彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第37話になります。


第37話

「あれはーーー」

 

李牧は王騎本軍の位置から上がった秦旗に見入っていた。同じように旗の存在に気付いたカイネは、李牧に尋ねた。

「何かの合図でしょうか」

「わかりません。ですが、変化はあるはずです」

 

戦場を俯瞰してみると李牧の言葉通りに一つの変化が起きていた。

 

「敵騎馬隊は方角を変えています。どうやら、この本陣への突撃を諦めて、脱出を図っているようです。第4陣隊と第5陣隊の継ぎ目をうまく抜けられています」

李牧は、物見からの報告に耳を傾けながらも、違和感を抱いていた。

「王騎の副官、名は騰でしたか。的確に弱い所を突いてきますね。ですが、今の王騎軍にとって、あの騎馬隊は死中に活を求める一手を指す部隊であるはず。それをただ横切らすように脱出させるのは………」

李牧はぬぐえない違和感を前にして、起こり得る可能性を思案していた。

「………敵に援軍の気配はありますか」

「いえ、今の所は確認されていません」

「引き続き敵騎馬隊の動向を注意深く追ってください。なにか動きがあるはずです。それと、念のためですが、本陣の位置を少し中央に動かして、厚みを作ります」

「秦の大隊は各将軍が抑えていると云うのに、どこからか援軍が来ると?」

背後から聞こえた声は牽制とは名ばかりに騎馬隊を射殺した魏加であった。

「魏加殿。戻られましたか。はい。数は多くないでしょうが、可能性はあるかと」

「恐いお方だ、李牧殿は。これほどの智謀を持ち得ながらも一切の油断を感じさせない」

 

「それは買いかぶり過ぎですよ。私は小心者なだけです。だからこそ、仮にこの状況を覆せる一手があるとするならば、奇襲からのこの本陣の強襲である、と判断しただけです」

 

 

騰騎馬隊は、釣鐘状の平地の底である最奥付近で趙荘を討ったのち、目標を新たに現れた援軍の本陣に定めると突撃を開始。対して、趙軍は王騎本軍を正面と定めて布陣していた。そのため、趙軍の隊列は釣鐘の底から見て王騎本軍がいる左の崖に沿うように斜めに布陣する形となっていた。つまり、騰騎馬隊は趙軍から見ると左方斜めからの突撃になっていた。そこから前線を切り分けて侵攻を果たしていた最中に、魏加の弓を受けることになった。そのあとすぐに、本軍から退却の合図があったために進路を変更。この場から最速となる退却経路というのが趙軍を横断する形であり、騰騎馬隊は継ぎ目を縫うようにして趙左方から右方への横断を果たすことになった。

 

「我らはこのまま蒙武、隆国の両名を拾って退却する」

騰の言葉に、真意を問わねばならぬと側近の一人が声を挙げた。

「騰様ッ それでは殿が孤立してしまいます。我らなくしてこの戦況の打破は難しいと言わざる負えません」

騰は側近の言葉に想いは同じであると肯定を示したが、答えを変えることはなかった。

 

「それは、わかっている。殿の指示なのだ。聞き入れよ」

 

 

「敵騎馬隊は蒙武軍の生き残りと合流して、退却に入った模様です」

李牧は、その報告を受けると眉間にしわを寄せて言葉を発した。

「退却………。蒙武を助けるのわかる。ですが、なぜ、今なのだ………」

カイネは思考を整理するように言葉を発する李牧に声を掛けた。

「少しでも有能な将を生き残らせるためではないですか」

その言葉を数瞬吟味した李牧であったが、その可能性を切って捨てた。

「それはありえません。確かに、詳報を聞く限り、蒙武、それに敵騎馬隊の指揮官騰、この二人は傑物の類でしょう。ですが、こと中華という舞台から目を向けた時、王騎という存在は彼らとは一線を画します。彼らが生き残ることよりも『王騎は存命である』という事実一つのほうが、はるかに重い。趙三大天然り、秦六将とはそういった存在なのです」

「追撃は、如何いたしますか」

李牧は王騎の意図を読みかねていた。しかし、王騎本人がこの場にいるという事実から最善と思われる手を打った。

 

「三千をだして追ってください。ただし、深く追う必要はありません。敵が反転してきた場合は守勢を保ってこちらに介入できないようにして頂ければ十分です。極論になりますが、此度の戦は王騎さえ討てればよいのです」

