彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第45話になります。


躍動する者たち
第45話


王騎敗走の一報が中華を駆け巡ってから半年。

 

列国と領土を接する地は、度々、侵略の憂き目にあっていた。

 

秦本営は各地に将兵を走らせて絶え間なく迎撃していたが、奪われる地も少なくはなかった。また、ただの小競り合いが折り重なって、突発的に万を要する大戦が起こることもあり、その対策に日々頭を悩ませていた。

 

そして、小規模とはいえ各所で戦いが頻発するようになれば、頭角を現すように、名を挙げる小隊の姿が各地に散見されるようになっていた。

 

 

「今、各地で名を挙げている小隊は、主に四つです」

今、戦略図を前にして報告を受けているのは、軍総司令昌平君を筆頭にした軍部の面々と長年武官として前線を支えてきた経験を持つ昌文君であった。。

「まず始めは、蒙驁将軍の孫にあたる蒙恬率いる楽華隊。次に王翦将軍のご子息王賁が率いる玉鳳隊。それに、先の大戦で趙将馮忌を討った飛信隊の信。最後に、元王騎軍所属であった李豹の豹騎隊。この四隊の活躍は目を見張るものがあります」

昌平君は、報告の一つ一つを吟味しながら、自身の知識と照らし合わせていた。

「うむ。蒙恬、王賁の二人はもとよりその活躍は期待していた。飛信隊は王騎将軍の名付けであったな。豹騎隊の李豹は、聞かぬ名だな」

「李豹は、王騎の、今は騰になるのか。そこにおる儂の副官であった朱錐の元にいた者じゃ。少し前になるが、朱錐本人と会おうたときに「将としての才はある」と報告は受けておる」

「ふむ。それでは、昌文君の副官であったという朱錐についてお聞きしたいことがある」

「ん?朱錐がどうかしたのか」

「何かしたというわけではない………」

と、昌平君は、そこで言葉を止めると言葉を選ぶように声をだした。

「私は総司令として、各地から上がる報告を適時まとめている。そこから、各将の力量を推し量っているのだが、挙がってくる報告と実際の戦略的価値が釣り合っていないのだ」

「む、朱錐が不正な報告をしているとでもいうのかッ あやつはーーー」

昌文君は、自身の副官であった朱錐が、そういった不正に手を汚すはずはないと声を荒らげたのだが、昌平君は落ち着かせるように手を軽く上げて制すると言葉を続けた。

「落ち着かれよ。逆なのだ」

昌平君の常と変わらぬ声に、昌文君は逸った気を抑えると謝罪の言葉を口した。

「ぬ、逆、じゃと。すまん。………それで、逆とは一体」

「うむ。私が独自に派遣した者から「戦の詳報に間違いはない」と詳報の裏付けは済んでいる」

 

昌文君にして、軍総司令は何を注視して、この会話をしているのかを掴むことができてはいなかった。

「ならば、なにが問題なのだ」

 

「これは口で説明できるものではない。例のものを」

と別の戦略図を拡げさせると、そこには朱錐たちが転戦した地が記されていた。

 

「ここが初めに配置された地、次がこことここ。そして、今いるのがこの地だ。そして、転戦する前のおおよその勢力圏を記すとこうなる。最後に現在の勢力圏はーーー」

「? 大きく勢力圏を取り戻しているではないか」

「その通りだ。では、昌文君に聞くがこれだけの失地回復を成し遂げるならば、どのような武功が考えられるであろうか」

「各地でこれほどの勝利を収めているからには、その地の大将か副将の首、あるいは名だたる将兵の首級などではないのか」

「うむ。私もそれは考えたのだが、首級はさほど挙がってはいない。それも名のある将というわけではない。せいぜいが千人将と言ったところだ」

「んん。それはどういうことじゃ。ならば、将は健在なままで、朱錐のいた地の軍だけが大きく後退しているというのか」

「うむ。さらには第一功を挙げているわけでもなかった。敵軍に何かを仕掛けているのは間違いないのだが、ここからでは詳報以上のことを知る術がないのだ」

「ふ~む。敷いて挙げるならば、あやつのもとには虎豹なる者がおる。かなりの腕と戦略眼の持ち主だと聞いておるから、そやつの活躍やもしれん」

「先の大戦で趙将を討って名を挙げた第六軍の副官でしたか」

 

「どのような者は儂も知らんが、朱錐のやつが副官に据えたのだ、相当に信を置ける者じゃろう」

 

「張っている者の帰りを待つ以外にはない、か」

 

