彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第33話になります。


第33話

朱錐たちが野営地に帰還を果たした頃。

 

夜明け前に移動を始めていた蒙武率いる蒙武・隆国の連合軍は、趙本陣を捉えていた。

 

「あれが奴らの本陣だ」

 

太陽が顔を出し始めたのを確認した蒙武は、眼前に拡がる趙本陣を見下ろすと自軍三万の兵に向けて猛りを解き放つように号令を発した。

 

「決着の時だ。趙荘を討ちこの戦を終わらせるぞ。全軍で突撃する。俺に続けぇッ」

蒙武・隆国連合軍三万は号令とともに趙本陣に突撃を開始した。

 

同刻。

 

蒙武と行動をともにしていた隆国が上げた狼煙によって 事態を把握した王騎は、本陣からの進軍を開始した。

 

「敵本陣発見の報せですが、随分と奥深くに構えたものです」

 

王騎は、思考を纏めるように声を発しながら次の一手の下準備を始めていた。

「録嗚未に伝令です。同様に、本軍が通過後、鱗坊、同金にも出しなさい」

 

太陽が頂点をむかえた頃、王騎は本軍の移動速度を緩めると本陣から上がる旗の確認をさせた。この旗は、本陣を起点にして各軍長に情報を伝えるものである。また軍長から上がった旗で情報を集約する役目も担っていた。

 

「殿。隆国からの反応がないようです」

「趙本陣発見の狼煙から、随分と時間が経過していますね」

王騎は副官騰からの言に、敵本陣に突撃しているであろう蒙武・隆国軍の動静がわからないことに、違和感を覚えていた。

「騰」

「ハッ こちらからの呼びかけに隆国からの返答がない。ということは、殿の禁を破ってさらに奥へと分け入ったと推察されます」

「その通りです。隆国が付いていてなお、そのようになる事態となれば答えは一つでしょう」

「龐煖ですね」

王騎は騰との会話を重ねることで己の考えを補完すると「蒙武・隆国の両軍がよくない状況に置かれている」との予測は間違っていないと判断した。ゆえに、録嗚未からの返答を受けた王騎は行軍速度を速めた。

 

そして、王騎は本軍一万とともに、狼煙が上げられた場所に到着した。そこは確かに趙本陣であったが、趙軍、秦軍のどちらの姿もなく、戦いの爪痕だけが残されていた。

 

王騎は、軍を一旦そこに留めめて斥候を放ち、状況の把握に努めた。そして、斥候が戻るにつれて、この場所で何があったのかを知ることになった。

 

それによると、蒙武・隆国軍の強襲は成功して、序盤は優勢に戦いを進めたが、本格的に迎撃にでた趙軍により勢いは衰えたこと。さらに、現れた龐煖の背を追う形で更なる山奥へと両軍は消えたことがわかった。

 

王騎は簡易的な軍議の場で参謀として連れてきている幕僚の言に耳を傾けていた。

 

「先ほど帰ってきた斥候から、蒙武・隆国軍は落石の計でおよそ半数を失ったことが判明しました。その後も龐煖の追撃はつづけているようですが、さらなる罠に苦しめられていることは容易に想像がつきます」

「敵総大将が目の前に現れれば、誰であろうと追ってしまうことに不思議はない。殿、如何為されますか」

 

「………今、蒙武が受けている罠は本来ならば私に使うべき策のはずです。それを惜しみなく蒙武に使われているとすれば、最悪、蒙武は死ぬことにもなりかねません。ですが………」

 

王騎は、今語った自身の言葉とは裏腹に、仮に、己が蒙武の状況に置かれたと思考して、この罠に嵌るほど引き込まれたであろうか、と自問をしたが、答えは否であった。龐煖という存在は確かに趙軍総大将として、大きな首級である。

しかし、両側を断崖に遮られた狭路といういかにもな地形に入り込んでまで追跡する要因足りえるだろうか、と自身に置き換えて考えた時、些か頼りない印象を抱いていた。

 

「殿?」

言葉を発してから微動だにしない王騎を心配した幕僚の一人が声を掛けたが、騰は口の前に人差し指を立てて静かにするようにと無言で訴えた。

 

 

どこのどなたかがこの絵図を描いたのかわかりませんが、私と龐煖の因縁を利用して、ここまでの舞台を用意した上、さらには、戦場にすら姿を見せていない事実は賞賛に値します。もし仮に、今のこの状況すらその者の手の平の上であったとするならば、この先に、私を確実に仕留める仕掛けがあるのは明白でしょう。

ですが

 

 

「どうやら、一つ、思い違いをしているようですねぇ ンフフフ」

 

