年末ですね。
今年最後になるかと思います。
近利関陥落夜の暗殺騒ぎは首謀者逃走のままに、朝が訪れていた。
「うむ。では此度の暗殺は、廉頗四天王が一人、輪虎の仕業であるということかのぅ」
秦の白老こと蒙驁大将軍である。
「ハッ 昨夜、件の襲撃者と交戦した我が軍所属の者や目撃した巡回兵からの聞き取りをした限りでは、間違いないかと」
朱錐は、昨夜拘束された玄象の件も含めて、蒙驁に面会を申し込んで、事の経緯を語っていた。
「むぅ、そなた所属の者を一時的とはいえ、拘束したことを謝罪しよう。じゃが、俄然の問題は輪虎じゃ。狙いが実働部隊の千人将であったのは間違いなさそうでのぉ、嫌な手を使いよるわ」
蒙驁は、普段と変わらぬ表情であったが、その声色には、苦虫を嚙み潰した顔を覆い隠しているであろう姿が垣間見られた。
「いえ、こちらも手続きを踏まなかったことを、謝罪致します。此度の騒動は、大戦における下準備、というのが我が軍参謀の意見で、私も同じように愚考しています」
「うむ。謝罪を受け容れよう。やはりそなたもそう感じておるのか。儂の側近たちも優秀ではあるが、輪虎を知らぬ。これでは先の行軍も油断はできん。羅元。守備を厚くするように全軍に通達を」
「御意」
「うむ。そなたらも周囲を厚くして襲撃に備えるのがよかろうて」
「ハッ 肝に銘じます」
朱錐は蒙驁とも面会を終えると、李豹たちが眠る救護所に顔を出していた。
「目覚めたのか」
救護所の扉を開いて、中にある一室を覗くと玄象は目覚めていて、李豹の手を握って寄り添っていた。
「朱錐か。今煩いのが帰ってな。豹は疲れたみたいで、さっき眠った所だよ」
と言葉を口にした玄象は、朱錐に向けていた視線を李豹に戻した。
「そうか。李豹を助けるために、随分と、………無茶をしたそうだな」
「ん。ああ、瘣から聞いたの。別に無茶ってほどじゃないよ。あれは、私たちに伝わる術の一種でね、本来は死者すら生き帰すことができるらしいけど、実際はわかんない。たださ、あの時、なんていうのかな。李豹はここにいないって感じた。もう目が覚めることはないって。だから、昔、バアから聞いた術をだめもとで試した」
朱錐はただ聴き入るように「………そうか」と声を発した。
「うん。術は発動したよ。記憶は曖昧になってるけど、私は確かにここじゃない場所で李豹を見つけて帰ってこれた。ただ言い伝えでは、寿命が縮むってことらしいからさ、多分そうなってるかもしれない」
「躰になにか変わったことはないのか」
「ん。なんだろう。内から湧き上がる力?みたいなモノが感じ取れなくなったから、おそらくだけど、同じことはもうできないと思う」
朱錐はしばし瞑目したあと、これからのことを尋ねた。
「ならば、少し先のことを話そうか」
「先のこと?」
「ああ。先のことだ。象はどうする。私たちは、このまま行軍を続けることになる。李豹は助かりはしたが、この戦は離脱することになるだろう」
「ああ、そのことね。私は朱錐たちについていくよ。さっき豹とも話したけど、私の足は引っ張りたくないってさ。助けられた自分が情けないだと。私としては、生きててくれるだけでいいんだけどさ」
「李豹の意地だろう。受け入れてやるといい」
「意地もいいけどさ、こんなに良い女がいるんだからさあ、傍にいてほしいって一言いえばいいのに、頑固だよね、男って」
「フッ そうかもしれないな」
「あ、笑ったな、もう。それで出発はいつになりそう」
朱錐は少しばかり思案すると応えた。
「昨夜の騒動もあって、軍の編制もある。今しばらくは掛かるであろう」
「ん、わかった」
「私から虎豹には伝えておくから、傍にいてやるといい。何かあれば使いを寄越す」
朱錐は踵を返して歩き出した。そうして、部屋の入り口に差し掛かると立ち止まり「象」と名を呼ぶと続けて言葉を発した。
「随分と虎豹が心配していたぞ。象を大事に想う者がいることを忘れるなよ。………、無事でよかった」
玄象は、背を向けたまま足早に去る姿に朱錐の心境を察すると言葉を口にした。
「ふふッ 照れるくらいなら言わなきゃいいのに」
朱錐は、救護所を背に向けて、第六軍の野営地に向けて馬を歩かせていた。
「李豹についていくと聞いたぞ」
「おう、そうだぜ朱錐。俺達の軍で育った初めての隊だ。誰か一人くらいお目付け役がいたほうがいいだろうよ」
「お前には側近として軍を支えてもらいたかったのだがな」
「よせって、お前に子守は必要ないだろうが。俺はな、あいつがどこまで行けるか、みてみたくなったんだよ」
「随分と買っているんだな」
