彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第18話になります。
蛇甘平原の戦いとなります。


蛇甘平原の戦い
第18話


紀元前245年初夏。

秦国上層部は魏国との国境の地にある重要拠点滎陽(ケイヨウ)を奪取すべく軍を起こした。そして、その報せは募兵の立て札が国中に並び立つことで、知れ渡ることになった。

 

「滎陽か。王騎様に出陣の要請はあるのだろうか」

 

「要請はあるだろうけど出陣はしないよ。それに何かあるらしくて、しばらく空けるってさ」

 

魏を攻めるための玄関口となる榮陽は、両国にとって重要な拠点であり、大規模な戦になることは明白であった。当然、大将軍である王騎のもとには、出陣の要請が届く。しかし、昭王がなくって以来、王騎本人がそれに応じることはなく、今回も同様であり、麃公将軍がその任を受けて総大将となると噂されていた。

 

「虎豹。わたしはその戦いの様子を見に行こうかと思う」

流石に上官が副長に対して恭しい態度のままではよろしくないと虎豹から指摘を受けた朱錐は目下改善中であった。

「ん、そうか。私は王騎様にここを任されているから離れるわけにはいかないけど、一人で行くのか」

「戦場の空気を知ってもらうために、李豹は連れて行くつもりです」

「李豹か。まだ年若いが、戦の空気はなるべく早くに知って馴染んでいたほうがいいだろう」

 

李豹とは朱錐が新たに側近として拾い上げた少年になる。年齢は14歳とまだ年若いが、個の武には見所があり、集団による模擬戦においては、将としての器を覗かせている将来有望な若者であった。

 

「あと、念のために馮、濯、洪の三人を連れていきます」

「それだけいれば、大抵のことはどうにかなりそうだな」

「戦を観にいくだけですから、心配はいらないでしょう」

「それもそうか。象はどうする?」

 

虎豹は自身の後ろで気配を消すように、立っていた玄象に声を掛けた。

 

「私は姉さんの側にいる。まだ治療も途中だし」

 

玄象の言葉に虎豹は自身の利き腕の拳を握ったり、開いたりする。

 

「うん。そうだな」

 

昨年の暮れ頃、王騎が治める城塞都市に戻る途中のことであった。馬車の前に現れたかと思うとそのまま倒れ込んだ少女がいた。少女の白を基調とした衣服は、躰からは流れる血によって赤く染まっていて、すでに意識はなかった。突然に止まった馬車から降りた朱錐は、倒れている少女の容態を把握すると馬車の主から許可をもらい、すぐに近くの街で応急処置を施させた。馬車の主を待たせるわけにもいかず、先に行くように促したのだが「ヒョッヒョッ 急ぐ旅でもなし、気にするでないぞ。それに、この出会いは天祐やもれんぞ」とそのまま滞在なさると、どこかに使者を飛ばされていた。それから数日。容態の安定した頃合いを見計らって少女をこの地まで連れてきたのだ。

そこから、さらに一週間が過ぎようとした頃。

意識が戻ったという報せを受けた朱錐は、少女にこれまでの経緯を話し、これからのことを尋ねた。すると「妹がいるけれど、生死もわからない。それに行く当てもない」とのこと。それならばと、しばらくここで暮らさないかと提案すると少女は少し悩んだが、これを了承した。また、少女は身動きが取れる程度に回復すると、お礼をしたいと申し出たため、朱錐は城主を紹介した。さらにその妻がこの少女、玄象に興味を持ったことで今の関係へと発展していた。

 

玄象は虎豹の腕に後遺症があることを知るとお礼の代わりに、不思議な術を用いて少しずつ改善へと導いていた。

 

朱錐は滎陽付近で行われる両国の激突を観戦する許可を求めて王騎のもとへと向かう。王騎の側には副官の騰がいつもと同じように待機していた。朱錐の申し出に「それならば付近を通る予定がある」という言とともに、帯同を命じられるのであった。

 

 

王騎に帯同する形で第1~6軍長が揃うと、秦と魏が滎陽付近で激突する頃合いを見計らって、城塞都市を発った。

 

 

その頃、滎陽を守ると思われていた魏軍は、逆に秦の丸城に攻め込むと、これを落城させた。城主であり此度の戦で将軍へと任命されていた黒剛将軍は敗死。城内は兵、民に関わらずに殲滅された。秦は滎陽へと攻め込まれた魏は守りを固めるという固定観念を持っていたこともあり、見事に虚を突かれた形となった。さらに、丸城を落とした魏軍大将呉慶は、一度滎陽に立ち寄ると全城兵を吸収、亜水に向けて全軍での進軍を開始していた。

 

亜水にて軍議中であった麃公将軍付きの幕僚は、その報せを受けて狼狽したが、当の本人は「うろたえるな」と一喝。すぐに魏将呉慶の狙いを察すると、戦場を滎陽城から、滎陽-亜水間にある蛇甘平原に移す決断を下した。当然滎陽城を攻略するために、いまは軍の集結させている段階であったためすべての準備が不足した状況であった。麃公将軍はそれでも、魏軍よりも先に蛇甘平原へと入る要所を抑えるようにと進軍を指示した。

 

こうして両軍の戦は、攻城築城戦から平原での激突、野戦へと姿を変えた。

 

 

 

