彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第94話になります。

去る7月12日(金)に映画が公開しましたね。
『キングダム~大将軍の帰還~』
ちなみに、初日レイトショーで観ました。


第94話

 趙国と燕国の間で起こった戦いが趙三大天李牧の策のもと東中華で名を馳せた燕の大将軍劇辛を討ちとることで幕を下ろしてから早数日。

 この戦いの驚くべきことは、軍の規模にして互いにおよそ同数の兵十万同士の大戦であったことにくわえて、長きに渡って燕の大翼、大将軍として名を馳せた劇辛という存在ですら李牧を前に僅か一日しかもたずに敗れ去ったことにあった。

 これにより、趙の三大天でありながら宰相でもある李牧という存在は、各国の要人にとって最も警戒すべき人物であると認識されるに至った。

 他方その頃、魏、韓、楚の三国の変事に対して即応する騰軍第六軍長である朱錐の姿は、軍中でもっとも東に配置されている第二軍長の天幕にあった。

「朱錐。急に呼び出してすまなかったな」

 第一声は、この天幕の主である隆国のもので中央には戦術盤が設置されていた。

「なに、隆国の事だ。急に、などと言いながらも、私が任務の都合でこの近辺に来ることが分かっていたのだろう」

「フッ。そんなことはないぞ。ただ、なんだ。お主の動静を上から眺めていれば任務の意図もおのずとみえてこよう」

「さすがに察しが良いな」

「当然だ。俺の上には駈け出せば猪突猛進、まえのめりな録嗚未がいるのだぞ。第一軍長を暴走させぬように差配の意図を読まねば元王騎軍第二軍長は務まりはせん」

「そうだな。しかし、そこが録嗚未の良い所でもある。私の噂を聞きつけて録嗚未が突っかかってこなけば、隆国やほかの軍長たちとこうして深く交わることもなかっただろうからな」

「フフッ。たしかにな。あやつが幾度も突っかかりよるから、つい口をだしたのが失敗であった。なんだかんだと巻き込みよって。いつの間にやら、仲裁役をやらされるようになっておったわ」

「まったく。私にしても隆国にしても、散々な目にあったな」

「ああ、そうだ。まったくもって、散々だった……ふっ、ふふ」

 「「ふはははっ」」

 そうして、ふたりは若かしき頃にあった騒動を思い出して、しばしの間笑いあった。そうしているうち天幕の入り口に影が一つ差し、同時になかのふたりに向けて声が掛かった。

「なんだ、お前たち。私をぬきで、随分楽しそうだな」

 天幕に姿を見せたのは、軍長たちを預かり指揮をする人物その人であった。隆国と朱錐は拱手をして出迎えた。

「これは騰様。よくおいで下さいました」「騰将軍」

 騰はうむ、頷くと天幕のうちへと歩みを進めた。

「それで、ふたりは何の話をしていたのだ」

 それに隆国は応えた。

「我らと朱錐が交流を深めるきっかけになった録嗚未のことで、少しばかり昔の話を」

「フッ。なるほどな。録嗚未のことか、困ったやつだ」

「はい。まったくもって録嗚未は困ったやつです」

「そうだな。昔の話も時間が許すのであるなら悪くはないが、それぞれに任務もある。いまは報告を聞くとしよう」

「ハッ それでは報告します。趙が燕に侵攻して起こった大戦の詳細が判明しました。まず知っての通り、趙の李牧の手によって、燕の大将軍劇辛はわずか一日で討ち取られました。これにより燕は降伏、趙が勝利を収めました」

「うむ。そこまでは皆が知っているな。知りたいのは、どのような戦であったか。だ」

「はい。それでは順をおってーーー」

 隆国は戦術盤を使って序盤から中盤にかけてを足早に説明し、それらを騰と朱錐は静かに聞き入った。

「ーーーというのが、戦の中盤になります」

 隆国の言葉を受けて、まず騰が口を開いた。

「李牧……。やはり相当に頭が切れる。この形で全体像を描ける人間はそういないであろうな。朱錐はどうみる」

 騰から水を向けられた朱錐はしばしの逡巡のあとに応えた。

「戦場を横から描く発想にも驚かされますが、李牧は劇辛将軍の打ち手を的確に読んだうえで、山間の各所に部隊を正確に派遣している。これは、戦場となったこの地の情報だけでなく敵の陣容にいたるまで、かなりの精度で把握していなければできない戦運びである、と」

