彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第46話になります。


第46話

始皇4年。

中天に轟いていた怪鳥王騎の名が、三大天李牧の策略によって地に堕とされてから、一年が過ぎようとしていた。

 

その間に「王騎は先の大戦での怪我により前線を退かざる負えなくなった」という報が、各地に流れていた。それにより、趙三大天李牧の名はさらに名声を得るようになり、逆に、かつて六大将軍によって築かれていた武威は大きく失墜することになった。

 

秦国各地では、領土を掠め取ろうする列国の侵攻作戦が激しさを増していたが、新たに台頭してきた将兵たちの活躍によって押しとどめられていた。

 

 

その頃、秦国本営は、とある一報を始まりとした騒ぎによって、戦場と同等の色めきを立ち昇らせていた。

 

「大王の許可も得ずに、あの男はなんてことをしでかしおるんじゃ こんな暴挙、許されるはずがないぞッ」

昌文君の怒気の籠った言葉が回廊に響き渡る様子を、此度の騒動の首謀者は、楽しむように王宮の上階から眺めていた。

 

「猛っておるのぉ」

他人事のように言葉を発したのは呂不韋であった。

「ヒョッヒョッヒョ 丞相の悪ふざけのせいではございませんかな」

言葉を返したのは、呂氏四柱の一人、蔡沢であった。

「先生。私はなにも悪ふざけをしているわけではありませんぞ」

 

真意は掴ませない呂不韋の言葉であった。

 

「ヒュッヒョ さようかさようか。そう言うことにしておきましょうかのぉ」

 

ことの顛末はこうであった。

呂不韋は、昔馴染みである、趙王の寵愛を受ける春平君を「両国の友好のため」と称して極秘に呼び出すとこれを捕縛。その後、趙王に「返して欲しければそちらの宰相をこちらに赴かせよ」と要求した。

 

これにより、現三大天であり、同時に趙国の宰相である李牧が趙王の命を受けて、来秦する運びとなっていた。

 

「さてさて、李牧という漢はどんな人物であるのかのぉ」

 

 

李牧来秦の報の影響は、各地に散らばっていた将兵たちにも及んでいた。それというのも、丞相呂不韋は会談にあたって趙国に対して帯剣を許したことにあった。大王が臨席する場に他国の将兵に帯剣を許すということは、陰謀を図りやすい状況であったからだ。

 

「大王様を手に掛けようとしたので、皆殺しにした」

 

など、他国の誰もが信じない内容であろうとも、事実を証言できる者がいなければ、糾弾し続けることは難しい状況を呂不韋は意図的に作っていた。

 

もちろん、そんなことをすれば、他国の信用は地に落ちることは明白である。しかし、李牧という人物がそれ以上の存在であるならば、十分に元は獲れるという算段があってのことであった。

 

そのため、李牧と因縁のある蒙武や元王騎軍である現騰軍の者を中心に招集が掛けられていた。そこには信や羌瘣の姿もあった。

 

「俺はそんな卑怯でくそみてえば真似は絶対にしねぇッ」

 

そんな声を張り上げているのは、階段の中腹あたりで軍総司令である昌平君と対峙している信であった。

「ん、あれは信殿か」

朱錐もまた騰軍の一員として招集されていた。

「なんだ、あの餓鬼も来てやがったのか」

録嗚未の言葉に反応したのは、騰であった。

「ふむ。あの者というよりは、その横の者が本命であろう」

騰は立ち振る舞いから瞬時に羌瘣の力量を察するとそう言葉を発した。

「なるほど。蚩尤か」

「蚩尤ってのは、刺客の一族って話じゃなかったのか。なんであの餓鬼とここにいるんだ」

「あの娘は信殿と行動を共にしていると聞いている。名を羌瘣という」

 

「羌瘣ねぇ、お前んとこの玄象と出が同じなら相当やる、ってわけか」

 

 

「お前がやらずとも他の者たちが斬るぞ。蚩尤であるお前はどうだ」

昌平君は、騰の読み通り飛信隊の隊長である信を餌にして呼び出し、羌瘣という人物を見定めようとしていた。

 

