彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第100話になります。

新年明けまして四か月おめでとうございます。


第100話

 秦の王宮。大本営では楚、魏の侵攻の報に慌てふためく文官衆に向け喝を入れる老軍略家の姿があった。

「儂の存在など、いまこの国に迫る危急の事態に比べれば、どうということではないぞ」

 元とはいえ仇敵趙国。その大将軍廉頗に仕えた四天王であり趙軍の舵取りすら行ったとされる大物の登場は文官衆の思考が止めさせるには充分であった。が。

「戯けどもッ!! 楚に、魏と二国からの侵攻じゃぞ。呆ける暇があったら、さっさと対策を話し合わんか。このひよっこども!!」

 この玄峰の他のことを一顧だにさせぬ迫力のある大喝はかえって文官衆の胆を縮みこませ口を閉ざさせることになった。彼らは視線をしばし漂わせると玄峰を招き入れた軍総司令である昌平君に向けた。

 昌平君は口を開いた。

「皆の疑問は承知している。玄峰殿には軍師の養成を旨とした養育機関で子弟らに教えを授けていただいていた。それと同時に、これまでの実戦経験を生かし、この国の防衛策について献策を頂いていたのだ」

「そ、それは……。ぐ、軍総司令。ちょ、ちょっとお待ちを。貴公は我が国の防衛を。た、他国の、そ、それも宿敵趙国の人間にさせていた……と?」

 この文官からだされた言葉は、他の口に出さなかった文官衆の総意であった。なかには昌平君に向け疑義を呈する視線を向ける者もいた。

「その通りだ。彼の御仁の経歴からも、その実力に疑う余地がない。そして当然、私はすべての献策に目は通し、その上で、有用であると判断した。故に、あえて断言する。そなたらの心配は杞憂である。と」

 軍総司令昌平君が発した強い言葉に声を挙げた文官は言葉に詰まり静かになった。その沈黙した場に言葉を投げ入れたのは、その当事者である玄峰であった。

「まったく。儂にすべてを任せておけば二国からの侵攻程度に泡を食うこともなかったというのにのォ」と玄峰もまたぎょろりと目玉を動かし視線を昌平君に向けた。

「ご冗談を。確かに、貴殿の経験、実力とも高い評価に値しているし、これまで献策いただいたものが有用であることも認めよう。さらには、この先、我らが全中華に乗り出すうえで避けては通れぬ数多の戦場をこそを貴殿が望んでいることも承知している。しかし、だ。それが他の国と裏で繋がっていないと断言に足る理由にはなりえないでしょう」

 昌平君の正中を射抜く言葉に、玄峰はそっぽを向くと愚痴るように言葉を発した。

「……フン。じゃから総司令から、儂は追放され、縁の薄いであろう魏と関わりのない韓の方面のみでの策を求められておったというわけじゃ。ひよっこども、理解したな? この軍司令は面持ちほど甘い男ではない」

 そうして玄峰は大仰にため息を吐いた。

「老人は尊敬し労わるもんじゃと思わんか。のォ、軍司令」

「異なことを。私は軍総司令として貴殿の能力を買ったに過ぎない。そして、いまのこの場に、年齢は重要ではない。必要とされてるのは、国を、民を守るため思考する力のみだ」

 そう言葉を発し泰然にして峻厳に立つ昌平君に玄峰は目を細め言葉を漏らした。

「――まったく、可愛げのない」

 と玄峰は嘆息すると手をゆるりと後ろでに組み、「フム。」とし、再び目を昌平君に向けた。

「お主は、若い頃のあやつのようじゃの。主らのような者は、物事をいささか性急に進めすぎるきらいがある。持ち得る才がそうさせるのであろうが、くれぐれも熟考を損ねるでないぞ。常に、敵は己のなかにあると心得よ。そうせんと早死にするでの」

 玄峰は評し、「さて。」と言葉を続けた。

「儂が提案したことは、さほど特別なことではない。単に、敵の位置をわかり易くするために目安を作らせただけじゃ」

 文官は尋ねた。

「……目安、ですか?」

 玄峰は応えた。

「なに。従来の方法では、敵の正確な位置は発見した者の主観によるところが多く策を弄する前に破棄せざるを得ぬこともあったのでな。目安に、いくつか場所で関所の要になるような柱を何本か立てさせただけじゃ」

