彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第15話になります。
あとがきには、ふと気づいた事実を少々。




第15話

王宮の中央広場の戦いは、いまだに決着はついておらず、両者による乱戦が続いていた。そこに、謁見の間にいた成蟜が現れたことで、事態は終局へと動き始めた。

 

「せ、成蟜様ッ」

 

竭丞相の片腕肆氏は乱戦の後方にて冷静に戦況を見守っていたが、突如現れた成蟜によって思考を乱されることになった。

 

「なぜ成蟜様お一人でこのような場所に………丞相閣下はどうしたのですか」

「死んだ。首を刎ねられて死におったわ あの役立たずめが」

 

肆氏は成蟜の言葉をにわかには信じられなかった。

 

「し、死んだ………竭丞相が?う、右龍を抜かれたのか。それでは左慈も………。な、ならば早急にだ ーーー 」

 

肆氏の明晰な思考はすぐに最悪な状況にあることを認識した。さらに、早急な大王の排除を指示しようとしたがそこに邪魔が入ることになる。

 

「な、なんとかしろ。し、肆氏。き、きさまは丞相のかたうでであろうが」

 

成蟜は、だだをこねる子どものように手にしていた剣で肆氏の躰を叩きはじめたことで、肆氏はそちらに意識をとられることになった。

 

「お、おやめください。せ、成蟜様。今はそのようなことを為さっている場合では」

 

そして、大王派と竭氏の争いは、一人の漢がこの地に降り立ったことで終わりを迎えようとしていた。

 

「ンフ」

 

王宮を囲う塀から飛び降りたのは、中華に名を馳せた大将軍。

 

秦の怪鳥こと王騎その人であった。

 

悠然と降り立った王騎は不敵に笑う。突如とした王騎の出現に、乱戦の最中にいたはずの両者は、ひとり、またひとりと視線を奪われては、その矛を止めた。

 

そして、王騎に侍るべく配下の兵が続々と広場へ降り立つと、乱戦の空気は完全に消え失せ、静寂があたりを包み込んだ。整然と居並ぶ王騎直属の屈強な兵の姿が広場の空気を完全に支配すると、それに抗うかのように声を挙げたのは、竭氏派の将魏興であった

 

「王騎将軍。なぜ偽りの昌文君の首を差し出した。それ如何によっては、その首もらい受けることになるぞ」

 

問うように言葉を発した魏興であったが、すでに王騎を排除すべき敵と認識していた。そのため、王騎が兵を動かす前に首を刎ねるつもりで、距離をつめていた。

 

「………。」

 

魏興は馬上から凄みを利かせるように睨みつけたが、王騎は一言も発しなかった。

 

「沈黙は敵対と受け取るぞ」

絶対的に有利な馬上から矛を振り下ろせる。さらには己の間合い。魏興は王騎を斬れると確信して矛を振り上げた。

 

斬ツ!!

 

だが、魏興の矛は振り下ろされることはなかった。

 

矛を握ったまま落下する上半身。馬から落ち、倒れ伏す躰。遠くなる意識に、視界は黒く、黒く、染まっていく。

 

こうして、なにが起こったのかすら理解できぬまま、魏興はその生を終えることになった。

 

王騎はただ目の前にいた敵を一刀で切り捨てた。ただそれだけのことだが、そこに居たすべての者が王騎という圧倒的な武を前に言葉を失くして、畏怖を覚えた。

 

王騎は魏興を屠ると大王嬴政のもとへと歩を進める。

 

ただ王騎がこちらに向かって歩いてくる。ただそれだけであるのに、戦いで猛っていた両者の心胆は寒からしめさせ、大王への道を拓かせていく。

 

戦いで騒然となっていた広場はいまや静まり返り、ただ王騎の足音だけが響いていく。

 

昌文君はこちらに向かってくる王騎に対して、何故ここに姿を見せたのかを思案するよりも先に、大王と王騎の間に己の躰を差し入れて行く手を遮った。山の王楊端和もまた警戒心をあらわにして、その躰をさらした。

 

王騎、昌文君、楊端和。三者の距離が近づくほどに、緊張感は張り詰めていく。

 

しかし、緊張感などどこ吹く風と王騎はいっそ気軽げに言葉を発した。

 

「この曇天では天の采配も冴えませんかね。まあ わたしは嫌いじゃありませんけどねぇ。」

 

「ンフフフ」とはぐらかすような王騎の態度に憮然として質問を突き付ける昌文君。

 

「なにしにきた 王騎」

 

王騎はそれに対して、変わらない昌文君の在りように少しの呆れとなつかしさを交えて言葉を綴る。

 

「あなたはせっかちですねぇ 昌文君ン。そうは思いませんか 錐。」

「………」 「ンフフ 寡黙ですねぇ 騰とは違って。」     「⁉」

 

昌文君は、王騎の言葉で後ろに控えていた朱錐の存在を認識した。そのことでふと懐かしさを覚えたが、質問に答えない王騎に対して、再び問いだたした。

 

「朱錐か。 ………うるさいぞ 王騎。さっさと答えろ」

それは、政も同じであったようで王騎の前に躰をさらすと、続けざまに王騎へと問いかけた。

 

「俺たちは今重要な局面を迎えている。将軍に構っている暇ない。用件はなんだ」

 

王騎を前に、怯みもせずに躰をさらした嬴政の胆力に、ひとまずの関心を持つと言葉を発した。

 

「ンフ ではお聞きしましょう。貴方様はどのような王を目指しておいでですか。じっくりと考えて下さって結構です。ただぁ 我が宝刀は不遜な答えを許しませんよぉ」

 

どこか間延びをするような声とは裏腹に、王騎の雰囲気は戦場に立つときのそれであった。

 

 

