彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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李豹と玄象

「よし。いいぞ。このまま走り続けるぞ」

李豹は新たに加わった千名とともに基礎体力を底上げする訓練に参加して士気を高く保っていた。

最初こそは、戦で名を挙げたいという気概のある者たちから、狕の面を被っているとはいえども、体格からして年若い者であると察しがついたこともあり、李豹が上官であることに不満を口にしていた。けれど、李豹は彼らと同じ訓練を受けることで能力を示し、その人柄によって彼らの心を掴んでいく。一か月も経つと彼らは李豹を完全に上官として信頼を寄せるようになっていた。そして訓練にこそ参加はしていないが、李豹のとなりには、いつも玄象という凛とした美しさを持つ紅一点が寄り添っていた。二人の関係は定かではないが、麗しい少女を侍らせる李豹に「俺だってやってやる」と奮起した者たちもいた。彼らは、李豹という存在に後押しされるように、訓練に身が入っていき、成長は目を見張るものがあった。

 

こうして李豹は、通常ならば三か月は要する訓練課程を二か月に短縮させることに成功した。

 

「この功をもって李豹を百人の将とする」

「ハッ 謹んで拝命いたします」

「そう改まる必要はない。形式的なものになる」

疑似的な任命式には、軍長朱錐をはじめとして、第6軍の主要な者たちが揃っていた。ちなみにだが、こういった主要な者たちの前では、李豹は狕(ヤオ)を模した面を外して素顔をさらしている。

「おめでとう。李豹。少しだが精悍になってきているな」

声を掛けた副官虎豹は、少年らしい顔立ちの中にある相応の覚悟をみてとっていた。

「様になってきている。これからも精進しろよ」「その通りここからだ」

次に声を出したのは、李豹とともに新兵の育成に携わっていた濯と洪。

「精進します。これからもご指導のほどよろしくお願いします」

深々と礼をした李豹に最後に声を掛けたのは玄象であった。

「剣なら任せて」

「玄象もありがとう」

「うん」

 

そのまま少しの間視線で会話をするように見つめ合う二人に「ゴホンっ」とわざとらしく咳払いをした馮は「私たちはこれで」と濯と洪をつれて部屋をあとにした。

 

「ふむ。玄象からみて、李豹の剣の腕はどうだろうか」

「李豹は優秀だよ。私の剣にも徐々にだけどついてきている」

玄象は李豹をそう評すると優し気に見つめた。

「そうか。では、李豹からみて、玄象の剣はどうだ」

「そうですね。あの舞うような剣技は強く美しいと思います。ですが、同時に怖く感じることがあります」

李豹は、玄象が時折みせる陶酔するような、ここではないどこかへ行ってしまうような感覚を恐ろしく感じていた。

「あれでも全力には程遠いんだけどね」

「それでもいつかは、象に勝ってみせます」

 

「フフ それは楽しみにしておく。豹」

 

朱錐には、二人の関係は良好なように思われた。その時肩を叩かれた朱錐が振り返ると、もう片方の手で手招きしている虎豹がいた。朱錐はそれに従うように「少し外す」と奥の部屋へと移動した。

朱錐が「どうかしたのか」と問うと虎豹は、奥の部屋から李豹たちのほうを見るように促した。

「ほら、見てみろ」

そこには、李豹の顔に「傷………。残ってしまったな」と優しく触れる玄象の姿があった。いつもの凛とした表情だけではなくたしかな柔らかさがそこにはあった。李豹は少し照れたように「気にしなくていい」と玄象の手にそっと触れるとそっぽを向いた。

