彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第42話になります。


第42話

退却した王騎軍が馬陽に入城を果たしてから、数刻。

 

「趙軍は引き上げていくみたいだ、………馬陽を、馬陽を守り切ったぞぉおお」

 

馬陽城壁から「うぉおおおッ」と挙がる歓声は、戦が終結したことをすべての者に報せた。

 

 

それから、数日。

 

馬陽中央にある城の一室には、礼を述べる蒙毅たちの姿があった。

 

「私たちのために骨を折って頂いたこと、感謝の念に堪えません」

 

部屋に、蒙毅と河了貂、それに朱錐の姿があった。

 

「蒙毅殿。私は王騎軍所属のいち軍長に過ぎない。それは殿にすべきことだ」

 

「承知しています。ですが、朱錐殿の副官殿が捕らえた捕虜との交換であったとお聞きしておりますので、その長であるあなたにも礼をするのは、筋であると私は考えます」

 

「なるほど。その礼、謹んでお受けしよう」

面の下の朱錐は、これが無骨な蒙武将軍の息子かと若干の驚き隠して接していた。

「その、虎豹殿にも直接お礼を述べさせて頂きたいのですが………」

「うむ、打診はしたのだが「ただの結果に過ぎないから気にするな」とのことだ」

「承知しました。では「いつか必ず、このお礼はする」と繰り返しになりますが、お伝え願いますか」

 

そこに合わせるように声を挙げたのは河了貂であった。

「わ、私からもありがとうございますって、お願いします」

 

朱錐は、文官スイとして河了貂とは顔見知りはあるが、今は軍長朱錐であり、あくまでも初対面として接していた。

 

「うむ。君の言も承ろう」

 

と朱錐は意識することなく応じていた。しかし、蒙毅は朱錐とは捉え方が異するようで、河了貂が割って入るように言葉を発したことに「河了貂ツ」と少し強く呼ぶと、厳しい視線を向けて窘めた。

 

「今は、僕と朱錐殿が会話をしている。朱錐殿はそういったことに寛容であられるから良いかもしれないけれど、注意しないといけないよ」

 

河了貂は蒙毅の言わんとすることを理解したように「ごめんなさい」と素直に謝罪の言葉を口にした。

 

このやり取りに一つに蒙毅の聡明さが窺い知れていた。

 

「朱錐殿はそういったことに寛容であられる」

まず初めに窘めるように強く名を呼ぶことで場を制して、すかさず、この一言を入れることで、朱錐は度量を試されることになっていた。当然、ここから河了貂の行いを不可と断ずることは可能であるが、それは、己は狭量であると示すようなものであった。

 

ただ、武官朱錐からすると気にするに値しない事柄ではあるが、文官スイの目からすると、「蒙毅の言は正しい」と断言できた。

 

礼とは、相手(文化)を敬うものである。

だからこそ、時に、古式に則ったものが重宝される機会もある。また、正しい礼を習得することは、相手の文化に寄り添うことになり、その心は、相手に通ずるものになる。

 

いつか河了貂が軍師として他部隊と交流を図る際にも、礼を疎かにしないように、という蒙毅の心配りであろう。

 

「私は気にしてはいない。とはいっても、細かな知人がいるのも確か。蒙毅殿は、良い指導者であられるようだ」

「いえ、私など先生に比べれば、日々、未熟をさらしているに過ぎません」

「軍総司令殿ほどの人物を引き合いに出されては、未熟ではない者を探すほうが難しいのではないかな。蒙毅殿」

「いえ、私自身が日々の精進を欠かさないために、先生を目標にしているという話ですよ。朱錐殿」

 

振る舞い一つ、言葉一つに蒙毅という人物の姿が写し出されていた。

 

「蒙武殿の子息は良い志をお持ちのようだ」

 

朱錐は、ふと李豹や信、そして蒙毅。次代を担う芽は、清々しいほどに上だけを見て育とうとしている。そのことに想いを馳せて、胸の内で一つの決断を下した。

 

「いえ、志というほどに大層なものではありません。私はただ、父にも、兄にも恥じないない人間でありたいと精進しているに過ぎませんから」

 

