彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第54話になります。
新年あけましておめでとうございます。

投稿後に読み直すと、なぜか重複している部分が千文字くらいありましたので、編集し直しました。
いち早くお読みになった方は、さぞ読みにくかったかと思います。申し訳ないです。

今年初の投稿になりますが………(後半につづく)


第54話

「ら、羅元将軍が、羅元将軍が討たれたぞッぉおお」

 

秦軍は、突如として降りかかった凶報によって動揺が伝播していく。その隙をつくように、襲撃者は行軍の合間を縫うように駆け抜けた。

 

「秦は若く良い芽が多いみたいだ」

 

その最中、襲撃者は逃走経路にいた小隊を勢いそのままに押しのけようとしたのだが、一人の少年だけは果敢に襲撃者に挑みかかっていた。

 

「何を言ってやがるッ」

 

道すがらにいた少年は、馬を駆って逃げる襲撃者に飛びかかって一撃を加えようとしたのだ。

 

「独り言。ところで、僕は輪虎っていうんだけど、君のお名前は」

 

だが、それを防がれた少年は、輪虎に腕を掴まれると、引き摺られるように人気のない場所まで連れ出されていた。

 

「飛信隊の信だッ」

少年は飛信隊の信であった。

 

「ははッ 秦は素直な子ばっかりだ」

 

信は襲撃者の言葉に何かを感じとって声を挙げた。

「ッ、お前かッ、お前が豹を斬った刺客なんだな」

輪虎は、飛信隊の信の言葉に少しばかり思案すると言葉を発した。

「ひょう? ああ、この間成り行きで斬った李豹、だったかな。あれ、斬ったってことは、彼、生きてるんだ」

 

「ぁったり前だッ あいつはこんなところでくたばるようなヤワな奴じゃねえんだよッ」

 

信は怒声混じりに言葉を発したが、輪虎はどこ吹く風とばかりに懐から取り出した竹簡を拡げた。

 

「そう。生きてるんだ、彼。………あれ、君の名前もないや。じゃあ、どうしようかな」

と、途端に面倒そうにそっぽを向いた輪虎の姿に好機を得たと信は行動を起こした。

「どうしようもなにもねぇッ てめえは今からこの俺にぶっ殺されるんだからなッ」

 

信は、威勢の良い啖呵とともに跳躍すると、斬り掛かった。

 

「わぉ君って単純」

 

輪虎は、狙い通りの信の一撃を引き抜いた一刀で受け取めると、すかさず腰に佩いていた二刀目を抜き間に薙いだ。

 

この数瞬の攻防によって、信の着物は横薙によって切れ目が走り、腹筋には薄っすらと走る剣筋を辿るように血が流れていた。

 

「ッ、ってぇ」

 

信は輪虎の挙動から攻撃を察して、間一髪、腰を引かせて致命傷になるのを避けていた。

 

その様子に、輪虎は「………まいったなぁ」と言葉をつぶやくと、引き抜いていた二刀を鞘に戻して背を向けた。

 

「今日は見逃してあげる。じゃあね」

言葉を残した輪虎は、馬首を翻すと少しずつ加速させはじめた。

 

「ま、待ちやがれッお前はッ何者なんだッ」

 

輪虎は追いすがるように駆け出した信の言葉に、馬脚を緩めると言葉を返した。

 

「ふふっ、何者ってさっき名乗ったんだけどなあ」

 

信は絶妙に追いつけない速度で馬を走らせる輪虎に、怒鳴るように声をあげた。

 

「そういうことをいってるんじゃねえッ」

 

輪虎はその返答を待ってましたとばかりに言葉を返した。

 

「だよね。君の問いにこたえるなら、僕は歴した将軍さ」

 

「ッんな、そんな嘘に騙されるわけねぇだろうがっクソガキ」

 

「嘘って酷いなぁ。それに僕、三十代だよ。まっ、そういうことだから。またね、飛信隊の信君」

 

「な、三十? ち、ちょ待てよッ 待ちやがれーッ リンコーっ」

 

輪虎は、後ろから響く怒声に耳を傾けながら森を疾走していた。

 

「ははっ、よく響く声」

 

と弾む声をだしたあと、左腕に巻いた包帯の下から滲むように湧き上がる痛みに、少しばかり顔をしかめながら続けて言葉を発した。

 

「まっ、本番までには、慣れていれば問題ない」

 

そうして、しばらく馬を疾走させながら後方の気配を注意深く探り終えると、人気のない木々の隙間で馬の脚を止めた。

 

「来ないみたいだね」

 

独り言のように呟いた言葉に、木々の隙間から姿を見せた兵が応えた。

 

「左様ですな」

 

輪虎は、蒙驁本軍の中枢を狙うことで弱体化を図るついでとばかりに、一昨日に傷を負わされた人物を釣り上げて仕留めようと伏兵を配していた。

 

「あわよくば、ここで仕留められれば楽だったんだけど、とんだ無駄足かぁ」

 

