彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第22話になります。


第22話

「よっ!ひさしぶりだな 政」

嬴政の剣先を受け止めたのは刺客。ではなく信であった。後ろには河了貂と大柄な文官らしき男が一人。

「信か。お前がここにいるということは、昌文君の指示か」

政は信であることがわかると剣を収めてすぐに思考を回転させた。

「いや、肆氏ってやつの配下とかいってたな」

「肆氏が?………刺客は何人だ」

「八人は切った。九人はなんか倒されてた。それも、まだ何人かはいるはずだ」

「倒されてた?」と政は呟くと信たちの後ろにいる大柄の男に視線を向けた。男は視線を合わせると恭しく頭を垂れる。

「お前は………。いや、いまは敵の数も定かではない以上はここにいるのは危険だろう。向(コウ)を起こしてくれ、すぐに移動する」

政は信の話しから軍ではなく刺客、暗殺者の類だと当たりを付けると安全を優先して「ついて来い」とすぐに行動を開始した。ちなみに起こした向がひと騒ぎをしたが嬴政が手短に説明すると納得したのか静かになった。

「この先に歴代の大王しか知らない抜け道がある。それを通れば王宮の外だ」

「今回は楽勝そうだな なあテン」

「そうだね。三人で逃げてたのがもう懐かしいけど、さっさとこんなところからおさらばしようぜ」

「ふっ そうだな」

政は、毎度危機的状況が起こる時には、この三人が集まっていることに不思議な縁を感じていた。そんな政を後ろから付き従って眺めていた宮女向もまた、どこか不思議と楽しそうにみえる嬴政の姿に頭を傾けていた。それもそのはずで、政は秦国の大王様であり、信と名乗る粗暴そうな子どもと縁があるようにはみえないし、当然横にいる不思議な生き物は論外であるからだ。

 

 

脱出路のある部屋についた政たちは鍵を開けて部屋内へ。そして、王宮から外へとつながる抜け道の扉を開けようとして、問題が発生した。

「外側から鍵が掛けてある」

「はぁ?じゃあ開かねぇってことじゃねえかよ」

「え。でもさっき政は秘密の抜け道だっていったよね?」

「ああ。歴代大王にしか伝えられることのない抜け道だ。だが、一人だけ知っている者がいる。先代の王に仕えていた重臣であり、現宰相でもある。呂不韋だ」

「り、呂氏って政の後ろ盾じゃ」

河了貂の驚きは、王宮の事情に詳しくないものにとっては当然のことであった。竭氏亡き後、呂氏の専横を咎めることができるものは、もはやいなくなっていた。当然彼らは大王を守ることはあっても亡き者にするわけはないと考えていたからだ。

「っと!テン待て刺客だ」

気配に気づいた信の言葉で、入り口付近に視線を向けると、出入りを塞ぐように赤黒い衣服をまとった者が3人、もう一人は小柄で白を基調とした衣服の者が一人がそれぞれ佇んでいた。

 

河了貂は入り口をふさがれたことで、自分たちが袋にネズミとなったことを理解して動揺するように信に声を掛けた。

「ね、ねえやばいよ 信」

「んんだよ。赤いおっさんと同じかよ」

それに対して信は、刺客の正体が政と初対面のときに遭遇した敵と衣服が同じであり察しがついた。政はその言葉を補足するように「朱凶か」と声に出した。

 

一方、朱凶側では、標的の嬴政と一緒に、前回の任務で朱凶の名に泥をつけた信を同時に始末できる状況に歓喜していた。そして「今宵は我らのためにある」と前回の雪辱を晴らすべく朱凶の三人うちの一人が信に向かって駆けだし、一気に加速すると切りかかった。が、突進するように素早く切り捨てにかかった朱凶であったが、信は臆することなく踏み込み上段から一閃した。飛び掛かった朱凶は防御すら満足にできずにあっさりと討ち取ることになった。

