やっと………原作開始年に。
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第10話
年が明けて紀元前245年。
玉座を巡る呂氏と竭氏の争いは激化の一途をたどっていた。
そんな折、秦は呂氏率いる総勢二十万の軍勢を魏の少梁に向けて進軍させた。右丞相呂不韋本人が王都咸陽を離れたことで、旗頭の庇護を失うことを恐れた呂氏陣営の者たちはこぞってこの遠征に随行した。そのため、秦国中枢で争われていた国を二分するかのような権力争いは、呂氏陣営不在による空白の時間が生まれることとなった。
この機を好機と捉えた王弟成蟜は、憎き腹違いの兄、舞妓を母に持つ大王嬴政の排除を目論見、かねてより呂氏と争い続けていた竭氏を抱き込み、大王の暗殺。そして、呂氏の排除を命じた。
竭氏は王弟という駒を得たことで、己の野望がすぐ目前にまで迫っていることを確信し、すぐさま行動を起こした。
すなわち、大王嬴政の暗殺である。
大王暗殺に加えて、大王派でありなにかと小うるさい昌文君らもまとめて処分すれば、あと腐れもなくなる。あとは玉璽をおさえて、遠征中の呂氏陣営を逆賊と認定後、大軍勢を起こして討伐すれば………。
と、竭氏は我が世の春が訪れることを幻視せずにはいられなかった。
だが、竭氏の野望は第一歩目で躓くこととなった。
暗殺目標である大王嬴政が王宮から忽然と姿を消していたのだ。そのことに気付いて慌てて追っ手を差し向けたが、後の祭りであった。辛うじて捕まえられたのは、追っ手の錯乱を目的として残されていた昌文君配下の者たち数名であった。
昌文君は、機が熟せば竭氏は反乱を起こすであろうことを予見していた。同時に、現大王一派ではそれを抑えることができないことも理解していた。
そのため、有事の際に大王を無事に脱出させるべく大王とともに方策を立てていた。
結果、竭氏は侮っていた昌文君に見事に出し抜かれることとなった。
王宮からの脱出を果たした御車は、昌文君とその私兵が左右を固める形で咸陽の街を駆け抜けていた。
「うまくいったようですね 昌文君」
御車から顔をだしたのは、大王であった。
「ここまでは。だが、まだ油断は禁物です。漂大王」
漂大王。この言葉でわかる通り御車に乗っているのは現大王である嬴政ではない。すなわち影武者である。
昌文君は、抜け出す手立てを万全に期した上に、お連れする大王すら影武者を仕立て上げて、万が一の備えを施していた。
咸陽の門を潜れば、あとは合流地に向けて駆け抜けるのみ。竭氏の兵は王宮を制圧するために動員されているようで、姿すらなかった。いよいよ門が迫ってくる。難関であった王都脱出は万全の準備が功を奏して成功を収めようとしていた。
不測の事態、王騎さえ現れなければ………。
「門を抜ければもう安心です。追いつかれることはないでしょう」
「そうですか。さすがです。昌文君」
「仮にもあなたは大王なのだ。今は呼び捨てでよい」
「そうですね。今は大王ですから、そうしますね。昌文君」
安堵の息が漏れそうになった両者であったが「ンフぅ」と幻聴がした瞬間、蠢く殺気に気付いた昌文君は叫んだ。
「左方盾密集。備えよッ」
言葉とほぼ同時に放たれた矢は多く、御車の護衛左方の列に突き刺さっていく。当たり所が悪かった護衛数名が命を落として落馬していった。
「あれあれぇ~ 昌文君はどこにいくのオ。」
悠然と姿を見せたは、六代将軍最後の生き残り、王騎であった。
「王騎ッ 貴様、なぜここにッ」
「ンフフフ なぜでしょうねぇ。」
不敵な笑みを浮かべる王騎は答えない。
「ック 隊列を組みなおせ。半分は足止めじゃ、なんとしても逃げ切るぞッ」
王騎の出現は予期せぬものだったが、素早く意識を切り替えて、指示を飛ばす昌文君は流石であった。止まっていた御車は慌てて動き出た。昌文君もまた、王騎の相手はせずに駆け出した。
昌文君が残していった私兵は、精兵と呼んで差し支えない練度を誇っていたが、王騎が率いてきた軍とは数に差があり過ぎた。
「さすがにやりますねぇ ンフフ」
そんな精兵とじゃれあいながら王騎は、駆けてく御車を易々と追った。
「まさか王騎がでてくるとは………ッ」
ここまで完璧に近い形で竭氏を出し抜き、咸陽からの脱出劇を演じてきた昌文君であっても、王宮の争いに興味を示さなかった王騎がここにきてまさかという思いであった。
「王騎とは、あの王騎大将軍ですか」
緊迫した状況とは裏腹に、御車の窓から顔をだした漂の表情にはむしろ明るさすらあった。
「その通りです。秦の怪鳥と呼ばれる最後の六大将軍になります」
昌文君はその表情に「下僕二人として、身の程をわきまえぬ大望があります。」と話した漂の姿を思いだしていた。
「あれが王騎大将軍………」
御車から顔を覗かせる漂が、大将軍にある種の憧れを抱いていることは、昌文君にも理解はできた。こんな時でなければ、紹介くらいはしてやってもいい。だがいまは、悠長に奴を待つわけにはいかないのだ。なぜなら、王騎はこちらを屠るために迫ってきているのだから。
