彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第39話になります。


第39話

「殿。遅くなり申し訳ございません」

 

「騰、それに隆国。あなたもよく来てくれましたね」

 

「いえ、私が不甲斐ないばかりに禁を破ってしまい、このような罠にまで………申し訳ありません」

 

「隆国、あなたはよくやってくれました。もし蒙武軍単体であったなら蒙武は死んでいたでしょう。これはあなたの功績です。胸を張りなさい」

 

騰たちは虎豹とともに突撃して、すぐに、馬首を王騎達がいる方角に向けると敵陣に横断するように、突き抜けていた。

 

趙本陣は虎豹に対して正面に配置されていることもあって、騰たち騎馬隊は、敵を横方向に貫く形で駆け抜けることができた。最終的には王騎本軍と対峙している敵を背後から切り裂いて今に至る。

 

「この機を逃すわけにはいきません。全軍ッーーーします」

王騎のこの決断に側近は驚き「今こそ本陣を強襲した部隊と挟撃するべきではッ」と進言する者もいた。が、

 

「どこまでいっても、ここは敵の手の平の上であることに変わりはありません。敵本陣が動けない今こそが脱出する最後の好機でしょう。騰」

 

「ハッ、敵は相当な策士であり、いつこの地が死地に早変わりしてもおかしくありません」

 

「ということです。よろしいですね」

 

王騎と副官騰の意見は一致していることが確認されると、王騎軍は脱兎の如き速さで退却へと舵を切った。

 

「先陣は私がいく。我らの殿の道を切り拓くぞッ」

騰の檄に応えるように、騰騎馬隊は咆哮を上げた。

「それ以外の騎馬隊はできる限り歩兵を拾いなさい。隆国、あなたに頼みましたよ。取り残しは我が軍の恥と知りなさい」

激戦に身を投じていた信たち歩兵は、王騎が放った騎馬隊の介入によって内側へと誘われた。

「や、やられっぱなしでッ、逃げるっていうのかよッ」

「馬鹿か、お前。数の差を見ろ」

信が納得できないと声を挙げるが羌瘣は「状況を見ろ」と冷静に言葉を返した。そんな二人の様子を見ていた王騎は一言だけ告げた。

「隣は聡明なご様子ですが、童信はまだまだのようですねぇ」

「ッな」と言葉を失くす信に

「当然」とどこか誇らしげな羌瘣。そして

「ック」と何も言えない信の姿があった。

 

「さあ、あなた方はあちらの馬に乗りなさい。朱錐は殿です。行きますよぉ」

 

先頭に騰騎馬隊、中腹に王騎、殿には朱錐隊となった王騎軍は、混乱冷めやらぬ敵陣に再突撃を開始した。

 

 

もう一つの主戦場と化した趙本陣では、苛烈な一騎討ちが続いていた。

 

「はぁああああッ」

虎豹は己のうちから燃え上がる闘志を声に乗せて、止まることない連撃で攻め立てていた。

「くッ ………」

李牧はいなすことで受け続けていたが、いくつもの手傷を負っていた。

 

周囲の目には、虎豹が李牧を押しているように見えていた。が、実情は逆であった。

 

虎豹と李牧の技量はまさに互角であった。それは、剣を交えた二人も瞬時に理解すると、勝敗は天運を味方に付けた者、そう両者が認識をするほどであった。けれど、剣戟を重ねてしばらく経つと、状況は一変。わずかにでる差を悟った虎豹は、苛烈に連撃を繰り出すことで、その差を埋めようとしていたが、李牧は冷静に受け止め続けて、逆撃の機を窺っていた。

 

「と、と、…ッ!」

虎豹の虚と実が幾重にも織り交ぜられた剣筋をさばいて受け流しながら、李牧は一重の隙を見切り「ここですッ」と一刀を刺し入れた。虎豹は躰を捻ることで致命傷を避けたが、脇腹を抉られていた。また、咄嗟の回避行動で躰が流れ、後退を余儀なくされた。

 

「ッチ やはり、ただの策士ではなかったか」

 

「あなたこそ、その腕前には驚愕します。ですが、その怪我では、もう私を討つことは叶いませんよ。諦めて投降することをお勧めします」

 

「ッフ 怪我、か。わずかな一押しでも差は差だ。認めよう」

勝敗を分けたのは、剣先を相手に押し込んでいく一押し、その差であった。

「では投降ーーー」

「投降する気はない。それよりも、あちらはいいのか」

「何が ー で ーー」

 

李牧は虎豹の視線の先に気付くと声を挙げた。

 

「カイネッ」

 

そこには、首筋に剣を向けられたカイネの姿があった。

 

 