「な、なんだと」

驚愕の表情をする朱凶をよそに、朱凶の後ろに控えるように佇んでいた羌瘣は、無言のまま信の前に歩き出た。信は羌瘣の姿を認めると問うように言葉を発した。

「羌瘣。てめえ政を狙う刺客だったのかよ」

それに対して、羌瘣は沈黙のあと「そうだ」と肯定した。そのあと問答を繰り返したが、羌瘣の目的は変わらずに政の首を獲ることであると引かなかった。羌瘣はいい加減に痺れを切らしたかのように、視線を信から後ろにいる大柄な男に移して歩き出した。

「どこを見てやがる。お前の相手は俺だろうがっ」

信の激情とは裏腹に羌瘣の視線は大王を庇える位置に立つ男に固定されていた。

「そこで見ておけ。大王の首をもらっていくだけだ」

「させねぇっていいってんだろうがっ」

剣を抜き放って一閃を振るった信であったが、羌瘣はそれを見透かすように躱すと、反対に剣先を震わせ信に薄い傷を負わせた。

「お前の相手をしている暇はない。次は殺すぞ」

冷徹な眼差しをみせる羌瘣に、信はそれでも退くという選択をみせなかった。

「できるもんならやってみろ」

こうして信と羌瘣が切り結び始めた後ろでは、政が大柄な男に話しかけていた。

「お前はなぜここにいる」

事情があるのだろうと委細を省略して話を進めようとする政に大柄な男もそれに応えた。

「商人より話があり、それを肆氏に。文官としてなら敵に怪しまれないだろうとこのように」

「………。そうか」

そんな二人の姿を不思議そうに見ていたのは河了貂であった。

「ねえ 政。その人知り合いなの」

「ああ。昔世話になったこともある」

「ふーん」

河了貂はそっけなく返事をしたが、内心では「大王の世話をするってことは、結構な位についてる人なんじゃ?」と思考を働かせていた。

その間にも信と羌瘣の剣戟は続いていた。相手を切り裂かんと激しく攻勢に出る信に対して、ひらりと舞うように躱しながらも的確に攻撃を加えていく羌瘣。時間が経つごとに信だけが傷を増やしていく。実力だけをみれば羌瘣が圧勝する程度には両者の技量の差が他者からも見てとれた。しかし、羌瘣はなぜか信を深く傷つける意思をみせないこともあって、動けなくなるまで動くであろう信を相手に苦戦するという妙な構図ができあがっていた。

そうしているうちに、朱凶の長燕呈は、蚩尤の伝説との差異から「もはや崇める対象でも憚る対象でもない」と羌瘣に見切りをつけると、剣戟を交わす二人を無視して剣を抜き放ち一瞬で加速、政の首目掛けて飛び掛かるよう剣を振るった。

「しまッ 政っ」

信の声もむなしく、燕呈の剣は政をとらえた。

かに見えたが、燕呈の剣と政の間に差し込まれた木製の槍によって受け止められていた。

「なにっ!?」

眼中にもなかった文官姿の男に剣を止められた驚きに思考が一瞬止まると、その隙をついたように政は剣を抜き放ち刺客へと斬りかかる。それを何とか受け止めた燕呈であったが、二対一という状況は芳しくないとすぐに状況を察して、二対二に持ち込むために、後方に跳躍した。

「………あの手応え。中身は木製であるはずがない」

燕呈は己の剣にうぬぼれるつもりはないが、少なくとも木製の槍を切れないほどに己の実力を過少評価するつもりもなかった。

「いずれにせよあの男も標的とする。お前は男を私は大王を先に殺す」

「ハハツ 燕呈様が滾っておられる。この私めにお任せを」

相手が二人いるのなら、こちらも二人でいく。合理的な判断を下した燕呈であったが、ことはそうもいかずに新手の登場と不意打ちによって後ろから刺されたその一人を失うことになった。

