彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第51話になります。


第51話

闇夜を映し出していいた月明かりは、拡がり始めた薄雲に覆いかぶさられるように、陰りを見せていた。

 

「もう少し遊んであげたいけど、生憎、そろそろ時間なんだよね」

 

李豹は、不敵な笑みを浮かべる少年のような幼さを残した襲撃者に終始圧倒されていた。

 

「ッ、ック」

 

李豹の傍らには、辛うじて息をしている郭備の姿。

 

彼らに、一体なにが起こったというのか。

 

話は、郭備千人将と李豹たちが馬上での会話を重ねながら、他の千人将が待つ軍議の場に向かっていた時まで遡る。

 

 

「李豹。君の活躍は早くから耳にしていた。当然だが、蒙驁大将軍も君の才を高く評価してくださっていたよ」

 

郭備は馬首を横に並べて歩く李豹に言葉を掛けた。

 

「それは、恐れ入ります。私はただ、その時やるべき事を懸命に行ったに過ぎません」

 

郭備は、李豹の無難な返答を受けると、自身の考えを述べた。

 

「その時やるべきことをやる。言葉にすれば当たり前のように感じるであろうが、実際はそうじゃない。これまでも、俺を育ててくれた郭家よりも名家で、将になるべく一から育てられた優秀な者たちと幾度となく会ってきた。彼らは、確かに私よりも武や智に、優れていた。だが、同期を含めて、もっとも早い出世を果たしているのは、俺だ。それがなぜだか、わかるか」

 

「郭備様の言葉からすると、機を逸しなかったからですか」

郭備は李豹の言葉に肯定を示すように頷くと言葉を返した。

 

「その通りだ。彼らは優秀な指導官に教えられたこともあり、決して戦いに弱いわけでない。むしろ、強いと言っていいだろう。護衛としてつけられた専属兵は、いずれも精兵ということも、その理由に挙げられる。普通ならば、私よりも早く出世を果たす彼らが足踏みするのにも理由がある。彼らは決して常道を外せないのだ」

 

「常道、ですか」

 

「ああ、常道だ。彼らは、当たり前に戦って当たり前に勝つことを前提としている。それは、名家の跡継ぎであるがゆえに、危険を冒せないことの現れだ。単純な言葉にするなら、奇策を基礎戦術の中に取り入れられる者は多くないのだ」

 

「よく言えば、手堅く、悪く言えば、読みやすいということですか」

 

「うむ。さらに言葉を付け足すのなら、彼らは失敗するという経験を極度に恐れている」

 

「失敗の経験………、そういう見方もできますね」

 

「名家には、名家としての面子があり、その嫡男には、常に結果が求められている。そして、手堅い戦いに身を投じている者ほど、機に対して鈍感になり、一歩目が遅くなっていく。その点、俺は出自が下僕であったからな。貴族としての失敗などいくらでしてきた。だからこそ、失敗の経験が成功に繋がることを知っている。機を掴むことができる者とは、相応の努力に裏打ちされた失敗の経験を活かせる者だと、俺は信じている」

 

李豹はこれまでの会話を振り返りながら、思考を纏めると言葉を発した。

 

「努力に裏打ちされた失敗の経験を活かす者。なるほど、良い言葉ですね」

 

「才能の過多は確かにある。さらには、家柄差など顕著であろう。だが、機は始めない者には訪れはしないし、研鑽を積まない凡人が掴めるほど甘くもない」

 

「私も研鑽を怠らないように心がけます」

 

「フッ 君は怠るような者ではなさそうだが、先輩千人将からの忠言の類であると心の隅にでも残して置いてくれ」

 

そうして、馬首を揃えて言葉を重ねていた郭備と李豹であったが、突如「二人とも止まれッ」と声を挙げた洪に驚きその歩みを止めた。

 

「洪さん?」

李豹は二人の後ろに控えていた洪が制止を求めた真意を問うべく振り返ると、洪は佩いていた剣を抜き放っていた。

「お前たちも早く抜けッ。なにかいるぞ」

 

 それは危機への察知能力の高い朱錐とともに、戦場を掛けてきたことで培われた経験からくる勘であった。

 だが同時それは、襲撃者にとって最も先に殺すべき敵であると認知させることになった。

 

「えッ」

 と郭備は困惑の声を挙げたが、李豹は疑うことなく剣を抜き放ち臨戦態勢をとった。

「な、ふたりとも、どうしたというんだ」

 そうして困惑を示しす郭備であったが李豹の「郭備様も早くッ」という強い言葉に従って剣を抜いた。

 

「いるのは分かっているぞ。出てこいッ」

それは洪の怒声に応えるように、襲い掛かった。

 

突如、背筋を凍らせるようなゾクっとさせる濃密な殺気に身を怯ませてしまった三人に向かって、正面左にある家屋の隅。そこから正体不明の騎兵が飛び出した。

 

