彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第41話になります。


第41話

「どうやら、無粋な方は一人ではないようですねぇ」

 

 

朱錐を先頭に王騎たち一団は、趙軍による包囲からの突破を図っていた。

「はぁあああッ」

先頭を朱錐が駆けたことで、押しとどめようとする趙兵は、その悉くが薙ぎ払われて粉砕されていた。

「朱錐って守りの将じゃなかったの」

普段は、隊を預かる軍長として、後方から前線にでることのなかった朱錐の猛進は、玄象に驚きを齎していた。

「ああ、そうか。最近でいえばそうだろう」

虎豹からすると驚くに値しない話であったが、確かにその姿を見るのは久しいことであった。

「自覚がないようですが、それはあなたのせいでもあるのですよ」

王騎の言葉に虎豹はふと思考に耽ると応えた。

「………だって好きにしろって、じィみたいにきっちり働くんだもん」

あなたねぇ、とどこか呆れた顔をする王騎であったが、納得はできますと頷き「昌文君の副官でしたからねぇ」とこぼして、さらに続けた。

「錐は、元々、その武を用いて敵主攻を押しとどめていました。それすなわち、敵軍のもっとも突破力に長けた者を相手取っていたことを意味します。そして、苛烈なあの時代は猛々しい将の宝庫でした。それらと互角に渡り合ったと言えば、その実力は推し量れるでしょう」

「その割に、名はそこまで通ってないように感じるのは気のせいなの」

玄象の疑問に応えたのは虎豹であった。

「それは簡単だよ。戦ってのはどれだけの敵首級を挙げたかが重要なんだ。その点、あいつの相手は総じて手練ればかりで、首級を挙げること自体が少なかった。でも、敵主攻の動きを止めるんだ、評価はされてたよ。現場連中には特に、ね」

「虎豹の言う通りです。我々の評価と本営の評価は必ずしも一致するわけでないということです。昭王はそういった所も評価してくださいましたから、私からの推挙という形で、将軍位には付いていますけどね」

 

当時、昌文君は自身が文官への路へと舵を切った後は、朱錐に保持していた軍のすべてを託すつもりであった。しかし、いざ打診をすると、朱錐はこれを固辞。仕方なく、一定数は己のもとに置き、さらなる戦いを望む者は知己でもあった王騎のもとへと送り出した。朱錐は私兵団の一兵卒として残ろうとしていたが、昌文君はそれを許さず、王騎に託した経緯があった。

 

「フーン。だったら将軍になったらよかったのに」

「錐は昌文君の副官であること、そのことに誇りを持っていましたからねぇ。それは、騰にも言えることですがーーー」

その時、王騎は後方左方から一直線にこちらに向かってくる影を一つ視認すると、件の言葉を吐いた。

 

「王騎ぃいいいッ」

 

咆哮とも叫びともとれる声を張り上げながら、脱出を図る一団の左方から割って入った一つの影。

 

「良い馬をお持ちのようですが、あなたは本当にしつこい人ですねぇ。龐煖さん」

王騎は並走した龐煖に言葉を投げかけたが、龐煖はそれには応えずに「貴様を殺す」とこぼすと斬りかかった。騎馬を駆けながらの状態でありながらも両者の剣戟に陰りはなく、激しい応酬が繰り広げられた。

「王騎ぃいいいいいい」

ただ王騎の名を叫ぶ龐煖であったが、変化は確実に起こっていた。それは、実際に矛を受けている王騎にははっきりと断言できた。

「タガがはずれてきているようです、ねッ」

王騎は、一撃、一撃の重さが増していく龐煖の矛をいなしながらも、一撃を叩きこむべく矛を振るった。

「むぅッ フンッ」

それを紙一重で躱した龐煖は、次は一撃でさえ入れさせまいと縦横無尽に矛を躍らせるように攻め立てた。それでも、王騎は冷静に受け止め続けた。が、徐々に、押され始めていることも自覚していた。

「武神とはよく言ったものです、ねぇッ」

武に全てを捧げて、天に示すキレに至っては、王騎をして受け止め続けるのが困難になるほどであった。

「ハアぁあああッ」

その上で、息の付く間すらもたずに連撃を放ち続ける驚異的な体力は、もはや人外の域といって相違なかった。

 

そして、ついに龐煖の矛が王騎を捉えることになる。

 