こうして、戦略図を前にした面々は、総司令よりもたらされた戦の詳報と現地で起きている現象との差異に頭を悩ませていた。

 

ところ変わって問題となっている地では、秦本営からの通達に沿った形で頻度を増していく侵略軍に対抗していた。それは、激しさを増ししていく戦いのすべてを本営の判断待ちにしては、機を逸してしまうために、各将軍に細かな采配を委ねるものであった。

 

そこには、その地を委任された将兵が実際に、武に秀でているのか、智に秀でているのか、或いは、采配する力を有しているのか、などをあらゆる角度から正確に見極めようとする軍総司令の狙いが秘められていた。

 

 

「敵軍退却していきます」

 

「追撃は必要ない。野営地に戻るぞ」

朱錐率いる第六軍は小規模の戦いに勝利する帰途についた。

 

「これで、この一帯は随分と楽になるだろう」

 

現地では、朱錐たちと対峙した敵軍は、総じて弱体化した挙句に、大幅な後退をせざるを得ない状況に追いやられていた。

 

「魏との隣接地が酷く押し込まれているそうだから、次はそこになるだろう」

言葉を返したのは、傷の癒えた虎豹であった。

「魏か。こうも各地に転戦となると、休む間もないな」

「それは仕方ないだろう。我らは、騰軍において独立遊軍となった身だからな」

虎豹の言葉通り、朱錐たち第六軍は騰軍中の指揮化に置いては、自由な機動を許されていた。

「うむ、亡き録嗚未の分まで働くとしようか」

先の大戦で、虎豹が録嗚未の主力騎馬隊を借り受けたことで、録嗚未は軍の再編に追われることになり、防衛戦には参加していなかった。それにより、録嗚未が担当する地域の大半を第六軍が受け持つことになり、多忙を極めてることになっていた。

「そういうな。あれから、二千を加えて、五千に増員されているだけマシだろう」

大戦後、朱錐軍は三千から五千へと増員されていた。

「確かに。新兵の練兵だと考えれば最適の環境か。これも、騰将軍の戦略の一部なのだろうな」

「ああ、だから丁度いい。散らせてしまった馬鹿者たちに顔を向けできないような隊を作るわけにはいかないからな」

「………そうだな」

二人が会話を重ねていると横から声が掛かった。

「まッ、姉さんの身は私が護るから心配いらないけどね」

そう声をだして、自身の帰還を報せたのは、別動隊として行動していた玄象であった。そこで、気になってはいたが機会を逸していた話題を虎豹は尋ねることにした。

「よろしく頼みたいところだけど………、よかったのか、象は、李豹に付いていなくても」

「うん。訊いたけど、私を超える男になるために軍を離れるのに、守られるわけにはいかない。ってさ」

朱錐は、信や蒙毅たち次の世代を担う若者の姿を目の当たりにしたことで、李豹の飛躍的な成長には、己という庇護は足枷になると判断していた。そこで、大戦の後処理が落ち着いた頃に、軍を離れるようにと提案するつもりで、李豹を呼び出たのだが、逆に李豹からその旨を告げられた、という一幕があった。

「少年はすぐに男になっていくな。ん、そうは思わないか、朱錐」

「なんのことを言っているのかは、知らないが、李豹のさらなる成長に期待している」

 

「まったく、この男は」

 

一部を除いて和やかに進んだ会話は野営地まで続くことになった。

 

そして、次なる戦地に移った朱錐たちが勝利を収めると、敵軍は判を押したように大幅に後退していくことになる。

 

「此度もうまく嵌ったようでなによりだ」

命からがら逃げだした敵将を眺めながら朱錐は言葉をこぼした。

「確かにな。なまじ頭が回るものだから、引っ掛かる作戦というのがいやらしいな」

虎豹のこの言葉通りに、それなりに頭が回る将ほど、見事に引っ掛かっては甚大な被害を被っていた。

 

それは、敵主攻を誘い出して壊滅させる。この一点に絞った作戦であった。

 

まず、虎豹率いる主攻が敵陣を縦横無尽に切り裂き、被害を与える。そうすると、はじめの内は、虎豹を止めようと動くのだが、虎豹はこれを易々と突破していく。敵軍はこの時点で退却を視野に入れ始めるのだが、ここで一つ目の仕掛けが発動する。朱錐がいる本陣は手薄である。という報告が敵軍に入るのである。

この時、朱錐本陣は、わかりやすいほどに孤軍となれる場所に陣を敷くように心がけていた。

そうすると、頭の回る将ほど、強力な虎豹という主攻に頼って油断してる愚将だと判断して、虎豹の足止めに専念。そして、逆転の一手として、自身が抱える精鋭を用いて朱錐本陣への強襲を狙ってしまうのである。

