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玉鳳隊王賁が廉頗四天王輪虎と激しい打ち合いを演じている裏では、早々に千人将の二人が討たれた影響が秦軍第一陣に出ていた。
「ぬぅ いかん。儂自らが先頭に立って戦ったことで、幾ばくは持ち直しはしたが………」
と苦々しい声を出したのは蒙驁軍第一陣を率いる土門将軍であった。
輪虎の強襲を受けて、千人隊の指揮官である千人将を失った二隊は、大きく乱された指揮系統での戦いを余儀なくされていた。
「やはり、急造千人隊では十分な戦果は期待できぬかッ 儂自ら劣勢の隊を鼓舞して回る」
もとより、彼らは急遽編成された千人隊であり、千人将という頭を失えば、隊としての形態を保つことすら難しいと言えた。また、指揮系統が乱れて身動きができなくなった隊を周到に刈り取っていく魏軍の配置は、常に的確であり、輪虎の采配能力の高さを示していた。
「我らの勝敗は、両軍の士気に直結する。なんとしてでも状況を覆すぞッ」
と、一人気炎をはく土門であったが、秦軍第一陣八千の内四分の一が早々に機能不全に落ちた影響を一将軍の奮戦で覆せるほどに、甘くはなかった。
これにより、八千同士でぶつかった二隊の兵数差は、徐々にだが、確実に開き始めていた。
「その若さでこの槍捌き。熟練すら感じさせる。っと、右から趙田隊を回らせて裏を突こうか」
輪虎は王賁の槍捌きをこう評しながらも、自隊の指揮を執りづづけていた。
「その油断が貴様の命取りになると忠告してやる」
「フフッ その気概は認めるけど、そういうことは、僕に槍を届かせてから言ってほしいものだね。ほらほら、しゃべってる間にも君の隊は、どんどん削られているよ。僕を倒すつもりなら、急いだほうがいい」
先の攻防しかり、輪虎の言葉が示す通りに、幾度となく突き出される王賁の穂先は、輪虎の躰にかすり傷一つ付けることができてはいなかった。
「あの世で後悔するがいい」
「恐い怖い。何を見せてくれるのか、楽しみだな」
王賁は、輪虎と打ち合いを始めた当初から、全身の気を巡らせながら、勝負を決する一撃を突き立てるべく集中力を高めていた。
それは、突き出される一槍ごとに現れており、己の限界の先を打ち破るような激しいものであった。互いの武が交錯する一瞬の攻防は、両者に距離をとらせた。
「いくぞ」
気の充実を確信した王賁は、勝敗を決める一手を内に秘めて、再び輪虎との打ち合いに臨む。
硬い金属音が数瞬の内に幾度となく響き渡り、およそ常人には不可能な速度で連続して突き出される槍は横殴りの雨のように激しく打ち出され続け、時に、糸を通すような正確さをもって、急所を貫かんとしていた。
「と、っとと、おッっと。………まだ早くなるのか。やるね」
「その軽口を塞いでやる」
王賁は狙っていた。激しく突き出す槍に、一つ一つ意味を込めることで、護りの意識を外へと逸らし、必殺の一撃を確実に輪虎の急所に突き刺す瞬間を。
「やってみなよ」
そこには、激しさを増す王賁の槍捌きを前にしても、不敵に笑う輪虎の姿があった。
「言われなくともッ (龍指ッ)」
龍指とは、槍が大きく撓って見えるほどに穂先を軌道変化させる必殺の一撃であった。
「ック、な、ばかなっ」
けれど、その穂先が輪虎に届くことはなかった。
「だから言ったでしょ。今の僕に一切の隙は期待できないってね」
輪虎は王賁が弛まぬ修練の末に身に付けた龍指を読んでいたかのように、右の一刀の腹で槍の軌道を逸らすと、残る左の一刀を首筋に滑らすように走らせた。
