彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第48話になります。


魏国山陽一帯攻略戦
第48話


年を跨ぎ、始皇五年。

秦は秦趙同盟の効力を最大限に活かした魏国侵攻を開始することになる。それは、秦にとっては中華に躍り出るための要衝山陽、その一帯を一気に攻略するという大規模侵攻作戦のことである。秦から派遣された兵は実に二十万を超えており、秦国大本営の本気度が窺えていた。

 

この山陽攻略戦を指揮するのは、秦の白老こと蒙驁大将軍であった。

 

「ふぉっふぉっふぉ、皆の者、戦はこれから、急くでないぞぉ。それでは全軍前進じゃッ」

蒙驁将軍が進軍の合図を出すと全軍は魏国山陽攻略に向けて出陣した。

 

進軍を開始した幾ばく。

蒙驁大将軍は、普段通りの必勝戦術である、蒙驁本軍と二人の副将の二軍。合計三軍に編成すると山陽一帯の同時攻略に乗り出していた。この一帯の同時攻略こそが、麃公ではなく、蒙驁がこの軍の総大将に任命された理由でもあった。

 

その蒙驁本軍には、この一年数か月のうちに頭角を現した四隊の姿があった。

 

「うっひょー、さすがは白老蒙驁大将軍だぜッ。俺達の実力をちゃんと見抜いてやがる」

ご機嫌そうに声を挙げたのは飛信隊の信であった。

 

「予備隊の前方に配置されたということは、我ら飛信隊の活躍が蒙驁大将軍にも届いていたということです」

言葉を返したのは、もともとは壁と信とを結ぶ連絡係であった淵副官である。

 

「俺はこの戦いで武功を挙げて一気に昇格してやるッ」

そう鼻息の荒く宣言するように声を挙げた信に、冷や水を掛けたのは、後方を騎馬でかき分けるように横を通った王賁率いる玉鳳隊であった。

 

「ん? 誰かと思えば下僕あがりと飛信隊か」

王賁は信たちに気付くと登場の勢いそのままに、言葉を続けた。

 

「俺から一つ、忠告してやる。貴様たち歩兵部隊は、我らを支えるためにある。小さな戦で武功を挙げたからといって、大きな武功を狙おうとするな。この大戦、諸君らは与えられた役割だけを全うすること勧める。さもなく

ば、先の対趙戦を上回るこの戦いに最中に屍をさらすことになるぞ」

冷たいようにも感じる王賁の言葉であるが、それは、飛信隊を軽んじているからでない。ただ貴士族出の精鋭と百姓出の農工兵とでは、熟す役割が同じであるはずがないと、区別しているだけである。ただ、言葉に棘があるのは若さ故ともいえた。当然、そんなこと言われて黙っている信ではない。

「王賁。俺はてめぇよりでっかい武功を挙げてお前の上官にでもなってやるから、覚悟しとけッ」と。

 

王賁は、信の啖呵に動じることなく、その様子を眺めてから、言葉を発した。

 

「早々に死なれてはいい迷惑だ。精々、分をわきまえることだ」

王賁は言葉を残すと馬を先へと進めた。

 

それからしばらくして。

蒙驁は最初の城である高狼城(コウロウジョウ)を目前にして、城の四方を攻める東西南北の四軍とその四軍の予備兵として、さらに四隊を編成した。

 

飛信隊は東壁予備隊の前方を射止めていたが、玉鳳隊はその最前列であった。つまり、もっとも評価されたのは、王賁がいる玉鳳隊であることが暗に示された形である。そのことに、不満を口にしていた信であったが「まあまあ、先は長いんだし気楽にいこうよ」と声を掛けられたことで愚痴を中断して、そちらを振り向いた。

「ん。あ、ごめんね高い所から」

信の視線に気づいた漢は、馬から下りると自己紹介をした。

 

「俺の名は蒙恬。飛信隊とは同じ特殊三百人隊で楽華隊っていうんだ。よろしくね」

 

信と蒙恬が挨拶を交わしている頃、豹騎隊李豹の姿は彼らとは別の予備隊の先頭にあった。

 

「先の功績は認められていたみたいだな」

李豹に声を掛けたのは副官洪であった。

「そうですね。位では千人将になりましたけど、部隊編成の都合か、いまだに三百人隊のままですから、その埋め合わせのようなものでしょう」

 

この李豹の言葉は、半分は正しかった。まず、その半分となる表の事情は、大戦間近の大功による昇格ということもあって、千人将として慣れのないままに大戦にだすことを良しとしなかった蒙驁将軍の判断があったことが一つ。

 

そして、裏にあるもう半分の事情には、蒙恬の存在が深く関わっていた。

 

先に登場した蒙恬なる者は、蒙驁大将軍の孫にあたり、李豹よりも一つ年上で、すでに千人将の位を授かっていた。けれど、そんな孫に対して蒙驁は、「そなたに千人将はまだ早い」と若干の過保護も入り混ぜながら、三百人将に据え置かせていたのだ。そういった経緯から、孫と同世代で千人将へと駆け上がった李豹にも、同様の判断が下されたというわけである。

 

「急遽増員されたらされたで、足を引っ張られるのはまちがいないから、いいんじゃねぇか」

 

隊の連携とは、蓄積された経験がものをいう。そのため、半端な増員は帰って隊の力を落とすことが、戦場では、しばしば見受けられることであった。

 

「おそらく、その辺りも考慮された結果でしょうね」

 

