近利関陥落の夜は続く。
「今日はひさしぶりのでっかい武功だぞッ 皆で、祝杯だぁッ」
飛信隊は、魏国大攻略戦始まって以来、目に見えた武功を挙げられずにいた。だが、ここ、近利関攻略戦では、偶然鉢合わせた名のある部隊を撃破したことで、高い武功を挙げることに成功していた。これは、三つ目となる城攻略において、玉鳳、楽華隊を上回る初の戦果であり、喜びの祝杯であった。
その様子を少し離れた所から眺めている者たちがいた。
「ここは賑やかだな。ん? そうか、彼らが噂の飛信隊か」
「そのようです。郭備様、軍議の時間が迫っております」
「お前たちは先に行って準備を進めておいてくれ。俺は彼らに少し話がある」
郭備は指示を出すと飛信隊の元に向けてゆっくりと馬を進めた。
「あん、だれだあの騎兵殿は」
それは、少し酔いに回った飛信隊の一人が口にしていた。
「ん、俺の事か。俺は千人将を任されている郭備と言う。君らが飛信隊で間違いないか」
「え、はいッ、か、郭備千人将と言えば、今日、大将首を挙げられたかたではッ」
「よく知っているな。その通りだ。隊長の信殿はいるかな」
落ち着いた郭備の姿とは対照的に問われた隊員はあわあわとしながらも、隊長の信を指さした。
「あれだな。宴会の最中にすまなかったな。さあ俺のことなど気にせずに楽しむと良い」
郭備は自身の想像通りの隊長信の姿に頬を緩めながらゆっくりと近づいた。
「ん、あんた俺達に何の用だ」
「俺は郭備という。千人将だ。君が隊長の信で間違いないか」
「そうだ。で、その千人将様が何の用だってんだよ。俺たちをからかいに来たってんなら容赦しねぇぞ」
と威圧するように啖呵を切った姿に「ッフ」と笑う郭備に、信は声を荒らげた。「てめえ何嗤ってやがる」と。
「嗤ってはいないさ。君は下僕の出だそうだな」
「だからなんだ、てめぇも俺達に文句でもあんのかよッ」
食って掛かる信を諫めるように「飛信隊隊長信」と名を呼ぶと、郭備は続けて言葉を発した。
「君の威勢の良い所は評価できる。だがそれだけでは、いつか隊を殺すことになるぞ」
「なッ なんだと」
「今は若いがゆえに許されている所があることを自覚すべきと言っている。さらにいうならば、高狼城では狼藉を働いていた乱胴を切ったそうだな」
「俺は糞野郎を切っただけだッ 悔いはねぇ」
「そういう所だ。此度は大事には至らなかったが、次は、隊を巻き込んだ処罰が下るかもしれないと、頭の隅に置いておくといい」
「ッチ、んんだよ、説教ならよそでやれよ」
郭備は信のその言葉に「おっと、そうであった」と頭をかくと謝罪を口にして、本題を語りだした。
「すまない。君の言葉の通り、説教に来たわけではないのだ」と。
その後、郭備は高狼城で信が雷胴を切ったことで起こった軍中の変化を飛信隊の皆に伝えた。
「君たちの若い力が軍を変えたことに、一言、礼を言いたかったのだ。ありがとう。飛信隊の信、そして、隊員の諸君」
郭備の言葉は、確かに、飛信隊の皆の心に響いていた。
「君たちは間違ってなどいない。そのまま真っすぐに進め、飛信隊。さあ、夜はこれからだ。大いに騒ぐといい」
郭備の言葉だけが響いてた宴は、一気に活気を取り戻すと、先程よりもさらに大きな盛り上がりをみせていた。
「俺、あんたの事誤解してたみたいだ」
「気にするな。俺が誤解を招いたようなものだからな。っと、すまない、そろそろ、行かなくてはならない。信、君のこれからの活躍に期待しているぞ」
「ああ、すぐに千人将になってあんたに並んでやるから待ってろよ」
「ッフ、ならば俺は二千人将を目指すとしようか」
飛信隊の宴から離れた郭備は、軍議が行われる自隊に向かっていた。
「次の世代にも、立派な芽が育っているようで何よりだ。俺もうかうかしている場合ではないな」
郭備の誰に掛けるでもない言葉は宙へと消えていった。
「郭備千人将」
そんな、郭備を呼び止めた声は、長い騒乱の夜の幕開けとなった。
「ん?」
郭備は自身の名を呼ぶ声に振り返った。
「ッ」
「?」
「振り返りざまに君の面、狕だったかな。情けないことに、それに驚いてしまったよ。ところで、君がここにいるということは、来てくれるのだな」
そこのいたのは、副官洪を連れた李豹であった。
「はい。ちょうど向かう道中にお見掛けしたので声を掛けました」
「そうか、軍議の時刻に遅れ気味だ。話は歩きながらにしよう」
「ん?なんだって………。う~ん。順調だったんだけどなあ、どうしようか」
漢は報告を受けると状況を整理し始めた。
「六人か。あと数人はいきたかったんだけど、手練れが紛れ込んでるみたいだしなぁ」
漢は、両手を頭の後ろで組むと、悩みを晴らすように空を眺めた。その様子に、作戦を続行するのかどうかの判断を促すように「如何いたしますか」と部下は声を掛けた。