 

 

この少し前。山深い戦場で秦軍とにらみ合っていた趙軍の各大隊長は困惑の最中に落とし込まれていた。

 

「敵大隊が右翼の万極軍側に移動しているだとッ」

報告をうけたのは、趙左翼の将として、鱗坊・同金軍と対峙している、李白と公孫龍であった。

「どう考える、公孫龍。先ほどの話からも、我らは奴らをここに釘付けにする役目であろう」

李白はこの少し前に、王騎という存在の大きさを鑑みて、趙荘の援軍として軍を動かそうとしていた。だが、駆け付けた公孫龍に制止させられて、この戦の裏、つまりは全貌を知るに至っていた。

「その通りだ。李白。やつらが右方に軍を動かすというなら、我らも移動する。間を抜けられるわけにはいかないからな」

 

「相分かった」

 

 

鱗坊・同金軍は、そのまま万極軍と対峙する録嗚未軍に合流を果たすと、間髪入れずに万極軍に激しい攻撃を始めた。

 

突如として、秦兵の数が膨れ上がる形となった戦いは、一方的に秦軍が攻め立てる展開となり、趙将万極は幾度となく綻びる陣形を立て直し、突破された場所には、すぐさま予備兵を投入して穴を塞ぐなど、対処に奔走する羽目になっていた。

だが、それも一時ほどのこと。初動を取られたうえに、遅延を狙った奇襲にあったことで出遅れていた李白・公孫龍軍が到着すると、秦軍は果敢に攻め立てていたのが嘘のように一斉に退くと、静かに守備に徹し始めたのだ。

 

「え、援軍か、感謝する」

 

「万極、我らは我らの役目を果たしたのみだ。しかし、やつらめ。奇襲でもってして一気に万極軍を抜くつもりであったか」

 

「うむ。多少は突破を許したようだが、戦況を左右する数ではない。それに、我らに奇襲は二度も通じぬ。全隊に通達しろ。やつらの動きからひとときも目を離すな、とな」

 

この時、趙軍大隊を率いる三将は、先ほどまで思惑が一致していたように動きを見せなかった秦軍が、突然、この奇抜な策を用いた真意を図り損ねていた。

 

秦軍の突破が成功したとしても、その先には趙軍四万に対して秦軍一万の戦場である。そして、仮にだが、秦全軍が突破を果たしたとしても、その後ろには万極・李白・公孫龍軍という同規模の軍が追撃することになる。戦況を俯瞰できれば、確かに、瞬間的に、王騎本軍一万対李牧軍四万対秦軍五万という形で挟撃する形は成立する。だが、あくまでも瞬間的に、である。なぜなら、すぐ後ろから迫る趙軍五万は李牧軍が壊滅する前に、軍の弱点である後方から秦軍を一気に壊滅に追いやることになるからである。

 

つまりは、この策が成ったとしても圧倒的に時間が足りていないのは明白であった。

 

彼らの思考がそこまで至っていたならば、この策は、賭けとして成立させるにはあまりにも分が悪すぎる。と気づいたはずであった。これには、秦軍の大隊を率いる三人の将が、あえて姿をさらしていることも思惑を勘違いさせる一役を買っていた。

 

 

「おい、本当にこれでいいのかよ」

秦将の三人は敵兵に姿をさらすように見渡しの良い丘に陣取っていた。

「録嗚未。あの方に任せておけばなんの心配もいらんさ」

「鱗坊の言う通りである」

「ッチ お前らの、その謎の信頼はどこから来てんだよ。確かに殿からの伝令に従ったけどよぉ。朱錐の副官ってだけだろうが」

「………同金」

どこか「まだ気づいていないのか」と呆れそうな顔を必死に真顔に戻す鱗坊の姿と、いつ気が付くのか楽しみだ。と「………」口を噤んむ同金の姿が、そこにはあった。

 

「おいッ 何を隠してるんだよ。お前ら」

 

 

再び戦場に目を向けよう。

 

李牧が放った伝令は、各大隊からの情報を受け取り帰還を果たしていた。

 

「敵大隊がすべて万極軍側に移動を………。ふむ、突破を図るための奇策にしては少々拙いものを感じますね」

「ここに王騎が捕まっている影響ですかな」

「考えられなくもないですが、それを王騎直属の将がした、ということに魏加殿は何か感じませんか」

「………確かに。違和感はありますな」

 