「困るなあ、もう」

 

その襲撃者は、馬首を並べて前方にいる二人ではなく、その彼らを庇うようにすばやく前に躍り出た洪を一合のもとに切り捨てた。

「グぅ……」

 

「僕が気配をけどられるなんて、いつ以来かな。やるね、君」

 

洪の躰は糸の切れた人形のようにぐらりとぶらつき、馬上から頽れた。

 

「洪さーーー、郭備様ッ」

 

 さらに襲撃者は急変した状況に対応できていない方に狙いを定めると右手に持つ剣を振るった。

 

「ッ。ハ、ク………しま、ッた」

 

郭備は遅ればせながらも剣を構えたが、想像を超える重い一撃に構えをくずされ、二刀目で胴体を斬られることになった。

 

「君が声なんて出すから、すっぱり無駄なく殺してあげられなくて、かえって、彼を苦しませちゃってるよね」

 

襲撃者の言葉の後ろでは、胴体を深く斬られたものの間一髪のところで腰を捻り一命をとりとめている郭備が「ぐうぅぅ」と呻き声を挙げて地に伏せていた。

 

「ック」

「さてと、あとは君だけ。あっ、彼の心配はいらないよ。ここでみんな、仲良く死ぬんだからさ」

 

李豹は、襲撃者に対して最大限の警戒を持って身構えていた。だが、「ぐッぅう」という郭備の呻き声に一瞬だけ、視線を外した。

「だめだよ。視線を外しちゃあーーー」

 

李豹の視線が郭備から戻るその間に、襲撃者の剣は振るわれていた。そして、それは確実に李豹の首を捉えていた。だが。

 

「へえ」

 

剣は鈍い金属音に阻まれたことで、届いてはいなかった。

 

「今のを防ぐとはね。いや、これは誘われた、のかな」

 

そう軽い口調で語る襲撃者の言は正しかった。李豹は、敵の力量が自身を上回っていることに気付いて一瞬の勝負に持ち込むために、あえて視線をそらして襲撃者の攻撃を誘導していたのだ。

 

「ッっう」

 

李豹の狙いは、襲撃者の攻撃を誘導して受け止め、返す一撃ですべての片を付けることであった。

 しかし、想像を超えた襲撃者の怪力を前に、受けた剣ごと躰をもっていかれたために、その機を奪われる結果になっていた。

 

「いいね。僕の一撃を誘って、そこから討ち取ろうっていう狙い。うん。将来に期待ができそうだ」

 

襲撃者は悠然と構えながら、自身が感じた李豹の評価を言葉すると、再び、李豹に斬りかかる。

 

「もう少し遊んであげたいけど、生憎、そろそろ時間なんだよね」

 

 李豹の剣技は玄象との打ち合いをへて磨かれており、そのおかげもあって、襲撃者の剣戟をなんとか凌いでいた。しかしながら、怪力を持ってして振るわれる一刀の対処はそれだけで神経を要するもので、次第に押し込まれる形となり大小、様々な傷を負い続けることになった。

 

「ッ、クッ」

 剣戟の間。襲撃者は仕切り直すように距離をとると声を発した。

「ふぅ、これは僕の腕が落ちたのかな。君、よく凌ぐよね。でも、そこのお連れが寂しそうじゃないかい」

 そう言葉を発して、李豹の視線を誘導し、さらに判断を鈍らせるように言葉を操る。

「……洪さん」

 

「ん? 彼、洪っていうの。残すとなんだかうざそうだったから、先に死んでもらったわけだけど、君も、そろそろ同じところに往くといい」

 

襲撃者は右手にある剣とは別に、左側に佩いていたもう一刀を抜き放った。

「この通りに、僕は両刀を使う。その年齢で僕を相手によくもったほうだ。君は誇っていい」

「ック、………俺は負けないッ」

李豹は、いたるところをから出血が認められる躰を押して、再び闘志を燃やすように剣を構え直した。

 

「フフ。まあまあ悪くはなかったよ」

 

「俺はッ こんなところで終わるわけにはいかないんだッ」

 

李豹の裂帛の気合のもとに発した言葉にも、襲撃者はさざ波一つ立っていないかのように飄々と言葉を口にした。

 

「そういえば、君の名を聞いてなかったよね。僕は輪虎。廉頗四天王の一人といえば通りがいいかな」

 

「………李豹だ」

 

「そう、ちょっと待ってね。………おや、君の名前はまだないようだけど、特別に、付け足しておいてあげる」

 

輪虎はサッと拡げた竹簡を仕舞うと抑えていた殺気を解放した。

 

「またせたね。さあ、やろうか」

 

 

ちょうどその頃、各所で挙がる騒ぎ声の位置から敵の行動を追跡していた玄象は、ついにその姿を捉えることに成功した。のだが、それは同時に想い人の最悪の一歩手前の姿ででもあった。

 

