彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第49話になります。


第49話

蒙驁本軍が攻める近利関城は、東壁を攻める玉鳳隊の井闌車によって敵の目が奪われている隙をついた南壁軍郭備隊の活躍により陥落していた。

 

「蒙驁将軍。増援軍の将が着陣の挨拶をしたいと」

蒙驁は、戦勝に湧く本陣に迎え入れるように指示した。

「フォ? おぅそうかそうか、こちらに通すとよいぞ」

天幕の前に待機していた二人は、案内に従い中へと通されることになった。

「ッ、な。鬼の面に虎だ、虎の面だ」

と側近たちの囁き声を小耳にはさみながら、二人は挨拶をした。

「軍総司令の命により、着陣いたしました。騰軍所属第六軍軍長を務める朱錐です、後ろは、副官の虎豹と申します」

朱錐たちは、静かに拱手をすると軽く会釈した。

「ふぉっふぉっふぉ」

と朗らかに笑う蒙驁とは打って変わって、側近たちは、朱錐たちを値踏みするように各々に声を出した。

「軍司令もこのような面妖な者たちを送ってくるとは、なにを考えているのか」や「まったくだ。戦勝を続ける我らに増援が本当に必要のか」と。

 

それをぴしゃりと遮るように声を出したのは、蒙驁の最側近ともいえる羅元将軍であった。

 

「お前たちは黙っていろ。さらには、殿のお言葉を留めるとは何事かッ」

羅元の言葉に静まり返ると、蒙驁は言葉を発した。

 

「フォッフォッフォ 羅元よ、そう言うでない。儂の言葉がちと遅かっただけのことよ。朱錐よ、随分と久しいそなたに言葉がでなんだわ。儂も歳をとったということかのぉ。そなたと戦場をともにしたのは、もはや遠い過去のようじゃて。のぅ羅元」

「ハッ 真にその通りです」

 

二人に対して懐疑的な言葉を口にしていた側近の一人は、蒙驁、羅元の両名が知る者であったということで、顔を青ざめながらも声をだした。「なッ、お、お二方はこの者をご存じだったのですか」と。

 

「ふぉふぉふぉ 朱錐の戦働き、儂は忘れてはおらぬぞ」

「ハッ お覚え頂いていたとは、光栄です」

「うむ。して、朱錐。軍総司令殿は、なにを意図して、諸君らをここに派遣なされたのか、訊いておるのかのぉ」

 

「軍総司令より書簡を預かっております」

 

朱錐が懐から取りだした書簡を受け取った側近は、蒙驁に手渡した。それを開いた蒙驁は「むぅう………」と難問を抱えたように、普段ならだすことがない唸り声を挙げた。その異変に側近の一人が声を掛けた。

 

「蒙驁様、その書簡には何が書かれていたのですか」

 

蒙驁は数拍黙したのち、朗らか声で言葉を返した。

 

「なあに、大したことではないぞ。元三大天であった廉頗が出陣したというだけのことよ」

 

「れ、廉頗ですとぉッ」

一人の幕僚の驚きの声は、天幕にいる側近すべてに伝播していく。

 

「あの廉頗が」 「これは難しい戦になるぞ」 「あの白起将軍すら攻めきれなかった元趙三大天の廉頗がでるッ」 

 

祝勝の宴に酔いしれていた彼らの心持は、驚愕のあまりに「地に足がつかない」と正しく言える様子であった。

 

彼らの動揺を収めたのは、他ならぬ蒙驁の言葉であった。

 

「ふぉっふぉっふぉ。皆の者。何を狼狽えておる。廉頗のことは、あらかじめ想定されていた事態の一つじゃ。副将たちにも周知してあるぞ。皆の者よ、その様に浮足立っておっては、戦勝の酒がこぼれ落ちてしまうぞ。ふぉっふぉっふぉ」

 

蒙驁は、暖かで良く透る声を発することで、彼らを落ち着かせてから朗らかに笑った。

 

「さ、さすが殿だ」

「廉頗の名にも動じておられないぞ」

「これは秦国の武威を取り戻す戦になるぞ」

 

蒙驁は、側近たちの面持ちが変わったことを認めると、朱錐に労いの言葉を掛けた。

 

「うむ。よくぞ報せてくれた。感謝するぞ。これならば、今からじっくりと対策を練ることができる。そなたらは、行軍の疲れもあろう。軍議は明日の夜からじゃ。今宵はゆるりと躰を休めるとよかろうて、ふぉぉふぉっふぉ」

 

 

 

朱錐たちは、蒙驁の言葉に従い踵を返して天幕をあとにすると自軍の元へと歩き出した。

 

「言葉ではああ言われていたが、はたして、その心境はどうであろうな」

 

「そうだな。なにせ、あの廉頗だからな。はっきり言って、生半可な強さではない。さらに、奴の脇を固める廉頗四天王と呼ばれた輪虎(リンコ)、羌燕(キョウエン)、玄峰(ゲンポウ)に介子坊(カイシボウ)。いずれも油断ならない歴戦の将たちだからな」

