彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第26話になります。



馬陽攻防戦
第26話


「追ってきましたねぇ 趙軍は。随分とやる気なご様子で結構なことです」

 

始皇三年。三月。

同年二月虎狼之国と呼ばれる秦による韓侵攻作戦から一月が過ぎようとしていた。秦は順調に韓の領土を占領、当初の目標地安方を通過点へと変えてより韓の奥深くまでその牙を伸ばしていた。

 

だが、戦勝に湧く秦中枢に一つの報告がなされたことで、事態は動き出した。

 

それは、対趙の前線都市となる馬央陥落の報せであった。

趙による十万人規模の侵攻により馬央は陥落。さらには、姉妹都市と位置づけられている馬陽にもすでに敵の手が伸びているというものであった。

この報せは戦勝に浸っていた秦中枢を大いに慌てさせることになった。

秦はすでに隣国韓の奥深くまで二十万の大軍勢を侵攻させていたことで、国内の守りは手薄となっていた。それでも、韓侵攻を深めさせたのは、趙が動くことはないと高をくくっていた首脳陣の失態であった。

それでも秦国本営は、緊急徴兵令を発して近隣から十万の兵を集めて馬陽へと派遣した。そして、昌平君からの打診を受けた王騎は総大将となり、此度の防衛線の指揮官に就任。副将には蒙武将軍が付くことになった。

 

六大将軍最後の一人である王騎が総大将として前線に復帰したという報せは、列国に衝撃を与えた。

 

馬陽の地に着いた王騎は、城を包囲する趙軍とそのまま開戦せずに、乾原(カンゲン)に陣を敷いた。趙軍は秦軍の動きを確認すると、城攻めの最中に後方から攻撃されることを避け、到着した秦軍を追い払うために乾原へと移動していた。

 

その頃、乾原の地から少し離れた高台にも、蒙毅や河了貂といった軍師候補生数人が実戦を見るために訪れていた。

「蒙毅、ここからだと、さすがに遠いね。これじゃ旗の文字くらいしかみえないや」

「目が良いんだね河了貂は。距離は仕方がないさ。安全に戦いを見るためにはこれぐらいは離れている必要があるからね」

河了貂と蒙毅がそういった会話を始めた頃には、両軍の配置がほぼ定まりはじめていた。

「河了貂、趙は大隊が五つで間違いないかな」

「五つに分かれてるからそれは間違いないよ」

二人の会話に加わるように軍師候補生たちは各々見解を述べた。

「そうなると趙は最低でも五人の将軍が来ていることになるな」

「うむ。兵数でも趙十二万に対して秦十万といった所だ。将軍にしても王騎将軍と蒙武将軍の二人だけ、将の数においても負けているな」

「いえ、そうでもないようです。王騎大将軍の側近たちは皆将軍級の実力の持ち主であると先生から聞いたことがあります。ですから将の数が劣っているとは思いません」

蒙毅の言にそういうことならば、納得を見せる面々。

「軍長っていうだろ。確か第一から第五まであるって」

河了貂の言葉に一つの噂を聞きかじっていた候補生の一人が口を開いた。

「ん、儂は最近になって第六軍が創設されたという話を聞いたぞ」

「そうなのですか。ふむ、ですが………」

と再び戦場に目を向ける蒙毅たちであったが、本陣を除いて展開している部隊は副将の軍を加えて六つの大隊しかなかった。

 

「新設されたばかりという情報が正しければ、どこかの大隊に組み込まれているのかもしれませんね」

 

両軍が配置を完了したことで、両国の狙いは鮮明となった。

趙中央四万に対して、秦は中央に副将蒙武兵二万、第一軍録嗚未兵二万の計四万を主攻として軍を編成。

趙左翼六万の敵主攻に対しては、秦右翼にそれぞれ第二、第三、第五軍として隆国兵二万、鱗坊兵一万、同金兵一万の計四万を配置。

趙右翼二万には、秦左翼に第四軍干央兵一万が付いた。

 

開戦に向けて両国の緊張が最高潮を迎えようとしていた。

 

「先鋒隊前へ」

 

先鋒を務める蒙武は、猛りを抑えるように静かにされど力強く声に言葉をのせた。

 

「ただ俺に付いてこい」

蒙武は息をのむ兵たちの気配を一拍、感じ取る。そして、握った右手を掲げて宣言した。

 

「突撃だっ」

 

「うおぉおおおおお」

兵は大地を揺るがす咆哮を発したまま先頭を駆ける蒙武を目指して突撃を開始した。

 

対して趙軍は、重装騎兵の衝撃力を用いて蒙武の突撃を潰す目論見にでていた。が、蒙武はこれを歯牙にかけずに突破。勢いそのままに、趙中央軍に突撃を敢行した。

 

蒙武が重装騎兵を突破した頃、趙主攻である左翼三将の一人渉孟(ショウモウ)もまた、秦第二軍の前線を突破するとその躰に喰らいついた。

 

戦場は両先鋒の勢いに乗せられるように激しさを増していった。

 

