彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第27話です。


第27話

秦左翼を務める第四軍一万は趙将馮忌の策に嵌り壊滅の危機に瀕していた。

秦左翼軍は、趙軍に三方を塞がれる形の狩場に結果的に誘い込まれる形となり、趙右翼本隊を前方として左右に展開した趙軍から放たれる雨のような矢に成す術もなく討ち取られていた。

それは、第四軍所属であった壁千人将の隊も同様であり、隊長である壁もまた矢傷を負っていた。

「耐えよ。今は耐え凌ぐときだ。盾を拾え。何としても生き残るのだ」

降り注ぐ矢の雨にも冷静さを失わずに壁は指示を飛ばしていたが、第四軍後方でいまだに生存していた歩兵の一人が後方へと活路を見出して駆け出すと事態は大きく動き出した。亀のように耐え忍んでいた兵たちは堰をきったように後方へと駆けだしてしまった。

「下がってはならぬ。背を見せれば後ろから討たれるだけだぞ。活路は前にのみにある。私に続くのだッ」

壁の声が届く範囲は踏みとどまったものの、それ以外は秩序なく後退を始めていた。

 

そんな最中、第四軍を指揮する干央は、自身が率いる騎馬隊をまとめると、趙軍前列に再突撃を開始した。壁隊もそれに続くのであった。

 

その頃、飛信隊という名を授かった信が率いる特殊百人隊は、馮忌本隊の真横からの奇襲を成功させていた。戦場を横切る凹凸のある茂みを利用した隠密行動は功を奏して、趙将馮忌に迫っていた。

「私は後ろの茂みに一時避難する」

騎馬主体であった本隊の力を活かすために距離をとる選択をした馮忌であったが、後方より秦軍の旗が突然挙げられたことで、脚を止める羽目になる。瞬時に「あれは偽装である」と見抜いた馮忌であったが、止まってしまったが故に、飛信隊の追撃を受けることになった。

「私が行く。お前は隙を見て趙将の首を獲れ」

羌瘣が馮忌の近衛を瞬時に切り倒して視線を集めると、信は獲物を狙う狩人のように、趙将馮忌だけを見据えた。羌瘣に続けとばかりに飛信隊の生き残った者たちが後に続いた。さらに、飛信隊の働きによって馮忌が一時的に指揮を執れなくなったことで、守備陣形が正しく機能しなくなった趙右翼を抜いた干央や壁たちが姿を現した。

「童に先を越されていたか。皆の者あれが趙右翼の将を務める馮忌である。突撃だッ」

干央は勢いのままに、飛信隊が必死に食らいつく本隊に向けて攻撃を開始した。

「ぬかったか。だがしかし、この私を討てなければ結果に変わりはないぞ」

馮忌は、干央たちがこちらに加わるのを阻止すべく後方待機をさせていた予備兵を動かす指示をだした。この指示をするために、視野を全体に向けてしまったことが、結果として馮忌の命運をわけることになった。

 

今、馮忌の視界に映っていたのは、自身の本隊に喰らいついている飛信隊と異質な強さを見せるその将が一人、それに前線を突破してこちらに突撃を開始した秦左翼の将の存在と染み出るようにその数を増やしていく敵兵であった。そこから馮忌は、近衛兵を抜けて飛信隊が己に届くまでにかかる時間的猶予を使って、前線より染み出てくる敵兵の後続を断つべく兵を動かした。

「後続を断てば、敵は少数である。隊列を組み直し、敵を締め出すのだ」

馮忌の的確な指示によって後続は抜けることができずに消滅した。しかし、その代償として干央の接近を許すことになっていた。

「馮忌、貴様さえ討てれば、もはや兵などいらぬわ」

「何を勝ち誇っているか、秦将よ。すでに貴様らの命運は我らに包囲殲滅される以外にないとなぜわからぬ」

「命運だと? それはそなたであろうが。見よ殿の飛矢が届くぞ」

「!?」

馮忌の指示は的確であった。事実として、後続の断たれていた干央たちは少数であり、この機を逃せば言葉通りに包囲殲滅されていたはずであった。だが、戦場を見渡せるほどに拡い視野が馮忌のアダとなった。軍隊をみて個を見逃していたのだ。

信は、馮忌たちの意識が完全に自身から外れた瞬間に趙将の近衛の隙間を縫うように入り込むと跳躍。馮忌を切り裂き、討ち取ることに成功した。

 

「小僧よ。殿から名を授かったか」

信がその問いかけに「飛信隊だ」と告げると、干央はそれに応えるように高らかに宣言した。

 

