彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第21話になります。


大王政暗殺事変
第21話


蛇甘平原の戦いが決着したが、秦国軍総大将である麃公は滎陽へは進軍せずに引き返す決断を下した。

 

これは、秦の侵攻作戦としては失敗と言えたが、魏将呉慶はまぎれもなく魏の名将であり、それを討ち果たしたことは、滎陽への侵攻以上の戦果であったとも言えた。しかし、その代償は大きく、秦も甚大な被害を受けていて、これ以上の遠征の継続は困難であると判断されたからである。

 

「丘の上からの睨みには、随分助けられたぞ王騎。亜水までこい。酒を飲むぞ」

「わたしはただの通りすがりですよ。それに用事もありますのでこれで」

「酒じゃああ」

「…………」

さしもの王騎もここまで話を聞かない麃公になんとも言えない表情はするものの、亜水で酒を楽しむのであった。その後、王騎たちは「行くところがありますので、あなたたちは帰国なさい」と朱錐隊の面々は王騎たちと別れて帰国の途についた。

 

大戦の名残か静かにゆっくりとした時間が流れだしていた。

 

王騎領にて練兵を行っていた朱錐も同様であり、戦場において新兵たちが地に足をつけて戦えるようにと隊に磨きをかけていた。

「王騎軍の中でいまだ未熟かもしれないが良くなってきたな」

「そうだぞ、まだまだだ。けど、その中では李豹の伸びは著しいな。魏でなにかあったのか」

秦が魏へと侵攻した蛇甘平原の戦いを観戦した李豹は、ひとつの殻を破ったかのように躍動していた。

「李豹には、ともに育った信という若者がいるのだが、その子が戦場にいてな、彼の活躍にも背を押されたようだ」

「ふふっ そうか。それは李豹も負けていられないな」

競い合う相手がいるというのは、若い両者にとって良い影響を与え合うものだと、軍長と副官は笑い合った。

「そういえば李豹から聞いたのだが、最近は、玄象とよく剣を交わしてるそうだな」

「あぁそのこと。近頃、李豹が頭角を現しはじめたでしょう?それでアレは誰っていうからさ、教えた。李豹は李豹で象の剣の腕が凄いって知ってて、手合わせを願いでたの」

朱錐は玄象の腕を実際に見ているため、結果は予想ができてはいたが、番狂わせはなかったと告げられた。

「わかってるみたいだから言うけど、玄象の圧勝。李豹も筋はわるくないけど、まだまだ経験不足」

「逆に、あの歳で十数人の精兵を手玉に取れる腕の方が不思議ではあるな」

「あー、そのあたりは私も最近聞いた。相当特殊な環境で育ったみたいだか。象が話したら、聴いてやってほしい。私からはいえないかな。あと、そうだ。今度象の様子をさりげなく観察してみて。面白いから」

何がという部分が抜け落ちていてわからないが「若いっていいなぁ」と呟く副官の姿に、朱錐は一応は気に留めておくか程度に頷いて答えとした。

 

練兵を終えて城塞都市に戻ると朱錐宛てに封書が届いていた。

「………宛名は。ふむ」

封書を開いて中を確認した朱錐はしばし熟考したのちに、王騎に断りを入れてから城塞都市より姿を消した。

 

 

舞台はかわり、秦国の王都咸陽各所では、流血が地面を赤黒く染めていた。

 

その一報を受けた昌文君は、ただちに厳戒態勢を敷くと指示を飛ばしていた。

「いまは生きている者を優先せよ。これ以上一人も失うわけにはいかぬ」

昌文君が焦るように指示を飛ばしたのも無理はなかった。なぜなら昌文君に協力的であった貴族が殺されたという一報を皮切りに、他十数人にも上って同じ報を受けることになったためだ。

「申し訳ありません。遅れました」

「壁か。無事であったか」

壁も同じようにその一報を受けとると、急いで昌文君のもとに訪れていた。そこで状況を知った壁は自身の護衛隊からも狙われる可能性のある各家へと走らせた。

「竭氏の残党でしょうか」

「わからぬ。あるいはもっと別の狙いがあるやもしれん。何者かなど今は関係ない。これ以上は好きにはさせんぞ」

 

しかし、昌文君の決意の言葉もむなしく、この夜さらに数人の協力者が地に伏せることとなった。

 

翌日、現在の状況を改めると20に届きそうなほどの協力者が亡き者にされていることが判明した。ただでさえ大王を支える昌文君の一派は数は少ない。そのうえでのこの被害は、易々と見逃すことのできない事態であった。これ以上の被害は昌文君派もとい大王派の消滅にすら関わる事態であると、各家に護衛を配置して今晩の襲撃に備えるのであった。

 

襲撃に備えて固く門を閉ざしていた昌文君の屋敷に、竭氏の参謀を務めていた肆氏が姿を見せたことで、この騒動の本質を彼らは知るのことになるのであった。

 

 

その頃、王宮の中では無数の屍となった衛兵だったものが横たわり、それを成した者たちを見上げていた。

 

「ククク。なんと脆い守備であろうか」

「確かにな。大王を守護する場とはとても思えん酷さだ」

衛兵を屍へと変貌させた者たち、悠々と王宮内に潜入すると依頼主の標的である大王嬴政の寝所を探して動き始めていた。

「上から手が回ってい以上は当然であろう。急ぐぞ。他の者たちに後れを取るわけにはいかぬ。この依頼をもって我らこそが闇の世界に君臨するにふさわしいことを証明するのだ」

