王騎軍の者たちが鍛錬を積む修練場の一角で対峙するのは、王騎軍第一軍長を務める録嗚未と新設された第六軍長を務める朱錐。その周りには第三軍長鱗坊と同じぐ第五軍長同金の姿があった。
「またやっているのか、録嗚未は」
口を開いたのは第三軍長である鱗坊。
「もう数えるのも面倒になった」
それに応えたのは第五軍長同金。
「外野は黙ってろッ お前らだって引き抜かれたんだろうがッ 不満じゃねえのかよ」
そう怒鳴り声を挙げたのは第一軍長である録嗚未。
「といってもなぁ、同金」
「うむ、殿からの仰せならば否はない」
朱錐とこの二人は、録嗚未とこういった関係になってしまっていたため、自然と彼らとも交流をもつようになった。こちらは本当に親交のある交流である。
「そういうことを言ってんじゃねぇよ。筋ってもんがあるだろうが筋ってもんがよ」
「それに関しては申し訳ないと思っている」
さすがに悪いと感じていた朱錐は素直に謝罪した。
「ツ!それだよ。お前んところの副長の虎。あンの野郎っ よりにもよって古参の実力者ばかり引っ張っていきやがってっ」
むしゃくしゃとした気持ちが再燃した録嗚未のこの発言に、一つの事実に思い至った鱗坊は横にいる同金をみた。
「おい同金」
「うむ。おそらくそうであろう」
「………おい、なんだよ。鱗坊、同金。それに朱錐。なんだその哀れな者をみるような気配は」
「強く生きろよ 録嗚未」
「「ぶふツ」」 噴き出した二人は「クククツ」と笑うのを我慢している。
「あん?なんだお前らみんなして」
録嗚未は知る故もないが、笑いを堪える二人は、朱錐の放った一言がツボにはまったようだ。朱錐はそれらが実際に行われているところをみたことはないが、彼の人は昌文君にもそうだったように、わりとお茶目な性格をしているため、これからも揶揄われることだろう。ちなみに、このとき朱錐は気づいていなかったが、その矛先の後始末を誰がするのかという点に思考が及んだとき、愕然としたという。
「ダあああ もういい。来い 朱錐!!」
「全力でかまわないか」
「当然だろうがっ 手加減なんざ必要ない」
その言葉に集中力を高めると朱錐は構えた。
「む 同金よ」
「ああ、なにか雰囲気が変わったな」
構えた朱錐から発せられる威には、昔とはどこか違うものを感じさせた。
「いくぞ 録嗚未」
「来いや」
朱錐は構えていた愛用の棍棒を振り上げると録嗚未に向かって一直線に振り下ろした。それを、両手で支えるように構えていた練習用の頑丈な槍の横腹で受ける録嗚未。
しかし、練習用として頑丈さに重きを置いた槍が一気にへし折れるかのように曲がっていく。
「こ、の馬鹿力がぁああああああ」
それでも録嗚未は、折れ曲がりはするものの粘りをみせる槍ごと持ち上げるように朱錐の棍棒を跳ね挙げた。
「うらぁ嗚呼あ!! どうだ朱錐ぃ!!」
弾き返した録嗚未の声が響く。
「………驚きだな。あそこからはじかれるとは思いもしなかった」
朱錐と録嗚未の争いは何度目かの激突のあと、様子を観に来た鱗坊によって、この平和的?な方法へと姿を変えていた。そもそも、録嗚未は膂力のあるものからの攻撃を経験するために朱錐に絡みに行ったのであって、特に私怨があるわけでもなかった。戦うとどちらも重傷を負う可能性もあったため採用になった。それからは、合間をみては腕試しとばかりに録嗚未が顔を出しにくる関係になっていた。
「つうかお前、前より重くなってんじゃねよ。俺がつぶれたらどうするつもりだ」
「それはない。録嗚未なら大丈夫だと確信している。彼の人も、もし潰れたとしても、第一軍長にはこの隆国がなるからなんの問題もないと言っていた」
「ッチ 隆国の野郎が。それは、普通大丈夫なんていわねぇんだよ」
「うむ。録嗚未なら大丈夫だ」
「お前ほど無茶苦茶な奴なら死にはしない」
「無茶じゃねぇよ。お前らも一回やっとけって。干央も体験済みだぜ。それにこの先もどんな敵がいるかもわかんねぇんだからよ」
録嗚未の言葉に鱗坊は「ふむ」と納得を示すと同金に声を掛けた。
「………録嗚未がまともなことを言ったぞ 同金」 「どういう意味だ鱗坊っ」