「王騎ぃッ」

龐煖は己の持つ技量のすべてを出し切るように、およそ人が打ち込める角度のすべてから絶え間なく打ち込み続けた。そして、徐々だが、王騎の受けに遅れが見え始めたことを察した龐煖は、機を見極めて、胴を切り裂く横凪を放った。

「ぐッ ふぅ」 「ッ、王騎様ァ」

王騎は遅れながらも差し入れた矛の脇腹で、龐煖の矛を抑えると、致命傷になるのを押しとどめた。

「ご安心なさい。私はまだ戦えますよ」

虎豹を安心させるように王騎は落ち着いた声で言葉を発した。

「王騎ぃいい」

その間にも龐煖の矛は「ギチギチ」さらなる力を込めて王騎の矛に、躰に、押し付けられ続けていた。

「ぐふッ ………ッ凰」 

王騎は愛馬の名を呼び横腹を叩くと凰は意を汲んだように龐煖の騎馬に急接近して体当たりした。凰の勢いに怯んだ騎馬は自らの馬体を凰から遠ざけるように距離を空けた。王騎と龐煖が離れたことで、歩兵を乗せた騎馬隊がその隙間を埋めると「馬だ 龐煖の馬を狙えッ」と龐煖に殺到した。

 

流石の龐煖も騎馬のみを狙うように投擲される槍や剣の対処に追われることになった。

 

「凰………よくやりま グウッ」

 

「王騎様ッ」

 

王騎は虎豹の呼ぶ声に応えるように、口から流れでた血を拭うと言葉を発した。

 

「問題ありません。ンフフ、さあ、皆で帰りますよ」

 

王騎の躰からは深く斬りこまれた傷から多量の出血が認められていた。

 

 

 

「王騎に包囲を突破されました。ですが、龐煖様が王騎に重傷を負わせたとのことです」

 

その報告に李牧は眉をひそめた。

「重傷、ですか」

この時、李牧は瞬時にいくつかの可能性を模索したが「この地で王騎を討つことはできない」という結論を覆す要素を見つけ出すことはできなかった。しかし、それらをおくびにも出さずに追加の指示を出した。

「龐煖はよくやってくれましたね。部隊は、そのまま追撃させてください。ただし、伏兵にあった場合は即座に後退するように、と」

駆け出した伝令を横目に、魏加は言葉の真意を尋ねた。

「伏兵、ですかな」

 

「ええ、私の推測が正しければ、虎豹は最低でも一万の兵を連れていたはずです」

 

李牧の言葉通り、虎豹は数にして一万を超える兵を連れだしていた。

 

「四千程がここに現れたことから、あと六千はいる、と」

 

時は、当初趙荘本陣が敷かれていた場所から、王騎本軍が山深い地に進軍にする時刻まで遡る。

「録嗚未に伝令です」

この時、王騎は「朱錐の精兵を本軍に合流させる」と「全軍の指揮権を虎豹に委ねる」という二つ指示を出していた。それは、この地に自身を討つための大掛かりな何かがあると確信に近いものを抱いたことに端を発していた。

 

「そうなります」

 

そこには、いくつかの理由があった。

一つ目は、戦局を見る目を持つ馮忌、さらには、敵を打ち破る武を持つ渉孟、この二人をすでに失っていることにある。馮忌、渉孟の消失は、趙軍の目と武器を持つ腕を失くしたに等しく、侵略軍としては、機能不全に陥っていることを意味していた。だが趙荘は、退却ではなく山深くに後退することを選択した。これが、趙荘という人物が目に余るほどに愚鈍なれば、自然に視えた可能性はあった。しかし、残念なことに、趙荘はそこそこに名の知れた将であり、この状況の不自然さを際立たせる要因になっていた。

 

「では、追撃は控えさせますか」

 

次に、蒙武に帯同していた隆国が上げた狼煙の場所。

急遽、下げたはずの趙本陣は、想像を超えた奥地に移動されていた。さらには、すぐに追跡に出た蒙武たちが敵に遭遇しなかったこと、この二つが、あまりにも手際の良すぎる印象を与えていた。

本来、状況を覆せる、或いは進軍を遅延させるなどの目的がなければ、本陣を下げる意味はない。仮に、ここがもし、彼らの領土であったとしたらその限りではないが、生憎、山陽近辺は秦の領土であり、その付近で大がかりな仕掛けを施させるほど、秦国の警戒は甘くない。そうでありながら、実際に趙本陣を山深い地、その最奥付近に敷いた。それはつまり、元より退く算段があった証左であり劣勢を覆す「何か」があるという意味でもあった。