「うむ。趙左翼の将馮忌は、飛信隊の信が討ち取ったぞぉお」

 

この時、信たちはすでに少数であり、残っていた趙兵が殲滅に動き出せば全滅は免れなかった。しかしそうはならなかった。号令を下すものがいなかったことが一つ。その遅れがもたらした刻に「渉孟様討ち死に」の報が決め手となった。

 

今戦争を率いた趙軍五将の内、初日にして二将の討ち死にとは、それほどの衝撃であった。一人がその場から後退すると流されるように趙右翼は霧散していくのであった。

 

趙軍総大将である趙荘は、先に左翼、続いて右翼と、趙両翼からもたらされた報に動揺を隠せずにいた。それでも、混乱が最小限になるように手早く措置を施すと思案するように言葉を発した。

「渉孟に続き、馮忌まで失うとは………どうする。今から退くべきであろうか。だが、中央の李白は蒙武をうまく抑えている。二将を失ったとはいえ、兵力は我ら趙がいまだに上であることは明白だ」

趙荘の言は正しく、渉孟は初撃の突撃から討ち取られるまでの間に多くの秦兵を屠っており、馮忌に至っては九千に迫るほどに討ち取っていた。また、万極(マンゴク)も敵大隊に対して猛威を振るっていた。趙荘はそれらの事実から将さえ健在ならば十分にやり合えると判断して、日暮れを前に全隊を退かせた。

 

「趙荘は軍を退かせましたか。早々に二将を失いましたからね。賢明な判断です」

王騎は日暮れが迫っていることも加味して追撃は行わずに、趙軍が退いたことを確認すると同じように全軍を退かせた。

 

暗闇があたりを染める頃。

王騎は、朱錐がいる第六軍に顔をだしていた。

「よく初日に渉孟を討ちとってくれました。お見事ですよ」

「ッハ 私は後方で指揮を執っていただけです。賞賛は隆国と実際に渉孟を討ち取った虎豹にこそ相応しいかと」

「ンフフ もちろん隆国の刻を見計らう采配と虎豹の武勇も見事ではあります。ですが、貴方がうまく敵を誘い込み、脚を止めるからこそ策は成ったのですよ。それにあなた………」

と王騎は朱錐としばらく視線を合わせて見定めると「まあ、いいでしょう。明日もその調子で頼みますよ。錐」と声を掛けると次に向かって去っていった。

 

朱錐はそのまま集まっていた第六軍の面々に労いの言葉を綴った。

「皆今日は良くやってくれた。李豹の指揮は的確に相手の勢いを削いでいた。馮と濯もうまく渉孟の脚を止めたな。そして本日の第一功はいうまでもなく、趙将渉孟を討った虎豹である。よくやった。初陣の者も多い中、兵の皆も良くやったぞ。王騎様より格別の酒もいただいた。皆、飲むぞッ」

うおおおおと盛り上がる第六軍の兵たちに酒を配るとすぐに宴会酒宴となった。皆が酒を傾け、騒ぎ、笑い、泣いて生きている実感、或いは生き残った自身を祝い盛り上がる中、朱錐に話しかける者がいた。

「朱錐。私の活躍を忘れてない」

「むッ。そうであった。玄象も精兵相手によくやってくれた。感謝する」

玄象は、どこか頬を膨らませて不満を示しているように見えるが、それを気にしているわけではなかった。

「いい。命を助けてもらった恩は返すから、そのつもりでいて」

「玄象。私はたまたまその場に居合わせただけなのだと、説明したと思うのが」

「それでも私を助けるために尽力したって聞いた。それとも朱錐は私を恩知らずにしたいのか」

そうは言ってもだな、と「むぅ」と唸るように声を発した朱錐に

「受け取ってやんなよ。象がそうしたいっていうんだからさ」

との虎豹の言に少し思案した朱錐は返答した。

「承知した。だが、一つだけ聞き入れてほしいことがある。命を賭して恩を返すような真似は決してするな。そなたはそなたのためにその命を存分に使ってほしい。よいな、玄象」

言葉を受けて「わかった。私のことは象でいいよ」と言葉を発したあと「自分のために、か」とある人物に視線が流れていたが、皆は気づかないふりをして、そのあとも酒宴を楽しんだ。

 

今戦場は王騎が前線に復帰したこともあって、中華全土からの聞耳を集めていた。そのため、虎豹の名は第六軍副官という肩書とともに中華に名を示すことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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