彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第28話になります。


第28話

趙軍は、初日に渉孟、馮忌と立て続けに失ったことで二日目の朝からは、将の損失を防ぐために、攻めに偏重せずに、守勢に転じていた。

 

「昨日に引き続き、李白には蒙武を抑えてもらう。左翼は万極を主体として秦右翼をじっくりと削ってもらう。公孫龍は万極の支援とする。挟撃に注意しつつ、迎え撃つぞ」

 

趙十二万、秦十万で始まったこの戦は、趙十一万、秦八万五千と開戦時よりも兵力においては差が開いていた。

 

「今日もなにか起こるかな」

声を出したのは、この戦いを遠くの高台から観戦していた河了貂であった。

「いや。おそらくだけど、今日はお互いに正面からのぶつかり合いになるだろう」

そう答えたのは、河了貂の兄弟子である蒙毅である。

「やっぱり昨日の二将が討ち取られたのが影響しているのかな」

「そうだね。趙はこれ以上将を討たれると戦の継続が難しくなるだろうから、奇策に掛からないように純粋な兵力差を活かした戦いをしてくるだろうね」

そこに二人の会話に軍師候補生の一人が声を掛けて加わった。

「ところで蒙毅よ。寡聞にして儂は知らなかったのだが、第六軍の虎豹という者と飛信隊の信という者に心当たりはあるか」

「飛信隊の信については先生から少し聞いた覚えがあります。ですが、虎豹については、虎の面を被っていること以外はまったくありません。言い訳にもなるのですが、近年、王騎将軍が前線にお出になられていないこともあって、謎が多いのです。第六軍の話自体も昨日知ったくらいですから」

蒙毅の返答に「やはりそうか」と全容がわからないことにもやもやしたものを抱えながら呟いた。

「将軍かぁ」

「やっぱり同居人のことが気になるのかな」

「大将軍になるっていつも喚いてるくらいだもん。信は」

「河了貂。目指すものを口にするというのは、案外効果的なことなんだよ。人は口にすることで現実的に物事を考えるようになるものなんだ。言い続けているうちに、もしかしたら、君の同居人が本当に大将軍になるかもしれないよ」

「蒙毅。そんなわけないじゃん。言うだけでなれるんなら、オレだって天下の大軍師になってやるって言い続けるよ」

「ふふふ。そうだね。言うだけじゃだめだ。そのために努力を惜しまない者じゃないと、その機会すら掴めはしないさ」

蒙毅の言葉に河了貂は「だよね」と力強く頷くと新たな決意をしたように真剣な眼差しで戦場を見据えた。その姿に「僕も妹弟子には負けていられないな」と戦場を見据えるのであった。

 

ところ変わって、丘の上にある秦軍の本陣には、王騎と副官騰の姿があった。

「さて、どうやら向こうも配置が終わったようですねぇ」

王騎の言葉に返答するように、騰は自身の考えを告げた。

「そのようです。配置を見る限り、中央の李白を軸に守勢に回り、正面からの削り合い。と言ったところでしょうか」

「ンフフ そうですねぇ」と言葉を発した王騎は、本日の秦の主軸となるであろう蒙武に視線を向けた。

 

「今日も同じだ。ただ俺の背についてこい。丁之ッ(チョウシ)来輝ッ(ライキ)」

蒙武は側近の二人に声を掛けると、昨日と同じように右の拳を掲げると号令した。

「狩るぞ。全軍、突撃だッ」

ぅおおおおおおおお、と明らかに昨日よりも士気高く、地響きさせる咆哮を挙げた蒙武軍は、趙中央の李白軍に向けて突撃を開始した。

 

王騎は蒙武軍の異様な士気の高さの要因を確認するように、昨日の蒙武軍の損害について声を掛けた。それに対して騰は「六百です」と答えた。

その数字は明らかにおかしなことであった。蒙武軍二万と李白軍二万が普通に激突したにしては少なすぎた。本来ならば、数千に及ぶ損害が出ていてもおかしくないはずであるにもかかわらずに六百という数。