「私は状況をみてから決める。お前に指図される謂れはない」

この羌瘣の言葉は、上官に対する言葉使いではないのだが、昌平君にして羌瘣に求めるものはそれではないため、気にするに値しなかった。

「っふ、そうか」

軽く流した昌平君の視線の先に気付いた信が振り返ると騰たちの姿があった。

 

「騰、それに録嗚未に朱錐のおっさん。ってか、王騎将軍が前線から引退したってマジなのかよッ」

 

 

騰「………」録嗚未「………」隆国「………」鱗坊「………」同金「………」干央「………」朱錐「ソノトオリダ」

 

昌平君「………?」

 

「まじかよ、朱錐のおっさん。なら、俺は絶対に王騎将軍を超える大将軍になるって伝えといてくれ!!」

「うむ」

「ッハ、威勢だけでなれっかよ。糞餓鬼が。てめえはさっさと帰れ」

と、鼻で嗤った録嗚未であるが、その実「こういうのはお前には向いてない」と小さじ程度の情が見え隠れしていた。

「なんだとっ」

そんなことを知るゆえもない信が即座に反応したことで、言い争いになるかと思われたが、先頭を行く騰が歩みを再開したことで、二人の距離は離れていった。

 

そうして、様々な思惑とともに、謁見の間は埋まっていくことになったが、結果としては、暗殺まがいの刀傷沙汰は起きることなく秦趙同盟は為されることになった。

 

「うむ、事はなった。秦趙同盟成立じゃ」

 

ただし、丞相呂不韋の弁舌により、李牧が前線拠点と定めて建設していた韓皋城を明け渡させるという一幕があったことをここに記したい。

 

韓皋とは、近年の軍事境界線の変動によって隣接する趙、秦、魏にとって重要度が増した地であった。そこに目をつけた李牧は、宰相となって初めに、この地に巨大な城を完成させることで、楔を打ち込むつもりであった。

 

呂不韋は、その重要拠点韓皋と、春平君やこの場に誘い出された李牧たちの命を天秤に乗せることで、強引に取引を成立させたのだ。

 

これはまさに、春平君の拉致から始まる騒動を見事に操った呂不韋という漢の偉業といって差しさわりなかった。

 

その後、両国は同盟成立の宴の席についた。

 

宴は、大なり小なりの騒ぎはあったが、それなりに盛り上がりを見せて終宴、李牧たちは帰国の途につくことになった。

 

「李牧様はどこか嬉しそうですね」

李牧達は、丞相と別れの挨拶を終えて宮廷へと続いていた階段を降りていた。

「カイネ、会談がうまく纏まったのですから当然ですよ」

「いえ、会談は思惑通りに纏まるべくしてまとまったのですから、李牧様がそれを嬉しく思うことはないはずです」

李牧はカイネの言に少し驚いたように視線を向けた。

「それは鋭いですね。ええ、まだ、どうなるかはわかりませんが、興味深いものをみつけましたからね」

「それはーーー」 「カイネっ」

と、カイネは自身の名を呼ぶ声に視線を向けると、そこには、先の大戦で知り合った子どもの姿があった。

「ん、お前は河了貂ッ、と朱錐殿ではないですか」

李牧は「先に行ってますよ」と声を掛けようとしていたが、朱錐の名に足を止めた。

「カイネ殿は傷は良くなったようでなによりだ」

「はい。それで、あの、玄象は一緒ではありませんか」

「ん?」と朱錐はカイネの言葉で後ろを振り向いたものの、玄象の姿はそこにはなかった。

「ふむ。さきほどまでは一緒にいたのだが、どこかではぐれたようだ」

「それでは、治療のお礼だけでもお伝え願えますか」

「承ろう」

と二人の会話が途切れるのを待っていた河了貂は「もういいかなぁ」と遠慮気味に声を掛けた。

「おっと、此度の私は河了貂のつきそいであった。すまんな」

朱錐は言葉のあとに身を引くように後ろに下がったが、別のところから向けらえる視線に気づいて顔を向けた。

「いいよ。それよりも、カイネ達は無事に帰れるみたいでよかったぁ」

「当り前だろ。まあ会談の最中はーーー」

 