最後に口を開いたのはこの刺客集団堅仙(ケンセン)の主である。他の者たちととあるように、此度の依頼を受け取って参戦しているのは、堅仙だけではなかった。他にも号馬(ゴウマ)、赫力(カクリキ)、朱凶(シュキョウ)そして闇の世界ではもはや伝説と化している蚩尤(シユウ)の姿すらあった。

 

そうして、獲物を奪われまいと、大王の寝所に向けて回廊を走っていた堅仙の前には、蛇甘平原の戦いを経て一回りも二回りも成長した信と河了貂が行く手を遮るように立ちふさがった。

 

「政を闇夜に狙うようなクソ野郎は、このオレが叩き斬ってやる」

信は抜き放った剣を堅仙たちに向けると啖呵を切った。それを宣戦布告として、両者は激しく剣戟を交わしはじめた。堅仙の奇抜な技に最初こそ押され気味であった信であったが、それらを見極めると終始、刺客集団を圧倒した。一人、二人、三人四人と仕留めていく。形勢の不利を悟った彼らであったが、窓より覗く景色には、他の刺客が大王へと迫る様子が見て取れたことで、このままおめおめとは退くに退けない状況であった。

 

対して信は、外の状況から政に刺客の存在を報せるために、一緒にきていた河了貂に「テン。先に行って政に刺客のことを報せてこい」と先に政のもとにいくように促した。信の言葉に従った河了貂は信の無事を祈りながら政のもとへと走り出した。

 

政に危機を報せるべく先にみえた回廊の角を曲がった直後に河了貂は何かに蹴躓いて前のめりに倒れた。

「いってえ なんだよいったい」

言葉を吐きつつ立ち上がると、そこには倒れ伏した筋肉隆々の男たちの姿があった。

「ひぇ え………って死んでんのかよ。仲間割れかなぁ やだやださっさと政のもとにいこっと」

河了貂は過酷な黒卑村の生活のなかで、他人の生き死しにを見てきたこともあってか大きく動じることはなく、政のもとに向かって再び走り出した。

 

その姿を静かに眺める影が一つ。

 

「来るなっていったのに………。それにしてもこれは一体?まあいい」

そう言うと影は闇の中へと姿を消した。

 

刺客集団堅仙を圧倒していた信が8人いた刺客のうち6人を斬ると、残った二人は全滅を恐れて逃走した。信は逃げだした者は無視して、先に行かせた河了貂が心配になって走り出した。

まもなく倒れ伏した男たちと遭遇したが、河了貂のことを優先して奥へとさらに歩を進めた。そうしていくつかの角を曲がると何者かと会話をする河了貂の姿を見つけることができた。

「テンっと………」

「信!よかったぁ無事だったんだね」

「当然だろうが、俺があんな奴らにやられっかよ。それより途中で倒れてた筋肉隆々のおっさんどもはだれが倒したんだ。それに誰だこのおっさん」

「このひと?この人は昌文君一派の文官だって。誰がやったかなんてわかんないよ。おれがいったときにはすでにああなってたからさ」

信は河了貂の言葉を耳に残しながら視線を文官だと名乗った男に向けた。その視線に気づくと男は恭しく頭を下げると言葉を発した。

「昌文君には良くして頂いております。あなた方のことは肆氏様から聞き及んでおります」

「ふーん、そっか」

信はテンの言葉を疑うわけではないが、この文官を一目みたときから妙に気に掛かっていた。

「まっ、ほかにも俺たちみたいなやつがいんのかもな」

けれど、今はそれどころではないとそのことを頭の隅へと追いやる。そして、正体は不明だが刺客を倒した奴なら味方なんだろうと深く考えずに受け答えをすると「さっさと行くぞ。テン。それでおっさんはどうする」と声を掛けた。

「大王様の危機とあらば、この身も何かの役に立つやもしれません。お供いたします。わたしにはこれもありますから」

と護身用なのか訓練に使われる木製の槍を掲げた。

 

その頃、大王嬴政は宮女とともに寝所にいた。宮女はすでに眠りついていたが、静かに書物を読んでいた嬴政は、遠くの物音とただならぬ気配を察知して、寝所の間にて入ってきた者を問答無用で切り捨てるために扉の後ろで剣を構えていた。なぜなら、こうして深夜に近づいてくる足音というのは、刺客である以外は考えらえなかったからだ。というのも、王の寝所とは、毎夜ごとに変えられており、実際にその日の寝所を知るものは非常に少ないのである。そのため、政はかすかな異常を察知してからは、刺客の存在を前提に物事を考えていた。

 

「足音は三つ………。奇襲で一人目を、できれば二人目も………」

かすかに言葉を声にだして決意を固めた嬴政は、先制の一振りで一人目を殺すべく意識を集中させた。

 

「タッタッタッタッタ」大きくなる足音に狙いを定めると一気に扉を押し開いて刺客へと剣を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




蛇甘平原が決着しました。


キングダムの新刊が。
電子書籍の便利さが身に染みます。
さらにキングダム二次小説が賑わうことを願います。
こちら沼は良い沼ですよ?
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