彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第101話になります。
アニメ第六期の制作が少しまえに発表されましたね。第六期は、10月と言います。いまから楽しみです。


第101話

「合従軍だ」

 嬴政の言葉は事態の全容の定まらぬ王宮の間に一つの解を示した。

「がっ、合従軍ですと!?」

 そう声を挙げたのは、誰であろうか。

「合従軍……四十数年前・当時の超大国斉に対抗すべく他の六国が手を組み七十余城もの城を陥落させた、あのッ――」

 言葉にされてしまえば、それしかない。と、その場の皆が納得するほかなかった。

「合従軍。で、間違いあるまい」と、大王の解を昌文君は厳しい表情で追認し、視線を巡らせた。

 昌平君は平時と変わらぬ表情のまま静かに戦略図に目を落とし、玄峰は顎よりのびる年相応に色落ちした鬚を撫でつけ呟く。

「――フン。よもや合従軍など、また珍しいものを再びこの目にしようとはのォ……」

 戦の世は面白いと玄峰のどこか愉し気な声と裏腹に、文官衆は合従軍という脅威そのものに大きな動揺を走らせていた。

「やはり、これは合従軍なのかっ!?」

「……ッ。そうだとすれば、まずいぞ。これが合従軍というなら、我らは、東の超大国であった斉の同じ末路をたどることになるのだぞッ!」

「し、秦。一国に、ろ、六国が……悪夢だ」

 合従軍の脅威を前に、玉座の嬴政は沈黙のまま打開策を必死に模索し、片や、呂不韋は、現況の厳しさままを口にした。

「これから、我らも亡国の憂き目に遭う。ということか」

 

 秦の中枢が事態の大きさにおおきく揺れ動くうちにも脅威は、着実に、秦の王都に近づいていた。

 

 場所は、秦の前線の拠点かつ要所であった馬陽城を抜いたさき、放丘。

「さすがに、笑顔がでませんね。李牧様」

 声の主はカイネ。趙軍総大将李牧は応えた。

「合従軍を描いた張本人として、このさきに起こることも分かっていますからね」

 カイネは、合従軍の強大な力が迎えるさきに思考を移しながら、疑問も口にした。

「ところで、放茂と満信の城を素通りしたことに、兵たちが困惑しておりますが、なにか理由が」

 李牧は軍の向かう方角に視線を保ったまま応えた。

「加茂、それに満信は、馬陽と違い小規模な城です。一つ城に抱えられる人数には限りがあり、兵となれば、さらに数を減らします。当然、我が軍十万余とまともに戦えるはずはありません。ですので、小さな城は放置し、さきを急いでいます」

「急襲することで、敵に応戦させない。ということですね」

「ええ。秦の中枢はいま、大きく揺らいでいることでしょう。なにせ、突如、六国が攻め入ってきたのですから。秦にとっては悪夢そのもの。そして、彼らが、いまがもっとも欲しているのは時間でしょう」

「たしかに、そうですね。わたしも、六国から趙が攻め込まれるなんて、考えたくはありません……。そう思うと、国は違えど、おなじ臣民の一人として、秦の民が迎える結末を、少し、不憫にも思います」

 しかし、李牧は、言う。

「これは、秦が始めた戦いです。秦が中華を望むなら、私たちは、趙の民を、ひいては、雁門の民たちを侵略の魔の手から守るため、戦わなくてはならない」

 そして、李牧は瞑目し言葉を続けた。

「それが戦国の世を、生きる術なのですから」

 

 李牧の言葉の通りであった。

「趙軍。放丘を通過しました」

 本来なら、軍議のもと対応策が意気軒高に交わされるはずの場は、

「燕軍も国境を抜け、現在は悦の地にッ」

 戦況の悪化する報告がなされるたびに、

「韓軍は――」

 沈黙の重い幕はおり、ついには、戦意を失い膝を折る者もいた。

 沈黙に沈んだ王宮の間に、戦略盤の駒の動く音だけが響く。秦の深部へに向かう駒たちは、あたかも、六本からなる剣よって秦が突き刺されていく様を幻視させた。

 その場のおおくの者が、ただただ、六国からの侵略の大波に飲み込まれて思考を停止させている最中でも、脂汗をひたすら流し対策を練ろうとする者たちがいた。

 そのひとりは昌文君であった。昌文君は、思考する。

 すでに盤上を覆す手はない。そもそも兵の数が違いすぎる。しかし、あきらめるわけにはいかぬ。大王様のためにも。秦に住まうすべての民のためにも……。じゃが、どこから手を付ければ、よい。一国にでも集中すれば、他を抜かれ、かといって、いくつかの国に力を割いたとしても、六国のすべてを止めるは無理じゃ。一国でもほころびからうちに入り込まれれば勝敗そのものが決してしまう。対応を、対応を急がねばならぬが――

 八方塞がり。脳裏に過る言葉が頭をもたげた。

 昌文君は、かぶりを振って傍観を振り払い再び思考の渦へ向かった。

 また別の一人、玄峰は口を開いた。

「合従軍か。望諸君と同じ絵図を描いた敵をほめるべきか、それとも、あやつが敵にいないことを喜ぶべきか。微妙じゃな」

 玄峰は眼光鋭く視線を這わせ、続けた。

「いずれにせよ、粛々と進めねば、国が滅ぶぞ、馬鹿ども。できることから始めんか」

 国が滅ぶ。その可能性を、この場にいるすべての者が言葉ではわかっていた。しかし、圧倒的な力で殴りつけられている現状に、傍観を抱いた心は行動を起こさせない。

「……ふん。これでは、敵の思うつぼじゃな。貴様らの国じゃ、好きにせい」

 玄峰がもし、祖国趙の軍司令であったなら、一喝し、すべてを動かしていただろう。しかし、ここは、亡命して間もない秦。秦全体の采配を事細かに知ることのできない立場から打つ手など提示できるはずもなかった。故に、無為なことはやめ、戦略図に視線を落とした。