「中華を統一する王だ」

 

 

政は王騎が作り出した張り詰めるような空気に物怖じせずに一つの宣言をした。

 

「統一王ですか。この500年、そんな与迷い事を本気で口にしたのは、あなたの曽祖父、戦神と謳われた ーーー 」

 

政は王騎の言葉を遮るように口を開くと語り始めた。

 

「昭王の名に、そなたはもう縛られるな」 

 

そうして語られたのは次のような言葉であった。

 

中華を夢みて生涯を戦に投じた昭王は、武人を愛し、また愛される王であった。その昭王の死からすでに七年が経過している。寄るべき大樹を失ったそなたの苦しみがいまだ消えないのは、昭王の影を追っているからだと政は指摘した。

 

「そして再び秦の怪鳥として中華に羽ばたきたいと願うのならば、昭王の死を受け入れて、一度地に足を付けよ。王騎将軍」

 

 

勇ましく、そして、諭すように語る嬴政に、王騎は遠き日の昭王の姿を思い浮かべていた。

 

 

「中華に羽ばたく ですか」

 

「ゴホツ ゴホっ ゴホッ そうじゃ。 クフフ 夢。及ばず、か。やはり中華は広かったなぁ」

いまだ地平のさきを見据える昭王の瞳の輝きは失われてなどいなかった。けれど、戦神と謳われた昭王もまたひとりの人間でしかなかった。

 

「この夢。お前に託すぞ 王騎」

 

「………ご冗談を。あなたを失くして、私の飛び立つ天など、どこにも存在しませんよ。」

 

「ゴホツ 何を言うか 王騎。戦場はなくならんぞ」

 

「ですが 熱き夢を追いかける戦場はなくなります。」

 

「そうかのぉ いや そうかもしれん ゴホツ な ゴホっ」

 

「ええ。目を見れば理解りますとも。口では何とでも言えます。」

 

「………そうか」

 

長き沈黙のあと、徐に腕をあげた昭王。見つめるは地平のその先。

 

 

「あと、二十年。二十年、生があれば、この手に夢を掴めたやもしれぬ」

 

 

延ばした腕のさき、握りしめた手の平、その中に、確かに中華があった。

 

 

「口惜しいのぉ」

 

 

「大王………。」

 

そのとき落ちた雫は王騎の涙であったのだろうか。曇天の空から落ちる雫が地面を染めはじめた。

 

「ゴホツ ゴホッ 中華は広かった。それだけのことよ のぅ 王騎」

 

「………。」

 

「儂亡き後であっても 研鑽を怠る出ないぞ。いつかまた ゴホツ 中華を ゴホッ ゴホッゴホツ。………少ししゃべり過ぎたか」

 

「…大王。さぁ御体に障ります。天幕にもどりましょう。」

 

 

 

降り出した雨は大地に新たな芽をはぐくむように降りしきる。

 

 

「いつかまた中華を」中華を目指す王が現れるやもしれん。語られなかった言葉の先にあった想いを王騎は確かに受け取っていた。

 

 

あれから七年の月日が流れて、現秦王を前に王騎は芽吹きの刻を感じていた。

 

 

王騎は強く見定めるように政を見つめる。

 

 

そして、動きのない王騎たちを前に、いまとなっては反逆の徒として処刑される道しかないことを恐れた竭氏派の兵は、この隙に嬴政と王騎を殺してしまえば、成蟜が王となり、罪から逃れられるのではないかと夢想していた。が

 

「ドンツ」と響く重く鈍い音とそれを成した漢の威に、夢想は解け落ち、兵たちは現実へと引き戻されることになった。

 

「ンフ んフフフフフ 昌文君が一人で熱くなっているわけは ほんの少し解りましたよ。」

昌文君に躰を向けた王騎は、そう語ると踵を返して歩き始めた。

 

「今日の所はこれで引き上げるとします 錐も行きますよ。」

 

そのまま去っていくかに見えた王騎であったが、ふいに立ち止まると振り返り、現王である嬴政に向けて言葉を発した。

 

「それとぉ 大層な口をたたくのならば それに見合ったものを見せていただきたいものですねぇ ではぁ」

 

「ンフフフフ」と独特の笑い声を発しながら、再び歩き出した王騎は、二度とこちらを振り返らなかった。

 

「どうした朱錐。行かずともよいのか」

 

そこには、いまだにこちらに留まっている朱錐の姿があった。

 

「………大王様。一つ、伝言がございます」

 

「朱錐か。あの時以来だな。分かった。聞こう」

 

そうして大王の耳元まで近づいた朱錐は、預けられた言葉を渡した。

 

「ッ ああ、確かに受け取ったぞ」

 

「ハッ それではこれで。昌文君様もご健勝を」

 

「うむ 此度は助かったぞ」

 

 

政は、あの日と変わらない大きな背に、感謝の意を静かに贈ると、渡された言葉を胸の内で反芻した。

 

 

「あの日の月を忘れないでください」

 

 

そこには、

 

立派な王になられたあなた様に会える日をお待ちしております。

 

そう続いているような気がした。

 

 

 

その後、この反乱は届けられた竭丞相の首によって完全に戦意を失い、鎮圧された。本来ならば関わった者たちの一族すべてを根絶しにするべき事案であったが、おもに、成蟜陣営への制裁と竭丞相の処断を持って終結とされた。これまでに非常に多くの犠牲をだした内乱であったが、この事実を他国にわざわざ報せる必要はなく、徹底的な箝口令が敷かれることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。

ふと気づいたどうでもいい事実。
第15話まできて、朱錐と信の絡みが………まったくなかった。
原因
概ね壁のあんちゃん。
壁を書きたかったんだ。いい感じに頼りがいがあって頼りない壁を。

ということにしておきます。




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