彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第20話になります。


第20話

「俺が弱えかどうかためしてみろやッ おかま巨人ッ!!」

威勢の良い啖呵を切ったのは、縛虎申とともに丘を駆け上がった信である。対して、おかま巨人と呼ばれた人物は秦国六大将軍最後の一人。怪鳥王騎その人である。

「あのバカ………」

そして朱錐の後ろで狕(ヤオ)の仮面越しに頭を抱えているのは李豹である。

 

「あなた さっきからずっと死地にいるのご存じないのぉ。」

王騎は児戯でもするかように矛を信の首筋に動かした。それはあまりにもなめらかな手際であり、優れた動体視力と野性的な勘で危機を察知する信ですら首筋に矛が止められるまで気づくことができないほどであった。

「ッ!??」

いつのまにか首筋に当てられていた矛先に、信は動物のような俊敏さで後方に跳躍した。着地と同時に手を首元に這わせて首がまだ繋がっている安堵感と生来の反骨心から王騎に飛び掛かった。

 

自国の将軍に下僕の少年が剣を向ける。実際に起これば家族、親族郎党など関わりのあるものすべてが根絶やしにされかねない事象である。

 

だが、信の剣が王騎に届くことはなかった。

 

飛び掛かかる信に立ちふさがって剣を受け止めた存在いた。

「いい加減にしろッ」

李豹は信の動きを察知して、冷静に対処していた。

「な、なんだてめぇッ」

信は己の全力の剣を苦も無く止めた李豹に驚きを覚えていた。

「この方がどなたかわかっていないだろうが、秦国の大将軍王騎様だぞ。死にたいのかっ 信」

「な、なんで、なま、え………えッ!?こ、こいつがだいしょうぐん?」

だいしょうぐんという言葉が大将軍とすぐには結びつかない程度には困惑していた信であったが、自国の将軍に剣を向けたという無礼がなくなるわけではない。特に壁に至っては李豹が動いたことで介入する機会を見失っていたため、どうするべきかオロオロと挙動が怪しくなっていた。

「ンフフ 童信との児戯はここまでとしましょうか。李豹も戻りなさい。」 

王騎のこの一言でこれまでのことは将軍のお遊びであった認識されて不問になった。それを理解した壁は人知れず安堵の息を吐いていた。

「りひょう、か。名前は覚えたぞッ 次、会ったときはぶったおしてやるからなッ」

信はそんなことなど露知らずに、目の前の李豹から目を離せなくなっていた。それゆえに威勢の良い啖呵を吐いたのだが、李豹は「…はぁぁ」深いため息を吐くと信の相手をせずに列へと戻っていった。背後では「なんだてめぇやれやれみたいなため息なんかはきやがって」と怒鳴る信を置いて。

 

場の空気が滞ったのを察知した壁は、いまこそ発言する機と認めると声を挙げた。

「援軍痛み入ります 王騎将軍。現在指揮権は将軍であられる貴殿のもとにあります。ならば直ちにわれらを率いて眼下にいる魏軍大将呉慶にむけて突撃の命をお出しください」

「ンフフフ 生真面目なところは似るんですかねぇ。」

愉快気な笑みを浮かべる王騎であったが、返答は否であった。

「私はただ通りすがりに、この丘を気に入ったから登ってその景色をたのしんでいるだけですよ ねぇ 騰。」

「ハッ 望外の眺めです」

「そのようなお戯れをしている時では………。今ならこの丘の利を活かして突撃すれば呉慶を確実に討ち取れます。王騎将軍。是非に我らをお導き下さい」

 

壁の懸命な説得が続いている中、朱錐の後ろに戻ってきた李豹からは、なんとも脱力的な空気が発せられていた。

「知り合いか」

「はい。名を信と言います。同じ下僕の身としてともに生活していました。ですが、まさか仮面一つで気づかないとは………はぁぁ」

「そ、そうか」

朱錐もさすがにそれはなぁとは感じていた。がそこで「ん?あの信か」と思い浮かぶ人物がいた。竭氏、成蟜の反乱が落ち着いた頃、昌文君の妻夏夫人から封書が届いたことがあった。そこに昌文君の言葉として「信という若者がいる。粗々しい少年だが、見所はある。手が貸せるのであれば助けてやってほしい」との内容であった。

「どうかされましたか 朱錐様」

「いや、昌文君からして見所のある若者だと聞かされていたのが、おそらくあの者のことかと思ってな」

「昌文君からですか。信で合っているかと。なんと言っても天下の大将軍になる男ですから、信は。もちろん私もですけど」

「………」

朱錐は、純粋に天下の大将軍を目指す信や李豹が眩しく、そして、微笑ましく「ふふ」と自然と笑みがこぼれた。朱錐とて大将軍に憧れて軍属となった身だ。けれど、それは大将軍の側であって大将軍そのものではなかった。