朱錐本陣は、敵強襲に驚くように、急いで陣形を整えようとするのだが、これは、二つ目の仕掛けである。朱錐たちは、どこから来るのかは承知の上であり、すばやい陣形変更を実戦の地で行っているに過ぎないのだが、敵強襲部隊の眼には、そうは映らない。朱錐たちの慌てように、勝機を見出して全力で突撃してしまう。

対する朱錐本陣は、対突撃用の守備陣形を組み、突撃の勢いを押し止めて乱戦に発展させてしばらく戦う。

しばらくすると、本陣強襲を救うべく現れた(隠れていた)玄象の別動隊が敵強襲部隊の後方を一気に貫いて壊滅させる。

作戦の失敗を知った敵将は、敢え無く退却する。

という流れであった。また、足止めに掛かっているような態をとりながら、その実、虎豹は、じっくりとしかし確実に敵兵を削り取ることに専念するという徹底ぶりであった。

 

この作戦の肝は、敵将に自身の判断が誘われたものだという自覚をさせないところにあった。

 

「敵主攻は強力であり、一矢報いるために孤立した敵本陣強襲を決行したが、想像を超えて敵本陣の守備は堅かった」

という印象を持たせることで、結果は失敗であったとしても、反撃を選択した判断は「必ずしも間違ってはいなかった」と証言させるに至っていた。

 

総じて、強襲などを務められる部隊とは精鋭であり、その壊滅は、その軍の武器を奪うことと同義である。そうなると、敵将は戦略の幅を大きく狭めざるを得えなくなるわけだが、それが消極的な策としてみられて、軍の士気は落ちる。結果として戦の継続が難しくなってしまう。という悪循環を敵軍中に作り上げていた。

 

しかし、この方法には大きな欠陥があった。

 

「敵精兵の壊滅は叶うけど敵首級は挙げられないから、手柄は薄いってのは、軍としては、どうなの」

玄象の指摘にあるように、軍としては潰れ役に等しく、他隊に第一功を獲られることになっていた。

「手柄は重要なのだが、最後にものをいうのは、軍そのものの力だ」

朱錐は、この場での武功よりも、戦場の盾として、最後まで生き残ることを前提に軍を練り上げていた。

「ッフ そうだな。幸いにして、我らは大きな武功を求める理由はないからな」

虎豹もまた同様に考えており、軍の練度を上げることを念頭に置いて采配を振るっていた。

 

「ふーん。まあそれに私はついていくだけだけどね」

 

 

朱錐たちが各地に転戦しているうちに、本営は王騎の意を汲む形で、大将軍位の返還の申し出を承認。これを受けて、王騎は、軍の全権を副官であった騰に委ねると「王騎として前線からは身を引く」旨を本営に伝えた。

 

それから少しの月日が経過した頃。

 

虎豹に呼び出された朱錐の姿は、拠点となっている城塞都市の一室にあった。

 

「わざわざこのような場所に呼び出さずとも、演習で顔を合わせるのだから必要ないのでないか」

と、朱錐は理由も告げずに呼び出した虎豹に苦言を呈した。

「あ~、とだな、朱錐。理由はある。あるのだが、その、なんだ」

朱錐は、何かと言い淀みながら一向に話を始めない虎豹の姿に、何か既視感のようなもの覚えていた。

「なんだ。言いにくい事なら後日でも構わないぞ」

 

「あー、と。そうだな。ごじつ………というわけにいかないようだ」

 

だが、何かに気付いた虎豹は、覚悟を決めたように言葉を発した。

 

「朱錐に紹介したい方がいる」

 

「紹介したい、方、ですか………」

 

朱錐はこの時、虎豹の「紹介したい「方」がいる」という表現が非常に気になっていた。というのも、王騎が治めるこの城塞都市において、虎豹が気を遣うほどの人物は、一人しかいなかったからだ。

 

「なんでしょうか。とても後ろを振り返りたくない感覚があるのですが………」

 

「そういうな。私も驚いたのだから、お前も驚くといい」

 

「驚くもなに、も………」

 

と振り返れば予想を裏切らない人物が龍を模した面を付けて佇んでいた。

 

「あ、あの………」

朱錐はなんとか言葉を絞りだそうとしていたが、彼の者の眼は訴えかけていた。

 

可以外の返答は受け付けない、と。

 

「青騎です。以後お見知りおきを 軍長殿」

 

そこには、頭を抱えた朱錐の姿があったとかなかったとか………。

 

 

 

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