彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第29話になります。


第29話

王騎は本陣を趙荘のいた丘に移すと各軍長から上がった報告に耳を傾けていた。

「四日目の朝から追撃に入っていますが、いまだに会敵しないというのは、さすがに不自然です。ねぇ騰」

「ハッ この地に入ってからのこの退きの速さは、わが軍を深く誘い込むことが目的であるのは明らかかと」

王騎は騰と言葉を交わしながら、趙荘の狙いを読み解こうとしていた。

 

趙荘は渉孟、馮忌の二将を早々に討たれたことで、兵力差を頼りにじっくりとこちらを削る予定であったはず。ですが想像をはるかに超えた蒙武の武力を前に今やその差もごくわずか。にもかかわらず、退却はせずに後退を繰り返している。

こうなると龐煖さんが総大将であるというあの報せが気になります。あそこから仕込まれていたとしたら、随分と私を誘い込むことに夢中なご様子。しかし、残念ながら趙荘にはそれほどの器は見受けられません。この地、この状況………。伏兵、援軍があるのは間違いなさそうです。問題はどこから現れるのかという点ですが、各軍長も広く斥候を飛ばしているにもかかわらず、その影もない。

 

「ンフフフ」

王騎は自身の及びもしない策がこの戦場に至るまでにも張り巡らされている可能性に、ある種の喜びを見出していた。

前線を離れて幾年月。鎬を削った好敵手はすでにその多くが、この世を去っていた。今回、龐煖の名に一つの惜別を胸に出陣を決意した。が、姿の見えない思わぬ強敵の出現に王騎は自然と笑みがこぼれ、あの頃の、血沸き踊る戦場に回帰したかのような錯覚すら覚えた。

 

「いいでしょう。どこのどなたかがこの戦を描いているのかすら皆目見当もつきませんが、あの方に捧げる一戦にふさわしいものにしてみせるとしましょうか」

 

現在、秦本陣に対して正面には蒙武、隆国軍。左翼のは録嗚未、干央軍。右翼には鱗坊、同金軍が展開していた。

 

朱錐は、どの軍にもすぐさま支援に入れる本陣の丘の先、蒙武、隆国軍の後方に位置していた。

「どこにも敵の姿がないようですね」

索敵しながらの追跡であるため行軍速度は上がることはなく、戦場にしては、ゆったりとした時間が流れていた。

「先まで見渡せないのでは、慎重に進むしかない。会敵しないということは、趙はそれ以上の速度で退いているということだ」

李豹の言葉を拾った虎豹は、自身の見解を言葉にした。それに触発されたのか玄象が口を開いた。

「関係ないかもしれないけど、ここに入ってから妙な感じがずっとしてるんだけど、皆は何か感じない」

その言葉に虎豹も感じ入るものがあるのか頷くと言葉を発した。

「象の言う通り、独特なものがある。朱錐はどうだ」

「………」

朱錐は虎豹の問いかけに反応をしめさずに遠くを見据えたままであった。

「朱錐?」

「うん?あぁすまない。考えごとをしていた。それでなのだが、少し隊の編制を変更する」

「今からか」

虎豹の疑問ももっともであり、すでに、昼を跨いでひさしく、日が傾き始めていた。

「ああ、なにか胸騒ぎする。念のために、な」

朱錐の言葉に虎豹は昔を思い出すと言葉を口にした。

 

「お前のそれはよく当たる。今日は長い夜になるかもしれないな」

 

その夜、異変を報せる銅鑼がかき鳴らされたのは、左翼に位置する録嗚未、干央軍が野営する方角からであった。

 

朱錐は、銅鑼の音が一度止んだことに疑問を感じながらも、胸騒ぎがに背を押される形で軍の半数を虎豹に預けると左翼の野営地に向かっていた。

「どうやら敵襲なのは間違いないようだ」

戦いを報せる雄たけびと鳴らされ続ける銅鑼の音が届いていた。朱錐たち千五百が野営地に付いた頃にはすでに勝敗は決したようで、逃げ惑う秦兵に対して執拗なまでに攻撃を続ける趙兵の姿があった。