河了貂とカイネがとりとめのない会話を重ねはじめた横では、朱錐と李牧が言葉を交わそうとしていた。

 

「朱錐殿とはあの時以来ですね」

 

李牧は、そう言葉を投げかけながらカイネから相談を受けた日のことを思い浮かべていた。それは、捕虜交換が為って、趙に帰り着いてからしばらくしての事。

 

「あの………李牧様にお聞きしたいことが」

この時、普段は勝気な言動の多いカイネが、どこか鬱屈とした様子であることに李牧は疑問を覚えていた。

「どうしました。私でいいなら悩みを聞きますよ」

「あ、あの、実はーーー」

カイネは捕虜として目を覚ましてからのことを話した。

「なるほど。朱錐殿が言葉をそこで止めたのは、自国の王を批判するも同然であったからです。密室の会談ならまだしも、そのような場所で容易に口して良い内容ではありませんからね」

李牧の言葉に納得を示しながらもカイネは「李牧様も、我々、趙人と秦人はこれからも争い続けなくてはならないとお考えですか」と尋ねた。李牧は少し思考すると己の考えを述べた。

「否定はできません。私個人としては、争いなど捨てて、両国間で恒久的な和平条約でも結んでしまえば良いと考えはしますが、複雑に絡み合った怨嗟の念の前では、それは難しいでしょう」

「ではやっぱり、争い合うしか路はないんでしょうか」

「いえ、二国間でできないのであれば、他国を巻き込めばいいのです。趙人である我々からすると長平は許しがたい暴挙になりますが、楚や魏、或いは燕や斉から見ればどうでしょうか」

「………戦いの過程の一つ、でしょうか」

「こう言っては何ですが、我々からすれば許しがたい出来事であっても、他国からすれば概ねその程度の認識でしょう。もちろん、軽いわけではないでしょうけどね。ですが、恨みやそれに付随する堪えがたい痛みも、やがては薄れていきます」

「その間だけでも、良い、と」

「無論、恒久的に続けば良いとは考えます。それが難しい事だとわかっていても………。私は、今こそ時間を空けるべき時であると考えています。カイネにもわかるのでしょうが、戦国の世になって、すでに五百年は経過しています。中華は、もううんざりするほどに争いに争った。私はそれを止めたい。それが、どのような手段であろうとも、です」

「そう、ですか」

「私の考えをカイネに理解してほしいとは願いません。ですが、戦を止めるためには、戦に強くなくてはならないのが戦国の世の習わしと言えます。超大国である楚、近年大きく勢力を伸ばした秦、そして、我が愛すべき趙。燕と斉であっても、拮抗する力は必然として、大戦を起こしにくくします。なぜなら、他国を攻めるということは、自国を手薄にするということに同義だからです。そして、仮にでも七雄で盟を交わせれば、大きな戦がない世は実現できます」

「ですが、拮抗する力同士が盟を結ぶことで戦がなくなるとしたら、もっとも勢力が低いとされる韓はどうなるのですか」

「良いところに気が付きましたね。残念ですが、力のない国は淘汰されることになるでしょう」

「なぜですかッ 七国で同盟を結べれば争いは起きないとおっしゃられたじゃないですか」

「ええ。ですが、なにも争いとは血を流すことだけをいうのではありません。国力を高められない国は、遅かれ早かれ併合の路を歩むことになります。確かに、国がなくなることに痛みは伴うでしょう。ですが、人は生き続けることができます。それは、戦争のよって滅ぼされるよりも、はるかに平和的に、です」

「それでは、何のために盟を………」

「可及的速やかな戦のない世を実現するためです。カイネ、盟も万能ではないということですよ。残念ですが、七雄の国益が揃う盟など存在しないのです。それでも、いくばくかの刻を稼ぐことはできます。いつの世か、私にすら考え付かない方法で、平和な世が訪れることを、私は切に願うばかりです」

