彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第36話になります。



第36話

「このまま崖を背に、左方に進行しならが敵の綻びを探します」

 

王騎は龐煖から距離を置くと、新たに作られた指揮拠点に入ると各所に指示を飛ばした。そして、先んじて突撃を開始した敵第一陣との衝突を凌ぎ始めた自軍を前にしながら、思考をこの場からその先へと進めた。

 

 

一先ずですが、これで第一陣はしのぐことができるでしょう。ですが、敵援軍はおよそ四万、それに、趙荘の残兵が六千といったところ。対して、我が軍は、離れている蒙武・隆国軍の千程度を合わせても七千と少し。蒙武、隆国の所も気に掛かりますが、今は彼らの力を信じる他ないでしょう。

打開策とまではいきませんが、敵本陣に対して、意図的に左方向に我が軍をずらさせていますが、狙いを読まれていますね。鈍い方ならこれだけでも効果は期待できるのですが、この様子では無駄骨となりそうです。厚みも距離も均等にすることで指揮による誤差を生じさせない手腕は流石ですね。

さらに、兵力差を活かしての力技ではなく、どっしりとしたこの動き。こちらの戦力を削りつつ疲弊させる狙いでしょう。

この状況では、時間の経過はこちらにとって不利。どうにか打開したいところですが、まあ、易々とさせてくれるような将なら、こんなことにはなっていませんからねぇ。

まったく、机上だけの策士とは違い、実を知る智将というのはやっかいなものです。

 

今できることは一つですね。

 

 

「今は耐える時です。機は必ず訪れます」

ンフフ、麃公さん的には火の起こし所を探す感じですかねぇ。

 

李牧は、王騎の読み通りに無暗な力技に出ることなく「大軍に奇なし」と平地戦の常套手段を用いて王騎軍を徐々に削り取っていた。

そこにカイネは、ちょっとした疑問を呈した。

「李牧様。いくら過去に猛威を振るった秦六将の一人とはいえ、数倍の兵の差があるというのに慎重すぎではないですか。匈奴相手でもここまでのことはされてなかったのに」

李牧はその疑問に簡潔に応えた。

「カイネ。兵力の差はもちろん承知しています。今は、無茶をせずにじっくりと戦うことに意味があるのです。半端な策では、逆に、挽回の機を敵に与える可能性があります」

カイネは「なるほど………」と呟いてはいるが、どこか納得しきれていない様子が窺い知れた。そのため、魏加はもう一つ付け加えるように言葉を発した。

「李牧殿は、策を用いないという策を使われているのだ。王騎程の傑物となれば、策一つでこの場を逃げ切る所まで描く可能性すらある。だが、策を用いないことでつけ入る隙をなくし、さらに、万事満遍なく兵をぶつけることで身動きすら封じる。これならば、どのような策士がいたとしても肝心の策を差し挟む隙間すら作らせることはない」

「つまり、今のまま続けられれば、必ず勝てるというわけですか」

李牧はカイネの言葉に頷きながらも付け加えた。

「私は、必ずという言葉は好きではありません。なぜなら、戦の勝敗に必ずという言葉は存在しないからです。ですから、常に思考を働かせて、相手の変化を見逃さないように心掛けています。今も敵騎馬隊がこちらに進路を向けていること、そこから何を描けるのかを考えています」

李牧が最後に指摘した通り、趙荘を討った敵騎馬隊は、馬首をこちらに揃えて突撃を敢行していた。

「ふむ、では、私が牽制しておこうか」

「魏加殿。ならば、よろしくお願いします」

 

魏加は言葉を残すと敵騎馬隊に弓を射るべく高台を設置させた。

 

「中華十弓が一人。魏加の弓を御覧に入れよう」

 

「ムッ」

騎馬隊の先頭を駆ける騰は、不意に飛来した弓矢の軌道を剣で変えることで事なきを得た。

「皆の者、射手がいる。おそらくは手練れ、気よ付けよ」

「騰様。騰様は我らの影にお下がり下さい。万が一があってはーーー」

「よい。この距離で、ましてや方角すら判っていて、私に当たることはない。前をみよ。次が来るぞ」

 

騰は敵射手の存在を無視して本陣を目指した。

 

 

「この魏加の矢が見えているのか。面白い、受けてみよ」

魏加は興が乗ったように、第二射、三射と矢継ぎ早に放っていった。

 

 

対して、騰は飛来する第二、第三の矢を顔色を変えずに受け流した。

 

 

「うむ。見事だ、秦将よ。だが、お主以外はどうかな」

魏加は己の矢を苦も無く受け流す騰に執着することなく、標的を変えた。

 

 

次の瞬間には、騰の横を走っていた者が矢を頭に受けて落馬した。

「っム そうきたか。私が狙いならどうとでもなる。だが、この状況で止まるわけにはいかぬ」

 

 

魏加は騎馬隊が進路を変更しないことをみてとると、笑みを浮かべた。

「なるほど、止まらぬか。ならば、こちらは射つづけるのみよ」

 

中華十弓の名は伊達ではなく、弓が弧を描くたびに、騰騎馬隊の精兵が一人、また一人と脱落していった。

 

 

王騎は高台の射手からの攻撃を一身に受けている騰騎馬隊の姿に「まずいですねぇ」と状況の悪さを察した。

 