「ほッ 賁様ーーーッ」
響き渡る番陽の声は、最悪の刻を示すかのようであった。
「ふーん。よく今のを避けられたね」
「くぅ………ッ」
王賁は首筋から流れる血を片手で抑えながらも、なんとか馬を後退させた。
「この前の李豹君、信君といい、やっぱり、秦の若手は優秀みたいだ。まあ、だからこそ、ここで刈り取ることになるんだけど、ねッ」
輪虎が王賁を仕留めるために振るった一刀は、たたらを踏むように馬ごと下がった王賁の躰を切り裂く一撃であった。が。
「ぬぐぅッ」
番陽が王賁の危機を救わんととった咄嗟の行動は、輪虎との間に馬ごと躰を滑り込ませることであった。同時に、自身の槍を滑り込ませたことで、番陽は、輪虎の右の一刀をも受け止めることに成功していた。
だが、輪虎の右の一刀は、およそ常人に受けめられる強さと重さではなく、受け止めた槍はひしゃ曲がり、躰にめり込むように押し付けられ続けたことで、番陽は、身動きが取れなくなっていた。
「邪魔だなぁ」
面倒そうに言葉を口にした輪虎は、左の一刀を「ッ!」振るって番陽を斬り伏せた。
「グフッ……ほ、賁さ、ま」
「番陽ッ」 「「「ば、番陽副長ぉおおおおっ」」」
馬上からゆっくりと力なく滑り落ちた躰は、ドサリと音を立てて、無情にも地へと伏せた。
「さっ、あとは君だけ、と言いたいところだけどーーー」
「ッ、この音は」
劣勢極まりない玉鳳隊の面々であったが、一つの転機が訪れたことで事なきを得ることになった。
「どうやら、君は、運がいいみたいだ」
それは、秦軍第一陣後方より響き渡る轟音。つまりは、秦軍第二陣の突撃を告げる音であった。
「急いで第二隊を退かせて、第四隊、第五隊を前に出して敵第二陣の突撃に備えさせて。あとのことは、僕が中央に戻るから、ここは任せたよ」
輪虎は、矢継ぎ早に指示をだすと、すでに深手を負わせていた王賁には、視線を向けることなく馬首を翻すと、言葉を発してから移動を開始した。
「僕はもう行くよ。じゃあね。若き千人将君」
屈辱に表情を歪める王賁であったが、追撃に移ることはなく、倒れた副長の救護と部隊の再構築を図る姿がそこにはあった。
「この借りは必ず返す。番陽の手当を急げッ 戦線を立て直すぞ」
魏軍本陣がある丘の上。
「廉頗将軍ッ 敵第二陣が突撃したようです。我らも第二陣を送るべきでは」
一人は魏軍総大将白亀西である。
「ふん。そう慌てるな、白亀西。不完全な軍をいくら送り出そうとも輪虎には通用せん」
二人目は元趙三大天であり、現魏軍の大将軍を務める廉頗であった。
「いや、しかし、八千同士で始まった第一陣の戦いに、さらに、敵八千が加わるのですぞ。窮地となるのは目に見えてーーー」
白亀西の心配は杞憂であると廉頗は大きく笑うと自身の考えを告げた。
「ヌハハハッ! 白亀西よ、戦は数だけでないぞ。機を見極めなければ、いたずらに兵の損失を増やすだけじゃ。まあ、見ておれ。そのうち面白いものが見れるであろう」
「いくぞッ 飛信隊。狙うは廉頗四天王輪虎の首だッ」
「「「応ッ」」」
秦軍第二陣もまた、急造の千人隊の動きが鈍く、その隊を支援するために、軍全体が歪な構造となってしまい、キレのない動きになっていた。
「旗を掲げろッ」
そんな最中、同じく第二陣に組み込まれていた飛信隊の面々だけは、隊長信の檄に応えるように猛進した。
「俺についてこいッ 狙う敵部隊はあそこだッ」
それは、作戦も何もない。ただ、隊長信が決めた標的に一丸となって突撃するというおよそ作戦とも呼べぬ単純なものであった。
「敵将はすぐそこだッ 蹴散らせ、飛信隊ッ」