王騎は、思考を纏めると蒙武・隆国軍の救援と併せて趙軍、さらには趙荘を葬るために進軍することを決断した。

 

その頃、蒙武・隆国軍は、趙荘の仕掛けた策に嵌り、徐々に窮地へと追い込まれていた。

蒙武・隆国軍三万による突撃当初は、強襲したこともあって優勢にことを進めていた。しかし、状況を理解した趙荘の行動は素早く、突撃の勢いそのままに駆けてくる秦兵を張り巡らさせた防御柵に巧みに誘導しては、反撃に転じて、その勢いを殺していった。

そして、総大将龐煖を囮に使うという大胆な策で蒙武を狭路へと釣り上げると落石の計を使ってその多くを葬った。さらに、狭路で身動きが限定されている蒙武・隆国軍を伏兵で前後に分断しては、殲滅していた。

なんとか狭路を抜けた蒙武・隆国軍であったが、すでに当初三万いた兵は三千にまで減らされて、さらには、包囲されるまでに至っていた。

 

「敵と距離を空けずに戦うのだ。空ければ弓に射られることなるッ」

狭路のなかで幾度となく伏兵にあって重傷者を多数抱えたの状況で乱戦を続けることは、愚策であるにもかかわらずに、隆国は即座に殲滅される事態を避けるために、苦肉の策ではあるが乱戦の状態を保たせていた。

「この私が付いていながら、何という様か」

隆国は、自虐を多分に含んだ物言いをしながらも、状況を好転させる策を模索していた。が、

「この状況では、もはや時間の問題か………」

狭路を抜けた先にあったのは、断崖に囲まれた釣り鐘状の形をした平地であった。すでに入ってきた狭路は塞がれ、背には断崖を背負っている。また、初日に力で包囲をうち破った蒙武にも幾度となく襲ってきた伏兵によりその力は奪われていた。

 

蒙武・隆国軍は三千、二千五百、二千と削られ続けて、すでに千にまで迫ろうとしていた。

 

「ここまでか………。ッ、あれは」

 

隆国は砂塵の先に見える旗には秦の文字を風に靡かせた王騎本軍の姿をみた。

 

「来たか。ここが貴様の死に場所になるのだ。王騎よ」

 

趙将趙荘は、王騎がこの地に出現したことに歓喜していた。それは、開戦から五日目の今に至るまでの過程、そのすべてがこの場所に集約されているからに他ならなかった。

 

「もはや死に体の蒙武は捨て置け。ここからが本番だ」

趙荘は決意を言葉に乗せるように、号令を発した。

 

「大天旗を掲げよ。 この地にて王騎を討つッ」

趙国の大天旗とは、かつて列国にその名を刻むほどに猛威を振るった三人の大将軍のみが使用することを許された旗のことで、趙国の武の象徴が存在する証の旗でもある。それを掲げたという事実は、この場に比肩する人物がいるという証明に他ならなかった。

 

故に、趙軍の士気は大いに盛り上がることになった。

 

「大天旗ですか。ンフフ 龐煖さんが三大天を名乗るとは、どんな茶番なのでしょうねぇ」

王騎の目からみて、龐煖という存在が軍を率いることはない、と断言できた。

「まあその飾りにも効果あるのだから、存外に侮れない所が妙ですが」

実際には軍を率いなくても「大天旗を趙王から授かった」という事実があれば、兵を鼓舞する力となり、つまりは、それだけかつての三大天の名が凄まじい力を示していた証左であった。

 

「こちらも六将旗を掲げましょうか」

 

「ンフフ そんなものはありませんよ、騰。ですが、久しぶりにあれをやっておきましょうか」

 

信とその信が隊長を務める飛信隊は、録嗚未軍の野営地から、王騎将軍に合流する動きを見せた兵に混じる形で、この地の戦いまで足を運んでいた。

 

そして、対峙する趙からの士気が爆発したような歓声に身震いをしていた。

「あっちはすげえ騒ぎだ。こっちも向こうみたいになんかやるべきじゃないのかよ」

 

信が敵の雄たけびに少しばかり気圧されていると、自軍の端から歓声が沸き、それが徐々に自身に近づいていることに気付いた。

そして、なにが起こっているのかわからないままに歓声のような雄たけびに飲み込まれた頃、悠然と矛を掲げた王騎の姿を信は目にした。それは、ただ本当に、王騎が矛を掲げて駆けているに過ぎない姿であるのに、信の胸の奥にあった闘志に火を点けると熱く燃え上がらせた。

 

胸の内から湧き上がる力に背を押される。

 

「これが、大将軍ってやつなのか」

信は王騎大将軍という存在の大きさを肌で感じとっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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