李牧と魏加がうんうんと頷きあう最中、カイネだけは別の見方を示した。

 

「そうでしょうか。お二人ともに、王騎という存在を買いかぶり過ぎなだけではありませんか。もしかしたら、単純に人を見る目がなかったってことかもしれませんよ」

 

「買いかぶり過ぎ、ですか」

 

李牧は、カイネの言葉に敵の存在を大きくし過ぎているのではないか。と、今一度、戦況を頭の中に描き始めていた。

 

 

現在、我が軍三万七千に対して王騎の持ち兵は五千と言ったところ。

早々に退却した敵騎馬隊は多く見積もっても千二百でしょうし、それには倍を超えて三千を出しているので、余程のことがない限りは、問題ないでしょう。

外の戦場では、公孫龍、李白、万極の三将が敵大隊を抑えています。こちらはほぼ同兵数同士が対峙していることもあって、早々に決着がつくことはないはずです。ただ、一気に万極軍を壊滅させて進軍するという奇策が気になるのも事実です。ですが、カイネが言う通り、愚将によるただの失策である。という可能性も捨てきれません。

 

 

「あの、李牧様?」

カイネに呼ばれたことで、李牧は思考の渦から意識を拾いあげた。

「すいません。少し考え込んでいました。カイネの言う通り、愚将による失策のかのうせ………」

ふいに李牧は口を止めた。

「どうされましたかな、李牧殿?」

李牧は魏加の呼びかけにも応じずに、違和感の正体を探っていた。

「………おかしい。王騎はこの場にいる。できるはずがない」

「なにがですか。李牧様」

「カイネ。それに魏加殿。後方にある戦場は山深い地です。そのために視界は効きませんし、即座に連携をとることは困難な地形と言えます」

「ええ、だからこそ、王騎をこの地に誘い出した」

「その通りです。ですから、なおさら妙なのです」

魏加は腕を組むと一人「ふむ、山深い地…連携……敵大隊の動き」と言葉を並べた。

「それで、妙、とはなんです」

「カイネはおかしいとは思いませんか。総大将不在の状況で敵大隊が二つ同時に動き出したことを」

カイネは、そこで初めて先ほどの詳報に違和感を抱いた。

 

大隊が二つ同時に、さらに片側に動くということは、戦場の全体図が大きく傾くほどの出来事である。

 

「あれ。それならどうやって………。あッ。あの本陣の旗ではないですか」

「いえ、旗には見える範囲に限りがあります。それに複雑な命令を伝えることは困難です。ましてや、それらを集約する役目の王騎がこの場にいては意味がありません」

 

王騎はこの場に釘付けであり、山深い別の戦場の状況を鑑みずに大きく動かすことは危険であり、同時に困難極まりないといえた。事前にそういった指示を出していた可能性がないわけではない。けれど、それは現実的であるとは言えなかった。それができるとしたら、この策を一から描いた趙側でなければならず、事実上は不可能であった。

 

「うむ。そうであるならば、先程の奇策の意味が変わってきますな」

「はい。明確な狙いがあったはずです。先ほどの報告をもう一度、詳しく、お願いできますか」

 

李白、公孫龍軍と対峙していた二つの大隊が万極軍に移動をしました。これを追うために両将軍は軍を動かしました。ですが、敵大隊が放った奇襲により大きく出遅れることになりました。そのため、一時的にですが、万極軍は移動した敵二軍からの激しい攻撃を受けることになりました。少数の突破を許したようですが、遅れていた二将の大隊が到着したことで、敵大隊は一斉に退きました。そして、万極軍と対峙するように敵大隊が元から布陣していた山に再布陣。こちらも、それに合わせて万極将軍が布陣していた山に李白、公孫龍の両将軍も布陣しているとのことです。

 

「待ってください。敵二軍といいましたね。それは、三軍ではないのですか」

「いえ、確認いたしましたが、移動した二軍だと報告を受けています」

 

「まずいッ 急いで布陣しなおします。各将に速やかに指示に従うように厳命してください」

 

「り、李牧様」

「説明は後です。敵が来ます」

 

李牧は瞬時に全体図を書き換えると、間髪入れずに多くの指示をだして、陣形の変更を急いだ。

 

 

「ンフフ これは、いけませんねぇ 誰を相手にしているのかを忘れてはいませんか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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