 

「できるならばそうしたい所ですが、難しいでしょう」

 

そして、この時王騎は、己を討ち果たす策がこの先にあると仮定したとき、一つの疑念を抱いていた。

「趙荘に己を討てるほどの策を捻る出せるであろうか?」と。

これは、王騎が慢心しているわけでも、或いは、趙荘を侮っているわけでもなく、中華をまたにかけて戦った経験から来る純然たる疑問であった。

 

「それは、なぜですかな」

 

此度の戦を最初から視点を変えて考察しても、趙荘の采配は『可』よりは『優』であるが『秀』とは言い難がった。

そこから、もし仮に「この盤上すら下に隠されたもう一つの大きな盤の『駒』のひとつに過ぎない」としたら………。

王騎はそう思考したとき、血が沸き立つような錯覚を覚えることになる。それと同時に、もし仮にそれほどの策を張り巡らせる敵がいるとするならば「相手の目がこの地から反れてからが勝敗の分かれ目になる」と。

 

「魏加殿も察しておられるでしょうが、あの憎き王騎が、目の前を、それも重傷の状態で逃げ出しているのです」

 

虎豹は、「指揮権の移譲」その意味を察するとすぐに行動を起こした。

 

「確かにその状況では「追うな」と命令する方が難しいですな」

 

まず、録嗚未が陣を敷いた山、特に敵に視認される前方部隊の層を、敢えて、厚くさせた。

 

「はい。誰もが功に焦る状況が揃っています」

 

そうすることで、攻撃を仕掛けるかの様相をみせ、迂闊な奇襲すら許さない姿勢を同時に見せつけていた。この配置に敵の目が前方に集中する頃合いを見計い、録嗚未の主力となる騎馬隊の四分の三にあたる三千を下山させると、次に同じ要領で歩兵部隊六千程度を下山させた。

 

「目の前にぶら下がっているのは餌となる、極上の首、ですか」

 

そのあと、鱗棒、同金に左方への移動と正面に陣取る万極軍への攻撃をさせるために、伝令を走らせた。これを受けて両将は、作戦の肝を察して奇襲部隊を編制するとすぐに軍を進発。録嗚未軍と合流と同時に、後ろ顧みないほどの攻勢を仕掛けた。

 

「言い得て妙ですが、その通りです。それにーーー」

 

二人が期待通りの働きを見せたことで、敵の目は欺かれて、虎豹たち騎馬隊は趙将万極の左側を悠々と駆け抜けていった。

 

「王騎の首ともなれば、国の英雄として一生を遊んで暮らせるほどの褒賞が期待できますからね」

 

「なるほど………。では、その口ぶりから察するに、ここで王騎を討つことはもう叶わない。ということですな」

 

「………残念ながら。「確実に王騎を討つ」そのためだけに、これだけの準備を擁していてなお達成できないとは、我が身を恥じるばかりです」

「そう卑下なさるな、李牧殿。討ち取れなかったとはいえ、王騎を完全に嵌めた上で、重傷を負わせて敗走させたのだ。これは、十分な戦果ですぞ」

李牧は静かに天を仰ぐと「………はい」とだけこぼした。また、魏加は李牧からカイネの名が出ないことが気に掛かっていたが、敢えて言葉にはしていなかった。

「魏加殿」

が、李牧はそれを見透かすように謝辞を述べた。

「カイネを助けて頂き、ありがとうございます」

「助けた。とは言っても連れ去れたのだ。礼を言われることではないですぞ」

「いえ、気を利かせるようなことになり、申し訳ありませんでした。あの時、魏加殿の弓矢がなければ、確実にカイネは死んでいました。今の状況は、それに比べれば、はるかにましであると言えます。それにーーー」

 

李牧は昨晩をともにしていた者たちを浮かべていた。

 

「彼らとの約束を破る形にはなりますが、幸いにして、交渉の余地はありますからね」

 

その後、深追いしすぎた部隊が伏兵の餌食になったという報告とともに、敵全軍の退却が開始されたと報せが入った。すぐに三将による追撃を開始したが、思うような戦果を挙げることは、ついに叶わなかった。

 

 

 




第41話でした。
馬陽攻防戦は、これにて終了です。
もうちょっと、関連の話がありますが、戦はここまでです。

オリ主の心理描写が圧倒的に足りないツ!
お読みいただきありがとうございます。

最後に、キングダムの二次創作にさらなる栄華を!!
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