「野営地に残る趙兵を殲滅する」

朱錐は愛用の武器を掲げると号令を発した。

「全軍突撃ッ」

号令のもと突撃を開始した第六軍は、勝利に酔いしれて秦兵を殺戮していた趙兵を一気に殲滅へと追い込んでいった。

「はぁあああッ」

朱錐は趙兵が群がる一角に飛び込むと棍棒で薙ぎ払っていった。戦場に吹き飛ぶ趙兵の姿と砕けた鎧の金属片が無残に飛び散っていく。それを二度、三度と繰り返すたびに人が飛び、散る肉塊となった者たち。今だ息をしている者らが上げた視線の先には、新鮮さを示すような赤色が滴り落ちる棒を持った鬼が一人。

「ひゃあ ッはっ、お、に」

何とか言葉を絞り出した男は、次の瞬間には肉の塊となって宙を舞った。ただ暴力というものを体現した朱錐の姿は、長平の恨みを原動力とした彼らに恐れを生まれさせた。それは次第に伝播して、波紋のように拡がっていく。

「おにだ。おにがああぁぁ」

一人が尻もちをついて、また違う一人が背を向けて逃げ出していく。その間にも振るわれる暴力は、自分たちが殺戮する側からされる側へと変わったことを強く認識させた。そうなると、誰も彼もが逃げ出した仲間の背を追うように我先に戦意を投げ捨てて逃亡していった。

「逃げる者は追う必要ない。負傷者を優先しろ。いまだ戦える者は防衛線を張り直すぞ」

朱錐が全体に指示を飛ばして事態の収拾に乗り出していると、深手を負って側近に守られていた干央が姿を見せた。

「助けられたようだ。感謝する」

「礼はいい。それよりもお前を命がけで守った者たちにこそ、その言葉は贈ってやるべきだろう。まあお前の手当がさきだがな。お前ほどの者が誰にやられた」

「万極だ。別のことに気を取られてぬかったわ」

「あの不気味な将か」

「それと………龐煖だ。龐煖が姿を現したと、殿に」

「龐煖がでたのか。王騎様より道中で知らされてはいたが、本当に生きていたのか」

朱錐と干央が会話を重ねていると干央からの報を受けた録嗚未が数千をひき連れて到着した。録嗚未軍を視認した干央は折り入って頼みがあると切り出した。

「飛信隊の姿がここにはない。おそらくだが、いまだ万極に追われているはずだ。どうにか助けてやりたい」

と録嗚未の到着で活気づいた野営地で、「飛信隊の救援」を願い出ていた。干央によると、隊長の信は飛信隊の仲間と連携して龐煖に一太刀を浴びせたという。しかし、龐煖の反撃に膝をついた信はそのまま気絶。その後は軍同士が入り乱れることになったという。

 

「あの者はまだまだ伸びるはずだ。ここで無為に死なせるわけにはいかぬ」と。

 

朱錐は干央の申し出を受けると、すぐに録嗚未に後事を託した。

そして、虎豹に伝令を出して、軍を集結。虎豹と玄象、他精鋭三百を飛信隊の捜索に当たらせると、朱錐は李豹を連れて、あえて目立つように軍を動かした。

 

その頃、戦場となった野営地から辛くも脱出することに成功した飛信隊であったが、万極による苛烈な追撃を受けていた。ただ一つ幸いなことに、追撃から包囲されるまでの一瞬の間に信の身柄は尾平や尾倒たちの活躍で隠すことに成功していた。

 

「ひ、飛信隊。き、貴様らはここでむ、骸をさらすのだ」

 

万極が殲滅の号令を掛けようとしたその時、慌てた様子の伝令が姿をみせた。

「伝令ッ! 万極様。こちらに向かって一軍が進軍しているとのことです」

万極は、その報告に山裾へと視線を移動させれば、確かにこちらに向かってくる一軍の姿が確認された。

「か、数はお、多くない。げ、迎撃しろ」

信を隠すことに成功していた飛信隊の生き残りは、万極軍の意識が自身たちから山裾の一軍に向いた隙を見逃さなかった。

「全員散るぞ、生き残るんだッ」

そうして、飛信隊は馬が駆け下りれない木々の隙間に飛び込んいく。万極は彼らの咄嗟の行動に面を食らったことで、ふいに冷静になるとおかしなことに気付いた。

「ふ、馮忌を討ったのは、し、少年ときく。い、なかったはず、だ」

そして、彼らが逃げた先は山の麓。そこは、すでに包囲網が敷かれている方角であった。

「や、やつらが下に、に、逃げたのはう、上にやつらのた、隊長が、い、いるからだ」

万極はここから山の頂上に向けての追跡を命じると、麓に迫る秦の一軍に向けて馬首を向けた。

 

「み、見つけ出してこ、ころせ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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