 

はたして、この若者たちの輝きは、夢へと手を届かせるのであろうか。

 

「天下の大将軍とは大きくでたな。期待しているぞ。李豹」

「ハッ 必ずなってみせます」

朱錐が若者の輝きに魅せられていると、様子を見ていたのか録嗚未が声を掛けてきた。

「ッハン! お前の所には活きの良いのがいるもんだなぁ 朱錐」

「嫉妬か、録嗚未。みっともないぞ」

「してねぇよっ馬鹿が。んな簡単に大将軍になれるわけねえだろうが。それにおめえみたいに夢ばっか語る野郎はすぐ死ぬって決まってんだよ。分かってんのか」

言葉は悪いがこれでも録嗚未という漢は情に厚い。伝わりにくい優しさが小さじ程度は入っていた。

「成ってみせます。俺も信も」

知ってか知らずか、まっすぐに録嗚未の目を見て言葉を発した李豹。

「ッチ んんだよてめぇは。人の話聞けよ」

言葉は悪いがちょっと照れ?が入ったのか顔をそむける録嗚未。その横では仮面越しにニヤニヤとしている朱錐の姿が………。

 

新しい芽の息吹に軍長たちに穏やかな空気が流れる。

 

「若さとは良いものだな。同金」

「ああ、そうだな。鱗坊」

それぞれ第3、第5軍長である鱗坊と同金も新鮮な若者の言葉に昔日の日々を想う。

「まぁその心意気は認めるが、若さに無知は付き物であろう」

そこに第2軍長である隆国は、若さゆえの勢いだけでは何物にも成れはしないと。

「おっ、なんだ隆国。お前も気にしてんのかよ」

「うるさいぞ録嗚未。若者の成長はどのようなことでも喜ばしい。それだけだ」 「なんだとッ」

その空気を変えたのは、こちらを気にしつつも、戦場から目を離さない第4軍長干央の言葉であった。

「おい。戦況が動くぞ 麃公将軍だ」

眼下では魏総大将呉慶率いる五万の軍勢に五千の手勢を率いて奇襲的な突撃を敢行している麃公将軍の姿があった。

「激しいな。あれが麃公将軍か」

突撃に対してすぐさま防御陣形を敷いた魏軍を粉砕して切り裂いていく麃公将軍の姿に朱錐はポツリと呟いていた。

「朱錐は麃公将軍ははじめてであったか」

呟きを拾ったのは同金。

「名前ぐらいなら聞き及んでいたが、実物をみるのははじめてだ」

「うむ、将軍は常に前線に張り付いておられるからな。戦場が被らねば知り得ないのも無理はない。だが、戦に関しては真に強く鋭いぞ。それに我々とはまったく違った視点で戦を捉えておられる」

多種多様な才を持つものが集まった王騎軍ではあるが、麃公将軍の戦の捉え方はそのどれとも違うという同金の言葉に朱錐は興味を持った。

「ふむ。そうなると、麃公将軍は何を見ておられるだろうな」

 

敵の陣形を吹き飛ばしながら突進を続ける麃公軍を魏軍は陣を厚くして止めるのではなく、左右から挟み込み推進力となる麃公配下の騎兵を削り始めた。

 

将軍の突撃というのは、先頭に将軍が駆けることでその勢いは最高潮になる。当然敵は先頭の将軍の首を獲りたい。そうすれば、残りは雑兵となり下がるからだ。しかし、その一人を討てない所が、戦の妙ともいえた。武に長ける将軍、大将軍の突撃とは、個ではなく集として捉えなければ、将を討つことは早々に叶わない。麃公はその類の将軍であると理解した魏将呉慶は、つき従う兵を削ぎ落すことで推進力を奪い、勢いを落した将を狩る方法に切り替えた。

 

呉慶の戦略は麃公軍を確実に削ぎ落としていく。麃公兵は屈強かつ強靱であるが、左右を敵に挟まれた状態では個々の武は半減してしまいいいように魏軍に討ち取られていく。このままでは、秦の敗北が濃厚となっていく戦火のなか、丘の上から飛び出した壁率いる壁隊と尚鹿隊合わせて百数騎、さらには、王騎から馬を貸りた信が敵軍を縫うように突破すると、麃公軍の進行方向から向かって左側を並走し始めたことで好転をみせる。さきほどまで、麃公軍を左右に挟んでいた魏軍であったが、その魏軍の左外側に壁隊が並走したことで、今度は魏軍左列側も敵に挟まれる形となり、動きを緩慢になったのだ。そのことを瞬時に悟った麃公は左を指さすと「左じゃ つぶせぇ!!」と号令をかけた。麃公兵はもとより屈強かつ強靱であるため、向かうべき方角が示されるとその力を取り戻して魏軍左列側を一気に削り出した。