 隆国は朱錐の言に我が意を得たりと言葉を重ねた。

「まさに。ここから戦の終盤までは李牧の独壇場といって差しさわりはない。敵の行動を読んだうえで、敵がどのように動こうとも、やつの術中のうち。恐ろしい漢です」

 騰は肯定の意味を込めて頷き隆国の言葉を引き継ぐかたちで続けた。

「李牧がかつてないほどに油断ならない相手であることは、疑いようもない。なにせ、我れらの殿を窮地に陥れるほどの策士なのだからな……」

 そうして騰は視線を戦術盤から離し隆国にむけると報告のさきを促す合図を送った。

「ですな。報告を続けます。燕の劇辛は李牧の策略に嵌りしばらくは敵のいいように戦を進められるのですが、ここから状況に変化が生まれます。劇辛は李牧の策を見抜いて、自軍本陣を進発。そこから東中華を震撼させた騎馬部隊が先行して李牧の本陣を強襲し、これを成功させた」

 隆国は、騰と朱錐に視線を巡らせて頷く動作を一つ入れることで思慮する時間を一拍ほど作ってから言葉を続けた。

「ですが李牧は、この劇辛の強襲にも備えていたようで、予め配していた伏兵であり子飼いの騎馬部隊の精兵で敵本軍の横腹を突きに出ます。策を看破されてもいいように準備を怠らなかった李牧もさることながら、劇辛もそれを読んでいたようで迎撃の兵を出します。ですが、これはうまく機能しませんでした」

 騰は脳内でこの盤面を実際の戦場と等しくさせていたからゆえに劇辛の対応の仕方に問題はなさそうであると感じて疑問を呈した。

「ほう。なぜだ」

「それは、李牧子飼いの兵が精強であったこともありますが、なにより、この伏兵を率いていた将が規格外だったからです。名を馬南慈と言います」

 騰は瞬時に脳内にある記憶をさぐるが引っ掛かる者は存在せず、朱錐に目配せをしたが「名は聞いたことある」程度のことで、あとは沈黙。情報は皆無に等しかった。騰は、強敵になるであろう者の名を口にして情報を欲した。

「馬南慈……。聴かぬ名だな。どこの者だ」

 ここから二人は情報をすり合わせるように会話を重ねていく。

「はい。そう思い調べましたところ、李牧がかつて赴任していた雁門という地で長年に渡って北の匈奴を相手に矛を振るい恐れられていた人物のようです」

「北の匈奴を相手に、か。なるほど。李牧は馬陽の直前に匈奴を一方的に討ったという。それにより北の圧力が弱まり、南に派遣できるようになったということか」

「そのようです。そして、劇辛はこの馬南慈の進撃に対して本軍から本隊兵三千を離脱させて迎撃にでてます。このことから、劇辛は馬南慈という者を放置するには危険な敵であると認識したことが窺えます」

「ふむ。趙の内部にいまだ名の通らぬそのような人物がいたとは驚きだ。そうなると、他にも存在する可能性もでてくるな」

「はい。ですので、殿が築いた独自の諜報網の拡充を急いでいるところです」

「よろしく頼む。それで、劇辛は迎撃にでたところを討たれたのか」

「いえ。将同士の接触はあったようですが、李牧のもうひとつの伏兵が戦場に姿をあらわしたことでふたたび状況が変わり、劇辛は本軍に合流するため方向を転換を図っていたところを弓の矢で頭を射抜かれた、とのことです」

「流れ矢ではないのだな」

「その通りです。劇辛の意識を襲撃者に徹底的に向かわせることで、必殺の一矢の存在を感づかせない李牧の策略であったと思われます。弓を射たのは、魏加という中華十弓に名を連ねる者でした。そして、ここまでの戦況を私なりに読み解きますと、劇辛を弓矢で討ったのは結果であって、李牧はどのような盤面になったとしても劇辛に届き得る策略を練っていたのではないかと愚考します」

 騰は一拍の黙考ののちに応えた。

「……そうだな。戦場を横から描く奇策で戦を優位に進め、たとえ劇辛が自身の策を読んで進発してもしなくても李牧からすればどちらでもよかった。李牧は劇辛が進発しないのであれば本隊を率いて燕の本陣を強襲したであろうし、劇辛の本陣と李牧本隊が完全な抗戦状態に入った段階で逆側に伏せていた兵が後方から襲い掛かって挟撃したとすれば戦の趨勢は趙に傾いていた、ということだな」

 「まさに。かつての戦場ですらめったにお目にできないほどの恐ろしい智謀の持ち主と言わざるを得ないかと」

 それに騰が応えた。

「強敵だな。この戦いで、全中華が無視できないほど李牧の存在はおおきくなった。これから中華は、やつの動向に左右されることになるだろう。だが、焦ることはない。我らは我らのできる最善を尽くしてその刻を待つだけだ」