王騎は、両先鋒の力をその目で確かめると本陣を離れて、秦左翼に馬を走らせていた。

「騰、ここは任せました」「ハッ 手筈通りに事を進めます」

 

左翼第四軍に所属していた壁は、戦場中央を遮りるように凹凸の激しい地形と分布する木々を見据えながら、焦るように言葉を発していた。

「この険しい地形を壁として機能させて、残りは中央の主攻に加わるほうが良いのではないのか」

その壁の言葉を拾う者がいた。

「ンフフフ 主攻はここ。左翼ですよ」

「お、王騎将軍」

王騎が突然姿を現したことに気づいた兵たちは、それに驚き、大将軍という存在自体が大いに士気を鼓舞させた。壁は兵の熱気に当てられながらも冷静に先ほどの言葉の真意を問うた。

「左翼は地形に阻まれて、とてもではないが敵本陣に攻め入れるとは思えません」

「ンフフ 誰かさんを思い浮かばせるせっかちさですねぇ。壁千人将は」

王騎は壁の言葉に「ココココ」と独特の笑い声をだすと諭すように語りはじめた。

「初日から敵中央の首を獲ろうとするならば、前もって策を施しておく必要があります。もちろん、この戦いにそのような時間は存在しなかったわけですから、土台無理な話。さて、兵の質に数の差もあるこの戦いでも、有用な戦法が一つあります。それは、敵の有用な駒を先に削ることです。そのために………」

第四軍を指揮する干央は王騎を真意を汲むと言葉を発した。

「お任せください。死闘は私の最も得意とするところです」

「苛烈な戦いとなるでしょうが、頼みましたよ」

会話をおえた干央は配置に戻っていく。壁は王騎の言葉の意味を知るために「駒、駒?そうか、駒か」と口に出しながら自隊に戻った。

 

王騎は干央の突撃を見届けると、中央に向けて馬を走らせた。

 

「俺達は何をしたらいいんだ 王騎将軍」

「ンフフ 良い心構えです。童信」

王騎は信たちを特殊百人隊として独立した隊として選別していた。その信たちに敵右翼の将馮忌を「どさくさにまぎれて側面から討ち取れ」と指令をだした。王騎は信が任務を理解した上で、引き受けたことの褒美として、信が隊長の特殊百人隊に「飛信隊」という名を贈った。

 

一方、趙総大将代理趙荘は秦左翼一万が趙右翼二万に対してやみくもに突撃してきたことの狙いを読めずにいた。

「馬鹿な。王騎が数の差を理解していないわけがない。まさか血迷ったのか」

趙荘は言葉を口にしながらも、現状は右翼の将馮忌の判断に任せることにした。

 

王騎は信たち飛信隊に指令を発したあと、本陣に帰還していた。

「戦況はどのようになっていますか」

「ハッ 中央の蒙武は敵中央の将李白の斜陣に勢いが削がれています。右翼は、大分押し込まれています。趙将渉孟の猛攻をさきほど一旦耐えたのですが、すでに第二軍の半ば辺りまで崩壊。そのためか後退が見られます」

「ふむ。蒙武さんのお相手は守備に名高い李白ですか………。もう少し様子を見てみましょうか。第二軍の方は、確かに後退が見られますねぇ」

王騎は、本陣を敷いた丘の上から先ほど受けた第二軍の戦況を見定めると声を掛けた。

「確か朱錐さんは第二軍でしたね。騰」 「ハッ 間違いありません」

王騎は騰の言葉に「ンフフフ」と含むように笑うと、面白いものがみれそうですと言葉を発した。

 

その頃、朱錐は指示を飛ばしながら、趙将渉孟の猛攻を後退しながら凌いでいた。

「李豹。そのまま無理をさせずにゆっくりと後退させよ」

李豹は朱錐の指示のもと盾を構えた朱錐隊の面々に声を掛けた。

「慌てる必要はない。訓練を思い出せばいい。乱れず少しずつ後退するぞ」

朱錐隊は、渉孟と中盤で一当たりして、脚を止めさせたあとは、押し込まれるように後退を続けていた。

そのため第二軍は半ばを越えて後方に差し掛かるように抉られる形で、第二軍の将隆国の本隊にまで迫られていた。

「頃合いか。前列を交代させる。李豹」

「ハ 前列を交代。弩兵は援護に入る。盾。構え 射ッ」

盾兵は盾を一斉に斜に構えて射線を拓くと後列に布陣していた弩兵が一斉に攻撃。

「盾兵、弩兵下がれ。重装盾、前へ」

趙兵が弩に射られて怯んだ隙に前列を重装盾隊と交代した。

 

「隆国に伝令………は、必要なさそうだな」

 

渉孟は思い描くように進撃できていないことに鬱憤といら立ちを重ねていた。

「突撃で前線を突破するところまではうまくいったね………あの盾隊が忌々しいね」

初撃となった突撃で秦前線を粉微塵に粉砕した渉孟は、勢いそのままに中層を喰い破るつもりであったが、突如現れた盾隊を前に急減速する羽目になっていた。それでも渉孟自らが先頭に立って武勇を示せば敵を後退させることができていた。もちろん秦にしてもそれは承知の上であり、渉孟に攻撃を集中させることで突破する力を削いで勢いを抑え込んでいた。

