らせたくない想いもあったが、趙国、あるいは政に近しいものとして紫夏が狙われないようにするためでもあった。
そのあとすぐに朱錐は旅立ったわけだが、怪我の完治した紫夏は、政のこともあり秦国に残ることを決意。もちろん、趙国に帰れば死罪は免れないので、それは妥当な判断でもあった。
そして、怪我の療養中にキョウと話すようなったことで、そのままここで働いたらどう?と勧誘を受けたのだ。
こうして、紫夏は王騎のお膝元で商人として働く傍ら、各所で吸い上げた情報をキョウや王騎に流すことを生業とするようになっていた。
「私の好きに、か。………ありがとう、紫夏」
「どういたしまして。なにかあったらここに来な」
メモと言葉を残して紫夏は去っていった。
第9話。
というわけで、昌文君の妻夏夫人はオリキャラです。
原作漫画に「昌文君の妻子を渡せ」とありましたので、登場です。
それでは、閲覧ありがとうございました。