「それも立派な志ではないかな。さて、それでは、蒙毅殿の一番弟子、河了貂殿にもなにか一つお聴かせ願おうかな」

 

「えッ………オレ。え、え~と」

 

蒙毅は、突然の指名に驚いて何を話せばいいのかわからずに言いよどむ河了貂に声を掛けた。

 

「河了貂。難しく考えなくていいよ。きっかけでもなんでもいいんだ」

 

河了貂は蒙毅の言葉に「きっかけ、きっかけかぁ」と呟くと言葉を続けた。

 

「オレは、正直蒙毅みたいに立派な考えがあって軍師になりたいわけじゃないから………」

 

と俯く河了貂に、朱錐は自身のことを話した。

 

「少し私の話をしようか。私は大将軍の英雄譚に憧れて、文官の子でありながら、武官になった身だ。ほら、蒙毅殿の話に比べてどうかな。ひどく子供っぽい理由だろう」

「そう言われると、なんだか信みたい」

「少年が見る夢なんてそんなものだよ。ただ私は「私」に対して真剣だった。君の言う信殿と同じようにね」

「真剣………かぁ」

「河了貂殿は、軍師に真剣かな」

「殿、なんてこそばゆいから、オレのことは呼び捨てでいいよ。オレ、家族はいないし、唯一仲間っていうのかな。信っ、と、もう一人いるんだけど、そいつの帰りを待つだけなんて、なんか置いていかれるみたいで嫌だったんだ」

「そうか」

「ねっ、オレの理由なんて大したものじゃないでしょ」

「それは立派な理由だよ。信殿の後ろじゃなくて、追いつきたい、隣に立っていたい。そういうことだろう」

「違っ…いや、…でも…」

どこかもじもじと言いよどむ姿を見かねた蒙毅が再び声を掛けた。

「河了貂には前にも言ったと思うけど、目指すものを言葉にすることは、とても大事なことなんだ。恥ずかしがることじゃないよ」

「っ、恥ずかしいってわけじゃなぃけど………」

河了貂の声は尻すぼむように小さくなっていた。

「いまだ形は定まらず、か。ではこうしよう。いつか言葉にできるようになったら御聴かせ願うということでどうかな」

「………話さなきゃだめ?」

「二人に話をさせて、一人だけ聞き逃げする、と」

「二人で勝手に話してたんじゃん。あ~もうぅ、わかったよ。いつか話せるようになったら話すからーーー」

「そうかそうか、期待して待つとしよう」

「いやそんな期待されてもさぁーーー」

 

この時、蒙毅は二人の会話を拾いながらも別の事を考えていた。

 

僕が知る限り、河了貂は年齢の割には、かなり警戒心の強い娘だ。ただ、カイネがそうであったように、同性にはそこまで強くはないようだけど、僕や先生には自身のことをこれまで話していないはず。それが、朱錐殿には自身の事を普通に話している。………わからないな。解放されてから、戦いの詳報を聞いたけれど、朱錐殿の評価がまったく定まらない。確かに、趙将渉孟を討ったのは彼の部隊になるけれど、実際に討ち取ったのは副官の虎豹殿と聞く。それに部隊救出のためとはいえ、倍以上いる敵軍の罠に自ら飛び込むなんて無謀としか言いようがない。こうして話をしていても、面を除けば平凡な将の一人という印象だ。

 

「蒙…ど…の。蒙毅殿。」

 

蒙毅は自身の名を呼ぶ声に我に帰ると応えた。

「っと。朱錐殿、申し訳ありません。少しぼんやりしていたようです」

「数日とはいえ捕虜であられたのだ。疲れがでてもおかしくはない。この辺りでお開きとしようか」

「そうです、………。朱錐殿、最後に一つお聞きしたいのですがーーー」

蒙毅は朱錐の申し出に頷きかけたが、訊くことを失念していた事柄を口にした。

 

「カイネはなぜあのような姿であの場に現れることになったのでしょうか」

「ああ、それはーーー」

 

ことは、捕虜交換前に遡る。

 

玄象によって意識を飛ばされたカイネは、そのまま馬陽城の一室まで運ばれていた。

 

「ッ!??」

ハッと意識を覚醒させて、上体を起こすと声を掛けられた。

 

