「ンフフ 麃公さんは変わりませんねぇ」
秦と魏が激突している蛇甘平原から少し離れた崖の上には、王騎の姿があった。さらにそれに付き従うは副官騰をはじめとした各軍長たちも戦の動静を見守りながら待機していた。
戦は進み、迫りくる魏本軍の戦車隊の突撃を凌いだ信たちは、羌瘣の助言もあって戦車の一つを大破させることに成功していた。信は横転大破した魏の戦車から生き残っていた馬を繋ぎから解放して跨ると、反撃にでるべく戦車隊へと駆けだした。
「だめだ。どこを攻撃すれがいいのかわからねぇ」
だが装甲を施された戦車を前に信は攻めあぐねていた。前に立てば弩に打たれ、横に並ぶには車軸から伸びる尖った金属棒が邪魔で近づけない。ならば後ろからと行きたいところだが、当然のように矛や槍、弩を構えた魏兵がそれを許さなかった。
攻めあぐねている信に対して、魏兵はなんとか反撃にでようとしている活きの良い獲物を狩かるために、信へと群がり攻勢を強めていた。
一対一ならまだしも、一つ、二つ、三つと狩場に誘導するように攻撃してくる戦車隊の連携によって次第に逃げ惑うようになっていた信であったが、ここでも羌瘣の助言によって活路を見出すことになった。
「お前の相手は戦車そのものだ」と。
信は戦車を操っている兵を討つことばかりを考えていたが、羌瘣は戦車の核となっている荷車を狙えというものであった。助言を受けた信はすぐさま車輪に異物を投げ込み戦車を横転、大破させた。この成功を皮切りに、生き残っていた第四軍歩兵団は、戦車隊の荷車の車輪を破壊していくことで、小隊を壊滅へと追いやることに成功した。
これまでの秦軍歩兵の被害に対すれば微々たるに過ぎる勝利ではあるが、一矢報いる形となった。
この信たちの活躍は極局地的な勝利をもたらしたが、大局の趨勢に影響を与えるものでは到底ないと思われていた。
それは魏軍第3軍の将を務めた宮元(キュウゲン)も同様であり、小隊壊滅を受けてなお、すでに虫の息となっている敵歩兵を殲滅すべく丘を守る人員を除いたすべての兵を丘の上から進軍させたことにもあらわれていた。
だが、この誰もが注目しなかった信たちの活躍の一報は、麃公将軍の耳にとまることになる。
「そこには何かあるぞ。第四軍騎馬隊に突撃の号令じゃ」
目前に迫る魏軍第3軍の進軍に、もはや風前の灯と相違ない信たち第四軍歩兵であったが、後方から腹に響くような轟音に第四軍騎馬隊の突撃を認識した。
信たちを一足に追い越していった騎馬隊は速度に乗ったまま魏軍と衝突して切り裂いていく。そして第四軍の騎馬隊に所属していた壁は、馬に騎乗している信の姿を認めると安堵したように、声を掛けた。
「無事であったか 信」
「おうよ。壁のあんちゃん」
壁は信の無事を確かめるとすぐに千人将として自隊に指示を飛ばし始めた。
その様子を少し離れた所から観察していた縛虎申千人将は、その手際の良さに感心はするものの、麃公将軍の意図を把握できていないと断じ、すぐさま生き残っていた自隊に所属する歩兵を招集した。そして、丘の上に陣取る敵将軍の首を目掛けて突撃をする旨を伝えた。
第四軍騎馬隊の突撃によって戦場は敵味方騎馬隊に歩兵隊、さらには敵戦車隊が入り乱れる乱戦の様相を呈していた。その戦場の混沌を無理やりに押しのけ、時には、縫うように突貫する縛虎申隊はついに乱戦を突破することに成功した。しかし、あまりにも強引な突破劇の代償も大きかった。突撃時には、百数名はいた兵は四十数名まで減少していた。
犠牲は確かに大きかった。だが、その犠牲のおかげか魏将宮元は縛虎申隊が足元にまで詰め寄っていることを完全に見逃す結果となった。
戦場から縛虎申隊の姿が消えようとも戦況は進んでいく。
宮元が戦車隊を旋回させて壁たち騎馬隊にぶつけようと画策すると、麃公将軍は残っている騎馬全軍を持ってこれに対応させた。そうして、宮元たちの目が丘の下で争われる両主力の動向に向けられている隙を突く部隊がいた。彼らは、麓から中腹、そして喉元まで一気に駆け上がって守備兵を抜くと、ついに頂上にいた宮元の姿を捉えることに成功していた。