鱗坊が言に一理あると同金も頷く。
「たしかに一考の余地があるな」
ということで二人も体験してみた。
「………同金」
背中を地面に預けたまま二人は共通の認識を持っていた。
「鱗坊よ………。やはり録嗚未は録嗚未であったな」 「どういう意味だ同金っ」
こちらは手加減を加えたものの、同じようには受け止めきれず、二人とも引き倒されるように背を地面に預けると、棍棒の先が石畳を粉砕して止まる結果となった。ちなみに干央も倒れるように押し込まれたが、地に伏すを良しとせず意地を見せて背中はつかなかった。
ここからは、朱錐の知らぬことだが修練場には朱錐隊に入る者がチラホラとおり、此度の騒動を目撃していた。また、他の軍長たちを膂力のみだが陵駕する姿に、朱錐の株は上がり、知らぬうちにその者たちから信を得ることになった。ちなみに、録嗚未がそのことを狙っていたかは定かではない。
後日、朱錐は正規兵五百を三つに編成。それぞれとで模擬戦を行うことによって、隊としての在り方を形作ることになった。まず、副長虎豹の用兵術は抜きんでており、その攻撃力は圧倒的で他の追随を許さなかった。つぎに、それすらをも押しとどめる軍長朱錐の用兵術は兵たちの心を掴んだ。そして、この二人以外に隊を任された漢、馮の用兵術は可もなく不可もなくであった。
虎豹の用兵は鋭く、一気に相手を分断するとあっという間に殲滅していく。しかしこれが対朱錐となると、朱錐は虎豹の決め手を読んでいるかのように払い落して勢いを削いでいく。一見地味だが効果的な手法で分断を許さずに膠着をつくりだしていた。
結果、強力な矛とそれをも押しとどめる頑強な盾。矛盾した二つの特性を活かすのが第六軍の目指すものとなった。さらに、副長付きの玄象は一人で十数人を同時に相手にしても圧倒する活躍をみせた。そのことを褒めると「この剣じゃこれぐらいが限界」との言を頂くことになった。さらに特殊な剣があれば「百はいける」とのこと。本当に特殊な剣であるため入手はまず無理ということで、固執せずに合う剣を探すそうだ。また、虎豹を姉のように慕っており、二人の仲は良好なようだ。
次に千五百人の募集を行うことになり、攻を司る勇猛さと機敏さのある者を中心に九百名。秀でる身体能力がなくとも意思が固く、我慢強いものを守を司る者として六百名。合計千五百人を集めた。
どのような者でも戦場で生き残るには、まず一に体力、二に体力である。最初の二か月は体力ありきで訓練が勧められた。そのなかで、目ぼしい者を拾い上げては、その都度正規兵の練兵に参加させることで、隊としての意識を高めさせる。さらに、正規兵の練兵を受けたものは、再び募集された兵のもとに戻ると今行われている基礎体力を高める訓練の意味を理解して、より訓練に身が入るようになる。すると、横の者の意識の高さが次第に全体へと伝播していき、晴れて基礎体力の高い新兵が生まれることになった。もちろん、さぼろうとしている者は技量の高さに関係なく振るい落としていった。半端に技量のある向上心のない者は、驕り、高ぶり、結果として隊の損害にしかならないとの判断からだ。最終的に全体の一割程度を失うことになったが、ひとまず練兵を終えて実践へと入っていった。
また、この新兵の訓練が始まってから一か月ほどしたころ、朱錐はさらに一人の若者を隊に入れることになった。
名を李豹と言い、一か月遅れた形で募集兵に合流したが、その一か月後には皆に追い付きすぐに追い越していった。まだ年若い李豹であるが、身体能力は高く、人柄も良い。最年少の側近として引き上げられたのにも関わらず、僻まれることのない稀有な人格の持ち主であった。ただし、唯一懸念される事象が一つあったため、伝承に登場する狕(ヤオ)を模した面を付けさせることになった。
紀元前245年 始皇2年初夏。
再び戦の火ぶたが切られようとしていた。
第3軍長鱗坊、第5軍長同金が登場しました。
某妻は、軍長たちとも親しい間柄とします。
録嗚未と信は戦いに関しては鋭いが、ほかは割と鈍感なはず(希望)という感じでいきます