かくして、蒙驁本軍の予備隊には、今巷を賑わす、楽華隊、玉鳳隊、飛信隊、そして、豹騎隊の四隊が揃うことになるのであった。

 

 

その頃、秦の大本営にいた昌平君の元には、一つの書簡が届けられていた。

 

昌平君は書簡の中身を確認してから、数拍ほど瞑目すると言葉をこぼした。

「やはり分が悪い、か」

その声に、戦略図を眺めていた昌文君は気づくと声を掛けた。

「どうかしたのか」

昌平君は、昌文君の言葉に反応したように目を開くと、書簡を持ち込んだ者に声を掛けた。

「返書を出す故、しばし待て」

「なんじゃ、昌平君よ」

昌平君は素早く返書をしたためると、応えた。

「書簡は王騎元大将軍から」

「ん? 王騎じゃと。軍総司令に前線を引退した奴から、一体、何の用じゃ」

「元将軍は独自の情報網をお持ちのようで、此度の魏国山陽戦に廉頗大将軍が出陣する。との報せだ」

昌文君は廉頗の名に驚くように声を挙げた。

「廉頗がでるじゃとッ。廉頗は魏王に冷遇されておるのではなかったのかッ」

「そう伝え聞いてはいたが、そうではなかったというだけのこと。蒙驁将軍には、それだけの陣容を持たせている」

昌文君は、軍総司令の備えてはしていた。という言葉に一抹の不安を感じて声を掛けた。

「………総司令は廉頗の恐ろしさをわかっておるのか。付け焼刃が通じるほど甘い相手ではないぞ」

「重々承知している」

「むッ、それでは、王騎の書簡には他に何か書いていなかったのか」

それは、王騎は廉頗の力を見誤ることはない。という信頼から、書簡の中身が出陣の報せだけのはずはないと勘どったゆえに口に出た言葉であった。

「………、書簡には増援を送る余地はある、と記されていた」

「余地じゃと。王騎は誰を送れと書いておった」

「あなたの良く知る人物だ。昌文君」

昌平君の言葉から、王騎に連なる人物で、なおかつ自身の良く知る者となれば、一人しか浮かばなかった。

「朱錐か」

「いかにも。調練を終えた第一軍の戦場復帰で、穴埋めをするとのことだ。さらに、ご丁寧にも、派遣すれば蒙驁軍の弱点を補完できるとも書かれていた」

「蒙驁軍の弱点?」

「………これは本人に掛けるような言葉でないが、蒙驁将軍は至って凡庸な将だ。それは良くも悪くもと言える。だが、脇を固める副将王翦、桓騎の才は他を圧倒していると俺は読む。それゆえに弱点ははっきりしている」

「蒙驁本軍がもっとも弱いということか」

「その通りだ。蒙驁軍は、これまで守りを破られる前に、その両腕が相手を打ち崩して勝ちを収めてきた。だが、敵が六将のような存在、元三大天の廉頗だとすれば、不安があったのも事実」

「ならばーーー」

 

「要請を承諾した」

 

 

それから一か月。蒙驁軍の姿は二つの城を落とすと三つ目の城である近利関(キンリカン)の攻略に励んでいた。

 

「お前らなにやってんだッ 早く登ってこい。手柄は上にしかねえんだぞッ」

声を挙げた信の姿は城壁の上にあった。その声に触発されたように、王賁たちが用いていた井闌車に多くの兵が殺到することになった。

 

「ッ、登れッ我らの力で城を落とすのだぁッ」

手柄を求めて殺到しはじめた兵たちの勢いは凄まじいの一言であった。

 

ここまで大した武功を挙げられず鬱憤の溜まっていた兵たちには、もはや「それは我ら玉鳳隊の井闌車、勝手に登るでないッ」と掛かる制止の声に、耳を傾ける者はいなかった。

「よせ、やめよ登るなッ これには人数制限がーーー」

玉鳳隊の番陽は、ミシミシと音を上げる井闌車を前に顔面蒼白となっていた。

 

 

蒙驁軍が山陽一帯の攻略に乗り出してから一か月と少し、蒙驁本軍にようやく追いついた朱錐たちは、本軍の後方で待機すると、近利関の城攻めを観戦していた。

「あの声は信殿か。よく響いている」

「童信の声は、一つの才能ですねぇ」

「確かに戦場でもよく透る声は局面を左右することもありますね」

軍長朱錐を中心に右には副官虎豹、左には参謀青騎の姿があった。

「私は、夕暮れを待って蒙驁将軍に到着の挨拶をします。二人はどうしますか」

「副官として、私は顔を出すことにします」

「そうなさい。さすがに将軍と私は幾度となく顔を合わせていますので、陣で待機することにします」

 

朱錐は二人の意思を確認すると、戦場を静かに見つめる玄象にも声を掛けた。

「象はどうする」

「ウーン、私は姉さんについていこうなぁ」

「私に付いてきてもしょうがないだろう。せっかく同じ戦場にいるんだから、李豹に会いに行ってやればいい」

「いや、でもさ………」

迷いをみせた玄象の背を押したのは、朱錐であった。

「象。我らは明日をも知れぬ場に身を置いている。会いたいならば我慢せずに会いに行くといい」

「………、そうだよね。わかった会いに行くよ」

 

その様子を、やれやれとした顔をしながらも、どこか暖かく見守る青騎の姿があった。

 

「まったく、世話がやけますねぇ」

 

 




第48話でした。
魏国山陽一帯攻略戦です。

気長にお読みください。
細々と更新していきます。
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