彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第40話になります。


第40話

「いつまでもお慕いしています」

 

 

 

玄象の剣はカイネの首を確かに捉えていた。

「象ッ」

「ッ!!」

魏加の矢が玄象を射抜かんばかりに放たれていなければ、だ。

 

玄象は瞬時に射手の位置を把握するとカイネの陰に隠れるように動いた。また、この急な回避行動は馬に嘶きを起こさせ、カイネに異変を報せることになる。そして、すぐに目を見開いて状況の変化を察したカイネは、隠していた短剣を引き抜き、陰に入るために接近していた玄象に突き出した。

「ッン、とーーー」

正確に突きだされた短剣は、玄象を捉えるかの視えた。だが、玄象は焦ることなく剣を持っていない腕で冷静にカイネの腕を絡めるように巻き上げると今度は手首を掴み、捻り上げた。

「ック」

「この手のことは瘣と死ぬほどしたからね」

玄象が少しの力を込めれば、カイネの意思とは関係なく、短剣は自然と手から零れ落ちた。

「痛みがあるけど我慢してね」

そして、少しばかりの贖罪の言葉を添えると、剣で躰の芯を貫ッ「殺すなッ」かなかった。しかし、すでに剣は鎧を穿ち、わずかにだが躰に突き立てられていた。

「殺すなってことは………」

虎豹の言葉の意味をくみ取った玄象は、剣を引き抜くと行動を起こした。対して、カイネは自身に剣が突き立てられたことで走る痛みに躰が硬直して、咄嗟の反応はできずに、顎を打ち抜かれて意識を飛ばした。

 

「カイネッ、今たすーーー」

 

「私に背を向ければ容赦なく斬り殺すぞ」

李牧は、虎豹の傷の具合から、すでに脅威度は小さいと認識していた。だが、それを覆すように発せられた虎豹の威を吐く言葉に、李牧は足を止めざるをえなかった。

「ック その怪我では私に勝てないことは承知しているはずです」

「相打ちになったとしても李牧、貴様には消えてもらう」

この男の才覚は、これからの秦国にとって大きな災いになると虎豹は確信していた。

 

「どうあっても譲ってはいただけないのなら、押し通るまでです」

 

それゆえに、その身を投げ出してでも李牧を仕留める腹づもりであった。そのために、側近であろうカイネという女に示した反応から、何かに利用できると踏んで生かす判断を下していた。

 

だが、ここで両者の思惑の外から介入者が現れたことで事態は急展開することになる。

 

それは、虎豹が連れていた精兵が上げた号令のような叫びに端を発していた。

 

「我らは虎豹殿をここで失うわけにはいかん。皆の者 今こそ敵将を討ち取る刻ぞッ」

 

この叫びのような号令は戦場に劇的な変化を齎した。

虎豹が連れた精兵の一人が李牧に駆けだせば「『李牧様』『虎豹様』を「討ち取れッ」「お護りしろッ」」と秦、趙、両軍が群がるように一気に集結すると、一騎討ちの態は崩れて、乱戦へと切り替わった。

 

突然の号令に怒りをあらわにしたのは虎豹であった。すぐに発した者に詰め寄ると激しく詰問した。

「なぜだッ 貴様は私の覚悟を無駄にするつもりかッ」

虎豹の面越しにも伝わる怒気溢れる血相にも、件の兵は表情を変えることなく応えた。

「お許しください。虎豹殿」

「許しを請うぐらいならば、なぜ行動を起こしたッ」

激しく詰め寄る虎豹の姿に動じることなく、初老に差し掛かる精兵はその瞳を見据えた。

 

「私は………九年前のあの場所にいました」

 

それは、九年前、馬陽攻略の前夜。突如出現した龐煖により六将摎が命を落とした出来事を示唆していた。

「ッ、お前」

 

「私はその生き残りです。あの時、多くの仲間があなたを護るために命を散らしていく最中、一歩も動けなかった」

「………」

「昌文君殿の言葉に我に返ったものの、すでに遅く。無様にも、ここまで生き残ってしまいました」

「ッ………あれはお前たちに相手ができる存在ではなかった」

「承知しています。ですが、あの日を悔いなかった日はありません。それは後ろにいる者たちも同じです」

 

そこには、虎豹が引き抜いた古参の者たちの姿があった。

 

「あなたに声を掛けられた時、その仮面の下を察した時、これは天命だと確信しました」

「馬鹿なッ そのような天命などあってたまるかッ」

「ッフ。そうかもしれません。ですが、我らはあの日を繰り返すわけにはいかないのです」

虎豹は進み出ていた者たちを強く見据えたが誰一人として揺らぐことのない瞳でこちらを見返していた。

「馬鹿者どもが………」

「我らが時間を稼ぎます。どうか、どうか虎豹殿はお逃げください」

 

