彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第34話になります。


第34話

趙国による馬央侵攻から始まった戦いは、ついに両軍総大将が対峙する刻を迎えていた。

 

「開戦から五日。………、いえ。因縁からは九年ですか。生きしぶといあなたには、ここで消えてもらうとしましょうか」

 

「囀るな、王騎よ。貴様に敗れたのは我がまだ未熟であった。ただ、それだけだ。天に我を示すがため、ここで貴様を殺す」

 

「三大天など、どんな茶番かと心配していましたが、安心しましたよ。お変わりないようで」

王騎は、徐に目を閉じると、熱く輝いていた「………大王様」あの日々に惜別を告げた。

 

「貴様を殺す」

 

「もはや、あなたに言葉は意味を為さないのでしょうねぇ」

 

 

時は両軍の士気が鼓舞された場面まで遡る。

 

「では、始めましょうか。騰。行きなさい」

王騎は士気が最高潮に高揚していた瞬間を見極めると副官騰の騎馬隊に突撃を命じた。騎馬隊は趙軍が迎撃のために放った矢を右へ左へと転回して二度躱すと左、中央、右軍の三軍からなる趙軍の左軍に飛び込んでいった。

王騎は、騎馬隊の突撃に合わせるように、信を含めた歩兵部隊を左軍に突撃させた。歩兵部隊もまた迎撃のために放たれた矢を左に転回して交わすと進路を変えたまま敵中央本陣に目がけて進軍した。

けれど、騎馬隊とは違って歩兵の速度では奇襲とはなり得ず、逆に敵前列の部隊が前進して信たち歩兵部隊の横から喰らいつく形となって打撃を与えた。

信たち歩兵部隊は敵の横からの攻撃によって分断されることになったが、そこに、一切の悲観はなかった。

 

「すげえ。本当に王騎将軍の言った通りだ」

 

敵味方入り乱れる乱戦となった最中、信は、ただただ、王騎の思い通りに進む戦いに驚きを隠せなかった。

 

ただ、趙荘の判断はあながち間違っているわけではなかった。

 

敵歩兵部隊が弓矢を嫌って転回したことで、隊列の弱点の一つである横腹をこちらに見せた所を正確に攻撃しただけである。

ただ、それは王騎が騎馬隊を突撃させた瞬間から、趙荘ならこの策に掛かると過程を踏むように軍を動かしていなければ、である。

 

敵左軍と中央軍前列が信たち歩兵部隊に釣られて前進したことで、本軍の守備は薄くなり、その敵の後ろを回り込む形で王騎本軍は本陣目掛けて突撃していた。

「歩兵の皆さんは良い仕事をしました。次は私たちが仕事をする番です」

王騎が先頭を駆ける本軍は、趙中央軍をものともせずに切り裂いて、趙荘に迫っていた。

「王騎めッ。………俺では及ばぬか。だが、まだ終わらせはしない。最後まで付き合ってもらうぞ」

趙荘は迫る王騎軍からすこしでも距離をとるため、釣鐘状になっている窪地の奥へと本陣の移動を開始していた。劣勢に立たされた直後に、実質的に戦の采配をしていた将が背を見せるように移動するのは、士気低下につながる愚策ではあるが、趙荘は構うことなく実行した。

 

すべては王騎を討ち取るという大義のために。

 

逃げる趙荘、追う王騎。すべての力関係を示すような構図は秦軍を大いに盛り上げ、翻って、趙軍には敗戦の気配すら漂い始めていた。

 

そこに、水を差すように王騎の前に姿を見せたのが、さきの龐煖であった。

 

「我こそが武神龐煖也ッ」

己を鼓舞するように声を挙げて王騎に突撃して矛を振り下ろした。

 

両軍総大将は、一騎打ちとなって剣戟を交わしていた。自らを武神と名乗り、こと個の武芸においては無双を誇る龐煖に対して、秦国六大将軍の一人であり、その名を中華に轟かせた王騎の一戦は、一進一退の攻防が続いた。