「いい感じに見えないか。あの二人」

虎豹は初々しい二人の姿に、どこか嬉しそうにしている。

「嬉しそうですね」

「ああ。ちょっとな。李豹なら問題はないとはおもうけど、これからに期待しよう」

「ところで、腕はなんとかなりそうなのか」

「ああ、玄象曰くズタズタになっていたものを紡ぎ合わせる感覚らしくてな。どこまで治るかはわらないそうだ。まあそれでも、まともに剣を振れる程度には回復したよ」

虎豹は佩いていた剣を抜き放つと天に掲げた。

「………あの時は、すまなかったな」

「いえ。私の方こそ余計な一言でした」

「そういうな 朱錐」と言葉とともに掲げた剣を振り下ろす。振り下ろされた剣は、地面に落下することもなく虎豹の手の中に納まったままであった。

「将軍だった時ほどじゃないけど、もう多少のことでは落とすことはないよ。それに、私の中にあったモノがはっきりと視えたんだ。朱錐が気にすることじゃない」

 

あの日溢れた雫は、キョウの中に抑え込まれていた摎の願いに届き、呼び覚ましていた。

 

「龐煖のことを忘れた日はない。けれど、それは私が弱かったからだ。あの時朱錐が駆けつけていなければ、私はこの世にいなかった。それに、大将軍として私たちが他国にしてきたことに比べれば、斬られた恨みは、些細なものに過ぎないよ。私は助かった。それでいいじゃないか。そうだろう 朱錐」

そうして、朱錐はしばしの沈黙のあと「はい」とこぼしてから、なにかを思案するように、さらに言葉を発した。

「武神とはなんなのでしょうね」

「さあな。今度あったときにでも訊いてみたらどうだ」

「それだと私死んでますよね」

 

朱錐は、龐煖は王騎に斬られたあと矢の雨に降られて死んだと聞いていた。

 

「アハハハ そうだね。でも例えばあの世であったとしたら、お返しくらいはしてやるんだろう」

「それはまあ。なんせ斬られましたから、一撃くらい受けてもらって御釣りがくるはずです」

「そうだな。しっかりと打ち込んでやれ。例え武神と言えども、骨身に染みるだろうさ」

そんな他愛のない会話を二人がしていると、いつから聴いていたのか隣の部屋にいた玄象がそれに加わった。

「武神っていうやつなら、私も聴いたことがある。うちのお婆が言ってたんだけど、元は求道者で、名の通りなんだけど、神を躰に宿す者なんだってさ」

玄象の言葉に虎豹は少し思考したあと「神ねぇ」とこぼしたした後、自身の考えを口にした。

「神を宿す、か。あの強さはおよそ尋常な者ではなかったが、剣で斬れば血が流れ、突き立てれば躰を穿つことができたんだ。私からしたら、どこまでも強いただの人間だったけどね」

「そうなの?私はお婆から聴いただけで実物なんて見たことないから、なんともいえないな」

朱錐からみた龐煖と名乗った侵入者の強さは、およそ人の域が及ぶものではなかった。

「武神と言えど、ただの人か。それでも大将軍の精鋭二千を相手に易々と斬り進むのだから、十分に人外の所業………」

けれど、現実は王騎様によって斬られて倒れ伏した。

 

朱錐はこの何気のない会話の中で「武神といえどもただの人でしかない」となにかが腑に落ちた気がした。

 

だれもが誰かに憧れて、何者かになりたいと願い悩む。特別な人間などこの世には存在していない。ただ特別であろうと努力し続けた者が何者かになっていくだけだ。もしこの世に武神というものが存在しているとしたら、それはただ才能を持ってうまれた誰かが修練を続けた結果に過ぎないのではないか。と。

 

「あの強さもまた人である証か」

 

朱錐のふとした呟きに虎豹は「ん。どうかしたのか 朱錐」と声を掛けた。

「いや、なんでもない。少し武神というものを大きく見過ぎていたようだとも思ってな」

「あれはどこまでも人だ。尋常じゃない強さを持っているとしても人であることに変わりはない。神なんてご大層なものじゃないよ」

「私もお婆から聴いたときは恐ろしい存在だって気がしてたけど、そう考えると恐ろしく強い人なだけなのかもしれないって思う」

 

「そうなのかもしれないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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