「ば、ばかなこのわたしが気配にきづかぬなど………」

「気づかない程度に雑魚だってことを理解しろ」

そう言い放ったのは、いまだ姿を現していなかった刺客集団号馬であった。その数は実に十三にも及んだ。

「ここにいる全員を始末すればいいだけとは、楽な任務だったな」

新手はすでに自分たちの数的な優位に加えて、大王を守る者の少なさに任務の成功を確信していた。

 

登場した新手の多さに信は羌瘣に一時休戦を申し入れると「こいつらの相手は俺がする。おっさんはなんとか政を守ってくれ」と声を張り上げた。

「ククツ 俺たちをお前ひとりで相手にする?ふざけたことをぬかしやがって」

信の安い挑発に乗った号馬の一人が前に出ると羌瘣は「しばらくでいい。あいつらの相手を頼む」と信に告げて、後ろに下がった。また、他にも朱凶の長燕呈を斬るべく号馬のなかでも腕に覚えがある者が切りかかていた。

号馬の長は蚩尤という名に油断は禁物であると判断すると、信を素早く囲んで排除するように指示を出すと、さらに大王へは二人の刺客を送り出した。

 

信は劣勢を承知で囲い込むように陣を敷いた号馬の中に飛び込み剣を振る。当然、相手は一人一人が手練れであり信の狙いもなくただ剣を振る攻撃は易々と躱されて、反撃を受けて傷を負っていく。そのあまりにも滑稽な信の姿に嗜虐的になった号馬が痛みつけ始めたとき、事が起こった。

それは、大王を狙って動いた二人の号馬は侮るわけでなく任務を粛々と完遂しようと攻撃したことで起きた。障害にもならぬと思われていた文官風の男によって、それぞれが一撃のもと地に叩き臥せられたのだ。この想定外の事態に「な、なにっ」「馬鹿な………」と手を止めてしまった号馬たちの動揺は、明確な隙となって立ち上がった羌瘣が反撃にでる時間を与えてしまった。

「トーン タンタン」

「トーン タンタン」

と紡ぐように言葉を吐き舞うように拍を刻む。

羌瘣の姿が消えたと理解した頃には、信に群がっていた号馬の首が撫ぜるように刎ねられていく。

「トーン タンタン」

「トーン タンタン」

吐き出される言葉はいっそ呪詛のようにさえ聞こえ、敵対する者の首を容赦なく刎ねていった。

「トーン タンタン」

「トーン タンタン」

圧倒的なまでの羌瘣の強さであったが、同時にその羌瘣の様子にも変化が起きていた。額からは汗が噴き出し、呼吸音すら苦し気に聞こえはじめていた。

羌瘣は近くにいた号馬たちすべてを切ると、残りの力を使って嬴政の首を狙った。

「トーン タンタン」

「トーン タンタン」

一瞬のうちに政の前に移動した羌瘣の刃は確か政の首を捉えようとしていてた。が、その首目前にして、羌瘣の躰は唐突に襲った重い衝撃によって吹き飛ばされて地を二転三転と転がると力尽きたように動きを止めた。

 

「………」

男はその動きを完全に見切ったわけでない。

ただ度重なる技の行使によって意識が乱れ、漏れ出していた殺気にむかって、そのまま槍を振るった結果であった。

「えっ、えっ?」

と混乱する河了貂を除いて、この場のすべての視線がこの文官に集中していた。

 

一瞬のことに驚愕と静寂があたりを包み込むなか、回廊から響きはじめた大勢の兵の足音は、騒動の収束にむけての流れを作りだした。

 

いち早く事態を認識した朱凶の長燕呈は、切り結んでいた号馬を斬ると残りの事態のすべてを無視して出口からの逃走を選択した。回廊にはこの場に急いで駆けつけために隊列の乱れた兵たちの姿があり、その隙を見定めると跳躍。そして、壁を走るように移動して前列の兵を飛び越えると、今度は兵の足元の隙間を縫うように一気に駆け抜けて闇夜に消えていった。それに一瞬遅れた号馬もまた逃走を選択するが、一歩遅かった。一人目が隙をついたことで「隊列を組め。儂は大王を。壁は逃げた刺客を追え」と昌文君の大声が響き渡ると、兵たち隙間を埋めるように隊列を組み為したことで、もはや逃げ道は残されてはいなかった。