「しょうがない、殺られてない兵は全部退かせて。あと、ココから一番近い標的をおしえてよ。それを最後にしよう」
薄雲を抜けた月あかりに照らし出された姿は、少年のように若く見えたという。
「こいつで三人目、か」
玄象の目の前には、今しがたこの世のものではなくなった黒衣を纏った亡骸が横たわっていた。
「狙いは秦の将ってところか。ほんとは、どこかに報せるのが正しんだろうけど、私も忍び込んだ手前、間違いなく疑われるよなぁ」
朱錐たちは本日到着したばかりということもあって、蒙驁軍中においては、余所者というほかなかった。
「朱錐の名を出せば、いずれは解放されるだろうけど、そんな悠長な状況ってわけでもない所が痛いんだよな」
建物の角からそっと顔を覗かせた先では、倒れた秦将を発見した巡回兵が敵襲を報せる怒声を発していた。
「しゃあないか」
玄象は身を翻すと闇夜に紛れて姿を消した。
その頃、朱錐たちの姿は、近利関攻略の際に使われた本陣跡地の野営地にあった。
「どうですか、蒙驁軍全体の戦況は」
朱錐の言葉に返したのは青騎であった。
「そうですねぇ。まずは、私の見立てた通り、蒙驁将軍の副将王翦、桓騎の二人は図抜けた逸材と言えますねぇ」
青騎は、拡げた戦略図を前に収集した情報を元にした配置駒を並べ始めた。
「蒙驁本軍が城3つに対して、二人の副将は、すでに合せて11の城を落としています。明朝にも詳報が届くでしょうが、さらに増えたとしてもおかしくはありません。特に、王翦の進軍速度は異常と言わざる負えないでしょう」
虎豹は青騎の言葉を肯定するように会話に加わった。
「ええ、すでに七つですからね。青騎様は、以前、二人は六将級だと表現されたことがありましたが、相違ないようですね」
「ええ。どちらもそれなりの問題を抱えはしていますが、今、秦国において最も六将に近しい将と呼べるでしょう」
朱錐は、六将の名がでたことで、六将制度の復活を上奏したという漢のことが気になり口にした。
「六将といえば、蒙武殿はどうですか」
青騎は、数瞬の思考のあとに、私見を述べた。
「ンフ 蒙武さんですか。そうですねぇ、あれからの戦を直接みたわけでありませんから、断言はできかねます。しかしながら、対趙国馬陽戦を経て変わったとも耳にします。もとより、蒙武の武は、秦国においても突き抜けたモノがありました。だからこそ、突出する弱さがあったわけですが………。仮にですが、それを見事に収められる器を手にしはじめているとするならば、十分にその可能性はあるでしょう」
青騎は、私見を述べ終わると胸のうちで想いを口にしていた。
「貴方がどう変わったのか、相まみえる刻を楽しみにしていますよ。ねえ、蒙武さん」
三人が戦略図を眺めながら言葉を重ねていると、天幕の外から城門が閉門したと物見からの報告が挙がった。
「城門が閉じられた、ということは外か、或いは、城中に残党の存在が確認されたようですね」
「その通りでしょう。ここからすべてを知ることはできませんが、城壁の見張りからの報せがない所を見ると、外ではなく、中とみるべきでしょう」
「城門の中、ですか。あッ………象は中にいます」
虎豹はふと玄象が誤って敵と誤認されたのではと心配になったが、青騎はそれを否定した。
「あの娘は十分に聡明です。技量においても、そのような失敗をするような者ではないでしょう」
朱錐は青騎の言葉に肯定を示しながらも、不測の事態に備えは必要であると言葉を発した。
「確かにそうですね。とはいえ、念のため、城門付近まで軍を動かします」
青騎は、朱錐の言に頷きながらも、軍編成に関しての助言を一つ口にした。
「中で何があったのかが不明である以上は、機動力を優先するべきでしょう」
「それならば、私は騎馬隊の編制に入ります」
虎豹は言葉を残すと早々に天幕をあとにした。
「青騎様、不測の事態があった場合はここの全権をお任せします。濯は残していきますので、参謀としての助言と指揮をお願いします」
「ンフフ 承知しました。朱錐軍長。あと、私に対しての敬称は不用です。あなたの性分では難しそうですので、無理にとは言いませんが、場に即した判断を望みます。よいですね」
「ハッ それでは失礼します」
朱錐の変わらない対応に少しばかりの呆れの表情を見せた青騎は、言葉をこぼした
「あなたは本当に………、まあいいでしょう」
青騎は、天幕から外にでると待機していた濯を代理の将として立てて、全体の指揮を執りはじめた。
第50話でした。
作中とは関係ない本誌の話。
あとがない状況ですので、あの方の動向が気になります。
めっちゃ冷え込んできましたね。
寒いです。
温かいインナーを着て重ね着するよりも一枚の厚手のシャツを着るほうが寒くないような気がしている今日この頃です。