この突撃は意表を突いたものであったとはいえ、丘を守る兵は多く、尾平たち歩兵を丘の中腹に囮として置き去りにしていた。
追いつかれれば全滅必至の状況ではあったが、ここでこれまで実力を隠していた羌瘣の鬼人の如き働きにより敵兵が怯むと、それらを背に尾平たちは全力で丘の上へと逃亡した。対して丘の上では、縛虎申が魏軍副将宮元を道連れとして討ち取る偉業を成し遂げていた。
「ば、縛虎申様………」
涙を流す側近たちを横目に、倒れ伏している縛虎申の姿に信は将の在り方を教わったように感じていた。
縛虎申隊の活躍によって魏軍副将宮元を討ち取り、丘の頂上を占拠したものの、兵数はすでに十を切っていた。そして、強引に突破してきた丘の上の守備兵はまだ千を超えて残っている。それが頂上を目指すように逃亡する尾平たちとともにここに迫ってきていた。
現状ではもはや交戦することも難しいと考えた縛虎申隊の面々は、敵守備兵の少ない方向から丘を下ることを思案していた。だが、その信たちを遮るように、事態は動いていた。
魏軍総大将呉慶は、信たちが丘の頂上を占拠することを予見していたかのように、すでにその丘の足元まで進軍していた。これにより、信たちは丘から下りることすら難しい状況へと追い込まれていた。
丘の上の魏の旗が縛虎申隊によって倒されたのと同じ頃。
信たちのいる丘の下で魏軍第3軍と乱戦を繰り広げていた秦国第四軍騎馬隊の壁たちのもとには、新たな指令が将軍より届けられていた。単純明快なそれは「丘を完全に占拠せよ」という乱戦などないかのような無茶苦茶な命令であった。それでも、将軍の命令に従うべく丘の上を目指す秦国軍だが、魏軍第3軍はいまだ健在であり、丘の中腹に陣を敷いていた守備兵もいる状況では、思うように進軍することは難しいと言わざるをえなかった。
その時、壁は遠くの崖を思わせる丘の上に佇む王騎将軍の姿を視認していた。
「おい壁。すぐに丘に向かわないと軍令違反になるぞ」
遠くを見つめたまま動きのない壁を心配した尚鹿が声を掛けると壁は一言だけ言葉を返した。
「王騎将軍の姿が見えた。何かが起こるかもしれん」
「おい。何言っているんだ壁。将軍は随分前に引退したままだろう」
尚鹿の言は正しい。王騎が秦国軍として戦うことがなくなってから随分と月日が流れていたのだから。
その頃、崖のような丘に布陣していた王騎は、副官騰と物見遊山を感じさせる会話を重ねていた。
「あちらの丘。眺めが良さそうだとは思いませんか。 ねぇ騰。」
「ハッ 間違いないかと 殿」
「しかしこのまま移動しますと戦争に参加したことになりませんか」
「誰も参加しようなんて言ってませんよ。ただ眺めがよさそうな丘があるから登りにいくだけです。」
「邪魔なものはおしのけて、ですね 殿」
「ンフ 行きますよ 騰。」
王騎はそのまま前方に拡がる崖のように切り立った丘を愛馬凰とともに駆け出した。当然王騎に付き従う軍長をはじめとした王騎軍は同じ進路とり、見晴らしの良い丘に向かって一気に駆けだした。
その進撃は、前方にいる魏軍をあっという間に切り裂き、粉砕していく。壁たちはこの流れに乗るべく指示を飛ばして同時に丘の上を目指した。
こうして、王騎を先頭にした王騎軍は一度も滞ることなく信たちが占拠した丘の上へと到着した。
朱錐もまた他の軍長と同じように丘を駆け上がっていたが、ふと舞うように戦う人影に目をとめたが、今は王騎将軍に付き従うために、視線を戻して駆け上がっていった。
王騎軍蛇甘平原に乱入しました。
読みやす文を書かれている方の小説を読んで愕然とした主です。
読みやすい。引き込まれるような文章。
書いてみたい。
けれど、楽しく続きを妄想しながら物語を進めたい!!(本心)
さああなたも底なしの沼への旅を始めませんか?(是非に)