「しからば、今一度、どこかで仕掛けてみますか」

 

輪虎は配下の兵の言葉に数拍ほど思案したが、廉頗のもとに帰還することを決めた。

 

「面白そうだけど、今回はやめておこうか。調べた結果を殿にも報告しないといけないからね」

 

輪虎は徐に蒙驁本軍の後方に顔を向けると言葉を発した。

 

「本番が楽しみなのは、久々だな」

 

 

その頃、魏国王都、大梁(ダイリョウ)では、元趙三大天の廉頗が戦略図を前に思案に耽っていた。

 

「この山の名はなんだ」

 

魏国領土を知り付くしているわけではない廉頗のために付けられた文官は、廉頗の眼光の鋭さに怯えながらも応えた。

「え、は、はい。その山は満山、かと」

廉頗は戦略を立てる段階での緻密さを重要視していた。そのため、この文官の曖昧な表現では納得できず、物申すように「かと?」と訊き返した。

「ひッ、ま、満山でまちがいありません」

 

これに対して廉頗は満足したように「うむ」と応えた。

 

そこに慌てた様子の使者が姿を見せると、廉頗に駆け寄り言葉を伝えた。

 

「廉頗将軍。秦軍に、増援の軍が進発したという情報が入りました」

 

「むッ。増援じゃとぉ………」

廉頗は数拍の思案のあと言葉を続けた。

「この時期の増援となると、どうやら、敵に儂の出陣が知られていたようじゃのぉ」

使者は廉頗の言葉に驚くように声を挙げた。

「ッな、廉頗将軍が出陣する情報は秘匿されていたはずですッ」

だが、廉頗は特段に驚く様子を見せずに豪快に笑って魅せた。

「ガハハハッ 情報戦では後手に回っておるということじゃな。のぉ姜燕」

廉頗が視線を向けた先には廉頗四天王の一人である姜燕のすがたがあった。

「そのようです、殿。して、使者殿。何者が率いているのかをご存じであろうか」

「姜燕殿。残念ながら、続報を待たねばまだ何とも。ただ、元王騎軍の方で動きがあったという報は受けておりますので、もしかしたら程度ですが、そちらからかと」

 

廉頗は使者の言葉に含まれていた人物の名に反応するように呟くいたあと、怒声のような声を挙げた。

 

「元、王騎軍、か。………。 じゃが、王騎の奴め、一体何を考えておるのかッツ」

 

廉頗が自身に内包する威を乗せた言葉は、姜燕以外の者たちにとっては、腰を引かせて後ずさるほどのものであった。

 

「殿。使者殿が怯えております」

廉頗が姜燕の言葉を受けて使者に視線を向けると「ひッ」と慄き、仰け反るように立ちすくんでいた。

「ンンんッ」

その様子に、ちと頭に血が上りすぎたかと、喉を重く唸らせると気を落ち着かせた。

 

「殿は、王騎が破れたことにそこまでの憤りを感じておられたのですね」

 

「ああ、儂にとって奴らは皆そうじゃ。刎頸の契り(フンケイノチギリ)を交わした 藺相如(リンソウジョ)を兄弟とするならば、王騎ら秦六将は、死ぬほど憎たらしい最大の敵でありながら、同じ苦しみや悲しみ、そして怒りを分かち合いながらも、ともに時代を駆け抜けてきた戦友とも呼べた。だからこそ、六将筆頭であった白起が自害した時は涙を流し、摎がどこの馬の骨ともわからぬ輩に斬られた聞いた時は、怒りに震えもした」

 

「とっ、と、友、ですか」

怯えるように声を出したのは、件の使者であった。

「意外か。数万、数十万の兵をぶつけ合った我らにそのような情があることが」

「は、あの、いえ………」

と言葉を失くしたように俯く使者に、廉頗は「そうであろうな」と言葉を残すと、興味を失くしたように視線を戻そうとしたところで、第三者からの声が掛かった。

 

「お前たちの感情は理解に苦しむ。難敵が勝手に死んだのなら素直に喜べばいいだけのことだ」

それは、腕を躰の前で軽く組んで現れた優男の発言であった。

「ぬっ、お主は確か………」

 

「趙三大天の廉頗か。敵として直接対峙したことはないが、その武勇は聞き及んでいたぞ」

 

「ふむ。全員死んだとの噂であったが、まあ、実際の所はどうでもよい。ここに来たということは、魏王の要請、ということで、相違ないか」

 

「ああ。だが、基本は何も変わってはいない。秦増援の報に慌てた魏王の措置であろう。私は不甲斐ない弟子が結果を残し損ねたことで、引っ張り出されただけのこと。戦の全権は廉頗殿に。私は精々、後方支援をするだけであると認識して頂こうか」

 

この優男の言葉に対して、廉頗は、鋭い眼光を向けて本当に他意はないのかを探ろうとしたが、表情からはなにも読み取れないと判断すると言葉を発した。

 

「相分かった」

 

