彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第55話になります。


第55話

ここは、魏に隣接する趙国の地、環甘(カンカン)である。

 

「まずいですね」

 

そこには、李牧を含めた趙国の参謀たちが戦略図を拡げて議論をかわしていた。

 

「やっぱり、秦が山陽を獲るようなことになれば、大変なのでしょうか」

と言葉を発したのは、李牧に付き従っていたカイネであった。

 

「ええ。もし秦が山陽一帯を獲るようなことになれば、秦は中華への大きな足掛かりを手にすることになります。本来なら、それを阻止するために、我々趙国は、魏を援護するような形で軍を進発させるのですが、それも、同盟が邪魔をして叶いません」

 

李牧の言葉に応えるように、この場にいる参謀の一人は声を掛けた。

「この戦いを推進したのは、やはり、昌平君でしょうかな」

 

「ええ。昌平君で間違いないでしょう。さすがに、今この時にしか打てない、大きな一手を仕掛けてきますね」

 

李牧は言葉を発した後、何かを思案するように戦略図の一点を見つめていた。

 

カイネは、そのことに気付くと声を掛けた。

「李牧様。なにか気に掛かることがおありなのですか」と。

 

「いえ………。ふむ、そうですね。この際ですので、ここで共有しておきましょう」

 

戦略図に指を添えた李牧は、言葉を発しながら動かし始めた。

 

「はじめに、蒙驁軍は本軍、左軍、右軍の三軍に分かれて進軍を開始しました。次に、行軍速度なのですが、蒙驁本軍は私の予想通りです。ですが、残りの二軍は別です。桓騎軍もさることながら、王翦軍の速度は、あきらかなまでに異常と言えます」

 

参謀の一人は、李牧の言葉に頷きながらも疑問を口にした。

「王翦と桓騎………、聞かぬ名ですな」

李牧は正鵠を得る(セイコクヲエル)参謀の言葉に応えるように声を発した。

「ええ。まさに、私もそこが気に掛かりました。詳報を聞く限りですが、この二軍は、蒙驁本軍をはるかに上回る実力を秘めているのは間違いなさそうです。ですが、そうなると、それほどの実力者の名がこれまで通っていなかったということが、私には疑問でなりません」

 

「確かにーーー」

 

その時、秦魏山陽戦の続報を携えた伝令が声を挙げて入室した。

 

「急報ですッ 廉頗将軍は山陽に入城せずに通過。通過です」

 

カイネは伝令の報を受けて、李牧に視線を向けると言葉を発した。

 

「李牧様の仰っていた通り、廉頗将軍は山陽に入城しませんでしたね」

 

「………廉頗将軍の強さは本物です。彼の将軍が進軍を選ぶことは容易に想像がついていました」

 

カイネは李牧の言葉を受けて、その意図を読み取るように言葉を発した。

「では、李牧様は今回の大戦は魏が勝利するとお考えなのですか」と。

だが、李牧はそれに対して、肯定は示すものの断言を避けるように言葉を返した。

 

「ええ。十中八九、と言いたいところですが、両国が派遣したという増援の報が気に掛かります」

この言葉に、カイネは増援を含めてもほぼ同数同士の戦いとなる今戦が、それによって左右されるほどの要因になるのであろうかという疑問を、そのまま口にした。

「増援は確かにそうですけど、結局は、ほぼ同数同士の戦いです。ですので、戦いに大きくは影響しないようにも感じるのですが………」

 

カイネのこの疑問に対して、李牧は自身の考えを告げた。

 

「カイネ、それは違います。今、この時に増援が派遣されたということは、秦は事前に廉頗将軍の出陣に感づいてたことになります。そして、それを送り出したのは、秦軍総司令の昌平君です。此度の戦略を描いた彼の者が、半端な人選を送り出すとは考えにくい。加えて、大軍同士の戦いとは、一軍の将の資質が大きく問われる戦いでもあります。ゆえに、蒙驁の両腕となる王翦、桓騎の実力もさることながら、両国増援の正体如何では、大きくもつれる可能性も視野に入れておくべきでしょうね」

と、李牧は馬陽での経験から、見えていない敵を安易に推し量る危険性を口にすると、カイネは、不甲斐ないとばかりに頭を垂れると謝罪を口にした。

 

「李牧様の仰る通りです。私が浅はかでした」

 

李牧は、カイネの猛省する姿に、そのような意図で言葉を返したわけではないと言葉を続けた。

 

「いえ、カイネ。あなたを責めているわけではありませんよ。あの戦、浅慮に過ぎたのは、私のほうなのですから」

 

李牧は、過去の反省を口にしたあと、室内にいる者たちに視線を送ると続けて言葉を発した。

 

「そういうわけですので、増援の正体はなるべく早く探らせるようにしてください。仮にですが、秦が山陽を獲るようなことになれば、大きく動かねばならない可能性もでてきますので、早急に願います」 

 

 

そして、秦が魏の山陽一帯の攻略に乗り出してから二月と少しが過ぎようとした頃、ついに、廉頗は戦場となる流尹平野(ルイヘイヤ)に姿を現すことになった。

 