 

昌文君は逃げ遅れた追っ手を捕まえた。大王の無事に安堵するとともに、大王の横にいた大柄の男に視線を向けると「あとで話がある。ここに残れ」と伝えた。信は重傷であったようだが、意識ははっきりしており、刺客として現れた蚩尤を渡せという昌文君に対して「蚩尤じゃねぇっ こいつは俺の伍の仲間の羌瘣だ」と一歩も引かずに会話の応酬をした。大柄な男は、信のもとに駆け付けようとしていた河了貂を呼び止めて「私が戦えることは内緒にしておいてくださいね」と声を掛けた。

「? いいけど、貸し一つだからね」

とちゃっかり男に貸し付けた河了貂は信の下へと走っていった。

 

政の執り成しもあり、ひとまずはお咎めなしとして、信や倒れていた羌瘣は治療のために移動していった。部屋に残っているのは、昌文君と大柄な男の二人だけになった。

「錐よ。お主も肆氏から此度のことを?」

「わたしは紫夏より。肆氏にはその伝手から。王宮内には父の名でここに参りました」

「なるほどそうか。それならば呂氏にも気づかれまい」

「政様の手助けをするが一つ。あと、昌文君様が推す信という若者にも興味がありましたので」

「信か。お主の目から見て奴はどうだ」

「粗削りですが、胆力には目を見張るものあります。期待はもてますが………」

「もてますが、何じゃ」

「ところで、話は変わりるのですが、うちには李豹という若者がおりましてね。私はその子を推しているのです」

「李豹?聞かぬ名だな。………むっ?李………まさかっ!?生きておるのか」

「ご明察です」

昌文君は大王の影、そして囮として竭氏の反乱の際に犠牲になったときいていた。万が一など起こさぬように準備を進めたはずの計画によって、だ。多くの者が犠牲になった反乱であったが、とりわけ漂は、昌文君が連れ出さなければ、命を落とすことなどなかったはずであった。そして、昌文君はそれを受け入れはしたが、割り切れぬ想いも同時に抱えてきていた。その荷物が実は必要のないモノであったことに「そうか。そうか………」と彼が生存している喜びに言葉をこぼした。

 

気を取り直した昌文君は李豹について気になったことを尋ねた。

「このことは政様や信には教えているのか」

「そのことなのですが、実は一度蛇甘平原で信とは顔を合わせたのです。もちろん李豹には面で顔を隠させてはいたのですが………」

昌文君は言葉を止めた朱錐に何となくだが事情を察して、少しやれやれとした表情をした。

「まったく、あの馬鹿は」

そこには呆れながらもどこか情を感じさせる昌文君の姿があった。

「政様とは相応しい場所でお会いしたいと申し出を受けています」

「相分かった。そのように取り繕うとしよう」

「ありがとうございます。ところで蚩尤と名乗ったあの少女はどのような措置を」

「蚩尤か。先ほどの政様の態度から察するにお咎めはなしといった所であろう。なにか気になることがあるのか」

「少し話を聞いてみたいと思いまして」

「ふむ。此度の功もある。儂の方から内密に大王様に掛け合ってみよう」

しかし、羌瘣は夜のうちに姿を消してしまう。

 

こうして、秦国大王嬴政を狙った騒動は終結した。同時に捕虜となった刺客から騒動の首謀者の名が挙がると、この戦いが序章でしか過ぎないことを大王嬴政を含め、その側近中の側近である昌文君一派は知るのであった。

 

 

 

 

 

 

 




大王様暗殺編でした。

極めて勢力が強い台風が上陸しています。さらには列島横断しそうです。
私も含めて、近隣の皆様におかれましては、危険を感じる前に早めの避難、対策をしてくださいね。
それでは、怪我のないように良い一日をお過ごしください。
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