 

その間にも、戦は進んでいく。

 

王騎が龐煖に足止めされたことで、一息をついた趙荘であったが、それもつかの間のことであった。左軍に食い込んでいた王騎軍副官騰の騎馬隊が迫っていたのである。

「奴も化け物の類か………」

本陣を後方深くに布陣しなおした趙荘であったが、騰騎馬隊を前に数では勝っていながらもなお劣勢に立たされていた。

 

「龐煖様が王騎さえ討てれば、勝利が決まるというのに………」

趙荘は、同じく趙本陣に控える側近の言葉に反応して言葉をこぼした。

「馬鹿をいうな。今、この趙軍の指揮系統はこの本陣がすべてだ。もちろん、龐煖様が王騎を討てるのが最善ではあるが、その逆は最悪でない。この本陣さえ残っていれば、我らの勝利が決まるのだ」

「なっ、ちょ、趙荘様そ、それはどういうことでしょうか」

 

「いや、今のは口が過ぎた。忘れろ。それよりも、奴らの突撃を留めることの方が先決だ。守備隊を進路に並べて時間を稼ぐぞッ」

 

王騎、龐煖の拮抗していたかにみえた戦いの天秤は、動き出そうとしていた。

 

「一人山に籠っているあなたには、理解できないでしょうが、この双肩には数え切れないほどの想いが背負われているのです」

 

「語るに足りぬッ。武は想いなどに左右されぬ。弱きは地に伏し、強きは天に示す。それが世の理だ」

 

苛烈に続いていた剣戟は、技量で勝る龐煖を王騎の蓄積された経験が上回り、龐煖は一方的に受けに回る展開となってからは致命傷を避けるので精一杯となっていた。二人の強さは端的にいって、個と個で見れば間違いなく龐煖が勝っていたであろう。それほどまでに、龐煖は武というものを突き詰めてすべてを捧げていた。けれど、群として中華を駆けていた王騎が持つ数多の経験は、それを陵駕していた。群を経て個となった王騎の矛は、個を突き詰めた龐煖の武を上回っていたのだ。

 

天秤を動かしたのは他ならない想いの重さであったのか、ついに王騎の矛が龐煖を捉えようとしていた。

 

「お別れです。趙軍総大将の龐煖さん」

 

「………」

 

だが、振り被った矛を王騎は振り下ろさなかった。なぜなら、手を止めざる負えないほどに大地が震動を示したのに気づいたからだ。

 

「ここで新手の登場ですか。これは骨が折れますねぇ」

 

王騎は自身の予測を超えて、今この時に現れた敵援軍を見据えると、矛で「トントン」と肩を叩きながら思考を先に進めて、全体図を作り変え始めていた。

 

釣鐘状の窪地となった戦場に蓋をするように現れたのは、趙の援軍、およそ四万であった。これにより、現在の状況は、釣鐘の奥に趙荘本陣、次に騰騎馬隊、その先で王騎と龐煖が一騎打ちの形で左右に分かれている同数の両軍の姿、そして、その蓋として現れた趙軍四万である。

 

「大天旗を掲げよッ」

新たに現れた趙軍がまず示したのは、趙三大天の存在であった。二人目の三大天の出現に釣鐘奥に追い詰められていた趙軍の士気は大きく鼓舞された。

 

「大天旗ですか………。ンフフ。なるほど、あなたはそこにいるのですねぇ」

 

翻って、秦軍の士気はどん底へと陥っていた。戦い終盤の盤上に覆いかぶさるように出現した大軍は、すでに多くの疲労を抱えた彼らから戦う気力すら奪い去さろうとしていた。

 

「ようやく、ようやくこの時がきましたな。李牧殿」

趙援軍四万の本陣には李牧を含めて三人の姿があった。

「魏加殿、はい。すべては王騎を確実に討つために、贋門からの情報を封鎖したのですから」

 

李牧とは、蒙毅や河了貂たちとこの戦を観戦するために、帯同していた人物と同一である。また、趙が誇る大将軍、趙三大天の一人である。また、隣に並ぶのは、中華十弓が一人、魏加であった。