 

流れが麃公軍に傾き始めた頃、突如壁隊から一騎のみが猛然と先へと駆け出していく。

「信」

李豹は単騎がけをする信を見つめている。

「………どうや麃公将軍の進行方向にいるあの二騎の所にいくようだな」

「おいおい大丈夫かよ、あのガキ。あそこにいるってことはそこそこヤル奴だってことだぜ。たぶんよ」

信が向かっている方角にいるのは、魏将であろう二騎。場所は、麃公軍が突破している陣と魏将呉慶のいる本陣の中間であり、麃公軍を迎えうつ位置に佇んでいた。

「信は負けません。絶対に」

「お前らのその自信はどこから来るんだよ。一体よぉ」

李豹は信がこんなところで終わるような男でないと信じているし、録嗚未からは、威勢のいいガキが単騎がけしているようにしか見えなかった。

 

信が二将に近づくと一騎が向きを変えて信と剣戟を交わし始めた。

 

その間にも、麃公軍は魏軍本陣へと突貫していく。

 

信と対峙してる麻鬼(マキ)は一つの誤算に焦りを覚えていた。さっとこの小僧を切り捨てて、本命の麃公の首を朱鬼とともに刎ねる予定であったはずが、信の予想を超える実力に仕留めることができないでいることに。

また、それは本命麃公の到来が差し迫っていた朱鬼も同じであった。なぜなら、彼らは二人一組として敵将を狩ることに特化していた。それゆえに「急げ 麻鬼ッ」と朱鬼が声を掛けてしまったことが勝負の分かれ目となった。すでに若干の焦りを抱えていた麻鬼はさらに勝負を急いでしまい、仕留めにくる大振りの一刀を誘った信のブラフに乗ってしまい、その隙に信に斬られたのだ。

「ま、麻鬼ッ おのれ小僧!! ッ麃公!!」

斬られた麻鬼に意識を取られた結果、迫りくる麃公にあっさりと斬られた朱鬼。

 

本来二人掛かりであれば麃公を討つ可能性すらあったにもかかわらず、信という少年の介入によって、二人はこの世を去ることになった。

 

「よし、よしッ」

「はッ まあまあやるじゃねぇかよ」

「録嗚未は素直じゃないな」

「うっせえよ 朱錐」

 

二将が討たれたことで事態は一気に終局へと動き出した。

 

やや劣勢と判断した魏将呉慶の側近は一端退くことを提案したが、呉慶はこれを拒否。麃公と対峙する選択をとったのだ。呉慶は知力智謀よりの将であり、単騎で古今無双誇るような豪傑でない。しかし、彼は退くことを良しとはしなかった。いや、できなかったがより正しい表現であろう。将となる人物はそれぞれ少なからず核となる根源を抱えている。信や李豹なら天下の大将軍になるという夢であるし、麃公にとっては戦場で勝つことこそがすべてであると言っていい。そして、呉慶にとっては、今回秦が魏に侵攻してきたこと。それ自体が根源に触れていた。遠き日に滅んだ小国の王族であった呉慶にとって、侵略という行為こそが許すまじ所業であり、退くという選択肢がありえなかったのだ。

対峙した両国の大将はそのまま一騎打ちよる決着へとむかった。

武の将と知の将が一騎打ちで対峙すれば、どうなるかは火を見るよりもあきらかであった。呉慶の粘りもむなしく麃公が呉慶を切り捨て、勝利した。

 

呉慶がもしも退くという選択肢を取れていれば、勝敗は魏に傾いていたはずである。残している兵力差からもそれは明らかであった。呉慶とて己が間違った選択をしてることを理解していた。だが、心がそれを許さなかった。あるいはそれは、麃公という大炎が呉慶の心情に触れた故に燃え上がってしまったのかもしれない。

 

そして、麃公は呉慶の智謀と武に走った激情を見事な大炎であったと賛辞を贈った。

 

魏軍総大将呉慶が討たれたことで、戦意を失ってしまった本軍を唯一立て直せるはずであった、ほぼ無傷の魏軍第2将白亀西の前には、秦の怪鳥王騎とそれを支える軍長たちが現れたことで立ち直すことは叶わず、あえなく全軍退却の号令を発した。

 

こうして、この年最大の戦となった蛇甘平原の戦いは、秦国の勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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