「お待ちなさいなぁああ 昌文君ンンンンツ」
名を叫びながら追い上げてくる王騎の追撃は激しく、接近を許した昌文君の私兵は悉く切り裂かれていく。
「ックソ 足止めにもならないか。王騎には儂が行く。お前たちは大王の御車を護れッ」
指示を飛ばしてた昌文君に、御車から声が掛かる。
「ご武運を」
「………お主もな」
決意を固めた昌文君は王騎と肩を並べるよに並走して、矛を振るった。
「王騎ィィいい」
咆哮一閃。矛を振りぬいた。
「ンフ いいわよオ 昌文君。」
だが、昌文君の気合の入った一閃は、涼し気な王騎に受け止められる。
「ぬぅ 王騎ッ! なぜ今になって参戦したッ」
王騎は昌文君の問いかけには応じず、矛をはじくと、攻勢に転じる。
「こうして馬を並べるなんて、懐かしいわね。 ねぇ 昌文君?。」
どこか探るような剣戟だが、易くはない。昌文君はなんとか矛でさばき受け止める。
「ぬッ ック ならば、なにしに来た 王騎ッ!!」
「熱き血潮が滾る 戦いの世界を求めてッ。」
「っ!意味がわからぬッ」 矛を振るう昌文君。
「あなたにならわかるでしょうッ」易く矛を受け止め、返しす手で反撃する王騎。
その後も言葉の応酬と、打ち合いは止むことはなく、むしろ激しさは増していくばかり。
「ぐぬぅう ならば儂みたいな一文官と兵を相手にせずともよかろう がッ」
気合を入れて振るった一閃であったが王騎は歯牙にもかけない様子であった。
「ンフフ」
このままでは、王騎に傷を負わすこともむずかしいと昌文君は悟り始めていた。
劣勢は疑いようもない事実であったが、そこに一つの朗報が入る。「昌文君ッ あれを」と私兵の1人がさす方角には、丘がある。そう、不測の事態に備えて、兵を伏してある丘が見えてきていたのだ。
「退けッ 王騎。あの丘には ーーー」
「伏兵………。考えることは同じですね 昌文君ン。」
「なっ!?」
昌文君が配した伏兵が姿を現せたのと同じ頃、その横腹に食いつくように、王騎が配した伏兵の突撃が行われた。
「まずいッ」
王騎が配した伏兵に気を取られた昌文君を見逃すほど王騎は甘くない。
「さよならです 昌文君。」
振り上げられた矛。
「昌文君ッ」
御車から呼ばれた声で、昌文君は己の危機を悟ったが時すでに遅く、王騎の矛は振り下ろされる。
「しまッ ーーー」 が瞬間。戦場を切り裂く甲高い音色が鳴り響いた。
音の正体は矢。王騎は咄嗟に矛の軌道を逸らしてそれをはじくと、射手に意識を向けた。
視線の先には、昌文君側の伏兵に紛れ込んで、こちらに単騎で猛進する朱錐の姿があった。
「ンフ 現れましたね。あなたの盾が。」
まだ距離があるものの、二人の視線は確かに交じり合っていた。
「王騎様………。ですが ふんッ」
朱錐は一瞬のためらいを捨てて、次の矢を放った。
ピッ ヒピューーーゥピユ ピーツ
「この音。向けられると存外に厄介ですねぇ ンフ!」
難なくと対処はできる。だが、甲高い音に耳が反応してしまい、わずかではあるが意識を取られていた。さらに、音色が途中で変化すると、軌道にも変化が生じるようだった。
総じて、威力は申し分ないが、狙いは散漫。けれど、意識をわずかでもとられる以上は、厄介と称するに値すると王騎は評した。
昌文君の伏兵の一人として姿を現した朱錐は、昌文君の危機を察知してすぐに一射を放ち、続けて二射。そうして駆けつける時間を稼いでいた。さらには、王騎に正面から挑みかかることで、その脚を止めにはいった。
「昌文君は御車をッ」
「朱錐ッ ここは任せるぞ」
駆け抜けていく昌文君に「諾ツ」と声を張り上げた勢いのままに王騎へと愛用の棍棒を振りぬいた。
鳴り響く衝撃音がその威力を語る。
「っと、とと。 さすがですねぇ。朱錐さんは。」
愛馬の凰とともに、たたらを踏むように飛ばさた王騎であったが、満足気に言葉を発していた。
「ここから先に行かせはしないツ!!」
「ンフフフ 良い啖呵です。ですが、あなたのお相手は私ではありません。」
王騎の視線は朱錐の後ろを示していた。馬首を変えるとゆっくりと近づいてくる三つの騎兵の姿があった。
「久しぶりに顔を突き合わせるのが敵同士とはな。 元副官殿」
それは、朱錐とともに王騎のもとへと送り出された元昌文君隊の烈士馮(フォン)、濯(タク)、洪(ホン)であった。
「馮ッ それに、濯と洪までッ」
「それでは私は先を行きますので。」
と言葉を残すと、王騎は昌文君に向かって駆けていった。
「そういうわけだ。しばらく相手をしてもらうぞ」
元は同じ昌文君隊。同じ釜の飯を食べた仲間ではあったが、三人が構えたことで朱錐は覚悟を決めた。
「容赦はしない。どいてもらうぞッ」
壁のあんちゃんはしっかりものです。
もっと活躍するはず(妄想)
次話。壁の働きに乞うご期待!!(たぶん)