始皇三年(紀元前244年)二月。
秦は丞相呂不韋の号令の下、二十万の大軍勢を興すと隣国韓へと出陣させた。
秦国軍総大将には、白老と諸国に名高い蒙驁大将軍。副将は、蒙驁麾下の王翦と桓騎の二将が付いた。
蒙驁は初戦となった韓の高祐(コウウ)を陥落させると、そこからは破竹の勢いで韓への侵攻が続いた。また副将として第二軍、第三軍を率いていた王翦、桓騎も足並みを揃えるように隣接する城を落としていった。
この蒙驁大将軍の破竹の快進撃は秦国を大いに賑わしていた。そして、当初目標としていた安方(アンホウ)を攻略する頃には、活気づく国内に後押しされる形で更なる韓への侵攻計画が練られていた。
「この勢いを止める理由はあるまい。そなたはどうだ昌平君」
「いささか深く入りすぎることになります。他国はともかく、楚に対してだけは、張唐殿を南の要所に置くことを条件に」
「楚か。ふむ、許す。そなたに任せる」
その後も秦の進撃は止まることはなく、韓の領土を切り取っていった。
他方その頃。
河了貂は拡げられた戦略地図の一角を見据えると言葉を発した。
「ねぇ蒙毅。これって深入りしすぎじゃないの」
「たしかにね。今は韓に侵攻しているけれど、秦は楚と魏と趙の三国に隣接してる。秦から大軍勢が出払っている今この三国から攻められる可能性がないわけじゃない」
蒙毅は局地的に視れば河了貂の言は正しいと肯定した。
「でもね、今現在ほかの三国は簡単に動くことはできないんだ。まず楚に関しては元々南虎塁という厚い防護壁を築いて侵攻を妨げている。そのうえ、先生の計らいで張唐殿が守備長に付かれているから問題は起きないだろう。次に魏についてだけど、先の大戦で活躍した麃公将軍が今も前線で目を光らせているから、こちらも問題ない。あと、趙に関してだけど、河了貂は、三大天というのは知っているかい」
「秦の六大将軍のときに趙で活躍していた三人の大将軍のことでしょう。話ぐらいは知ってる」
「その通りだね。趙の三大天には、藺相如(リンショウジョ)、廉頗(レンパ)、趙奢(チョウシャ)の三人が付いてたのだけど、彼らはすでに死去、或いは罷免されて他国に身を寄せている。それがどういうことがわかるかい」
蒙毅はあえて答えをいうのではなく、河了貂に問うことで理解を深めさせようとしていた。
「大軍を率いて戦える人がいないってことでしょう」
「そうだね。平凡な将に大軍を任せることができないわけじゃない。けれど、それはいたずらに自国の兵を失う愚策になるだろう。大将軍は、まさに国を背負って戦える傑物じゃなければいけない、これをまず理解してほしい。もし、彼らの内だれか一人だけでも健在ならば、この遠征は当初の戦略目的となった安方で止まっていただろう。長くなったけれど、そういうわけで、趙もまた動くことができないんだ」
蒙毅が語った通り、現在の趙中枢には、他国に向けて侵攻させることのできる大将軍の存在は皆無であった。そう中枢には………。
それは、蒙驁大将軍の快進撃に湧いていた秦国中枢に届いた一報により幕を開けた。
「急報ッ 急報であります。趙が、趙が、馬央へと侵攻した模様です!!」
この報せは秦国中枢に衝撃を与えることになった。というのも秦は今まさに動かせる精兵たちをすべて韓への侵攻作戦に投入していたからだ。さらに悪い報せは続き趙は十万を超える大軍で攻め入っていた。
「………まずい」
だれが口にしたものかはわからない呟きであったが、ここにいる高官たちの共通認識であった。
「いまや、中央を守る兵すらおぼつかないのに、援軍など出せるはずもない」
それは、韓への侵攻作戦がうまく行き過ぎた代償でもあった。だれもが対抗策をすぐには見いだせないまま沈黙が続くと思われたが、大王嬴政はその中で、効果的であろう手段を口にした。
「緊急徴兵令を発して十万の軍を興せ」
というものであった。熟達した兵が数少ない今にできる、苦肉の策であった。
けれど、すでに侵攻している趙に対して、いまから軍を興して対抗するということは、馬央に援軍を送ることはできないことを意味していた。馬央は陥落とともに、非戦闘員である女、子どもを含めたすべての秦人が皆殺しの憂き目にあうことになった。
基本として、侵攻作戦とは、敵国の城を占領、略奪まではするが、非戦闘員を殲滅することはない。なぜなら、女性や子どもまで殲滅すれば、敵国はどれほど劣勢に立たされようとも降伏するという選択肢を取ることがなくなるからだ。当たり前の話になるが、降伏しても殺されるのであれば、兵は最後まで抵抗するだろう。それは、攻める側にとっては損耗を激しくする要因であり、本来は避けるべきことである。
けれど、趙はそれを実際に馬央で行った。
趙がこの定石を無視した行いに至ったのにもわけがあった。それは、趙と秦の間で起きた「長平の戦い」に起因していた。
趙は廉頗大将軍を秦は白起大将軍を総大将として始まったこの戦いは、実に二年もの月日に渡って続くも、決着することはなかった。
さきに痺れを切らした趙王は、総大将を名将廉頗から血気盛んな趙括へと交代したことから戦いは突如として終幕をむかえることになる。趙括はこのまま膠着状態が続くように見せかけた所で奇襲部隊を率いて白起を討つ作戦をとった。けれど、王騎の待ち伏せにあってあえなく戦死する。
二年に渡ったこの戦いは、趙側にも相応の負担を強いたこともあり、総大将の戦死がもたらした士気の低下は戦の継続を諦めざるをえないものとなる。
秦は、こうして数十万と言われる捕虜を抱えることになった。が、ここで、白起は果断な選択をする。それが、数十万に渡る捕虜の生き埋めである。
この白起の判断は、秦と趙の間に決して埋めるができない大きな溝をつくることになった。そしてそれは、そのまま趙が秦人に対して持つ恨みであり、憎悪であった。
補足になるが、白起のこの選択は、秦の大将軍として趙国を滅ぼすためには、必要な過程であるとの判断であったという。
こうして、秦の本営が十万の軍を興すために奔走している頃、戦の報せは朱錐のもとにも届いた。
「隣り合うだけあって趙とはなにかと因縁深いな」
「そうだが、同時に当時の三大天は皆いなくなっているのは僥倖かな」
朱錐と虎豹は互いに戦歴が長いこともあり、趙とは幾度となく戦場でぶつかりあっていた。
「王騎様がどうお考えかはわからないが、韓に二十万人が出兵している今、我々も出陣となる可能性は高いだろう」
「趙、か。長平のこともある。負けるわけにはいかないぞ」
「ひとまずは、主要な者を招集して、兵たちに心構えをさせておきたい。皆を呼んでほしい」
趙との激突は、すぐそこまで迫っていた。