それは、騰騎馬隊の構成に起因していた。

 

騰本人は言うまでもなく統率者として、人体であれば、頭脳を担う。では、全身に血液を巡らせる心臓部。その正体が突破力を維持できる最小単位を率いて戦える指揮官級の精鋭たちであった。彼らが隊を変幻自在に動かす原動力を担うことで、騰騎馬隊は、どのような困難な戦場であったとしても即時対応を可能にして活躍してきたのである。

 

けれど、趙荘本陣の突撃に加えて援軍本陣への度重なる突撃によって数を減らした今、隠されていた心臓部がさらけ出されていた。

 

ただ、中華十弓の一人、魏加は、そのようなからくりを承知しているわけではなかった。というものも、彼がこれまで戦場で培ってきた眼力を持ってして、先に射るべき敵を見極めているだけであったのだが、それが、結果として指揮官級の精兵が撃ち抜かれる事態に発展していた。

 

 

ところ変わって、秦趙両軍が入り乱れる局地では、波のように押し寄せる敵との激しい白兵戦が繰り拡げられていた

 

「どぉッうりゃあぁぁッ」

信は咆哮を挙げながら押し寄せる趙兵を切り伏せていた。

「ッ しつけえぞッ 邪魔だどけぇえッ」

己の力を振り絞り多くの敵を斬り伏せていたが、致命傷を受けてなお食い下がる敵の気迫に押され始めていた。

「はぁ はぁ はぁあ、くそがぁあ 斬っても切っても終わらねぇ」

 

いまだに闘志は熱く燃え上がってはいても、躰は正直なもので、疲労による限界を迎えようとしていた。

 

それは、躰が呼吸を欲して、意識がうちに向いた一瞬のことであった。

 

「死ねぇええ。秦の糞餓鬼めッ」

 

意識が再び外を向いたときには、剣が頂点から降下する直前であった。

 

「ッしまっーーー」

躰は動くことを拒否するように硬直、ただゆっくりと落ちる死を眺めるだけになっていた。

 

 

「油断するな」

 

敵の首がゆっくりと躰から離れていく。次の間には、付近にいた趙兵が斬り伏せられた。

 

スッと地に降り立つのは見知った後ろ姿。

 

安堵ととに声を掛けようとした信の目の前では、膝から崩れ落ちる羌瘣の姿があった。

「ふぅッ…ふぅツ……ふぅッ………」

荒い息は躰の限界を如実に表し、額から零れ落ちる汗は尋常な量ではなかった。

「羌瘣ッ。お前無理してんじゃねぇよ」

慌てて駆け寄り、抱き起そうとした信の腕を払う羌瘣。

「む、無理じゃない。ふぅッ………まだ戦える。約束…した」

「ッ痛、なんだよ。ん、なんだ約束って」

「ふぅ……ふぅ…こっちの話だ。お前にかんけ、ふぅ……ない」

羌瘣は何とか呼吸を落ち着けて立ち上がると戦場を見渡した。横には「ッチ なんだよ心配してやったってのによぉ」と愚痴を吐いてはいるが幾分か呼吸の整った信の姿があった。

 

そして、羌瘣はふと龐煖がいる方角に目を向けた。

 

そこには、重装盾で前面を抑えて、回り込もうとする敵は軽装盾で足止めを行いそれと同時に、狩場に巧み誘い込んでは、遊撃隊が丁寧に刈り取る部隊がいた。そして、時折、大地を穿つ音を響かせる指揮官であろう男の姿に目を止めた。

 

「………あの面の男、どこかで」

 

「どうした、羌瘣。龐煖が気になんのかよ」

「違う。確かに龐気にはなるが、今は別だ。あの指揮官だ」

羌瘣の指指す方角には、棍棒を片手に全体の指揮を執る男の姿があった。

「確か干央軍長とかと同じ軍長って話だぞ」

「お前を助けた部隊だぞ。名ぐらい覚えてろ。朱錐とかいうやつだ」

「おい羌瘣、その話本当なのかッ。その朱錐だかの部隊のおかげで尾倒のやつは助かったんだぞ」

羌瘣は「普通はすぐに聞くだろう」と信じられないとばかりに目を見開き言葉を返した。

「………知らずにいたのか、お前」

流石の信もバツが悪い表情をすると理由を語った。

「尾平のやつが弟が死んだなんて下らね悪戯しやがったから、シメてたんだよ。そしたら、すぐにこうなったから聞く暇がなかったんだっつうの」

 

羌瘣は「呆れたやつだ」と言葉を吐くと、やれやれとした雰囲気を醸し出した。

 

「羌瘣。おい、それは尾平にいってんだよな」

羌瘣は、プイっと背を向けると「どっちもだ」と呟くと再び戦いに身を投じていった。

 

「待て おいッ ッチ あとで問い詰めてやる」

 

 

局地戦が激しさを増していく最中、秦軍では一つの動きが出ていた。

 

「合図を出します。旗を掲げなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第36話でした。
騰騎馬隊のからくりのお話は、完全に想像です。
想像のもととなったのは、趙荘本陣に突撃する騰騎馬隊が三隊以上に分かれている図からです。

オギコオギコオギコは番外編とします。
番外編っていい言葉。ナイスです!
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