「気が付いたね」

カイネは聞き覚えのある声に驚くと寝台から飛び降り剣をーーー

「ないッ 私の、剣が」

その様子に、玄象は呆れた顔をすると言葉を発した。

「あんたは捕虜なの。帯剣させたままなわけないだろうが」

「っァ、………そうだった」

「はぁぁ」と腕を組んだまま大きくため息を吐く姿に、カイネはなぜか憤りを感じて声を出した。

 「な、なんだよツ」

「だめだ。この感じ、どこかの妹みたいで、肩が重くなりそう」

 

「………」カイネは玄象の言葉の意味は理解できないでいた。

 

また、それとは別に、敵意もなにもない玄象の雰囲気にも疑問も覚えていた。

 

「お前は、私たち趙人に対して、なにか思うことはないのか。それに捕虜の私はなぜ牢じゃなくて寝台に寝かされている」

 

「趙人に対してって言われてもねぇ。私は秦の人間ってわけでもないから、どうでもいい。ここにいる理由なら、もう少しすればわかるさ」

カイネは玄象の「秦人じゃないからどうでもいい」という言葉に反応して声を挙げた。

「秦人じゃないなら、なぜ、長平で数十万を生き埋めにするような秦に協力するッ」

 

どこか熱を帯びたように声を挙げたカイネに対して、玄象は小難しいことを考えているように眉をまげ宙を見上げて「んー」と唸ると言葉を並べた。

 

「長平の話は知ってるよ。まあやりすぎだとは思ったけど、互いの生き死にを賭けて戦争してるんだろ、あんたらは。なら、その結果じゃん。っていうかさ、それならなんで戦うの?」

「ナっ!?だって、それは、秦が攻めてくるから………」

「いや、昨日までの戦いってそっちが攻めてきたでしょうが」

「そ、その前に、秦が攻めてきたからであって、だから、仕方なくーーー」

 

「じゃ、受け容れなよ。互いに攻めぎあって、結果の一つに長平ってのがあったってさ」

 

カイネは、玄象の軽い言葉に思わず声を挙げた。

「数十万の命はそんな軽くないッ」と。

 

それに対して、玄象は特に思うことがないように言葉を続けた。

「あー、わかった。でもさ、結局は仇を、相手を皆殺しにしたいって話でしょう」

「ち、違うッ。少なくとも李牧様はそのようなことを考えてはおられないッ」

「李牧様でもなんでもいいけどさぁ、あっちが攻めた、こっちが攻めたって言って何百年も争ってきたわけじゃん、あんたらは」

玄象の言葉はひどく簡素化されていたが、言わんとしていることをカイネは理解ができた。

「………。否定はできない、けど、向こうが攻めてこなけーーー」

 

「それ。向こうがってやつ。いつまで続けるつもりなの?」

 

「そ、それは………」

「ね?黙らすために皆殺しか、あとは属国にして虐げる以外の路なんてないんでしょ」

さらに、ふぅぅと息を吐いた玄象は、続けて言葉を発した。

 

「私からしたら、あんたらはどっちもどっちなんだよ。だって意味わかんないよね。自分たちで争っといて、責任は擦り付け合うなんてさ。だからさ、少なくても、今生きている自分の命くらいは責任持ちなよって話」

 

「ッ………。ーーー」

何かを言わなければならないとわかってはいても、言葉にすることができずにカイネは俯くと沈黙した。

 

その姿に、玄象は、悪いことをしたかな、と「ぱんッ」と手を叩くと努めて明るい声をだした。

 

「はいっ、この話は終わり。だいたいさ、私とあんたとじゃ生きてきた場所も時間も違うんだから、私の言葉はただの戯言ってことで真に受ける必要なんてないよ」と。

 

しかし、効果はなかったようで、部屋には気まずく重苦しい空気だけが漂い始めていた。そこに、救いに声が響いた。

「入るぞ」

 

「あっ、入っていいよ」

と朱錐を中に通すと「いい所に来た。あとは任せる」と言葉を残すと玄象は、素早く部屋をあとにした。

 

「?」

 

朱錐が去り行く玄象から視線を戻すと、そこには、こちらを睨み上げるカイネの姿があった。

 

 

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