王騎はそのからくりを察すると蒙武の評価を改めるように口を開いた。

 

「呂氏が手元に置きすぎたことも原因でしょうが、噂とは随分と印象が変わりますねぇ」

 

中華においても蒙武の名を知られていた。

ただ、その評価は「武勇を頼りに暴走する武人」というもので、決して高いものではなかった。つまりは「個の武は評価に値するが、軍としては与し易い」という程度であった。しかし、実情を見るとその印象は大きく違っていた。蒙武は自軍の騎馬隊と今回急遽徴兵された歩兵の士気の高さの違いを勘案すると、守陣を敷いた李白軍を利用して、調練をしていたのだ。さらに、蒙武の突撃力を警戒していた李白の陣に沿うように駆け抜けることで、敵が手も足もでないように見せかけて、いかにも戦いを優勢に進めているような演出も施していた。その結果、多くの徴兵された歩兵が生き残り、初日の自軍の優勢さに背を押される形で高い士気を手に入れていた。

 

戦場に目を戻そう。

 

蒙武軍は、初日とは打って変わって李白軍が敷いた斜陣に対して沿うのではなく、突き破って前進した。

趙将李白はその威力に目を奪われはしたが、冷静に策を展開して、蒙武軍を包囲することに成功した。この李白の策は本来であれば上策と呼べるものであったが、蒙武軍はこれをものともせずに破壊、殲滅し始めた。包囲している側が殲滅されるという異様な光景に、李白は不測の事態が自身に迫る前に本軍を後方へと移動させた。前線から距離をとった李白を蒙武は、追わずにこれを放置。そして、指揮官を失った残兵をひたすらに殲滅した。

 

李白軍の包囲が瓦解して、さらには殲滅されたことを目の当たりにした趙荘は、早々に全軍を退かせることになった。

 

日を跨いだ三日目もそれは変わらず、蒙武軍を止めるために趙左翼の万極軍を完全に下げて守備にまわして、空いた公孫龍軍を中央に配置。李白、公孫龍軍で蒙武を止めようとしたが、これもまた叶わなかった。

 

この蒙武軍という突出した力の出現は、戦場を大きく動かす要因となった。

 

そして、明けて四日目の朝。

趙軍総大将である趙荘は、開戦せずに、本陣を現在の位置から山深い後方へと移す決断を下した。

 

趙軍が山深い後方に向けて後退していくのを確認した騰は、報告するように王騎に声を掛けた。

「殿。趙軍は退却ではなく、本陣を後方に移動させたようです」

「退却ではなく、後退ですか。妙じゃないですかぁ。貴方はどうみますか。騰」

「ハッ 渉孟、馮忌の二将を失い、さらに蒙武によって兵力差もなくなった今、趙荘に打てる手はなく、退却が最善かと」

「その通りでしょう。損害を最小にするのなら、今が退却すべきときです。ですが、本陣を後方に移動した。ということは、どうしても私を誘い込みたいようですねぇ 趙荘さんは」

「そのようです。如何いたしますか」

「もちろん、追います。相手の狙いがわかっているとはいえ、趙軍をこのまま放っておくわけにはいきませんから」

 

王騎は趙軍を追跡することを決断すると、全軍を趙本陣のあった丘の制圧と追撃を命じた。そして、制圧完了の報を受けると速やかに元趙軍の本陣があった場所に本陣の移動する旨を伝えた。

 

王騎が本陣の移動を命じている頃、元趙本陣があった丘を制圧した蒙武と五人の軍長は、これから戦場となる山々を眺めていた。

「蒙武将軍。追撃されるのであれば、殿の言をお忘れなく」

蒙武に言葉を掛けたのは第二軍長である隆国であった。

「追撃はこの丘が見える所までであろう。言われずとも承知している」

「ならば、何も言いますまい」

 

蒙武は全軍での追撃を命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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