「よく言うぜ。お前が一番だろうがよ。それと、まあなんだ。年甲斐もなく魅せられんだよ。あいつといると若い頃を思い出すんだ。なんの覚悟もなく、戦場にでた餓鬼の頃をな」
「無謀に無策。よく生き残ったものだ」
「ああ。だからこそ、ついてやりたいと思った。李豹は馬鹿じゃねぇが、まだ若い。知らねえことも、知れば………辛い現実もある」
「ああ、そうだな」
「俺はな、朱錐。あいつがどんな選択をしたとしても、背中を押してやりたいんだ」
「フッ 親かお前は」
「うるせえよ」
在りし日の戦友の姿は浮かんでは、蘇り、そして、記憶の底へと沈んでいく。
「洪………」
陽が登りはじめた天に向けられた名は、戦友に届くことはなく、静かに空へと消えていった。
蒙驁本軍は、さらなる襲撃に備えるために軍編成にしばしの時間を費やすと、山陽に向けて順次進発した。
それは、これまでの行軍とは一線画したものであり、厳重の一言に尽きた。
蒙驁大将軍を含め、各将軍の周囲は重装兵たちががっちりと脇を固めていて、いかなる侵入者も許さないとばかりに整然とした隊列を組んでいた。
そんな最中、いつもと違う雰囲気を纏ったまま歩く人物に声を掛ける者がいた。
「なあ、信。お前、あの夜から、なんかおかしくねえか」
飛信隊の一人であり、隊長とは同じ村出身の尾平である。
「ア˝ッ⁉ ………いや。なんでもねえよ」
と信はいら立ちを隠すように言葉を濁した。
だが、隊員の中で誰よりも信と馴染みの深い尾平には一目瞭然であり、自身のもやもやとする気持ちを解消させるために、尋ねるように言葉を発した。
「なんでもねえってことはねえだろう。何隠してんだよ。信」
「うるせぇッなんでもねぇっつってんだろうがッ」
思わず耳を抑えた尾平は、信から距離をとると「なんだよ。怒鳴るこたぁねえだろうがよぉ」と愚痴を吐いて、尋ねる相手を近くにいた隊員の一人に変えた。
「なあ、昂。信のやつなんであんなにカリカリしてんだ」
昂もまた信や尾平たちと同じ村の出身で、幼さのある小柄な人物であった。
「知らないよ。尾平さんがまたなにかしたんじゃないの。尾倒さんが死んだなんて嘘ついた時みたいに」
「あっ、あの時は大変だったんぞ。信のやつが鬼みてえな形相で追いかけてくるしよ、挙句に俺は殴られたんだぞ」
「あれは誰だって尾平さんが悪いっていうと思う。尾平さんだって実は思ってたでしょ」
「んぐッ。確かにあれはやりすぎたっつうか。うん………」
と尾平がばつが悪そうな顔をしていると昂は何かを思い出したように声を出した。
「………、あ、そういえば郭備千人将と一緒にいた李豹って三百人将もやられたって聞いてから変だったかも」
「李豹?あぁ、いつだったかそんな奴と会ったとか言ってたな。ん、そういえば、瀕死の重傷だって聞いていて、飛び出してったな」
「そうそう。帰ってきてから今みたいな感じだった気がする」
尾平は腕を組むとに感心したように昂に言葉を掛けた。
「お前、信のことよく見てんのな」
その言葉に、昂はなんだかんだと言いながらも信の変化にいち早く気づく尾平に、そのままの感想を伝えた。
「尾平さんほどじゃないとおもうよ」
昂としては、誉め言葉として発した言葉であったのだが、尾平には別の意味に聞き取れたようで、食って掛かるように声を挙げた。
「あん、お前俺が信のやつにゾッコンだとでもいつもりか。言っとくがなぁ、俺は東美ちゃん一筋だからな」
尾平は威勢よく本心を宣言した。
確かに、嘘は言ってはいないだろう。だが、彼の日頃の行いを知っている昂からすると、まったくもって感銘を受ける要素はなかった。
「そんなこといってさあ、この前綺麗なお姉さんに鼻の下を伸ばしてたじゃんか」
図星である。
「あッ 昂、てめえ今はそんなこと関係ねえだろうがッ」
と自身の日頃の行いを棚に上げて、昂を小突く尾平であった。
「ッチ うっせぇな」
信は周囲の喧騒をよそに自身の中にある葛藤に悶えたまま行軍を続けていた。
その時、山裾にいた飛信隊よりも上部を行軍していた蒙驁軍中枢から異変を報せる声がこだました。
「ら、羅元将軍が、羅元将軍が討たれたぞッぉおお」
第53話でした。
2022年も残りわずかですね。
『彼の者の盾はどこへ向かうのか』をここまでお読み頂きありがとうございます。
多くの方に閲覧頂けたおかげで、感想やコメント、さまざまな評価も頂けました。
ありがとうございます。
来年も、漫画『キングダム』にアニメ『キングダム』の五期、映画『キングダム3』など気になるニュースが多い卯年になりそうです。
それでは、良いお年を。
そして、良い新年をお過ごしくださいませ。