 

廉頗は、かつて趙国の武の象徴、三大天の一角を担っていた漢である。その中で廉頗は、秦六将筆頭である白起が総大将を務めて、さらには、副将に王騎がついた大戦においても、二年に渡り守りの戦い続け、ついには、敗北を喫しなかった英傑である。だが、それを弱気と取った当時の趙王に更迭されるという一幕もあり、自国の王家との折り合いは最悪であった。

 

「まさか、対魏戦でかの大将軍と対峙することになるとはな」

 

ではなぜ、趙三大天であった廉頗が、魏国に亡命することになったのか。

 

「悼襄王(トウジョウオウ)か」

 

その原因は、現趙王である悼襄王その人にあった。悼襄王は太子の頃から、廉頗が何かと諫言してくることを疎ましく思っていた。それゆえに、先王の崩御にともない趙王に即位すると「老将に大役は任せられない」と理由を付けて、将軍位をはく奪、つまりは、趙王家によって、再び更迭される憂き目にあったのだ。

 

「衰えているなら、ありがたいのだがな」

 

当然、廉頗は激怒して、これを拒否した。

 

「そうであれば、増援にくることもなかっただろうな」

 

結果、趙王は廉頗に対して五万の軍勢を興すと、廉頗の討伐に乗り出した。

 

「元趙三大天廉頗、か。」

 

この異例の同国同士の戦いは、趙王が興した五万の軍勢を廉頗率いる八千の兵が退けることになる。当然、王命に逆らい、自国軍に牙を剥いた廉頗に、自国に留まる選択肢はなく魏国に亡命することになったのだ。

 

 

近利関陥落の夜。

 

その夜、李豹は近利関陥落の立役者となった千人将から軍議に参加しないかと誘いを受けていた。

 

その将曰く「君は本来であるのなら、俺と同じ立場である千人将だ。今宵、次の戦にむけて、我が隊を含めた数隊で集まり軍議を行うゆえ、よければ君もどうだろうか」と。

 

李豹は、軍議の場所が少し離れていることもあって、一人、馬の準備をしていた。

「実力はあって、嫌味もない。おまけに自身の出自を卑下しない、か」

李豹は一つの目指すべき将の形を体現している千人将に好感を抱いていた。

 

「よし。そろそろ行くか」

と、いざ、馬に跨ろうとしたその瞬間

「みつけた」

という声に驚いて後ろを振り返った。が、そこに人の姿はなかった。

 

「気のせいか」とあたりを見渡して口した瞬間、李豹は背筋走った悪寒に従って前に転がった。さらに立ち上がると同時に佩いていた剣を抜き放つと構えた。

 

「っ、な、だれもいない」

 

それは、李豹の最大限まで高まった警戒心をあざ笑うかのように、後方から聴こえた。

 

「どこを見ている」

 

即座に声の方角に反応して、剣を振り向きざに横に薙いだ。だが、何の感触もなく、李豹は視線を彷徨わせることになった。

 

「まだまだだな」

 

と、振り向いた方向とは、逆の肩口に何かが乗った気がして、李豹は顔を向けた。

「ッ」

「久しぶりだね、豹」

と、玄象はサッと狕を模した面を獲ると顔を近づけた。

 

頬に何かが当たる感触した。

 

李豹が動揺しながらも視線を向けると「よっ」と軽い挨拶を交わすように手を挙げる玄象の姿があった。

 

「な、なんでここに君が」

 

「増援だってさ。顔、朱いぞ、豹」

 

「えっ、あ、いや、だって、な、増援?」

李豹は混乱する頭を冷静に保ち直そうと必死に頭を回転させていた。

「そっ。ぞーえん。さっき着いた。ていうか、真っ赤 フフッ」

だが、頬が真っ赤だと指摘されて、再び思考を乱されることになった。

 

そのとき、月にかかる薄雲が晴れて月明かりに照らされた玄象の顔に目が留まった。

 

「えッ、何?」

「象だって真っ赤じゃないか」

と李豹は頬を指さした。

「えっ、嘘」

と、手で抑えた頬の熱さに気付いて悶える姿は、李豹に落ち着きを取り戻させた。

 

「増援か。確かに到着したって話は聞いてたけど、第六軍だったんだね。おっと、面は返してもらうよ」

「あ、そうだな。ふぅ、あつい、あつい」

 

手をパタパタとさせて涼みながら、まだ少し落ち着きのない玄象から面を受け取ると、李豹は再び素顔を隠した。

 

「ちらっとみたことあるけど、そんなに似てるかなぁ」

 

この玄象の言は、李豹が面を付けている理由そのものであった。

 

「これをしておく必要があるくらいにはね」

 

李豹は、言葉のあとに、大王様の身代わりとなった日のことを浮かべていた。

 