「………」

俯き言葉を失くしたように佇むカイネに李牧は声を掛けた。

「幻滅しましたか。賢しそうな振りをしていても、私はこの程度ことしか考えつかない愚者の一人なのです」

「そ、そんなことはありませんッ 李牧様はっ 李牧様は、匈奴に脅かされていた私たち雁門の民をお救いしてくださった。これはあなた様にしかできなかったことです。今も、これからも李牧様をお慕いするしてる私たちに、そのようなことはおっしゃらないでください」

「………そう、でしたね」

李牧は雁門での日々に想いを馳せると、強く言葉を発した。

 

「私には皆を、雁門の民を護るために、戦う決意があります。そして、これが「守るべきものを芯に据える」という朱錐殿があなたに掛けた言葉の意味になるでしょう」

 

「李牧様にとって守るべきものが、私たち雁門の民。それでは、私はーーー」

 

 

「ん、…牧殿。どうかされたのか」

朱錐の声に追憶から意識を現実に引き上げた李牧は、焦ったように返事をした。

「っ、これは申し訳ありません。朱錐殿がカイネに薫陶を授けられたとお聞きしまして、その時のことを思い起こしていたのです」

 

「薫陶、などではなく私的な話であったと記憶している。今の彼女の雰囲気を見る限り、どうやら吹っ切れたようだがな」

 

「いえ、何事も他者から聞かされる言葉には、人となりが現れるものです。それを薫陶として受け止めるかは、各々によりますけどね」

「ふむ。その言葉、私もあなたからの薫陶として受け入れるしよう」

 

李牧は目を見開き、それから笑みを浮かべると「フフフ」と声を漏らすと言葉を続けた。

「これでは、わたしも迂闊なことを口にできなくなってしまいますね」

 

二人の会話が和やかに進むかと思われたが階段の上方から挙がった声で中断することになった。

 

「おいっ なにやってんだそんなやつと気安くしゃべってんじゃねぇぞ 貂ッ」

声の主は信であり、その横には羌瘣の姿があった。

 

「飛信隊の信ですね。どうやらここまでのようです。それでは、私たちは帰国します。あなたとは、いつかゆっくりと言葉を交わせればと思います。カイネ、行きましょう」 

李牧はそう言葉を残すと踵を返して、歩みを再開した。

 

「はいッ じゃあな 河了貂」 「バイバイ カイネ」

 

 

「で、なにを話してたの」

遠ざかっていく李牧達とは対照的に、すぐ傍で聴こえた声に振り向くとそこには玄象の姿があった。

「象。どこに行っていた。カイネ殿が礼をしたいとーーー」

「柄じゃないからいいって。それにそもそも傷を作ったのも私だし」

「む、そうか。話と言ってもーーー」

と朱錐は言葉を続けようとしていたが、玄象はそれを遮るように声をだした。

 

「あ、やっぱ待って、馬鹿妹が来たから。おい、なに下を向いているんだ馬鹿妹」

信と河了貂の姿はいつのまにか見なくなっていた。

 

「………、馬鹿じゃない、馬鹿って言ったほうが馬鹿だから象姉のほうが馬鹿」

 

玄象に気付いた羌瘣からどこか寂し気な表情が消え去ると、姉妹による口喧嘩が開始された。

 

「なにおうッ この娘はほんとああいえばこういう。生意気なんだからーーー」

「私は生意気じゃない」

「ほら、口答えばっかりして。こっちきな。私が礼儀を教えてやる」

「やだ。横暴には抵抗するから」

 

朱錐はそんな二人の姿に「象、帰ってくるのはゆっくりでいいぞ。虎豹には私から伝えておく」と声を掛けた。

 

「あ、ごめんね。馬鹿妹に礼儀っていうものを叩きこんでから帰るって伝えといて」

 

「断固抗議する」

 

「ほんッとにもうーーー」という玄象の声を背に、朱錐もその場をあとにした。

 

 

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