 

「それにしても、彼らには申し訳ないことをしてしまいましたが、戦ですから承知してもらう他ありません」

李牧は、王騎を討つ盤面が揃ったことで、ふと一晩だけとはいえ帯同することになった者たちのことを案じていた。

「李牧様。あいつらだって、命があるだけマシでしょう。李牧様じゃなかったら殺されてる所だったんだから」

「カイネ。そうかもしれませんが、秦人だからと無暗な殺生をしては、新たな争いをうむだけです。ですので、私が特別なわけでありませんよ」

 

カイネは、李牧のこの穏やかな気性を好ましいと感じてはいる。が、実際の問題として、趙人の秦人に対する怨念とも呼べるものを少しでも理解している側としては、李牧はやはり特別な思考をした人物であり、慕うに値する人だと改めて想っていた。

 

李牧に彼らと呼ばれた人物に目を向けてみよう。

時刻は、王騎本軍が釣鐘状の窪地に到着する前まで遡る。

 

「残念ながら、この戦の趨勢は、ここからでは望めそうもありませんね」

李牧が発した言葉に蒙毅は「それは仕方がありませんよ」と返してさらに続けた。

「今の所、両軍の大隊はそれぞれが睨み合ってほとんど動きがない上に、趙本陣は、完全に視えなくなりました。秦本軍もそれを追うように到達後、さらに奥へと消えていきましたから」

「ええ、その通りです。この戦いのすべては、ここから視ることのできない両本軍が対峙している場所にこそあります」

「こそあります。とは、李牧殿は、何をお知りになられているのですか」

「ふむ。蒙毅殿は本当に聡明な方のようだ。あなたは将来立派な方になられることでしょうね」

「茶化さないで頂きたい。李牧殿。ことの次第によっては、このままお返しできなくなりますよ」

蒙毅は佩いていた剣の柄に手を駆けて李牧を見据えていた。それに河了貂とともに近くで座っていたカイネが「李牧様になにをッ」と立ち上がろうした。が、李牧が手をの平を見せて制止させた。

 

「そうですね。では、少しだけお話しましょうか。今なら何か一つだけになりますが、正直にお答えすると誓いましょう」

 

蒙毅は、李牧の言葉は本心であると察すると、提案に乗る形で剣の柄から手を放して、思考の海に沈んでいった。

 

何を聞くのが正解だ。

もとより李牧という人物の得体はしれない。だが、李牧殿の見識の高さにあの身のこなし、さらにはカイネという護衛が付いている点から見ても、どこかの名家の当主や王宮の要職についていたとしても、驚きはしない。けれど、寡聞にして李牧という名をきいたことすらない。ということは、少なくても秦人ではないのは確かだ。それに、この地に詳しい事に加えて、この戦いを観戦に来たということは、趙人の可能性が高いこともわかる。だが「何が目的か」を聞いたとしても、それは核心と言えるのか。或いは、魏人、楚人。だめだ、どれが正解かわからない。

 

だが、蒙毅が思考の海から帰還を果たす前に、事態は動いた。遠くから近づく振動によって、思考から浮上した蒙毅が古城跡から下を眺めると、そこには、趙旗を掲げた軍の姿があった。

 

「趙軍がなぜここにッ。いや、李牧殿が趙人という証左。ならば聞くことは一つ。貴方は何者だ」

 

「何者、ということですが、もちろん、李牧という名のことではないでしょうね」

「ッ趙軍が迎えを寄越すほどの人物であるあなたの正体をお教え願いたい」

 

「よい質問です。私は、趙の三大天の一人である、と言えば今のあなたにはすべてが伝わるでしょう」

「李牧殿が三大天、その軍がここに。そんな………まさか」

蒙毅は李牧の先ほどの言葉からその目的を察したように顔色が変わっていった。

 

「あなた方は最初から私の手の平の上にいたのですよ」

 

 

 

 

 

 

 

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