「っく、くそッそこをどけぇッ」

カイネは李牧の力を信じていたからこそ、互角に渡り合う虎豹の存在に驚き、あまつさえ、李牧が手傷を負っていく姿には、助けにいくことができない焦燥感に駆れていた。

 

「あんた、向こうに気を取られている場合なのかい」

 

カイネは自身の双剣を難なく受け止めた上で、的確に剣を差し込んでくる玄象の剣技に徐々に追い詰められていた。そして、李牧を案ずるがあまり単調になっていた剣筋を読まれると、右手に持つ剣を叩き落とされて劣勢はさらに顕著になった。

 

「残念だけど、あんたはここまでだよ」

 

玄象はカイネの残る左手にある剣も同じように処理すると首筋に剣を置いた。

 

「何か言い残すことはある?」

 

玄象の肩越しに、李牧が剣戟の隙を縫って敵将に傷を負わせた姿がみえていた。

 

「ああよかった。李牧様は平気」と心の内で安堵した。そして、今、この時に彼の足を引っ張るくらいなら、………いっそ。

 

両腕から力を抜いたカイネは一言だけこぼした。

 

「ない。李牧様、申し訳ありません………わたしはーーー」

 

カイネは、そこで言葉を止めると瞳を閉じて沈黙した。

「そう、じゃあね」  

 

「カイネッ」

 

ふいに聴こえた愛しい人が呼ぶ声に、内から溢れた言葉は一つだった。

 

 

「いつまでもお慕いしています」

 

 

騰騎馬隊が決死の突撃を開始すると続くように王騎本軍が動き出した。

「殿の路を、死力を尽くして切り拓くのだッ」

先陣を切る騎馬隊は、己の躰すら武器として投げ出さんばかりに全霊を持って駆け抜けた。

「と、殿………」

一人。

「先に逝くことをお許し、く、だ、…い」

また一人。

「…ッご、武運、を…」 

死に逝く同志を踏み越えて王騎軍は駆け続けた。そして、多くの犠牲を出しながらも敵陣を突破することに成功した。

 

趙軍の追撃を受けながらも遠ざかっていく戦場。

 

王騎は、後ろ髪を強く引かれている自身に気付くと、数拍の瞑目をした後に、一つの決断を下した。

 

「騰は、戦えない者を引き連れて速やかに本陣を目指しなさい」

「ハッ では、殿はーーー」

 

「騰。ここから先の指揮はあなたが取りなさい。そして、もしもの時は、あなたにすべてを託します」

 

「な、なにをッ」

動揺を隠せずに声をあげたのは隆国であった。そんな隆国に王騎は淡々と告げた。

「私は虎豹の退却を支援します」

「お待ち下さい、殿ッ。殿は騰とともにお退きください。その役目はこの隆国にーーー」

王騎は優し気な目で隆国を見据えると言葉を綴った。

「隆国。貴方は証人です。よいですね」

 

説得は叶わないと王騎の目が告げていた。

「………承知しました。殿」

 

「まったく、儘ならないものですね。………私はもう、摎を残してこの地を去れないようです」

 

そして「フフ これでは昌文君に怒鳴られそうですねぇ」とふとこぼしてしまったあとに我に返ると、言葉を発した。

 

「騰、あとは任せましたよ」

 

 

追撃にでていた趙軍は王騎は全力で退却すると考えていた。そのため、その首級を挙げるために必死の追撃に入っていた。しかし、突然、王騎軍が二手に分かれて、その一方が間延びし始めていた趙軍に反転攻勢を仕掛けたことで打撃を与えられることになった。また、そこに王騎の姿が確認されたことで、騰たちへの追撃の手は緩まることになった。

 

その王騎の目には、退却を図っているものの勢いが失われ始めた虎豹隊の姿が映っていた。

 

ひと時とはいえ、動きを止めた王騎に「王騎の首級を挙げろッ」と幾重に群がった敵を薙ぎ払って現れたのは朱錐であった。

 

「王騎様」

 

「錐。これは私の個人的な決断です。あなたは付き合わなくてもよいのですよ」

 

「虎豹は私の副官、理由はそれだけで十分です。それに、私はあなたの盾なのでしょう」

 

王騎は、その言葉に目を見開いてから笑みを浮かべると「ココココッ」と笑った。

 

「確かにその通りですねぇ。いいでしょう、許可します。ですが、この先は死地。脱落することは許しませんよぉ」

 

王騎の言葉通り趙軍は多少数を減らしたとはいえ、三万数千。対して、包囲を受け始めた虎豹隊が二千と少しとここにいる千にも満たない騎兵のみ。数の差は歴然であった。

 

「承諾しました」

 

王騎と朱錐は追撃に出ていた一部隊を逆に打ち破ると、虎豹隊に向けて動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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