流尹平野とは、魏国山陽にある四つの城のさらに西にある平野である。しかしながら、平野とは名ばかりで、山や川、林に森、さらには湿地すら含む複雑な地形を擁している。

 

それはつまり、単純な平地での戦いとは大きく隔たりがあることを意味しており、廉頗のような戦の玄人ほど好む地であるといえた。

 

そうして、到着した廉頗率いる魏軍であったが、ここで、進軍を停止することになる。

 

「ふっ さきに満山に布陣しおったか」

 

魏国大将軍廉頗は、この流尹平野で最も理のある地を本陣として構える予定で進軍していたが、物見からの報を受けて、選定していた別の地に布陣することを決断した。

 

「まずは合格点、と言ったところかのぉ」

と、秦将を評価すると「ヌッハハハハッ」と豪快に笑いながら踵を返して、頭内の戦略を書き換え始めた。

 

 

その頃、臨時の千人将に任命された飛信隊の面々は、馬首を並べながら、戦術についての話し合いを行っていた。

 

「中鉄。そっちじゃねえよ。俺から見て右に二つだ。違う、三つじゃなくて二つ。だからーーー」

 

隊長信は中鉄という大柄な男に戦術版を持たせて指示をだしていたのだが、あまりうまくは伝達することができずに苦戦していた。

 

「ところで、羌瘣殿はどこで戦術を学ばれたのですか」

 

信と中鉄がやり取りに苦戦している合間に声を発したのは、臨時千人隊となった飛信隊に組み込まれた元郭備隊副長楚水であった。

 

だが、それを遮るように、隊長信から言葉が掛かった。

 

「そうそう、そこだ。んんで羌瘣、次はどうすんだ」

 

臨時千人隊とは、輪虎の襲撃によって隊長を失った部隊を千人将以下の将を臨時で格上げした措置によって生まれた千人隊のことである。

 

「それで、そこから第三部隊が右から回り込んだら、こちらの勝ち。………、どこでって、別にどこでも学んでない。しいていうなら、勘」

 

郭備隊は隊長である郭備が斬られたことで、楚水が引き継ぐ予定であったが、楚水は飛信隊が臨時千人将になるという蒙驁大将軍の任命を目の当たりにしたことで、急遽、隊員たちと話し合い、郭備千人将が目を掛けていた飛信隊に手を貸すことを決めていた。

 

「勘、ですか………」

 

今、戦術版を前に行われているのは、三百人隊であった飛信隊が新たに千人隊となったことで「これまでとは違いより確かな戦術が必要になる」という楚水の言に従ったもので、戦術の見直しである。なのだが、信たちに比べると、羌瘣の指摘はすべてが的を得ており、多少なりとも戦術を理解している楚水をして「これが天才、というものか」と唸るほどものであった。

 

「そう、勘。千人隊になっても勝つためにすることは変わらないのだから、当然」

と、平然と言い放つ羌瘣の姿に「そんなはずはないだが」と楚水の胸の内でこぼしていたが、言葉にはしなかった。

 

「それに………、実績をあげないと隊は解散になるから、勘だけっていうのは、少し嘘。ちょっとは考えた」

 

「ちょっとって………いえ、凄いですね。それにしても、解散ですか。蒙驁将軍も厳しい条件をつけられたものだ」

 

臨時千人隊になった飛信隊であったが、それは順当な実力で勝ち取った位とは言い難い部分があった。実の所、実績によって千人隊に格上げとなったのは、蒙恬の楽華隊と王賁の玉鳳隊の二隊のみであった。

 

だが、とある出来事で蒙驁将軍と知り合ったことが一つの縁となり、将軍が有する裁量権によって、急遽、飛信隊を臨時の千人隊として編成するという経緯があった。

 

「なに言ってやがるんだ、楚水。三段階降格が怖くて、大将軍なんて目指せるわけがねえだろうがッ 千人将の首三つなんて小っせい目標なんかじゃねえ。俺が、飛信隊が目指すのは大将軍廉頗の首だけだッ」

 

蒙驁は、飛信隊を千人隊に昇格させる条件として「この戦で隊として千人将の首三つか、将軍の首一つを獲れなれば、信を三百人将から伍長にまで降格させる」と宣言していた。

 

伍長とは五人一組の長のことであり、仮にではあるが、信が目標を達成することができずに、伍長まで降格となれば、三百人隊である飛信隊を信は率いることができないことになる。

 

つまりこれは、事実上の飛信隊解散を意味していた。

 

「そうでしたな」

 

楚水は、無謀だと誰もが判断するような宣言をしたにも関わらず、不思議とできそうな気にさせる信という少年の魅力に、惹かれている胸の内に気付いていた。

 

だが、それに、平然と冷や水を浴びせかける者がいた。

 

「大言壮語。見合うものを身につけてから言え」

羌瘣である。

「うっせぇぞ 羌瘣」

「お前が黙れ」

 

楚水は、そんな二人を宥めながら、無謀でも勇敢に突き進もうとする信と独学にもかかわらず、高度な戦術を理解する羌瘣。この二人の歯車が嚙み合ったとき「この隊は、大きな力を発揮するのではないか」となんとなくだが感じていた。

 

 

 

 

 

 

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