それは一瞬の瞑目。すぐに号令は発せられた。

 

「象ッ 退却する。そいつは連れて行くぞ。趙兵よ、追えばこの娘の命はないとおもえッ」

 

虎豹は宣言をすると馬首を翻し「お前たちの武運を祈る。………馬鹿者が」言葉を残して駆け出した。

 

「痛み入ります。………我らの死に場所をここだッ 今こそすべてを懸ける時だと心得よ、兵どもよッ」

 

こうして、精兵は死兵と化して李牧に襲い掛かかることになった。

 

そして、死兵と化した精兵の奮戦は、李牧の足を止める結果となった。

 

数の差を理解していた死兵たちは、李牧に狙いを絞って突撃していた。そのため、李牧を護るために間に入ってきた自国の兵たちが、皮肉なことに、今度は壁となって李牧に立ちはだかることになってしまった。そのため、彼ら殲滅したころには、すでにカイネと虎豹たち姿は遠ざかっていた。

「カイネッ………」

「李牧殿。追われないのですか。最悪、カイネを失うことにはなりますが、王騎に突破を許した今、虎豹なる者だけでも討たなければ立つ瀬がありませぬ」

「魏加殿。………わかっています」

 

全軍での追撃に移行すること李牧は決断した。

 

 

一方、退却を図った虎豹であったがこちらも当初とは違って、苦戦を強いられていた。それは、二つの要因から起こっていた。まず、本来ならば、だれよりも苛烈に先頭を駆ける虎豹が受けた傷のせいで、思うような力を発揮できないことが一つ。次に、敵の隊列を乱す役割を担っていた玄象がカイネを抱えているために動けないことが大きかった。

 

「その怪我じゃ無茶だよ。わたしが前に出るから姉さんは下がって」

勢いの止まりそうな隊を心配した玄象の言であったが、虎豹は応じなかった。

「いや、その女からは離れるな。奴の思考のキレがわずかでも落ちる効果があればそれでいい」

玄象はその言葉に担ぐ女に視線を向けてみるが、とてもそうなるようには見えなかった。

「そうかな、私はただの女将校って感じしかしないけど」

「勘だ。あてになるかはわからないけどね」

玄象は「ふーんそういものか」と一応の納得を示すと下がった。

 

「それに迎えが来たからな」

 

虎豹の視線の先には、右に左に吹き飛ぶ趙兵の姿が映っていた。

 

 

「まだ無事のようだな」

敵軍を薙ぎ払って突き進んでいた一団が姿をみせると先頭の男は、開口一番にそう発した。

「すまない。手間取ったあげくに、劣勢の最中に飛び込ませてしまった」

脇腹の傷を片手で抑えている虎豹の姿に察すると言葉をこぼした。

「まあ迎えは私だけではないのだがな」

虎豹は隆国辺りがきたのだろうと軍長の後ろに視線を向けた。

「おや、怪我をしているようですね」

「お、王騎様ッ な、なぜこのような場所に」

「これは異なことを」

王騎は首を傾げる仕草をしたあと、真っすぐに虎豹の瞳を見据えると言葉を続けた。

 

「私に、あなたをここに置いていけというのですか」

 

王騎の言葉は、摎の、キョウの深奥に響いていた。

 

王騎は確かにキョウを妻に迎えた。王騎はキョウを慈しんだし、キョウも王騎を慈しみ、そして、愛した。それが、どれほど幸福のことかをキョウは理解していた。けれど、あの日受けた傷で摎は死に、代わりにキョウが妻となった。全く同じ『わたし』であるにもかかわらずに、幼き日に約束を交わした『摎』の存在が、キョウにとっては、抜けることのない棘となって胸の奥深くに留まり、かすかな痛みを与え続けていた。

 

「ッ、………。ですがーーー」

その棘をやさしく抜いたのは他ならぬ、王騎であった。

 

「あなたがどう感じていようと、私はあなたのすべてを肯定していますよ」

 

「ツ 王、騎さ、ま………」

 

いま、仮面の下で涙を流しているのは、「摎」でも「キョウ」でもなく、王騎を愛する『ただ一人の女性』であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、そこに無粋にも割って入る者がいた。

 

「二人には申し訳ないが、ここは死地となるやもしれない戦地ですので、すぐに退却に入ります」

朱錐であった。

 

「その通りです。無粋な錐の言に従い、逃げますよ」

 

「ッ。 はい。無粋な朱錐の言に従います」

 

 

「………お二人とも、私に付いてきてください」

面の下には、どこか納得はいかない顔をした朱錐の姿があったとかなかったとか。

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