「豹ぉぉぉッ」

 

 

李豹に振り下ろされた一刀が上段から斜めに切り裂こうとしていた。

「豹ぉぉぉッ」

その刹那、走馬灯のように聞こえる声に李豹は自身の最後を覚悟した。

「ぐぅ ふぅ…」

 天下の大将軍になるべく強く握りしめられていた剣は手からスッと滑り落ちて転がり、その躰は、馬上から頽れどさりと地に倒れ伏した。

 

 

「………」

輪虎は倒れ伏した李豹を一瞥すると別方向に視線を向けた。

 

「正直、その傷で立ちがるとは、流石にびっくりしたよ」

 そこには、己の身を顧みずに立ち上がった郭備がいた。郭備は瀕死の重傷でありながらもわずかに残る力を振り絞って立ち上がり剣をふるって輪虎の馬に傷をつけることに成功していた。

 

 そのため、輪虎は自らの馬を御すことにわずかでも力を割かざるおえなかった。

 

「ゴフォ ゴフ ごほッ」

そして吐血とともに力尽きて倒れた郭備の姿は、まさに死に体といえた。その時、輪虎は脇腹にふと痛みを幻視してさする自身に気付いて言葉を発した。

 

「死にぞこないに邪魔をされたのは、これで二度目だね。まあ君は彼ほど化け物じゃなかったみたいだけどね」

 

 この郭備の己の死をも恐れぬ行動は、怒りに震える神堕としの一族がこの場に現れる刻になった。

 

「貴様あぁあああッ」

 

輪虎は、敵が怒声をあげて斬りかかってくるのを横目で確認すると早々に仕留めるべく打ち込みやすい隙をみせて待ち構えた。

 

「面倒だなぁ」

 

のだが、狙い通りに飛びかかってくるかに見えた敵は、あさっての方角に跳躍。

 

それに対して、輪虎が疑問符を浮かべたのも一瞬。

 

玄象は家屋の側面を蹴ると輪虎に斬りかかった。

「ッわ、まずッ」

輪虎は、想像のはるか上を行く空中機動を為した玄象の一撃を受けとめきれないと即座に判断して、その一撃の勢いに押されるがまま馬上から転がるように着地。

 そこから即座に態勢を立て直して、隙なく両刀を構えた。

 

対して、玄象は一撃の勢いを流して着地した敵に容赦なく斬りかかった。

 

「ッーーーっと、ック。っち」

輪虎は、玄象の舞うように変幻自在な剣を前に防戦一方となっていた。

 

一方の玄象は怒りに任せるままに斬り掛かっているように見えて、緻密な計算のもとに輪虎に傷をつけて追い詰めていた。

 

「っと、と、く。いい加減、にッ ハァアッ」

 

だが、連撃の隙間を縫った輪虎の一撃を躱すために距離をとることになった。

 

「痛てて、楽な仕事だったのに、君のせいで傷だらけだ」

 

輪虎は飄々とした態度を崩さないように言葉を口にしていたが、その裏では、力のすべてを護りに回してさえもギリギリの攻防になっていることに冷や汗を流していた。

 

「安心しろ。すぐに傷など気にならないように楽にしてやる」

 

玄象もまた、この攻防で仕留めきれなかったことに内心で舌打ちをしていた。

 

「君のような手練れがいたとはね。正直、計算外だよ。だけど残念。時間切れみたいだ」

 

結果的にだが、輪虎はこの場所に長く縫い留められる形となったことで、索敵すべく送り出された巡回兵に発見されていた。

 

そのため、ここを包囲すべく多くの兵が動員されている兆しが周囲にみられていた。

 

「私が逃がすと思っているのか」

 

「だよね。でも、いいのかいーーー」

輪虎は剣先である場所を指し示しながら言葉を続けた。

 

「僕を追ってもいいけど、彼、早く手当しないと、死ぬよ」

 

輪虎は、玄象が叫んでいた名に当たりを付けて、その視線を李豹に仕向けると、同時に、洪が落としていた剣を足で蹴りつけた。

 

「ピューッ」

 

甲高い音が発せられるなか、玄象は、不規則な回転をしながら飛来する剣を冷静に処理したのだが、その間が、敵の逃走の一助になった。

 

輪虎は、指笛で呼びつけていた愛馬に飛び乗ると、すぐさま馬首を翻し「君のことは覚えておく」と言い残して、駆け出した。

 

遠ざかっていく背に追撃をかけられないわけではない。が、倒れ伏す李豹を置いていく選択肢をとることはできなかった。

 

玄象は、闇夜の路地に消えた敵を一旦忘れて、李豹に歩み寄った。

 

「待ってろッ 今手当やるからな」

 

この場に駆けつけていた巡回兵たちは、闇夜に消えていく襲撃者を目撃していたことで、その夜は執拗なまでの捜索が行われたが、ついに、その者を発見に至ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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