 

羅元将軍が凶刃に倒れた襲撃騒動からあとは、より厳重な警戒と警護がなされることになったが、新たな襲撃が起こることはなかった。

 

そのことに、蒙驁将軍の側近たちは安堵の息を吐いていたが、蒙驁の孫にあたる蒙恬だけは、そこから、さらに思考を先々のことにまで伸ばしていた。

 

「ちょっといいか」

蒙恬が声を掛けたのは信であった。

 

「あん、またお前かよ。今は考えごとしてんだ。用件が終わったら、さっさと行ってくれ」

信は、何かと話しかけてくる蒙恬に若干うんざりする感情を抱いていた。

 

「ああ、そうするよ。でだ、信。俺が訊きたいのは、お前がやり合ったていう輪虎の話だ」

 

蒙恬からでた言葉に反応するように信は言葉を返した。

「お前ッ あの輪虎ってやつのことを知ってんのかっ」

 

「じい様に聴いてね。実際の所、実力とかはどうだったのかなあって」

 

「じい様? それに、実力? あいつは、餓鬼みてえななりしてやがったけど、俺が言えるのは、俺の一撃を顔色変えずにと受け止めたっつう話ぐらいだぞ」

 

「信の一撃を顔色一つ変えずにと受け止める、か」

蒙恬は信の実力をある程度認めていた。その信の一撃を輪虎は易々と受け止めたという。そのことで、輪虎の実力は自身の予測よりも上であると認識を改めていた。

 

その後、蒙恬はまず、趙三大天の廉頗について語り、輪虎は廉頗が誇る四天王の一人であり、その実力は、並みの将軍とは一線を画すほどであると告げた。そして、信に自身の出自を明かすと蒙驁本軍の陣容についても簡単な説明をした。

 

「王翦将軍に桓騎将軍ねえ。っていうか大丈夫なのかよ。謀反?だっけを起こしそうな奴と盗賊の頭なんて将軍にしちまってよぉ」

と信は自身も下僕から大将軍を目指す身ではあるが、蒙驁大将軍の両腕ともなる将軍が、ともに首を傾げるような問題を抱えていることに一抹の不安を口にしていた。

 

「信の不安は判らなくはないよ。ただね、それを差し引いてでも余りあるほどに、彼らは戦に強い。俺も気になって二人の戦歴を調べてみたけど、正直、化物級だ。今の俺達ではどうあっても太刀打ちできないと確信できるほどにな」

 

これまで、どこか柳のように気を流す雰囲気を漂わせていた蒙恬が、突如として、真剣な眼差しで語った言葉に、信はゴクリと息をのんだ。

「そ、そんなに強えのか」

 

「ああ、彼ら二人の実力に疑う余地はない。だからこそ、俺はこの戦いが時代の節目になるんじゃないかと期待している」

 

「時代の節目?」

 

「そうだ。秦六将王騎将軍が李牧という無名の将に敗れ、今、それこそ、秦六将と鎬を削っていた元趙三大天廉頗と対峙しているのは、じい様の両腕、王翦、桓騎という若い世代の傑物だ。じい様がいる以上は、負けるわけにはいかないが、この戦いは、間違いなく旧世代が新たな時代に飲まれていくのかの趨勢を占うような戦いになるはずだ」

 

「時代の趨勢を占うような戦い、か………。おい、蒙恬ッ」

 

「ん、どうしたんだ。信」

 

「っは、元三大天だぁ 上等じゃねえかッ。俺は王騎将軍を超える大将軍になる漢だ。廉頗も王翦も桓騎も関係ねえッ。いつかそいつらをぶち抜いて、俺は天下の大将軍になってやるんだからなッ」

 

と、信は胸のあたりに挙げた拳を握りしめて、天に向けて高らかに宣言した。

 

「はは、凄いな、信は。………、そういう所は尊敬するよ。ふっ、そうだな、なら俺も天下の大将軍を目指してみるのもいいかな」

 

蒙恬には大将軍を目指すというようなはっきりとした意志を示すほどに、熱く強い想いは存在していなかった。しかしながら、信の真っすぐな信念とも呼べる言葉に、少しだけだが、目指してみるのも悪くないかもしれないと感じたゆえの言葉であった。

 

だが、蒙恬は気づいてはいなかった。

 

うっかりこぼした言葉を聞き逃さなかった胡漸副長が「蒙恬様………ついに、ついに、ご決断なされたのですね」と少し離れた木陰で涙を流して、さらなる忠節を誓っていたことに………。

 

このあと、蒙恬は楽華隊の隊員から、いままでにない熱い眼差しを受けることになるのだが、当の本人がそのことに気付くのは、もう少し後のことであった。

 




第54話でした。
魏国山陽一帯攻略戦の山場、流尹平野までもう少しです。(たぶん)


というわけで、今年初の投稿になりますが………、主人公が不在でしたね!(よくある)

今年も細々と更新を続けていく予定ですので、よろしくお願いします。
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