「目安に関所の要の柱をですか……しかし、関所が設置されるというのなら、国防を担う我々が知らないはずがないのですが」

「阿呆。要の柱。と申したであろう。そもそも関所でもなし。場所も主要な街道は避けておるでな」

「そ、そんなもの。いったいなんの役に立つというのですか」

 玄峰は文官を一瞥し、興味が薄れたとばかりに視線を外した。

「――ふん。敵がお主らと同様であるなら、うまくいくじゃろうな」

「それはどうい……」

 その時、文官の言葉を遮るように、王の間に血相を変えた使者の姿があった。

「急報。急報です!! ちょ、趙が。趙軍が国境を越えて侵入。す、すでに馬陽は包囲。馬陽より救援の要請です!!」

「ちょ、趙までが攻めてきているのか!」「もうすでに二国に攻められているいうのに」 「ック、地図だ。もっと大きな地図をもってこい!!」

 王宮に詰める文官衆の胸中が再び大きくざわめく姿を片目に捉えながら玄峰はポツリと言った。 

「ふむ。いまこの時にきたか。小耳には挟んでおったが、悪くない」

 同様に、この事態も想定されていたものの一つである。と男は威厳を込めて声を挙げた。相国呂不韋だ。 

「ええい。落ち着かんかッ! 趙と楚が接触していた報告は受けておったわ。無策なわけがあるまい。そうであろう。我が、四柱よ」

「はい。趙の備えには蒙驁将軍を抑えとして配置し、その両腕である王翦、桓騎の両将軍の持つ権限の最大まで兵数を引き上げ増員してあります。――が」

「が……、なんじゃ」

「それは、遊撃を担う騰軍との連携を踏まえてのこと。楚、魏の侵攻が重なったいま。敵を退けるほど十分な効果が発揮できるかは不明であると言わざるを得ません」

「危ういか。まず状況の整理じゃ。敵は、楚。魏。趙の三つ。三国よる機を揃えた侵攻。となれば、裏に同盟があるのは必定、か」

 呂不韋は言葉を止め艶やかに伸びた顎の鬚に手をやると数度撫でつけ再び口を開いた。

「退けられそうか」

 それは問いの言葉。純粋な問い故に重みのある言葉であった。

 大国楚の侵攻から始まり、魏の侵攻。そして、趙が続く三国同盟による秦への侵攻作戦であったのだ。呂不韋派の文官衆であっても安易な言葉をうそぶくことが憚られ口をつぐむなかで、昌文君は声をあげた。 

「退けるしかあるまい。とにかく、極めて早急に敵の足を止めねばならん」

 昌文君は語気を強めた。

「至急伝令じゃ!! 桂。早馬を。全ての城に固く門を閉ざすように指示をだせ。南に走らせた部隊は待機させ、防衛線が固まり次第、走らせるぞ――」

 王宮の間が昌文君の声で動き始めようとしたとき、そこに水を差すものがいた。

 呂不韋である。

「昌文君よ」

「なんじゃ。今は一刻を争うとき。無駄話に付き合う暇はないぞ」

「一理ある。が、じゃ。軍司令は昌文君、お主ではないはず。国を揺るがす危急の事態であるからこそ、軍の規律は守られるべきであると考えるが、如何か」

 正論であった。

 昌文君は元武官であるからこそ上層部のごたごたが戦場までもたらされれば致命的な結果を招く恐れがあることを正確に理解していた。故に、ここは口を紡ぐことしかなかった。

「――ぬぐ。その、通りじゃ」

「うむ。では、昌平君」

「ハ! 黄龍。各方面の情報を吸い上げろ。孫公。国内すべての城に最大緊急事態の令を発し、城門を固く閉じさせ、籠城体制に移行するよう通達をだせ。介億。中央一帯の軍にはすぐに出撃準備を。防衛策が固まり次第、進発させるぞ」

 秦の大本営が敵を楚、魏、趙の三国同盟であると定めて事態の打開すべく動き出――のとき、伝令が一人、急報の声とともに姿をみせ、おもむろに両膝をついた。それは、あたかも祈りをささげるかのような姿勢であった。

 文官のひとりは伝令を見とがめた。

「なにをしておる。届いた情報は逐一に報告をせんか」

 伝令のどこか呆然とし青い白い顔の不気味さは、一抹の不安を掻き立たせるには十分であった。

「ええい。黙っておらんで、さっさと言わんか」

 その声に、伝令は胸の内にあった情報を堰を切ったように口から吐き出し、最後は悲鳴のような叫びになり伝えられた。

「ほ、報告いたします。北東部前線からの、急報です……燕軍、十二万が北東部前線基地雎城を落としてそのまま我が国に侵攻しているとッ!!」

 

 王宮の間に数舜の沈黙の帳を下りる。

 

 敵は楚、魏、趙だけでも三十数万。それに、燕軍十二万が侵攻してきた……? と。

 敵は三国同盟のはずじゃなかったのか。

 考え得る最悪の事態だ、と。

 それは、その場にいた者たち共通の思考であった。

 

 しかし、いまだ最悪という名に届いてはいなかった。

 

「韓軍五万が中丘より我が国の国境に侵入をしました」

 

「東端の国斉が大軍を発し、趙領土内を通って西に向かっているとのことです」

 

「なッ。――んじゃ。それは……」 

 それは一介の商人から、一国の相国にまで上り詰めた漢の心胆すらをも揺るがし漏れださせた声であった。

「なんじゃそれはッァああ!!!?」

 場は瞬時に騒然とし、もはや容易な収拾のつかない事態にむかった。

「ば、馬鹿な。ろ、六国が。秦に……秦に向かっている、とでもいうのか」

 ひとは、およそ理解のおよばない事態を迎えたとき、ただ茫然と立ち尽くすかかしに成り下がってしまうものだ。

「ど、どうすれば、いい」

「どうする、もなにも、なにがどうなって――」

「こ、こんなもの。人知のおよばぬ最悪の災害。そのものではないかッ」

 そう。秦は国の中核を担い王宮に籍を置くほどに有能な文官たちをして事態の全容のとっかかりすら掴めぬ未曾有の侵攻が起こされていたのだ。

 ただ、ひとりを除いては……

 

「合従軍だ」

 

 嬴政は玉座から、そう言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 




第100話でした。

本誌は韓攻略が佳境に。洛亜完にヨコヨコはどうなったのか。そして、ついに国が亡びる段に移っていますね。本年も目の離せない怒涛の展開になりそうです。
二次創作小説、彼の者の盾は何処へ向かうのか。は合従軍編ということで、終わりの見えない戦いです。いや、ほんと終わりがみえないです。いろいろとありますが、細々と更新を続ければと思います。
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