 

 そうして騰たちがこれから先のことを思案している頃、隆国の赴任地からほどよく離れた朱錐軍の野営地、その本営となる天幕に軍長不在時の最高武官となる副官虎豹のもとへ入り口の幕をくぐった来訪者がいた。

「ただいま戻りました」

 虎豹は普段寝台として使われる木製の台に腰かけて行っていた武具の手入れの手を止めると、愛しくも声に覚えのある人物にむけて顔を上げた。

「帰ったのか青騎……って、王騎様。そのお姿はどうされたのですか」

 虎豹がわざわざ名を呼び直したのは、青騎が龍面を付けずに王騎として姿を見せたからであった。王騎は立ち上がろうとした虎豹に声を掛けた。

「そのままで結構ですよ。お久しぶりですね。私の虎豹。朱錐の姿が見当たらないようですが、どこに」

「えっ。あ、はい。朱錐なら隆国に呼び出し応じて一時軍を離れています」

「なるほど」と王騎は頷くと虎豹のそばに歩みを進めて続けた。

「そろそろ趙、燕方面からの報告が届く頃合いでしょうから、その都合でしょう。ということは、こちらの戦線に変わりはありませんね」

「はい。王騎様。趙の侵攻に併せて楚、魏、韓の各国それぞれが戦線を膠着させるように軍を派遣し合っています。ただ楚方面については山陽東群宣言が尾を引いているのか強めの圧力をかけてきている印象です」

「ふむ。私の考えと一致しています」

 そうして王騎は虎豹の隣に腰を下ろすと木製の台の上に目を向けた。

「武具の手入れですか」

「はい。いつ戦いがはじまるか実際のところはわかりませんから、できるときに行うようにしています」

「ンフ。よい心がけです。唐突に戦は始まるもの。此度の北部での戦いも趙にとっては入念に準備された上での戦いになり、侵攻を受けた燕側からすれば、その対応に追われることになりました」

 王騎は虎豹から虎面をはぎ取ると視線を合わせて言葉を紡いだ。

「あなたにとってはいまさらな言葉になるでしょうが、常に、万全な出陣を迎えるための準備を怠ることがあってはいけませんよ。摎」

「はい。摎は王騎様のご忠告をありがたく思います。王騎様の妻として、朱錐の副官として恥じない行いをすることを重ねて心に誓います」

 摎の真っすぐな目を見て王騎は「あなたは本当に」と言葉をこぼして優しい笑みを浮かべた。

「戦いのなかに身をひたしていると瞳を輝かせますね。流石は、私の妻にして、ともに肩を並べて戦うまで鍛錬を怠らなかった努力家です」

 ふいに伸ばされた腕のさき。王騎の手のひらは頬をなでるように流れていた摎の髪に触れ、その指先にやさしく乗せられた髪は耳へとかけられた。

「あ、あの王騎さ、……ん」

 一拍ほどの交わり。摎はいまだ頬に添えられている王騎の右の手をそとからいとおしむように包み込む。二人の距離ははなれても交わる視線は解かれることはない。

「このところ、あなたに構う時間をとれませんでしたから……」

「いいんです」 

 交わした言葉のあと、お互いにお互いを慈しむひとときが流れていく。そうしてから、摎は視線をすこしだけ外して恥ずかし気に言葉を発した。

「……摎は、幸せ者です」

 お互いの手が静かに重なり合っているぬくもりとともに、穏やかに、ゆるやかに、流れていた時間にも、終わりはある。

「摎。予め人払いはしておいたのですが、何かあったようです」

 王騎の言葉の通り、摎が意識をそとに向けると、確かに火急のなにかというほどではないが、すこし騒がしい様子が窺えた。

「もう、ちょっとだけ……なんて、我がままは言いません」

「本当に?」

 そんな王騎の試すような言葉に、摎は仕方のないひとという意味を込めて、「もう。」とこぼしてから言葉を続けた。

「摎は、甘やかされるだけの子どもじゃありませんから。それに、いまは軍を預かる将として、立つときです」

 そうして摎は虎面で素顔を覆うと立ち上がった。その勇ましさのある姿に、王騎もまた笑みを深めて「コココッ」と笑って立ち上がった。

 

「それでは私も王騎としてやるべきことを始めましょうか」

 




94話でした。

映画、とてもよかったです。
是非、映画館まで観に行って欲しいと思います。
大将軍の帰還。まさに!!
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