 

とある日の某所にて、秘密裡に昌文君よってに連れてこられた李豹の姿を認めた大王は言葉を発した。

 

「フッ まるで俺の現身のようだとまで言わしめたお前に興味を持っていた。なるほど、俺は他者からはこのように見えているのだな」

 

昌文君は、自身の「現身のようだ」と言った意味を別の形で解釈されたのかと心配になって言葉を掛けた。

 

「この者は漂という若者でして、下僕の恰好をしていますが、決してそのような意図はございませぬ」

 

「ん? 昌文君。そうじゃない。実際、下僕よりも下の生活をしてきた俺からすれば、下僕は立派な人だ。こう見えるというのも、悪い意味ではない。俺が俺を知るとでもいうのか、自分というものを客観的に他者から見ることはできないからな。これだけ似ていると、同じ恰好をすれば、お前でさえ区別ができないかもしれんな」

 

「お戯れを。ですが、儂ほど大王様と近くで顔を合わせている者はおりませぬ。ですので、他の者にはできようもないでしょうな」

 

「フッ それもそうだな。漂と言ったか、お前の働きに期待しているぞ」

 

「ご期待にお応えできるように誠心誠意、お勤めを果たします」

 

「改まり過ぎだ。もう、俺とお前は表と裏の関係と言っていい。年も近い、もっと普通でいいぞ」

 

「はい」

 

李豹は、あの日から、まだ数年しかたっていないというのに、妙な懐かしさすら感じていた。

 

信と出会い、剣に見立てた棒で語り合った大将軍になるという夢。

 

どこにでもいる下僕の身であった自身が、大王様の身代わりとなり、わずかでも王宮にいたこと。

 

そのあとすぐに、政争の末に身代わりとして、死にかけたこと。

 

朱錐様に助けられて、一人の兵として大将軍への道を、たしかに、歩き始めたこと。

 

そして、象と出会えたこと。

 

今がいる場所が、奇跡のような現実の上に存在していることに、言葉が溢れた。

 

「奇跡は起こっていた。俺の夢は、いまここにある」

 

「ん?豹、なにか言ったか」

李豹はこぼしてしまった言葉に少しばかりの恥ずかしさを隠しながら、言葉を続けた。

「なんでもないよ」

「フーン、そっか」と玄象は背を向けると「私は豹のほうがーーーと思うぞ」と小さく呟いた。

「えッ、いまなにをーーー」

と、李豹が尋ねようとすると、別の所から声が掛かった。

「李豹、早くいかなくていいのか。ん? 玄象か」

それは、豹騎隊に「少しでる」と伝えて戻った洪であった。

「少し待ってください。象、すまない。千人将たちの軍議に参加することになっているから、もう行くよ」

「ん、そうか。それなら………、私は戻るよ」

背を向けたまま振り返らずに歩き出した玄象の背に李豹は「象ッ」と名を呼ぶと同時に駆けだした。

「象ッ」

と自身の名を呼ぶ李豹の声に足を止めたその時、あたたかなぬくもりが背中を包み込んだ。

 

「ありがとう。象、会えてよかった」

 

そこには、肩越しに後ろからやさしく抱擁する李豹の姿があった。

「豹………」

と甘い空気が漂いそうであったが、我慢ならない漢の言葉によって、霧散した。

 

「お前らッ、おっさんにみせつけてんじゃねえよ。さっさとしろ、遅れるぞ」と。

 

 

玄象は李豹たちと別れたあと、先程の余韻に浸りながら、人通りのない路地から屋根へと駆け上がった。

「フフ、ふふふ」

李豹の体温の温かさをおもいだすと自然と笑みがこぼれた。

「初めての感覚だ。胸の内からあたたかさが溢れくるみたいだ………、ん?」

 

その時、視界の隅に映った影が路地裏にサッ消えるのを見逃さなかった。

 

 

男は、一仕事を終えたあとなのか、一息つくと、言葉をこぼしていた。

「首尾は上々。あとは、帰還を待つのみか」

 

油断したというほどではない。それは、束の間に吐いた息を吸う間の出来事であった。

 

「ねぇ、なにしてんの」

不意に掛けられた言葉にも、男は驚くことなく剣を引き抜き放ち、声の方角に向けて最速の突きを繰り出したのだが、視線のさきには………人影一つ存在していなかった。

 

「まあ、敵だよね」

 

漢がその声を認識した時には、背から刺し込まれた剣が胸を貫いていた。

 

「ぐフぅッば、馬鹿、な」

「はいはい、そういうの良いから、目的を言いな。すぐに楽にしてあげるよ」

「だれ、が。死を、秦に死、を………」

 

男はそれ以外の言葉を最後まで紡ぐことなく事切れた。

 

「はあ、人が良い気分に浸ってるときに限ってこれだ」

 

美しい輝きとともに、あたりを照らし出していた月は、薄雲に覆われ始めていた。

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