戦場なった蛇甘平原では、秦よりも早くに進軍を開始していた魏が要所である付近にそびえる丘を占拠することで、戦いを有利に進めていた。平原での戦いでは、高所の理が顕著にでていた。反対に攻め入る秦にとっては劣悪な状況になっていた。というのもすでに丘を魏に占拠されているため、勝利のためにはまずこの丘の奪取は急務であった。そこに、騎馬隊の待機命令に対して、歩兵部隊は到着した順に丘を奪取するための突撃命令がすでに下されているために、作戦的要素を抜きにしたただの突撃を繰り返していた。そのため、歩兵は次から次へとその数を減らしていた。

 

それは、いままさに戦場にたどり着いた第四軍所属の壁たちにとっても同様であった。それでも、壁は素早く状況を視認すると、いまだ困惑の様相を隠せない第四軍所属の歩兵一団に向かって檄を飛ばして、士気を向上させた。

「反乱の鎮圧で活躍したというあの噂は本当のようだな。壁」

壁の見事な檄に対して言葉を掛けたのは、尚鹿(ショウカク)という名の壁の幼馴染であり、ともに千人将の位についている者であった。

「逆だ 尚鹿。俺は自分の無力さを知っただけだ」

壁の言葉は嘘偽りのない実感であり、この三か月も研鑽を怠るようなことはしなかった。

「あん?」

「いや、なんでもない。 (死ぬなよ 信)」

壁は、竭氏、成蟜の反乱の際に行動を共にした下僕だった少年信と再会を果たしており、その身を案じていた。

 

 

第四軍所属となった信を含めた伍は、千人将である縛虎伸(バクコシン)隊に編成されると、命令に従って両国が戦う戦場へと突撃。魏の守備陣形を先行した信が飛び越えて崩すと他の歩兵はそこを目掛けて穴を拡げて乱戦へともちこんでいた。両軍が入り乱れる戦場において、漂とともに千に渡る一騎打ちを続けてきた信の実力は頭一つ、二つは抜きんでており、あっという間に十数人の敵兵を切り倒した。そして、指示を出していた敵将を見つけると一気に距離を詰めて、その首を落とすことに成功した。

 

この信の活躍によって突撃した第四軍所属の歩兵たちは、同国他軍よりも有利に戦いを進めることができていた。

 

たが、周囲に大量にいた魏兵の姿が見えなくなると状況は一変。

 

異変にいち早く気づいたのは、第四軍の誰よりも前線で剣を振るっていた信であった。

「な、なんだありゃあ …あッあれはやべえぞっ」

信にはそれが何であったかを判断することはできなかったが、第四軍とは別の場所に突っ込んでいく姿に脅威を感じて急いで自らが所属する伍へと走り出した。

時を同じくして魏兵の姿が見えなくなったことで異変を察知した伍の面々であったが、やはり何が起こっているのかを把握することは出来てはいなかった。

「信の野郎はどこにいきやがったんだ」

始めに言葉を発したのは、出っ歯が特徴の尾平である。

「さあ。でもさっきいた五人組の話が本当ならもっと前だろう」

それに返したのは、尾平(ビヘイ)の弟尾倒(ビトウ)であった。

「信君は心配ですが、いまはこの異変のほうが問題です」

信のことは気に掛けているが、魏兵が突然退いたことに疑問を持っていた伍長(ゴチョウ)を務める澤(タク)。

 

伍長とは、戦場における歩兵の小集団を指揮する者である。また伍とは五人で一組という枠の名であり軍の基本となる組織である。ちなみに信の所属する伍は、澤伍長に尾平、尾倒の兄弟と信、あと一人羌瘣という者が所属していた。

 

すると正面から流れ来る砂嵐が視界を狭くする中、尾平たち三人に向かって全速で駆けてくる信の姿がみえた。

「……ろ。……げろッ。み……な、そこから逃げろッ」

砂が嵐のように舞う後ろから響く重低音にかき消されていた信の叫びが聞こえた頃には時すでに遅く、敵の魔の手が伍に迫っていた。

「は?」

声を出したのは誰であったのだろうか。信の叫びが聞こえたのとほぼ同時に尾平たちの前に姿を現したのは、魏が誇る戦兵器装甲戦車隊であった。

魏の装甲戦車隊は、魏兵を見失って棒立ちになっていた秦兵たちを悉くに轢き殺していく。目の前で飛び散る人間だった肉塊に放心状態になってしまった尾平たち三人を助けたのは他ならない信であった。

「ボケッとしてんじゃねえッ」

三人に飛び込むように躰をぶつけた信のおかげで、三人は九死に一生を得ることになった。そして、そのまま走り去る戦車の背を睨みつけながら信は澤伍長からあれらの名を知ることになった。

 

魏の戦車隊とは、馬二頭立ての荷車を改良して、荷物の代わりに、二人から三人の兵を乗せたまま戦うことができる戦兵器である。戦場によっては騎馬隊を陵駕する威力を誇る。また車輪を通す車軸からは、荷台幅をはるかに超える尖れた金属棒がはめ込まれており、触れるものを悉くに切り裂いていく。荷台に乗るのも熟達した兵たちであり、矛や弩を用いて攻撃する。

 

なんとか一度目の戦車隊をやり過ごした信や伍の仲間であったが、振り返ったさきには、無数の肉塊となった秦兵の屍が戦車隊の道筋を克明に描き出していた。

 

秦兵を死地へと追いやった戦車隊の戦果は凄まじく、参戦していた歩兵は、すでに半数以上が消失していた。そして魏は秦の歩兵隊を壊滅すべく第二波として魏本軍所属の戦車隊を出陣させた。馬と戦車がかき鳴らす轟音は、さきほどよりも大きく響き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




呉慶さんが登場しました。
この小説最長四千字越えとなりました。
閲覧ありがとうございます。
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