だが、突破力のある飛信隊三百に、蒙驁軍主力級の元郭備隊の精兵七百が一丸となることで、破壊力が生まれて、他を圧倒する力を発揮していた。
「我ら飛信隊が敵将を討ち取ったぞ。いまこそ反撃の刻ッ 秦の兵たちよッ我らとともに魏軍を押し返すのだッ」
声を張り上げたのは、飛信隊結成当初から副長を務める渕(エン)であった。
飛信隊の一丸となった突撃力をこの乱戦のなかで止めることは難しく、魏軍を大きく苦しめることになった。
また、この飛信隊の活躍は、徐々に戦場へと波及していくことになる。
「信殿。これが千人隊の力です」
新たに飛信隊副長の一人となった楚水が指し示した方角には、飛信隊の活躍によって苦戦を強いられていた秦軍が盛り返していく姿があった。
「楚水。すげぇんだな、千人隊って」
「そうです。今はまだ形こそ定まってはいませんが、練り上げれば、もっと大きな力を発揮できるようになります」
「ありがとよ、楚水。あんたら元郭備隊が来てくれたからだ」
「ッフ 我らは郭備様の意を汲んだだけです。話は戦いが終わってから、ゆっくりしましょう」
「ああ。そうだな、楚水。 旗だッ 旗を掲げろッ」
信は周囲を見渡すと、目に付いた部隊に狙いを付けて、再び号令を発して突撃を開始した。
「いくぞぉ 飛信隊ッ!!」
一方、その頃。
「おやおや。左翼側が随分と押し込まれているみたいだね」
魏軍第一陣の中央本陣に戻った輪虎である。
「なにやら飛信隊なる部隊に、かき乱されているとの報が」
輪虎は側近の言葉に「飛信隊? どこかで聞いたなぁ」と呟き、首を傾げたあと「ああッ!」と声を挙げて手を打つと言葉を続けた。
「あの時の信君か。フーン なかなかに、活きが良いみたいだね」
「はい。ですので、調子に乗せる前に、早めに刈り取ろうかと」
「それには及ばないよ。あとのことは、次の人に任せるとしようか」
「ッハ では、作戦開始ということでよろしいですね」
「うん、そうしようか。どのみち敵は倍の数はいるんだから、その程度は、誤差の範囲だよね。それじゃ、押し込まれている方から、順に後退させていこうか」
輪虎の指示にあわせて、魏軍は押し込まれている中央左翼からの後退を始めることになる。
対して、敵左翼を押し込んでいた飛信隊の面々は、退いていく魏軍を一気に崩すべく更なる攻勢を仕掛けた。
「このまま敵を押し込んで、輪虎のいる敵中央軍本陣の側面に襲い掛かるぞッ」
攻勢を強めた秦軍中央右翼は、後退を続ける敵左翼を押し込み続けて、ついに敵中央軍本陣の側面を捉えることに成功した。
「このまま一気に、輪虎を討つぞ 飛信隊ッ」 「「「応ッ」」」
ところ変わって、蒙驁本陣。
「蒙驁様。第二軍が敵中央軍左翼を押し込み、輪虎がいる敵中央本陣の側面から攻撃を開始したとの報告がありましたッ」
「「「おぉッ」」」
と湧く秦軍本営にいる幕僚たちに対して、蒙驁は一抹の不安を抱いていた。
「と、殿。お聞きになれましたか。我らの優勢は揺るぎませんぞ」
あの廉頗が放った第一陣の力が、この程度であるはずがない。と
「わかっておるわ。ここらでも良く見えておる。敵第二陣の動きはどうじゃ」
だが、全体の士気を向上させる機でもあるため、そのことを言葉にすることはなかった。
「今の所、その気配はありません」
「ぬう。………動かぬのなら一気に叩き潰すまでよ。第三陣に突撃の準備をさせよッ」
と蒙驁が追撃の一手を放とうとしたその時、急報を告げる複数の使者が姿を見せることになる。
「敵左翼後方の山より、敵増援が出現しましたッ」
「「「な、なんじゃ(だ)とぉッ」」」