 呂不韋は、勘案した。

 いかんな。何かができる状態ではない。さきに見せた醜態で、いまの儂の言葉は重みに欠ける。ここで口をはさんだとて、身のない議論になるのは明白。昌平君が黙しておるのが、よい証拠じゃ。ふむ。しかし、かりに、打つ手なし。となれば……」

 と呂不韋の視点は、戦中、戦後と多岐にまで至ることになり、沈黙の刻は続いた。

 そうして、王宮の大広間は、表情をなくし土色に染まった者と額に汗を浮かばせくいしばり抗おうとする者、そして、心胆の内を隠して画策する者にわかれたまま、時間だけ流れていった。

 玉座の嬴政は、国家の危急の機に、国の意向一つ纏められず、いたずらに時間を過ごさねばならない苦痛に臍を嚙んだ。

 俺に、力が、力さえ、あれば……。権力争いのためとはいえ、早々に排除されないよう己の存在を高めてこなかったことが、ここにきて、足を引っ張る結果になるとは。俺の言葉で、この場の者たちの意思を真に統一することができるだろうか。いや――

「泣き言など言っている場合ではないな」

 嬴政は決意し、玉座から立ち上がったそのとき、王宮に風が吹いた。

「急報。急報です。雷原の地にて、麃公将軍率いる一万余が魏軍と交戦に入ったと報せが!!」

「戦地より鳩が。騰将軍旗下隆国より、事態を鑑み戦時特例をもって独自に交戦を開始するとのことです」  

 報せは、王宮にただよう沈黙を吹き抜ける一陣の風になった。

「な、なにを勝手に。やつらは我らを無視して戦を始めたというか」

「これは、軍法ものだぞ。王騎軍の残党は、なにを考えている」

「麃公将軍とて、同じだ。軍を勝手に動かすなどと」

 王宮はにわかに活気に湧いた。それは、ただの憤懣の発露。いかんともしがたい鬱屈とした空気に耐えかね、吐き出す先をみつけたに過ぎなかった。

 しかし、嬴政は、それを見逃さなかった。

「お前たちに彼らを糾弾する資格はない!!」

 嬴政の声は、王宮の間を一閃した。この場の視線が、嬴政に向かう。 

「し、しかし、……」となお言い募ろうとした文官を、嬴政は一喝し、その言葉を切り捨てた。

「黙れ!! お前たちが思考を放棄している間にも、秦の領土が、民が、奪われ続けているのだぞ」

「ッひィ」

 これまで、王宮の権力闘争において嬴政の存在は薄く、呂氏派の者からすれば、ただ支援者に擁立された王という認識でしかなかった。しかし、今、このとき。声を挙げた嬴政の否応なしの姿勢は、この場の者に滲み出る決意を感じ取らせた。

「お前たちの目は節穴か! お前たちの頭は飾りか! この地図を見ろ。今、この瞬間にも国のいたるところで、何千何万の民の命が、おびやかされているのだぞ。お前たちのなかに、彼らを救うために思考は続けた者がいるか。いま起こっている全容に対策を講じられた者がいるか」

 嬴政は語気をさらに強めた。

「わかっているのか!! 彼らは不甲斐のない我らに代わって、命を懸けて戦っていることを。今。ここにいる我らが為すべきことは、彼らの英断を無為にさせない策を見出すことではないのか。強大な敵に、目をそらすな。刻一刻と、国が、民が、凌辱されているのだ。全身全霊を掛けて対策を練れ。打開策を模索しろ。合従軍だろうがいいようにはさせぬ」

 嬴政はすっと息を吸い込み声を発した。

 

「戦うぞッ!!」

 

 嬴政の気迫のあふれる檄は、一拍の沈黙とともに伝播し、彼らの士気を爆発させた。

「オオォおおウぅ!!!!」

 それは異様な光景であった。

 なにせ、暗殺しあうほどに対立する両陣営が一つまとまり、動きだしたのだから。

「まだ間に合う民の避難を急がせるぞ」

「避難についは我ら呂氏派の任せろ。我らなら、各地域に所縁の者がいる」

「む。ならば頼むぞ。なら我らは、可能な限り合従軍の道から外れたところの策定を急ぐ。早馬の準備をしておけ。すぐに動くぞ」

 その様に、昌文君は目を見開き、驚きをあらわにした。

「派閥を越えて、このようなことが、起ころうとは……信じられん」

 このとき、昌文君の胸のうちに去来した想いは、「大王様……」という言葉とともに小刻みに揺れる拱手に如実に現れていた。

 最中、熱気の冷めやらぬ王宮の間にいて、いまを冷静に見定める目が一つ。呂不韋であった。

「ふむ。戦意こそは、とりもどしたか。しかし、現状は如何ともしがたいことに変わりはない。そうであろう、昌平君」

 昌平君は深い思考の底から意識を浮かび上がらせ、「ハッ……」と返答し応えた。

「たしかに、予断を許さない状況に、なんらかわりはありません。ただ、一つ。いまなら、合従軍に楔を打ち込む手があります」

「それは、なんじゃ」

 昌平君は、戦略図の一点を見つめた。西と東。本国との距離ゆえに、いまだ秦の地に足を踏み入れていない一国を表す駒であった。

 

「斉を狙います」




101話でした。
第六期は、秦と趙。鄴をめぐる攻防が描かれるとか。
SNSでそれぞれが待っている見所に、キングダム好きとしてニマニマと眺めていました。新生する飛信隊。法治国家の在り方。李牧を欺く戦略。長い戦いの区切りはどうなるのか。気になるところはいっぱいです。
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