彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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幕間 計らい

 刻は遡る。

 

 景色は曇天の空模様から雨へと移り変わっていた。

 

「よし。君に恨みはないけど死んでもらうよ」

 

 そして、小柄な男は天に剣を掲げるとその者に振り下ろした。

 

 のだが。

「い、いもーーー」と、その者が発したわずかな言葉が、今まさに絶命せしめんと振り下ろしていた剣先をピタリと宙に留めさせた。

「……」

 男はその者が言わんとした言葉の先を待ったが、どこぞで受けたであろう深い傷からの出血からかその者はそのまま意識を失っていた。

 空はから落ちる雨粒はそのおおきさを少しずつましながら朱くながれる血の色を薄すめて押し流していく。

「……」

 小柄な細目の男は数拍ほどの逡巡ののちにその剣を納めた。

「まったくね。これも、天の計らいなのかなァ」

 男は出血している部位を確かめるためにどうにも見覚えのある装束の端を持ち上げた。

「……うん。このままじゃまずいね」

 その傷の具合から、すぐに手当てをしたとしても、この者が助かる見込みはほとんどないだろうことが予見された。

「ちょっと面倒だけど」

 そう男は愚痴を漏らしたあと、己の過去に少しばかりの思いを馳せると自身よりも小柄なその者の躰を両腕におさめて立ち上がった。

 

「なんにせよ。雨露をしのげる場所がないと話にならないか」

 

 次第に、降りしきる雨はその激しさをまして、彼らの痕跡を打ち消していった。

 

 

 それから数日降り続いた雨上がり。

 

 晴天になるであろうまぶしい日差しと薄い朝靄の漂う早朝のこと。人里から離れた山林に男の声が響いていた。

「シッ。」「セイッ」「ハァッ!!」

 男は両の手にそれぞれ握られた剣を宙を舞う蝶の羽根のように軽やかに操っている。その姿は、そとから一目みるだけで、彼の身に内包する巧な業の一端を見て取れるほどに滑らかであった。

 そうしてしばらく。男は満足したのかその動きを制止させた。

そして「ふぅ……」と男は躰に籠っていた熱を吐き出す。するとどうだろう。いまのいままで、そこに存在したであろう獲物を眼前にした地に這う獰猛な虎の気配が薄れていく。

「やっぱりか。まだまだ本調子にはほど遠いな」

 男の言葉は、さきの大戦で背中と腕に負った怪我の具合が万全であると言い難いものであった。

「腕の方はまだいいけど、背中の傷はどうにもむず痒いっていうか。まあ支障があるってほどでもないけどね」

 男は滴り始めた汗を拭うと来た道に足先を向けた。

「僕としたことが、変なものをひろっちゃったなァ」

 結局男は旅の道中で拾った怪我人の手当をした。あのあと、あの打ち付ける雨のなか歩いていくと少しさきの路のはずれに隠れるように立っている小屋を見つけることができたからだ。

 その小屋はさきの山賊、野盗まがいの者たちが使っていたようで清潔感は皆無ながらも急場をしのぐに必要な細かなものだけはあった。

 男は小屋の戸を開けて中にはいった。

「おや。目が覚めたみたいだね」

「ここは。それに……」と衣服の下に見える包帯に手を当てた。

「あれから五日になるかな。ずっと君は眠っていたんだよ」

「五日も……」とどこかまだ夢現な様子に男は続けた。

「そっ。手当しなくちゃいけなかったから、ごめんね」

 それが何を指しているのか察したのかその者は言った。

「べつに大したことじゃない。手当て、ありがとう」

「うんうん。素直にお礼ができることはいいことだと思うよ。じゃあ、そのお礼の代わりにいくつか訊いてもいいかな?」

 少女はこくりと静かに頷いた。

「じゃあひとつめは、君の……、ショウお姉さん? も同じような恰好をしていたから、そういう民族なのかな」

「そう。山里からさらに遠く離れた深い森で暮らす女だけの里」

「ふぅん。女だけ、か。そんな情報を簡単に外にもらしてもいいのかい。どっかの馬鹿なやつらが捜しに行くかもしれないよ」

「それはべつに問題ないと思う。死体になるだけだから」

「なるほど。自衛するだけの力があるってことね」と小首を傾げた。たしかにあの強さだ。もし、あんなのがたくさんいるとしたら、万でもきかないか。と。

「それに……」と俯いた少女は記憶のなかにある現実を口にした。

「もう、なくなっちゃったから。里」

「それは、その怪我の原因かな?」

「そう。突然に、里にあいつは現れた。里のみんなが立ち向かったけど、長くはもたなかった。あれが、婆からきいた武神っていうものだとおもう」

「武神、ね。殿が新しい三大天がそんなことを口にしているっていってたかな。名前はァ、龐煖。だったかな」

「名前までは知らない。私はやつの攻撃を受けた拍子に里の端にあった斜面を転げ落ちて意識を失ってたから……」

「そっか。じゃああとひとつだけ訊こうかな。妹っていうのは」

「妹……、あ」とこぼした少女の脳裏にあの日の記憶がよみがえり受け入れさせた。

「ううん。礼は、妹じゃない。血は繋がってなくても私の大切な家族。妹みたいだなって思ってたから口からでたんだとおもう」

「ふぅん。それで、君はこれからどうするのかな」

「婆は言った。山を急いで下れって。象姉は生きて秦いるから頼れって。礼もきっとそう。だから、私は秦にいく」

 その言葉に男は「うん? 秦に、かァ」と呟いたのちに開いているのかわからない細目の奥で、数拍の思案のち、うんうんと頷く動作をしてから言った。

「そうだ。そういうことなら、僕は君のお姉さんと知らぬ仲じゃないから、そこまで連れて行ってあげようか」

「いいの? 私は助かるけど」

「いいの、いいの。僕はあてもなく旅をしていたところだから。目的ができて丁度いいくらいさ」と親切そうな返事のうらで、フフっと微笑をこぼして、愉快なことになればいいなァ。と男は胸を躍らせた。

 

「よし。それじゃあまず、君は怪我を治さないとね。傷だって浅くないし、なにより、血が流れ過ぎてまともに立てないでしょう」

 

 

 

 

 

 

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