「もどかしいね。ん、正面から弩兵よ。守るね」

渉孟は前線の異変にいち早く指示を飛ばしたが斉射された弩に多くの趙兵が倒れた。忌々しさに「ッチ」と舌を打つ間に、敵前列が入れ変わる姿を目の当たりにしていた。

「重装の盾隊とは山猿が考えそうな手ね。そんなちんけな盾でこの私を止められるはずがないねッ」

渉孟は敵の狙いが自身の足止めだと看破すると敢えて敵の狙いに乗ったうえで、重装盾目掛けて突撃に入った。

「山猿はさっさと死んで山に帰るといいねッ」

己こそ中華最強であるという自負のもとに特徴的な弧を描いた矛を薙ぎ払った。高く響く金属音は確かに一撃がはいったことを認識させた。

「なッ」

隊列ごと薙ぎ払う目論見で振るった矛は、隊列乱すには至らずに揺らぐ程度で崩れることはなかった。

「ック」と渉孟は信じられない面持ちで、二撃目を全力で振るう。が結果は変わらない。と同時に「し、渉孟様。左右後方より敵騎馬隊がこちらに向かって突撃しています」

「数は」

「左右ともに千騎程度かと思われます。深入りした我らを後方と分断する狙いかと愚考いたします」

渉孟は、その報告に思考を始めていた。

 

山猿の中腹までは喰い破ったね。勢いのままに将まで獲りたかったけど、前後で分断されるのはよくないね。ここは一旦立て直しを図ったほうが得策ね。

 

「一旦退くよ。皆、付いてくるね」

渉孟は踵を返すと一直線に駆けだした。

 

その頃、第二軍の両端に事前に配置されていた馮と濯は、隆国の合図を受けて、中央に入り込んだ趙将渉孟を討ち取るべく突撃を開始していた。この両端からの騎馬による突撃は、趙兵にとっては後方寄りからの奇襲となる上に、両側からの挟撃の様相を呈していたこと、さらに、渉孟が秦第二軍の中層まで入り込んでいたことで、軍としての機能が発揮されないままに討ち取られていた。

「「このまま趙将渉孟を討ち取るぞ」」

奇しくも、両端を率いた馮、濯は同じ号令のもとに士気を向上させた。また、両者は同時にこちらに向かって馬を駆る渉孟を発見すると、躊躇うことなく左右から襲い掛かった。が

「ぬぅッ なんという力か」

左右からほぼ同時に襲い掛かった馮と濯であったが、渉孟の一閃に馬ごと弾き飛ばされてた。

「その程度でこの私が討ち取れると勘違いしてきたあるか。山猿の分際で身の程をわきまえるといいねッ」

これまでの鬱憤を晴らすように怒号を吐いた渉孟に馮は「討ち取るのは俺たちではないわ」と渉孟の後ろに視線を向けた。

渉孟は先程の突撃までの流れが己の脚をここに止めることであったことに気付くと後ろを振り返った。

「死んでもらうぞ」

そこには、虎の面を被った将の姿があった。

「お前何者ね。わたしは王騎を殺して六将の伝説に終止符を打つ渉孟よッ」

「王騎様を討つだと? 渉孟。貴様には無理だ。この私を討つことすら、なぁッ」

両者は同時に駆けだし、交錯。勝負は一瞬にして決した。

 

「ば、か、な」

己の躰が倒れる姿を眺める不思議な光景を最後に、渉孟はこの世を去った。

 

「貴様程度では、王騎様に触れることすらできはしない」

 

虎豹は渉孟の右上段からの振り下ろしを抜き放った剣の腹で受け流がして懐に入ると首を目掛けて一閃。渉孟の首を刎ねていた。

 

「趙将渉孟の首。第六軍副官虎豹が討ち取ったぞぉおおおおおお」

と馮は渉孟の首を矛で刺して掲げた。

「うおぉぉぉおおおおお」

雄たけびが響き渡る中、正気を取り戻した渉孟の側近たちが「渉孟の仇を討て」と動きだした。が

 

「姉さんには触れさせない」

玄象はどこからか姿を見せると虎豹に群がろうとした側近の悉くを斬り払った。

 

戦場の異変は秦右翼だけではなく、左翼でも同時に起こっていた。

王騎の檄を受けた秦左翼の軍は、士気の高揚そのままに、趙右翼二万に突撃していた。序盤は士気の高い歩兵の力に引かれる形で秦軍は猛攻を見せた。それは、左翼軍所属となっていた壁も同じであった。剣から矛へと武器を変更したばかりとは考えられないほどに違和感なく敵を屠ることに成功していた。

「むっ 敵が退いていく。追撃………いや、おかしい。そこまでの手応えはなかったはずだ」

壁は自隊の停止を命令するが、ここで士気が高揚していることが裏目に出ていた。壁の停止の指示は届くことはなく兵たちは手柄を獲るべく我先にと趙兵の背を追っていった。

 

それが、趙右翼の将馮忌の狙いであるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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